動く歴史絵画が描く民主主義の原点


映画「ピータールー マンチェスターの悲劇 Peterloo」

- マイク・リー Mike Leigh -

<究極のリアリズム歴史映画>
 21世紀に入り映画におけるリアリズムは、そのレベルが上がり、戦争映画は戦場を体感させ、SF映画では超能力を現実のものにしてしまいました。当然ながら、歴史的事件の映像化におけるリアリズムは、より重要性を増しています。しかし、その作品がエンターテイメントとして収益を上げることと、リアリズムは残念ながら両立しないかもしれません。
 イギリス映画「ピータールー マンチェスターの悲劇」は、その終わり方といい、その後の展開の虚しさといい、ハッピーエンドとは程遠い作品です。それでもなお、この作品は見る者を引き付ける魅力を備えています。高いレベルのリアリズムを実現しつつある現代の映画は、それに対応するようにハッピーエンドを不要とする映画作りも実現しつつあるのかもしれません。この作品は、そうしたリアリズム作品が持ちうる魅力を見事に実現しています。

<動く絵画作品>
 この作品最大の魅力は、動く絵画のような映像にあります。「これはまるでターナーの絵のようだ!」と思ったら、この映画の監督マイク・リーは、ターナーの伝記映画「ターナー、光に愛を求めて」(2014年)を撮っていました!
 画面の色合いのトーンや光の使い方は、まさにターナーのタッチで、登場人物たちの使い込まれた感じのリアルな衣装やメイク、市場や工場内の細部まで再現された商品棚や織物機械、そしてそこに配置された人物や家具のバランス。すべてが上質な絵画作品のように仕上げられています。

<生き生きとした人物像>
 この作品のもう一つの魅力は、多くの事件に関わる人々の日常をじっくりと描くことで、登場人物へ観客が自然に感情移入できるところです。この作品には英雄は登場しません。誰もがどこかに欠陥を抱えていたり、弱虫だったり、自分本位だったりする人間的な面をみせてくれます。そんな人々が事件当日、会場へと向かうので、観客は自分も彼らと一緒に会場へと向かう気分になり、それぞれの人々がどんな悲劇に見舞われるのかが心配になってきます。そして、心配は歴史的な記録にしたがって現実のものになります。
 ワーテルローの戦場でラッパ吹きだった知的障害の若者は、事件当日会場でラッパを吹いてほしかったのですが、歴史はそれを許してくれませんでした。
 騎馬兵によって突き飛ばされ、母親の手から落ちた子供が馬に踏み殺されるワンシーンも記録に残されている事実です。
 想像力を用いることで生き生きと描き出されたある一家が、歴史的事実のとおりに事件に巻き込まれて行く過程は、運命だけではかたづけられない悲劇性を感じさせます。

<「演説」、言葉の持つ力>
 この作品のさらなる魅力は、「演説」というコミュニケーション技法の原点を描くことで「言葉」の持つ力を見事に描き出していることです。
 悲劇の現場となった集会で見事な演説によって人々を魅了するヘンリー・ハントの演説は特に圧巻です。彼のカリスマ的な演説は150年後にアメリカで行われることになるマーチン・ルーサー・キング牧師の有名な演説を思い出させます。西欧文化における「演説」の重要性は、我々日本人が思っている以上であることがわかります。
 政治家や活動家に向けた専門的な演説だけではなく、字を読むこともできない一般的な大衆が理解できるように話すことの重要性は、この時代になって始めて意味を持ち始めたのかもしれません。地域の集会で参加者から「何を言っているのかわからない!」というヤジが飛ぶシーンがあり、市民の中でも理解力の差が大きかったことも描かれています。6万人もの市民が集まるのですから、全員にメッセージを伝えるのはなかなか困難だったはずです。「弁士」と呼ばれたハントは、その意味で新たな時代のヒーローとなるべき人材だったのです。

<歴史的背景とあらすじ>
 「ワーテルローの戦い」で英国軍がフランス軍に勝利して4年後の1819年。英国は戦争で勝利したにも関わらず不景気が続き、英国北部の工業都市マンチェスターの主要産業である織物工場では労働者が厳しい生活を強いられていました。賃金が下げられただけでなく、食料の輸入禁止措置により食料品価格が高騰し、人々は食うや食わずの状態に苦しんでいました。なぜ戦争に勝ったのに、労働者の生活は苦しいままなのか?王族や貴族が富を独占していることへの批判が急速に高まりつつありました。しかし、そうした問題点を提起しようにも、北イングランド地域から選ばれている国会議員はわずか2名に過ぎませんでした。100万人もの人口がありながら、人数に見合った議員が選ばれていないのは英国の法律がそうした時代の変化についていけないからなのは明らかでした。そこで人々は自分たちの主張を議会に伝えるための選挙改革を提案するための運動を始めます。
 国民全員に投票権を与えよ!(男女や納税金額などの差別をなくせ!)
 人口にあった議員定数を設定せよ!(地域による不平等をなくせ!)
 年に一回、選挙を実施せよ!(議員の固定化をなくせ!)
 議席の売買を禁止せよ!(議席を金で買うことをやめさせよ!)
 これらの要求を発表し、賛同を得て、実現に向けて動き出すための大規模な集会が1819年8月16日月曜日に開催されることになりました。平日の月曜日に開催するということは、必然的に職場を放棄するストライキの開催も意味してもいます。会場になったのは、造成地としてマンチェスター市内に唯一残されていた広い空き地、聖ピーターズ広場でした。
 集会の主催者は、当日、暴動などのトラブルが起きなよう参加者に武器等の持ち込みを禁止。あくまでも平和的に集会を行うよう徹底していました。しかし、そのことは政府が送り込んでいたスパイによってあらかじめ明らかになっており、治安判事らは軍隊の派遣により集会を暴力的に中止させる計画を立てていました。そのために、軍隊だけでなく右派の若者たちからなる義勇軍なる暴力団まがいの集団も集められていました。

<悲劇の現場>
 集会当日は、好天に恵まれたこともあり、会場には女性や子供たちも含めて6万人から8万人の大群衆が集まりました。北イングランド各地様々な地域からの参加者があり、参加者が揃い集会が始まるまでには時間を要したようです。そのため、すぐにメイン・ゲストであるヘンリー・ハントの演説が始まります。
 治安判事たちは、会場に隣接する場所から指示し、すぐにハントへの逮捕状を読み上げさせます。集会は暴動に値するとして、騎馬隊を会場に突入させ解散を強行させます。騎馬兵によるサーベル攻撃や馬に踏みつぶされるなどして、少なくても15名が死亡し、600人以上が怪我を負いました。

<事件の影響>
 集会は悲惨な結果となりましたが、その結果なんらかの政治的な変化を生み出せたのかというと、そうはなりませんでした。事件の影響により、全国で暴動が起きるとか、政治改革が始まったとかいうことはなかったのです。15名の死亡者は犬死だったのかもしれません。映画にもありますが、治安判事たちの暴力的なやり方に対し、批判が高まるどころか、王室からの感謝の言葉が与えられることになります。
 そんな中、唯一の救いは、この事件の現場には地元マンチェスターだけでなくロンドンのタイムズ紙などの新聞社が取材に訪れていたことかもしれません。そのおかげで、事件の詳細が記事となってイギリス全土に報道されたのです。人類の歴史において、社会的、国家的大事件がほぼリアルタイムで国民に知らされた最初の例がこの事件だったのかもしれません。
 もしかすると、人類の文化においては、民主主義の発展よりも先に、先ずは報道の自由が必要だということかもしれません。それだけ「報道」の役割は政治にとって大きいということなのだと思います。
 この映画のタイトル「ピータールー」という言葉は、事件当日現場で取材活動を行っていた地元マンチェスターのオブザーバー紙の編集者ジェイムズ・ロウが名づけました。それは共和主義者の国フランスが同じように英国軍によって敗北を喫した「ウォータールーの戦い」を真似てつけた名前でした。英国人のウィットはこんな大事件の名前にも生かされていたわけです。ただし、この報道の後、オブザーバー紙は政府から徹底的に弾圧されることになり、ついには廃刊に追い込まれることになります。しかし、その意志は同じ地元の新聞マンチェスター・ガーディアン紙に受け継がれることになります。そして、今でも英国を代表する全国紙「ガーディアン」に発展することになるわけです。

<「報道」から始まる社会変革の流れ>
 先ずは、報道によって事件や事実が多くの国民に知らされることで社会変革の地盤が生まれ、その精神を引き継ぐ政治家の登場を促す。そうした政治家が政界の流れを変えることで、国会が変わり、法律も変わる。それでやっと社会全体、政治体制全体が変わることになり、それはクーデターなど一部の揺れ戻しにも揺るがない強さをすでに持っていることになります。英国は、この変革をこの後100年かけて行うことで、やっと20世紀に入り普通選挙、女性の政治参加が可能になります。そこまで長い年月を必要とするのが「民主主義」という文化なのです。そう考えると、未だに世界中の多くの国に民主主義が根付かないのも当然です。
 報道こそ、民主主義のルーツなのかもしれません。だからこそ、世界中のマスコミは使命感を持って頑張ってもらわなければならないのです。

<マイク・リー>
 この映画の監督・脚本のマイク・リー Mike Leigh は、1943年2月20日この作品の舞台となっているマンチェスターに生まれています。名門の王立演劇学校、セントラル・アート・スクール、ロンドン・フィルム・スクールで学んだ後、1970年にいきなり映画監督としてデビュー。その作品「Bleak Moments」で、ロカルノ国際映画祭で金豹賞、シカゴ国際映画祭でもグランプリを受賞します。しかし、その後は舞台の演出家としての活動に転向。その合間にBBCのテレビ番組でケン・ローチとも仕事をしています。
 1988年「ビバ!ロンドン!ハイ・ホープス」で映画界に復帰すると、「ネイキッド」(1993年)でカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。「秘密と嘘」(1996年)ではカンヌ国際映画祭のパルムドール、最優秀女優賞を受賞。「ヴェラ・ドレイク」(2004年)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。現代絵画の元祖とも言われる英国が生んだ偉大な画家ターナーの生涯を描いた「ターナー、光に愛を求めて」(2014年)ではカンヌ国際映画祭主演男優賞、芸術貢献賞を受賞するなど、映画界を代表する存在です。
ジョージ4世について
「なぜ、あのように誇張して描いたのか? なぜ彼は化粧をしているのか? と聞かれるが、実際に化粧をしていたからだ。彼は太っていて、わがままな性格だった。最後に、治安判事たちの“平和を維持してくれた功績”に乾杯するシーンも、実際に彼が書いた手紙に基づいている。私たちは単に、それをドラマ化しただけの話で、彼らをわざわざ悪者に仕立てる必要などなかった。事実をありのまま伝えただけだ」
マイク・リー

「ピータールー マンチェスターの悲劇 Peterloo」 2018年
(監)(脚)マイク・リー
(製)ジョージナ・ロウ(製総)ゲイル・イーガン、ベン・ロバーツ他
(撮)ディック・ポープ(編)ジョン・グレゴリー
(PD)スージー・デイヴィス
(歴史考証)ジャクリーヌ・ライディング
(美)ジェーン・ブロディ、ダン・テイラー(衣)ジャクリーン・デュラン
(音)ゲイリー・ヤ―ション
(出)ロリー・キニア、マキシン・ピーク、デヴィッド・ムースト、ピアース・クイグリー、フィリップ・ジャクソン、レオ・ビル

現代映画史と代表作へ   トップページヘ