懐かしきジャズメンたちの肖像画

「ポートレイト・イン・ジャズ」

- 村上春樹 Haruki Murakami -

<村上春樹とジャズ>
 村上春樹の小説と音楽の関係はきっても切り離せないものですが、中でもジャズは彼の作品にとって最重要のBGMといえるでしょう。大学時代にジャズ喫茶でバイトをしたり、その後、個人でジャズ・バーを経営していた彼にとっては、ジャズこそ青春の音楽でした。だからこ、彼とイラストレーターの和田誠氏による共著「ポートレイト・イン・ジャズ」は、村上春樹ファンには是非おさえて欲しい作品です。
 この作品は、当初は「ポートレイト・イン・ジャズ」として1995年に発表されたのに続き、1999年にその続編として「ポートレイト・イン・ジャズ2」が発表され。その後、2002年に二冊をまとめて、それに三篇を追加したものが、文庫版「ポートレイト・イン・ジャズ」として新潮社から出版されています。
 僕自身はロックやポップスから音楽ファンになったこともあり、そこからたどってのジャズ入門だったため、ジャズ・マニアとは到底言えません。それでもジャズのアナログ盤はけっこう持っているのですが、それは東京在住時代に吉祥寺の輸入盤レコードの店「芽瑠璃堂」で店長の大場さんに「鈴木君、アナログ盤で変えるうちにジャズも買っておいた方がいいよ!」と進められつつ、いつの間にか買い揃えたものです。今にして思えば、大場さんのおかげでこのサイトのためにどれだけ役立っていることか。改めて感謝です。

<僕とジャズ>
「あなたが無人島に行くとして、アルバムを一枚だけ持っていけるとしたら、誰のどの作品を持って行きますか?」
 そう聞かれたら、僕的には、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」か「サンデイ・アット・ザ・ビレッジバンガード」もしくは、マイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」、ミシェル・ルグランの「ルグラン・ジャズ」あたりを選びたいと思います。ロックのアルバムは選ばない気がします。何度聞いても飽きない作品としては、やっぱりジャズを選びたくなります。実際、これらのアルバムは今まで何回聞いたかわからないほど聞いています。そして、今でも聞くたびに新鮮な気持ちで聞くことができるのですから驚きです。
 そのアルバムが録音されたライブ・ハウスやスタジオの雰囲気までもが聞こえてくるような、空気感も含めて伝わってくるような音楽作品は最近ではめったに聞けなくなった気がします。(アナログ盤だとなおさらその空気感は伝わりるものです)村上春樹氏のようにテクニックについてまで言及できるほど音楽的素養もないのですが、ジャズももとはと言えば黒人たちが生み出したダンス・ミュージック。その中でも、よりクールでファンキーな究極のポップスと考えれば良いと僕は思っています。

<ジャズのお仕事>
 実は僕にとって、前述のビル・エヴァンスは他のアーティストとは異なる思い入れのある存在です。このサイトの中にビル・エヴァンスのページがあります。何年も前のことですが、そのページを見たテレビ番組の製作者の方が僕に連絡をくれました。ジャズの専門家ではない視点から、こんな感じの文章を他のジャズ・ミュージシャンについても書いてみませんかという依頼でした。そして、某有料チャンネルのジャズ番組でその解説を使用させてほしいということでした。最初は、たいして知識もないのに無理ですから、と断ろうとしたのですが、知らべることで知識も自然に増えるから勉強だと思って引き受けることにしました。番組が終わるまで、2年ぐらいその番組を担当させてもらったおかげで、それまで知らなかったアーティストについても勉強させてもらい、ジャズ関連の本を買ったりして、40歳を過ぎて新たなジャンルの勉強をさせてもらい楽しませてもらいました。(ピーター・バラカンさんのサイン本とか様々なアーティストのライブ映像とかの恩恵もありました)
 そんなわけで、「ポートレイト・イン・ジャズ」で村上氏が取り上げているミュージシャンのページもこのサイトの中にいつの間にかけっこう増えていたというわけです。「ポートレイト・イン・ジャズ」を読んで、このサイトを見て、そして彼らの音楽を聴いていただければ幸いです。

「ポートレイト・イン・ジャズ」 2002年
(著)村上春樹
(絵)和田誠
新潮社文庫

 以下はこの本で取り上げられているアーティストの一覧です。まだまだ他にも取り上げられていますが、このサイトで取り上げている大物を選んであります。
 右側の文章は、「ポートレイト・イン・ジャズ」にある村上氏の文章からの抜粋です。

チェット・ベイカー Chet Baker チェット・ベイカーの音楽は、紛れもない青春の匂いがする。・・・ 
ベニー・グッドマン Benny Goodman 楽器から出てくる音さえ素晴らしいものであれば、そしてそれがご機嫌にスイングさえすれば、彼は半魚人だって雇ったかも知れない。・・・
チャーリー・パーカー Charlie Parker モダン・ジャズの最高峰として歴史に名を残す偉大なサックス・プレイヤー。無敵のソリスト。
アート・ブレイキー Art Blakey  生まれて初めて「モダン・ジャズ」に触れたのは、1963年のアート・ブレイキー+ジャズ・メッセンジャースのコンサートだった。
この音楽を聴くと、僕にとってのひとつの時代の状況が、ありありとよみがえってくる。バックグラウンドはもちろん黒だ。
スタン・ゲッツ Stan Getz 僕はこれまでにいろんな小説に夢中になり、いろんなジャズにのめりこんだ。でも僕にとっては最終的にはスコット・フィッツジェラルドこそが小説であり、スタン・ゲッツこそがジャズであった。
ビリー・ホリディ Billie Holiday まだ若い頃にすいぶんビリー・ホリデイを聴いた。それなりに感動もした。でもビリー・ホリディがどれほど素晴らしい歌手かということをほんとうに知ったのは、もっと年をとってからだった。とすれば、年を重ねることにも、なにかしら素晴らしい側面があるわけだ。・・・
・・・彼女は歌う、
「あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む When you are smiling ,the world smiles with you」
 そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこり微笑むのだ。
キャブ・キャロウェイ Cab Calloway ジャズというよりもR&Bの原点と言える黒人エンターテナー。ブルース・ブラザースで復活したことでも知られます。
チャールズ・ミンガス Charles Mingus ジャズ界の異端児としてモダンジャズから前衛ジャズまで長く活躍した奇才。
ビル・エヴァンス Bill Evans 人間の自我が(それもかなりの問題を抱えていたであろう自我が)、才能という濾過装置を通過することによって、類まれな美しい宝石となってぽろぽろと地面にこぼれおちていく様を、僕らはありありと目撃することができる。
ビックス・バイダーベック
Bix Beiderbecke
ビックスの音楽の素晴らしさは、同時代性にある。もちろん音楽スタイルは古い。でも彼の紡ぎ出す、真にオリジナルなサウンドとフレージングは、古びることがない。
キャノンボール・アダレイ
Julian Cannonball Adderley
キャノンボールがホーンのリードに震わせると、そのひとつひとつの音符が、不揃いな背丈で立ち上がり、そっと床を横切ってこちらにやってくる。そして心のひだに、小さな柔らかい手を触れていく。
デューク・エリントン Duke Ellington 天才とは往々にして短気でせっかちで短命なものだが、デューク・エリントンはその才気あふれた人生を、まことに優雅に、まことにたっぷりと、まことにマイペースに生きた。見事に生ききったというべきか・・・。
エラ・フィッツジェラルド Ella Fitzgerald 女性ジャズ・ヴォーカルの最高峰として長く活躍した女王。
マイルス・デイヴィス Miles Davis ジャズからロック、ヒップ・ホップまで、ジャンルを越えることを恐れなかった数少ないジャズ界の英雄。文句なしにジャズの最高峰。
チャーリー・クリスチャン
Charlie Christian
・・・クリスチャンの演奏を聴いていると、「あれ、これはバーニー・ケッセルじゃないか。これはハーブ・エリスじゃないか。これはケニー・バレルじゃないか」と、いわば逆方向に驚かされることが多い。・・・
エリック・ドルフィー Eric Dorphy 若くしてこの世を去り伝説となったジャズ界の奇才。
カウント・ベイシー Count Basie カウント・ベイシーの音楽は事情が許す限り大きな音で聴いた方がいい、・・・
カウント・ベイシー楽団のほんとうに優れた部分は、その音の小ささにあると僕は思うのだ。・・・
ステレオのボリュームを上げて、音の洪水の中に身をまかせれば、この世は天国である。
ジェリー・マリガン Gerry Mulligan 僕らがジェリー・マリガンの音楽から一貫して感じとることができるのは、そのナイーブで内省的な魂の息吹である。音楽に対する深い尊敬の念であり、きりっと背筋ののびた潔さである。
ナット・キング・コール Nat "King"Call 黒人エンターテナーとして白人相手のショービズでも活躍。その先駆となった存在であるがゆえに、その苦労も大きかった。
デクスター・ゴードン Dexter Gordon デクスター・ゴードンは、僕にいつも樹木のイメージを抱かせる。それも野原の真ん中にそびえる、大きな樫の古木だ。
ルイ・アームストロング
Louis Armstrong
ルイ・アームストロングの音楽が、僕らにいつも変わらず感じさせるのは、「この男はほんとうに心の底から喜んで音楽を演奏しているんだ」ということである。 
セロニアス・モンク Thelonious Monk セロニアス・モンクの音楽の響きに、宿命的に惹かれた時期があった。モンクのあのディスティンク・ティヴな - 奇妙な角度で硬い氷を有効にのみ削る - ピアノの音を聴くたびに「これがジャズなんだ」と思った。
レスター・ヤング Lester Young ・・・レスター・ヤングはかつて「その曲は吹くときには、歌詞をぜんぶ覚えて歌いながら吹け」と語った。
ソニー・ロリンズ Sonny Rollins ロリンズの魅力はいくつあげられるが、中でも余人の追従を許されないのはスタンダード・ソング(唄もの)を演奏するときの、すさまじいまでの解像力だ。
アニタ・オデイ Anita Oday ビリー・ホリディ以降に登場した白人女性ジャズ歌手の中で、誰がいちばん好きかときかれたら、僕はほとんど迷うことなくアニタ・オデイの名前をあげる
アニタの優れた部分は、なんと言っても、彼女のとりあげる曲のほとんどすべてが結果として「ジャズになってしまう」ことである。
僕がいちばん好きなトラックは、小さなシカゴのジャズ・クラブで、ピアノ・トリオをバックに録音されたジョー・アルバニーの知られざる佳曲「孤独は井戸 Loneliness Is a Well」。これを聴くたびに胸がじんとする。(まさに村上作品のための曲かもしれません!)
モダンジャズ・カルテット
The Modern Jazz Quartet
檻の中に閉じ込められ、そこから抜け出ようとしている自由な歌の羽ばたきが、耳もとにありありと聴こえる。簡単に言えばそれがジャズだったんだと、あらためて思う。居ずまいを正したくなる。彼らは多くを語らないけれど、語るべきことは美に雄弁に語っている。
グレン・ミラー Glenn Miller ミラーの音楽はジャズというよりは、「ジャズのイディオムをちりばめたダンス・ミュージック」と呼んだ方が真実に近いだろう。
レイ・ブラウン Ray Brown もしレイ・ブラウンの演奏を生で聴く機会があったら、是非聴いておかれるといいと思う。「なるほど、これが本来のジャズ・ベース演奏なんだ」と納得できるはずだ。
メル・トーメ Mel Torme シナトラ的な、ラスヴェガスの大ホールのサウンドは彼の求めるところではなかった。そういうところが粋人たるゆえんなんだろうけど、ちょっと惜しいという気がしないではない。
シェリー・マン Shelly Manne シェリー・マンはどこから見ても能弁なドラマーである。しかし決して「おしゃべり」ではない。口は立つが、つまらないことは言わない。
ジャンゴ・ラインハルト
Django Reinhardt
文句なしにジャズ・ギターの最高峰。ヨーロッパのミュージシャンでアメリカのミュージシャンたちからこれだけ高い評価を得た人はいないはず。
オスカー・ピーターソン
Oscar Peterson
オールラウンドのジャズ・ピアニストであり、ジャズ・ピアノの王道的存在。個人的には彼のラテンとのコラボが好きです。
リー・モーガン Lee Morgan リー・モーガンは言うなればジャズ界のビリー・ザ・キッドだった。彼は少なくともひとつの伝説をあとに残した。誰も彼よりは速く撃てない。
ハービー・ハンコック Herbie Hancock ・・・でもこの「処女航海」はある意味では本物だった。彼らが開けてくれたのは本物の窓だった。中に入ってきたのは本物の空気だった。ときどきそういう音楽がある。それは人生のどこかで巡り合った美しい人のように、僕らの心の中でいつまでも色褪せることがない。
ライオネル・ハンプトン Lionel Hampton ジャズ・ヴァイブの第一人者として長く活躍した大御所
ホーギー・カーマイケル Hoagy Carmichael 声を聴いてもかわるように、ホーギー・カーマイケルという人はどこかしら「永遠のご隠居」みたいな雰囲気がある。
アート・ペッパー Art Pepper チャーリー・パーカーを、奇跡の羽を持った天使とするなら、アート・ペッパーはおそらく変形した片翼を持った天使だ。彼ははばたく術を知っている。自分が行くべき場所を承知している。しかしその羽ばたきは、彼を約束された場所へとは連れて行かない。
フランク・シナトラ Frank Sinatra とにかくフランク・シナトラという人は、どんな曲でも、汗ひとつかかず、軽々と自分のポケットに収めてしまう特別な能力を持っていた。
ギル・エヴァンス Gil Evans ギル・エヴァンスの音楽には、北極圏の光を思わせるような、クリアな痛切さがある。

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