二人のマエストラ、音楽を語り合う


- 小澤征爾 Seiji Ozawa 、村上春樹 Haruki Murakami -

<読んでよかったのか?>
 正直、僕はクラシック音楽については、ほとんど素人です。映画音楽に使われているクラシックと「のだめカンタービレ」の使用曲、それとNHKBSの「名曲探偵」で得た知識がいいところです。そんなわけで、このサイトではクラシック音楽はあまり取り上げてきませんでした。(まあ、ほとんどのクラシックの名曲は20世紀以前の曲なのですが・・・)
 そんな人間が、村上春樹のファンだからといって、クラシック界の巨匠小沢征爾との対談本なんかを読んじゃっていいのだろうか?そう思いました。でも、たまたま飛行機に乗る間に読む本がなかったので、買ってしまいました。
 ところが、それが予想外に面白かったのです。これまでに、グレン・グールドのページを作っていたこと、マーラーやブラームスの曲はいくらかは聞いていたせいもあったのでしょうが、そんな程度の知識でも十分に読める本でした。もちろん専門的過ぎてわからない部分もありましたが・・・それでも書かれていることの多くが、「音楽」の本質に関わることなので、なんとなく理解することができました。それに小澤さんの趣味の広さもあり、語られているのはクラシック音楽だけではなくジャズやブルース、歌謡曲など様々なのも幸しました。
 そのうえ、ところどころに村上春樹自身の創作の秘密もちらりと明かされているので、春樹ファンはやはり必読でしょう。

<この本の意味>
 本の初めに村上春樹自身のこの本についての解説があります。先ずはそこから・・・。

 そういう意味でこれは一般的な意味でのインタビューでもないし、いわゆる「有名人同士」の対談みたいなものでもない。僕がここに求めていたのは - というか、途中からはっきりと求めるようになったのは - 心の自然な響きのようなものだ。僕がそこに聴き取ろうと努めたのは、もちろん小澤さんの側の心の響きである。かたちとしては僕がインタビュアーであり、小澤さんはインタビュイーであったわけだから。でも同時に僕がそこで聴き取るのは、往々にして僕自身の内なる心の響きでもあった。

 さらに村上春樹は、芸術を理解するという行為についてこうも語っています。

…プロとアマを隔てる、あるいは創り手と受け手を隔てる壁というのは、僕が今さら言うのもなんだけど、かなり高いものだ。とくに相手が超一流のプロとなれば、その壁はとてつもなく高く、また分厚いものになる。しかしそのことは必ずしも、僕らが音楽について正直に率直に話し合うことの妨げにはならないのではないか - 少なくとも僕はそのように感じている。音楽というのはそれだけ裾野の広い、懐の深いものであるからだ。壁を抜ける有効な通路を見つけていくこと、それが何より大事な作業になってくる。それがどのような種類の芸術であれ、自然な共感があるかぎり、そこには必ず通路が見つかるはずだから・・・

 どうです、これなら読んでみようという気になりませんか?

<文章とリズムについて>
 村上春樹の小説と音楽の関係については、以前から本人が語っていることですが、ここではリズムとの関わりについて、詳しく語られています。

「僕は文章を書く方法というか、書き方みたいなのは誰にも教えられなかったし、とくに勉強もしていません。で、何から書き方を学んだかというと、音楽から学んだんです。それで、いちばん何が大事かというと、リズムですよね。文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか・・・。
・・・言葉の組み合わせ、センテンスの組み合わせ、パラグラフの組み合わせ、硬軟・軽重の組み合わせ、均衡と不均衡の組み合わせ、句読点、トーンの組み合わせによってリズムが出てきます。ポリリズムと言っていいかもしれない。音楽と同じです。・・・
 僕はジャズが好きだから、そうやってしっかりとリズムを作っておいて、そこにコードを載っけて、そこからインプロビゼーションを始めるんです。・・・
 小説を書いて、そこにリズムがないと、次の文章は出てきません。すると物語も前に進まない。文章のリズム、物語のリズム。そういうのがあると、自然に次の文章が出てきます。・・・」


<様々なミュージシャンについて>
 ここからは、クラシックのオーケストラ音楽に関する文章を中心にごくごく一部をご紹介してみようと思います。小澤征爾やマーラー、シュトラウスなどの音楽の特徴がよくわかるコメントばかりです。

「具体的に言いますとね、うまい人は、というか、プロの指揮者はオーケストラに指示を出すわけです。今この瞬間にはこの楽器を聴いてくれ、ほら今はこの楽器を聴いてくれという具合に。そうするとオーケストラの音がすっと合う」
小澤征爾

 ここで「弾いてくれ」じゃなくて、あえて「聴いてくれ」というところが、プロですねえ。

<マーラー>
 20世紀初めのクラシック音楽に大きな影響を与えたユダヤ人アーティストたちについて書かれた部分から・・・。

「あの時代に大きな役割を果たした創作者は、カフカにせよ、マーラーにせよ、みんなユダヤ人です。彼らがやっているのは、既成の文化構造に周辺から揺さぶりをかけることですよね。そういう意味では、マーラーが地方出身のユダヤ人であるという意味は大きかったのかもしれない、ボヘミア地方を旅行していて実感しました。」

 マーラーの曲の特徴について
「そうでしょう。ところがマーラーだと、音が浮き出して追ってくるんです。乱暴な言い方をすれば、音をどんどんナマで、原色で使っています。楽器ひとつひとつの個性・特性を、ある場合には挑発的に引き出していきます。・・・」

 フロイトからの影響について
「・・・マーラーは奥さんのアルマが浮気したときに、フロイトの診察を受けています。フロイトはマーラーを深く尊敬していたそうです。そういう無意識の水脈の率直な追求みたいなものが、ところどころ辟易させられる部分があるにせよ、マーラーの音楽を現在、優れてユニヴァーサルなものにしている原因のひとつじゃないかと、僕は考えています」

 未来の音楽を書いていたマーラー
「・・・だからね、マーラーってずっと先を読んで作曲をしていますよね。あの時代、そんなにオーケストラの質は高くないはずなのに、あんな音楽を書いたわけですから。つまりね、彼としてはオーケストラにチャレンジしたわけですよ。ほら、こういう音楽を君らは演奏できるか、みたいな。それでみんながもう、しゃかりきになってやったわけでしょう。・・・」

<リヒャルト・シュトラウス>
 「ツァラトストラはかく語りき」で有名な作曲家リヒャルト・シュトラウスについて
「シュトラウスのオーケストレーションの方が、技巧的な部分が多いということですね。たしかに『ツァラトストラ』なんかを聴いていると、壁にかかった壮大な一幅の絵を鑑賞しえいるような気分になりますね」

<ロバート・マン>
 小澤征爾にオーケストラへの指揮の仕方を教えてくれたロバート・マンの言葉
「・・・人が歌うとき、どこかでブレスをしなくてはならない。でも弦楽器は不幸にして、ブレスをしなくてもい。だからこそ、ブレスを意識して演奏しなくてはならないんだ。・・・」

<指揮者の仕事について>
 小澤征爾の指揮について、村上春樹が考えたこと。「指揮者」のもつべき能力とは何か?について考察しています。

「小澤さんが出す指示のひとつひとつの意味は、僕にもだいたい理解できる。しかし、そのような細かい具体的な指示の集積が、どうやって音楽全体のイメージをかくも鮮やかに立ち上げていくことになるのか、その響きや方向性がオーケストラ全員のコンセンサスとして共有されていくことになるのか、そのへんの繋がりが僕には見えない。そこの部分が一種のブラック・ボックスみたいになっている。いったいどうしてそんなことが可能なのだろう?
 それはおそらく、半世紀にわたって世界的な一流指揮者として活躍してきた小澤さんの「職業上の秘密」なんだろう。・・・それはただ、誰にもわかっているけれど、実際には小澤さんにしかできないということなのかもしれない。どちらでもいい。僕にわかっているのは、それが実に見事なマジックであったということだけだ。「良き音楽」ができあがるために必要なものは、まずスパーク(発火)であり、それからマジックなのだ。」


 小澤氏自身は自分の指揮の仕方についてこう語っています。

「・・・こうあるべきだ、という型を用意していくんじゃなくて、何も用意しないでいって、その場で相手を見て決めるというやり方です。相手がやっていることを見て、その場その場で対応していく。だから僕みたいな人間は教則本とか書けないですよね。相手が実際に目の前にいないと、言うことがないから」

<大西順子>
 ジャズ・ミュージシャン大西順子との交流は小澤・村上共に深く、この本にはジャズと大西順子についても、かなり語られています。

「大西さんは演奏をしながら自由自在にリズムを変えていく。しかし、彼女の内側にある、あるいはその奥底を流れる強靭なリズム感覚は、ぴくりとも揺らがない。それはいかなる変更をもはねのけて、普通のものとしていつもそこにある。聴くものの健康を損ないかねないくらいしっかりと。」
村上春樹

<小澤さんとのささやかな出会い>
 ちなみに、この本を読んだ後、僕はさっそく小澤征爾指揮のサトウ・キネン・オーケストラのアルバム「マーラーの1番」を購入。久しぶりにクラシックのCDをじっくりと聴きました。昔買ったレコード盤と聴き比べてみました。
 実は僕は小澤さんと偶然会ったことがあります。なんとそれは日韓共催で行われたワールドカップ・サッカー決勝戦が行われる横浜スタジアムに向かう電車。小澤さんは日本代表のユニフォームを着ていたのですが、ボサボサの白い頭ですぐにわかりました。同じ車両で東京から横浜まで向かいましたが、友人はその間に写真まで撮らせてもらっていました。若者何人かと一緒だったようですが、若々しくて感じの良い方でした。クラシック界の大御所的なオーラはその時は、完全に消し去っていましたが、それでもやはり小澤さんは車内で目立っていました。
 まあ、クラシック音楽の世界の方とはいっても、エンターテイメントの世界でもあるわけで、こうして普段の好印象を与える生き方もまた、彼の指揮者としての生き様やスタイルを表している気がします。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」 2014年
小澤征爾・村上春樹
新潮社

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