アウトドア文化を育てたヒッピー世代の鍛冶屋


「パタゴニア Patagonia」

- イヴォン・シュイナード Tvon Chouinard -
<パタゴニアとの出会い>
 僕がアウトドア・ブランドの「パタゴニア」と出会ったのは、上野のアウトドアショップででした。時代は1980年代の半ばで、僕はスキューバ・ダイビングにはまっていた頃でした。当時はまだドライ・スーツは普及前で、僕は冬になってもウェット・スーツで潜っていたのですが、海から上がった後で着るのにちょうどいいと思って買ったのがパタゴニアの裏フリース地のブルゾンでした。当時はまだフリース素材のアウターは珍しく2万円以上はしたはずです。フリースという名前でもまだ一般的ではなく、当時の製品名は「シンチラ」といいました。海から上がって着るのにちょうどよく非常に気に入っていました。(ダウンだと洗えないので・・・)
 その後も、僕は北海道に戻ると札幌の秀岳荘でテレマーク・スキーの装備やシーカヤックのアウターなどにパタゴニアの商品を買い、愛用していました。秀岳荘で企画されたシーカヤックによるアラスカ・ホエール・ウォッチング・ツアーでご一緒したシーカヤックのスペシャリストの新谷さんが、パタゴニアの創設者、イヴォン・シュイナードと親しくニセコに来ると必ず彼のペンションに泊っているという話を聞き、感動したものです。今思えば、彼はニセコの素晴らしい雪質をいち早く世界に発信してくれていました。
 今やアウトドア・ブランドとしてだけでなく、環境問題における先進的企業としても、カジュアル・ファッションのブランドとしても、世界的存在となった「パタゴニア」がどうやって誕生したのか?
 創設者のイヴォン・シュイナードさんについて、調べてみました。

<イヴォン・シュイナード>
 イヴォン・シュイナード Yvon Chouinard は、1938年11月9日アメリカ、メイン州に生まれています。南カリフォルニアで育った彼がロッククライミングの魅力を知ったのは、14歳の頃。鷹を使って狩りを行う団体に所属していた彼は、鷹巣を目指して岩壁を降りる体験をしたことがきっかけでした。
 こうして早くから登山にはまった彼は、岩登りの用具に様々な改良の余地があることに気づきます。そこで鍛冶屋のノウハウを身につけ、独創的なピトンやカラビナなどを製造。それらを自宅の庭で販売するようになります。当初は、登山仲間たちだけのために作られ、安価で販売されていました。
 冬場に両親の住む家の庭に建てた作業場でピトンなどを作り、雪解けとともにヨセミテの岩場でクライミングをし、夏はワイオミングやカナダの山に登る日々を繰り返し、自前のフォードの荷台で販売し、細々と生計を立てていました。ヨセミテではキャンプの紀元が二週間と定められていましたが、彼は仲間と共に取り締まりを逃れてる日々を過ごしていたと言います。アウトローのアウトドアです!彼もまた、カリフォルニアという自由の土地が生み出した天才の一人だったと言えそうです。
 彼はそうして自由な暮らしを続けていましたが、しだいに彼の存在と、彼の製品が有名になり、製造と販売が追いつかなくなり出します。
 特に評判になったのは、下向きに滑らかなカーブを描いたシュイナード=フロストのピッケルはアイス・クライミングの歴史を変える傑作と言われています。そのピッケルのおかげで、クライマーたちは70度の傾斜どころか直角やオーバーハングの氷壁を登ることが可能になりました。

<シュイナード・エクイップメント設立>
 いよいよ彼は起業して「シュイナード・エクイップメント」を設立します。この時、彼は航空技師であり、登山仲間でもあり、優れたデザイナーでもあるトム・フロストを迎えることで、機能性重視だった製品に洗練されたデザイン性を導入。美的センスでも時代の作を行く新しい企業として注目を浴びる存在になって行きます。
 彼らがデザインにおいて重視したのは、サン=テグジュペリが指摘していた自然が生み出したシンプルで機能的なデザインこそ、究極のデザインであるという考え方でした。大自然が長い年月をかけて生み出した様々な自然界のデザインこそ、最高のスタイルであるという発想です。

 1970年に登山用品の専門店として出店、全米最大の登山用品メーカーとなっていました。今もなお彼が目標としているは、「クリーンな登山」というコンセプトです。
 多くの登山家が岩を登る際に、岩を傷つけ、崩していることに衝撃を受けていた彼は、用具の改良によって、その被害を食い止めようと考えていました。環境への配慮はこの後も彼の仕事における最重要課題であり続けることになります。

<登山用品の進化>
 1908年、イギリスの登山家オスカー・エッケンスタインが一本の爪が下向きについたアイゼンを発明。冬山登山に革命的な変化をもたらしました。
 1930年代にアイゼンのつま先に真っすぐ前に突き出た二本の爪が付け加えられます。
 1960年代に入り、ピッケルのピックの先に歯が刻まれ、よりしっかりと食い込むようになります。
 そこに現れたのがシュイナードの製品たちだったわけです。

<パタゴニア社誕生>
 彼がブランド名として「パタゴニア」を用いるようになったのは1973年のことです。それは、地上最後の秘境と言われる風と岩の大地である南米最南端の土地の名前からとられました。
 1985年には、モンデン・ミルズ社との共同開発による新素材「シンチラ」(現在のフリース)を用いた衣料品の販売を開始します。これにより、ペットボトルの再利用に新たな道が開かれ、プラスチックごみを無くすための活動における先駆的な一歩となりました。
 その他、パタゴニアが開発したのは、コットンではなくポリプロピレンという速乾性の下着が有名です。(後に素材は、汚れが落ちやすいポリエステルへと改良されます)
 さらに農薬を使用することで安価な素材として流通していたコットン(綿)素材の使用から、農薬を用いない有機栽培のコットン(オーガニック・コットン)の使用に切り替えることも、パタゴニアが先駆でした。

 資本主義の原理に基づけば、利益を上げることが最優先とされ、環境への配慮は二の次になるはずの企業活動に彼は革命を起こしたとも言えます。その後、「ユニクロ」という利益優先のブラックな企業により「フリース」は安かろう悪かろうの代名詞的存在にされてしまいましたが、当時、フリースは高級素材だっただけでなく、環境保護の代名詞でもありました。
 「パタゴニア」が企業活動において、革命を起こせたのは、彼自身が登山が好きで、自分が岩山を登るために必要な用具を作るという純粋に目的があったからです。そのためには、素晴らしい山がいつまでも存在していなければなりません。だからこそ、彼は会社の利益よりも、環境や登山者の生命を重要視した製品作りを目指していたのです。
 環境破壊から自然を守るには、より多くの人が自然の中で様々な体験をし、その楽しさを体感することが最も重要だと常々思ってきました。その中で「パタゴニア」の製品と出会えば、もうあなたは大自然の虜であり、パタゴニアの虜になるはずです。

 ただし、本当の意味で自然環境を守りたいなら・・・そもそも山には登らない方が良い気がするのですが・・・
 それを言っちゃお終いかもしれませんが・・・でもアメリカ人にはそうした発想はないのです。
 アメリカ人とは、武器には武器を、核兵器には核兵器を、環境破壊には環境保全を・・・まず先に欲望や好奇心を最優先させ、その後、対抗策を考える。
 それで世界はなんとかなるはず。そうポジティブに考えているのです。(キャプテン・アメリカがなんとかしてくれる!)
 その意味では、良くも悪くも、イヴォン・シュイナードはアメリカ人らしいアメリカ人であり、「パタゴニア」もまたアメリカ的な企業なのです。
 僕もまたそんな「パタゴニア」が嫌いではないのです。(今はもうすっかりアウトドアから足を洗ってしまったのですが・・・)

<参考>
「パタゴニア」公式ホームページ
「エヴェレストよりも高い山」
(著)ジョン・クラカワ―

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