「隔離小屋 Pesthouse」

- ジム・クレイス Jim Crace -

<世界終末SFの異色作>
 人類文明崩壊後の地球を描いた小説は、SFにおける重要ジャンルのひとつです。H・G・ウェルズの「タイムマシン」は、その原点といえます。特に1950年代を中心に世界中の人々を不安に陥れた「核競争」の時代には、世界を巻き込んだ核戦争後の未来を描いた作品が数多く世に出ました。しかし、人類の文明が崩壊し、過去へと退行した社会を描く小説の多くは、実はSF作家とは異なる作家が描いています。「猿の惑星」のピエール・ブール、「ザ・ロード」のコーマック・マッカーシー、「渚にて」のネビル・シュート、「蠅の王」のウィリアム・ボールドウィン(世界が崩壊したわけではないかもしれませんが、無人島での生活はその象徴)、そして、なによりもその元祖となった作品「最後の人間」(1826年)を描いたフランケンシュタインの作者でもあるメアリー・シェリーなど、かなりの大物作家がいます。
 もしかすると、SFの役割は「科学的」な視点から人類の危機を指摘し、その恐怖の未来世界を予言者のごとく描き出してみせるところまでなのかもしれません。かつて、偉大なる作家カート・ヴォネガットは、「SF作家とは鉱山内でのガス漏れを知らせるために昔使われていたカナリアのような存在である」いいましたが、まさにそのとうりだと思います。考えてみると、文明が崩壊した後の世界で重要になるのは哲学、宗教、暴力であり、「科学」の存在意義はゼロに等しいのですから。いや、もしかすると、世界崩壊後の世界をゼロから創造する行為は、アーティストにとって一度は挑戦してみたい魅力的なことなのかもしれません。

<新たな時代の新たな作品>
 そして、この小説「隔離小屋」もまたそんな人類文明崩壊後の世界を描いた作品です。ちょうど同じ時期(2006年)に発表されたコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」と、この小説が世に出たのは、たぶん2001年の同時多発テロ事件とその後の世界情勢の急激な変化の影響だったのでしょう。(かつて、「キューバ危機」の時代には、数々の同じような終末SF小説が書かれました)二つの作品に共通するのは、どちらもその舞台が崩壊したアメリカ大陸で、そこからの脱出を目指す人々の物語だということです。ただし、この小説「隔離小屋」は、「ザ・ロード」とは異なり人類文明の崩壊過程がまったく描かれておらず、小説の半ばに至り、金属できた物をすべて悪魔と見なす宗教団体が現れるまで、そこが未来のアメリカであることは明らかになりません。見ようによっては、それは西部開拓時代のアメリカのどこかで、実際に起きた疫病による大量死事件とそこから脱出を試みる人々のドキュメンタリー作品と読めなくもないのです。

<世界崩壊下のロミオとジュリエット>
 遥か昔に文明を失ってしまった人類は、金属すらほとんど用いることのない中世ヨーロッパ以前の段階にまで文明が退行しましたが、なぜ、そうなったのかは誰も知らず、人々はただただ生き延びることだけを考えています。こうした時代背景からは、同じように人類文明が崩壊する中、その歴史をキリスト教の修道僧たちが守るという不思議な未来社会を描いたSF小説「黙示録3174年」を思い出します。もし、人類が核戦争もしくは隕石の衝突など巨大な災害によって文明を失ってしまったら、それは電気を用いる文明の終焉であり、産業革命以前の中世に戻るのは必然なのかもしれません。
 そんな前近代的な社会と厳しい環境のもとで生き延びるために旅を続けるサバイヴァル物語が、前述の「ザ・ロード」だったのに対し「隔離小屋」はそうではありません。タイトルからは「バイオハザード」的な病原菌との戦い想像したくなりますが、もちろんそうでもありません。(原題は「ペスト・ハウス Pesthouse」です)この小説は、要するに「恋愛小説」です。ただし、その背景はどんな恋愛小説よりも厳しい環境と言わざるをえないでしょう。(「ロミオとジュリエット」よりも・・・)それでもなお、人は恋をして愛し合うことは可能なのか?作者は自らが作り上げた最悪の環境に二人の主人公を置き、そこで試練を与え、彼らの愛を試し、育て、強め、生かしてゆきます。それはまるで、天地創造の作り主を思わせる行為ですが、これこそが創作者だけが味わうことの出来る喜びなのです。

<出アメリカ物語>
 ノアの箱舟に登場する大洪水を思わせる大災害によって、人は絶滅の危機に瀕していました。そんな中、アダムとイブのように主人公二人は故郷でもあった楽園を離れ旅に出ます。途中、ユダヤの民のように奴隷となった主人公はモーゼのごとくそこを逃れ、海へと向かいます。しかし、二人はモーゼのように海を渡ることはせず、なぜかそこでUターンしてしまいます。この小説の重要なポイントはそのあたりにあるのかもしれません。(彼は無神論者のようなので聖書のように話が進まなくなったは当たり前なのかもしれません)
 誰もがみなアメリカを捨て新たな土地(ヨーロッパ)へと向かう熱病のごとき衝動にかられて東へ東へと進む中、彼らは自らのルーツへと向かう旅へと方向を変えます。このことは、実は小説の初めに主人公の二人だけが湖からやってきた謎のウィルスに感染せず、疫病からも回復したことから暗示されていました。かつてアメリカの人々は「アメリカン・ドリーム」を夢みて、それを目標に苦しみに耐える人生を歩んでいました。しかし、文明の崩壊によって「アメリカン・フドリーム」自体が夢と消えてしまった中で、彼らは西部劇の時代にカリフォルニアに黄金を求めて西へ西へと向かったように、夢の土地ヨーロッパへと向かう道を選んだのでしょう。それに対して、主人公の二人はかつてアメリカに渡ってきたピューリタンたちの生き方へと立ち戻る決意を固めたのかもしれません。
 アメリカという国が、そうしたかつてのアメリカの理想に立ち返るには、ここまで悲劇的な状況に落ち込まなければならないのかもしれません。世界同時不況の引き金となったリーマン・ショックから始まった経済不況はアメリカを大不況に追い込みました。しかし、アメリカという国の政治姿勢が根本的に変わることはなさそうですし、初の黒人大統領が誕生してもなおアメリカという国はそうは変わらないでしょう。著者は無意識のうちにアメリカの転落とそこからの再生を望んでいるのではないか?そう思うのは深読みしすぎでしょうか。

<ジム・クレイス>
 この小説の作者ジム・クレイス Jim Craceは、1946年3月1日北ロンドン生まれのイギリス人です。バーミンガムのロンドン大学商業学部で学んだ彼は、途中からジャーナリズムに興味をもつようになりました。大学卒業後は、フリーのジャーナリストとして働き始め、1974年初のルポ作品「Annie,California Plates」をニュー・プレビュー誌に発表します。その後、1976年から1987年にかけては、テレグラフ誌などに記事を提供するフリーランスのジャーナリストとして世界中を飛び回る生活を続けました。
 小説家としてデビューしたのは、1986年の事。処女小説「大陸 Continent」は世界的に高い評価を受け、彼は小説家として活動する決意を固めました。そんな彼の作風は、評論家からは「フィクションの地図作成者」もしくは「風景の作家」と評されています。それは彼の作品のもつ絵画が思い浮かぶような情景描写にあるのと同時に、彼の人生に地図を頼りに生きてきた旅が大きな影響を与えていたからかもしれません。

<あらすじ>
 疫病にかかったマーガレットは祖父によって、山の中の隔離小屋へ連れてゆかれ、一人そこに残されます。ところが、その夜、村を湖から流れてきた謎の病原菌が襲い村人だけでなくすべての動物たちが死に絶えてしまいます。ちょうどこの頃、兄と共に故郷を離れて旅をしていた青年フランクリンは、怪我をしたため、兄と別れ、そのため山の中でマーガレットと出会います。雨を逃れてマーガレットの小屋で寝た彼は翌日病人のマーガレットを連れて村へと降りて行きますが、誰一人生きていないことを知り、二人で海に向かい旅に出る決意を固めます。
 ところが、海を目指して東への向かう旅の途中、二人は盗賊たちに襲われフランクリンは奴隷として連れ去られてしまいます。マーガレットは疫病にかかっている振りをして助かりましたが、フランクリンを忘れられず数名の仲間たちとともに東への旅を再開します。途中、女の赤ちゃんを預かった彼女は、迫り来る冬を前に不思議な宗教集団に救われます。彼らは人類絶滅の原因を生み出した金属の存在を許さず、すべての金属製品を街の城壁のの外に廃棄していました。
 ところがある日、その村にフランクリンをさらって行った盗賊たちが現れます。そして、彼らが連れてきた奴隷たちの中にフランクリンがいました。二度と別れたくないと思った彼女は、盗賊たちの馬を盗むとフランクリンとともに逃げ出します。二人は盗賊たちから逃げることができるのか?そして、アメリカを脱出することはできるのか?それとも、別の道を選ぶのか?

「隔離小屋 Pesthouse」 2007年
(著)ジム・クレイス Jim Crace
(訳)渡辺佐智江
白水社

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