ロック・オペラ座の怪人


「ファントム・オブ・パラダイス Phantom of the Paradise」

- ブライアン・デ・パルマ Brian De Palma 、ポール・ウィリアムス Paul Williams -

<ロック・オペラの傑作>
 ロック・オペラ映画の代表作として知られる本作は、「キャリー」や「アンタッチャブル」などの巨匠ブライアン・デ・パルマの初期の傑作としても知られています。ただし、この作品の翌年公開の「ロッキー・ホラー・ショー」同様、初公開時はまったく鳴かず飛ばずの不入りだったようです。「キャリー」の大ヒット以降、ブライアン・デ・パルマの名が有名にならなければ、この映画は知る人ぞ知る幻の作品で終わっていたかもしれません。
 思えば、1974年の本作、そして1975年の「ロッキー・ホラー・ショー」と「Tommy」の3作品は、ヒッピー・ムーブメントから生まれたロック・オペラとして60年代末のロック黄金時代の象徴すると同時に、その終焉を告げた皮肉たっぷりのパロディー作品だったともいえるでしょう。

<悪魔と契約した者たち>
 ガストン・ルルー原作の「オペラ座の怪人」をロック・ミュージカル化した異色の作品なので、この映画のあらすじは説明不要でしょう。ただし、そこには「ロック的」な味付けがほどこしてあり、そこがこの映画の魅力になっています。

<あらすじ>
 謎の大物音楽プロデューサー、スワンに気に入られた無名の作曲家ウィンスロー。彼は、ある日自分の曲がスワンによって無断で使用されていることを知り、抗議に行きます。しかし、彼は逆に無実の罪で刑務所に入れられ、脱獄後、自分の顔や声などすべてを奪われてしまいます。それでも自分が愛する女性歌手フェニックスをデビューさせるためにスワンに協力することになり、契約を交わします。しかし、スワンは彼の曲をフェニックスに歌わせる気などありませんでした。ついには、彼女を自分の愛人にしてしまい、二人の愛し合う姿を見せられたウィンスローは自殺を試みます。ところが、彼がスワンと交わした契約は、自分の死すらも許されない悪魔との契約だったのです。
 自分の曲がフェニックスのためではなかったことを知ったウィンスローは、復讐を果たす為、最後の戦いを始めます。

 悪魔との契約を果たした主人公という設定は、ブルースの巨人、ロバート・ジョンソンが悪魔との契約によって、誰にも真似できないギター・テクニックを得たという伝説の焼き直しです。レッドツェッペリンローリング・ストーンズもまたそんな悪魔と契約したバンドと言われたりしていました。悪魔との契約はある意味ロックの王道的道筋だったといえます。

<ロックの終焉を飾るオペラ>
 この映画は、ロックの歴史をたどる構造にもなっています。最初に登場するレトロなロックン・ロール・コーラス・グループのジューシーフルーツは、1950年代後半のロックン・ロールの時代を象徴しています。
 次に登場したビーチ・バムズ(浜辺の飲んだくれ?)は、もちろん1960年代後半のアメリカン・ロックを代表するアイドル、ビーチ・ボーイズのパクリです。
 そして、ラストのステージに登場したUndeadとオカマのヴォーカリスト「ビーフ Beef」は、1970年代半ばに一世を風靡したグラム・ロックを思わせます。ただし、すでにミュージカルとして有名になりつつあった映画化前の「ロッキー・ホラー・ショー」の影響という可能性もありえます。どちらにしても、この映画がロックの黄金時代をパロディー的に描いていたのは確かだと思います。
 思えば、この映画の一年前に大ヒットしていた「アメリカン・グラフィッティ」の中で、主人公の一人が「ビーチボーイズなんてロックじゃねえ、ロックン・ロールは終わっちまった・・・」なんてことを言ってました。
 グラム・ロックという頽廃的、耽美的なロックの登場は、ロックの最期に相応しいパロディー的なスタイルだったといえます。この映画が公開された翌年、パティ・スミスが鮮烈なデビューを飾り、その翌年にはロック時代の終焉を宣言するアルバム「ホテル・カリフォルニア」がイーグルスによって発表され、ラモーンズセックス・ピストルズのデビューにより、パンクの時代が始まることになります。
 そんな時代背景を思いながらこの作品を見てみると、過激な麻薬やセックスの描写とサイケデリックな色とデザインによって彩られたこの作品は、1970年代半ばという特殊な時代を切り取ったタイム・カプセルのようにも思えます。

<パルマ趣味早くも炸裂>
 この映画の監督ブライアン・デ・パルマのヒッチコック趣味は有名ですが、この映画の中にも彼の趣味は早くも表れています。
 「サイコ」のシャワーでの殺人シーンのパロディーはかなり笑えます。それにスワンがウィンスローから奪い取ったフェニックスとのセックスをわざと覗き見させ、彼が苦しむ様子を監視カメラで見るという二重の覗き見は、ヒッチコックの「裏窓」というよりも、ブライアン・デ・パルマ得意の「覗き見趣味」全開といえます。
 ラストの「パラダイス」のステージ上でビーフが焼かれて「ビーフ・ステーキ」になる場面は、「キャリー」のラストを思わせる展開です。そうやって見ると、初期作品とはいえ、後のデ・パルマ作品の重要な要素が散りばめられています。

<ちなみに>
 ちなみに、日本のロック、ヒップホップ・シーンをリードした近田春夫が自分のバックバンドをビーフと名付けたのは、この映画の影響でした。そして、そのバンドを自らのプロデュースでテクノポップのアイドル・バンドとしてデビューさせた時の名前が「ジューシー・フルーツ」でした。
 もうひとつ、ビーチ・ボーイズの曲を書いたり、後にはソウル・オリンピックのテーマ曲を作曲することになるシンガー・ソングライター兼プロデューサーのレイ・ケネディの歌がこの映画では声だけで使用されているらしいです。逆にその後オカルト・サスペンスの大ヒット作「サスぺリア」で一躍有名になるジェシカ・ハーパー(フェニックス)は、なんと吹き替えではなく本人の声だといいます。限りなくプロっぽい歌声で驚きでした!

<ポール・ウィリアムスの力>
 「スワン」は、ロック・ミュージックの商業化を推し進める音楽業界の象徴であり、ライブ・ハウス「パラダイス」に押し寄せる観客はそんな業界の仕掛けに踊らされる大衆です。彼らによって、愚かなミュージシャンの死もまた伝説として語り継がれることになるのですが、ラストの熱いステージの迫力は本物です。監督の力は確かにあるものの、この映画が時代を越えて輝きを失わない最大の理由は、なんといってもこの映画に使用されている曲の魅力です。
 この映画の音楽を担当し、スワンとして出演もしているポール・ウィリアムス Paul Williams は、当時、ヒットメーカーとして大活躍していました。代表曲としては、カーペンターズの「愛のプレリュード」、「雨の日と月曜日」、スリードッグナイトの「ファミリー・オブ・マン」、「オールド・ファッションド・ラブ・ソング」、バーブラ・ストライサンドのアカデミー主題歌賞受賞曲「エバー・グリーン」(映画「スター誕生」の主題歌)などがあり、1970年代半ばを代表するヒット・メーカーでした。この映画は彼にとって、絶頂期にあった時期の作品だったといえます。

<ブライアン・デ・パルマ>
 ブライアン・デ・パルマ Brian De Palma は、1940年9月11日、アメリカ東部ニュージャージー州に生まれています。父親は整形外科医で裕福な家庭でした。大学在学中にヒッチコックの「めまい」を見て、映画監督を目指そうと思い始めました。短編映画と作り、それで奨学金を得ると大学修士課程で映画を専攻。ニューヨークを拠点に自主製作映画を撮り続け、その中のロバート・デ・ニーロ主演の「ブルーマンハッタンⅡ/黄昏のニューヨーク」(1968年)がベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。一躍その名を知られることになり、ハリウッドに招かれワーナーで作品を撮りますが、内容の残虐な描写にクレームがつき、ニューヨークに戻ります。
 そこで撮った「悪魔のシスター」(1973年)、「ファントム・オブ・パラダイス」(1974年)がB級のマニアックな映画として高い評価を受け、再び脚光を浴びることになりました。そして1976年にオカルト映画の傑作「キャリー」を発表し、原作者のスティーブン・スピルバーグにも絶賛されることになりました。
「キャリー Carrie」 1976年
(監)ブライアン・デ・パルマ
(脚)ローレンス・」D・コーエン
(原)スティーブン・キング
(撮)マリオ・トッシ
(音)ピノ・ドナジオ
(出)シシー・スペイセク、ジョン・トラボルタ、パイパー・ローリー
 この時期の彼の作品には、彼が敬愛するヒッチコックの影響が明らかで、一部にはヒッチコックの二番煎じにすぎないという批判もありました。しかし、ギャング映画の傑作「スカ―・フェイス」(1932年の名作「暗黒街の顔役」のリメイク)や本格的な犯罪ドラマ「アンタッチャブル」により、メジャーの娯楽映画を撮れる監督としての評価を得ることになります。
「アンタッチャブル The Untouchables」 1987年
(監)ブライアン・デ・パルマ
(脚)デヴィッド・マメット
(撮)スティーブン・H・ブラム
(音)エンニオ・モリコーネ
(出)ケヴィン・コスナー、ショーン・コネリー、アンディ・ガルシア、ロバート・デ・ニーロ
 大ヒットしたテレビ・ドラマの映画化作品。クライマックスの駅舎内での銃撃戦は、「戦艦ポチョムキン」の明らかな引用だが、その素晴らしさに世界中の映画ファンは拍手しました。

 思えば、この監督ほど様々なジャンルの映画を撮っている人も珍しいでしょう。
「カジュアリティーズ」(1989年)はベトナム戦争もの
「虚栄のかがり火」(1990年)は名作文学の映画化作
「カリートの道」(1993年)は本格犯罪ドラマ
「ミッション・インポッシブル」(1996年)はスパイ・アクション大作
「ミッション・トゥ・マーズ」(2000年)は異星人との遭遇を描いたSF大作
「ブラック・ダリア」(2006年)は実録歴史サスペンス
「リダクテッド 真実の価値」(2007年)は社会派の実録戦争ドラマ
 こうして多くのジャンルの作品を撮りながらも、彼は「市民ケーン」やヒッチコック作品作品から受けた強い影響をそれらの作品に生かし続けました。どんなジャンルの作品にも彼はその影響を生かすことができることを証明し続けたといえます。
 それぞれの作品に潜ませた憧れの作家たちへのオマージュこそ、彼が映画を撮り続ける最大のモチベーションだったのかもしれません。


「ファントム・オブ・パラダイス Phantom of the Paradise」 1974年
(監)(脚)ブライアン・デ・パルマ Brian De Palma
(製)エドワード・R・プレスマン Edward R. Pressman
(撮)ラリー・パイザー Larry Pizer
(原)ガストン・ルルー「オペラ座の怪人」
(衣)ロザンナ・ノートン Rosanna Norton
(美)ジャック・フィスク Jack Fisk
(編)ポール・ハーシュ Paul Hirsch
(音)ポール・ウィリアムス Paul Williams、ジョージ・アリソン・ティプトン
(出)ウィリアム・フィンレイ William Finley(ウィンスロー)、ポール・ウィリアムス Paul Williams(スワン)、ジェシカ・ハーパー Jessica Harper(フェニックス)
ゲリット・グラハム Gerrit Graham(ビーフ)、ジョージ・メモリー George Memoli(フィルビン)
そして、ザ・ジューシーフルーツ The Juicyfruits、ザ・ビーチ・バムス The Beach Bums、ザ・アンデッド The Undeadsのメンバーが
アーチー・ハーン Archie Hahn、ジェフリー・コマナー Jeffrey Comanor、ハロルド・オブロノ Harold Oblono

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