歴代大統領と人種差別問題を見続けた男


「大統領の執事の涙 A Butler Well Served by This Election」
<人種差別との長い闘い>
 2016年7月、白人警官による黒人青年の射殺事件から火が付いたアメリカ全土を覆う人種間闘争は、オバマ大統領の退任を待っていたかのようにその危険さを増しつつあります。再びアメリカは、1967年の「長く熱い夏」と呼ばれた危険な状況に近づきつつあるのかもしれません。もし、これでトランプが新大統領になってしまったら・・・。結局、アメリカの人種間の不平等は21世紀に入ってもなお、黒人初の大統領が誕生してもなお変わらなかったのかもしれません。
 そんな不穏な2016年に見直すと、この映画の感動が色あせてしまいかねないのですが・・・。それでもなお、長い目で見ると、この映画で描かれたアメリカにおける人種差別の歴史は、ひとつの区切りとして意味をもつと思いたいです。
 34年間に渡りホワイトハウスで執事として働いた黒人、セシル・ゲインズから見た歴代大統領の素顔。そして、彼の家族の周囲で起きた様々な出来事を人種差別との闘いが続いたアメリカの現代史と並行して描いたドキュメンタリー・タッチの作品です。正直、予想以上に良くできた作品でした。アメリカの20世紀を知るにも最適なテキストの一つでしょう。

<魅力的な出演者>
 高校生の息子が珍しく「こういう本物の話っていいよね」と感想を言っていました。普段はマーベルもののSFアクションものばかり観ているのですが・・・。実は、この映画にはそんなハリウッド・アクションものしか観ない観客をひきつける仕掛けがあります。それは、歴代大統領を演じる俳優たちの顔ぶれです。
 例えば、ロナルド・レーガンを演じるのが、「ハリー・ポッター」シリーズのスネイプ先生。アイゼンハワー大統領は「ナイトミュージアム」のルーズベルト大統領。ジョンソン大統領は、「ウルヴァリン」のライバル、セイバー・トゥース。ジョン・F・ケネディが、同じく「ウルヴァリン」の仲間だったサイクロプス。それぞれの俳優たちの大統領っぷりだけでも、映画ファンには楽しいはずです。
 それと、この映画は音楽ファンも要注意です。主人公の母親役であのマライア・キャリー、それに彼の同僚の執事役でレニー・クラヴィッツという大物アーティストが出演しています。マライアはまさかの汚れ役を演じ、レニーはまさかのオッサンぶりです。

<史実に基づく展開>
 もちろん、物語の方はハリウッドの娯楽アクション映画とは異なり、ドキュメンタリー映画のように史実を下敷きとする地味なドラマで、ラストにお涙頂戴的な演出があるわけではありません。ちゃんと物語をそれから後へとつなげる現在進行形の終わり方になっていて好感がもてます。
 それぞれの時代、それぞれのエピソードに登場する大統領たちの苦悩の表情を演じる俳優たちの演技とそれを見つめる黒人執事の考え方の変化を追うだけでも、アメリカの20世紀の一面が見えてきます。
 ここでは改めて、主人公セシル・ゲインズがホワイトハウスで執事として働いていた34年間とアメリカに初の黒人大統領が誕生するまでの歴史を人種差別に関わる事件を中心に振り返ろうと思います。
 この映画では、政府側(ゲインズ側)の視点と彼の息子たち(黒人側)両方から描くことで、歴史をより立体的、客観的に見せることに成功していますが、ここではもう少し深く事件を知ることができると思います。それぞれの事件について、少しずつでも深く知るとこの作品はより楽しめるはずです。是非、参考にしてください。

<歴代大統領と人種差別問題に関する出来事>
ドワイト・D・アイゼンハワー Dwight David Eisenhower(第34代)共和党
1953年1月20日~1957年1月20日~1961年1月20日(2期)(副大統領:リチャード・ニクソン)
1954年
ブラウン判決
リチャード・ライト著「ブラック・パワー」出版
1955年
エメット・ティル事件
モントゴメリー・バス・ボイコット運動
1956年
アラバマ大学に黒人学生ルーシーが入学
バスの座席における人種差別に違憲判決
1957年 
リトルロック暴動
キング牧師らがSCLC南部キリスト教指導者会議結成
公民権法成立(黒人の投票権を保証する法律)
1960年
「シット・イン運動」
 座席を人種によって分けるレストランに入店し、白人席に座って注文を行うデモンストレーション活動
ジョン・F・ケネディ John Fitzgerald Kennedy(第35代)民主党
1961年1月20日~1963年11月22日(任期中の死亡)(副大統領:リンドン・B・ジョンソン)
1961年
「フリーダム・ライダース運動」
 ワシントンから差別の激しかった南部のニューオーリンズに向けてバスで移動しながら公民権運動を広めるためのデモンストレーション活動
 大学生を中心に多くの若者たちが参加したが、KKKなどにより南部各地で妨害を受けた。
1963年
ワシントン大行進
ミシシッピー州のNAACP支部長メドガ―・エヴァーズ暗殺事件
リンドン・B・ジョンソン Lyndon Baines Johnson(第36代)民主党
1963年1月20日~1965年1月20日(臨時)~1969年1月20日(副大統領:ヒューバート・H・ハンフリー) 
1964年
「新公民権法成立」(7月2日)
「民主党全国大会」
 民主党内の公民権反対派(ミシシッピー州民主党)について党内が分裂。これが黒人側に過激派を登場させるきっかけとなる
「SNCCの活躍」
 SNCC学生非暴力調整委員会が中心となり公民権運動に白人学生を動員し活動が活発化
「ミシシッピー・バーニング」
 ミシシッピー州で公民権活動家3人が殺害され、白人21人が逮捕される(映画「ミシシッピー・バーニング」)
「キング牧師ノーベル平和賞受賞」(12月10日)
「ハーレム黒人暴動発生」
 ニューヨークの黒人居住地区ハーレムで黒人暴動が発生
1965年
「マルコムX暗殺事件」(2月21日)
「セルマ自由の行進」(3月7日)
 アラバマ州セルマから投票手続きの差別に対するデモがスタート。州兵らの攻撃により撃退されるが、テレビ報道などにより広く知られることで公民権運動が広がる
「ワッツ黒人暴動」(8月11日~17日)
 ロサンゼルスのワッツ地区で黒人暴動発生(死者34人、負傷者1000人、逮捕者4000人)
1966年
「ジェームス・メレディス暗殺未遂事件」(6月6日)
 公民権運動活動家ジェームス・メレディスがメンフィスからジャクソンへの「恐怖に抗する行進」の途中で撃たれる
「モハメド・アリ徴兵拒否」
 カシアス・クレイから改名したモハメド・アリが兵役を拒否したために、世界ヘビー級王座を剥奪される
1967年
「ブラック・パンサー党」
 カリフォルニア州オークランドにてヒューイ・P・ニュートン、ボビー・シールらによりブラック・パンサー党設立。「ブラック・パワーを提唱」
「長く熱い夜」
 ニュージャージー州ニューアークで黒人暴動発生し26人が死亡(7月12日)
 デトロイトなどアメリカ国内で黒人による暴動が多発、過去最大規模に発展。この後3年間で101の都市で暴動が起き、130人が死亡することになります。
1968年
キング牧師暗殺事件(4月4日)
「メキシコ・オリンピックでのブラック・パワー宣言」
メキシコ・オリンピック男子200mで金メダルを獲得したトミー・スミスと3位のジョン・カルロスが、首に黒いスカーフ、黒いソックスと黒い手袋を高く掲げて表彰台に登壇。
ブラック・パワーを宣言しアメリカ政府への批判を行ったことに対し、オリンピック委員会がメダルを剥奪。
リチャード・ニクソン Richard Milhouse Nixon(第37代)共和党
1969年1月20日~1973年1月20日~1974年8月9日(任期途中の辞任)(副大統領:スピロ・アグニュー、ジェラルド・フォード)
ウォーター・ゲート事件
ジェラルド・R・フォード Gerald Rudolph Ford Jr.(第38代)共和党
1974年1月20日~1977年1月20日(副大統領:ネルソン・ロックフェラー)
ジミー・カーター James Earl Carter(第39代)民主党
1977年1月20日~1981年1月20日(副大統領:ウォルター・モンデール)
ロナルド・レーガン Ronald Wilson Reagan(第40代)共和党
1981年1月20日~1985年1月20日~1989年1月20日(副大統領:ジョージ・W・ブッシュ)
サンシティ・ボイコット運動(1985年)
「反アパルトヘイト法成立」(1986年)
ネルソン・マンデラ釈放(1990年)
ジョージ・H・W・ブッシュ George Herbert Walker Bush(第41代)共和党
1989年1月20日~1993年1月20日(副大統領:ダン・クエール) 
ビル・クリントン William Jefferson Clinton(第42代)民主党
1993年1月20日~1997年1月20日~2001年1月20日(副大統領:アル・ゴア)
ジョージ・W・ブッシュ George Walker Bush(第43代)共和党
2001年1月20日~2005年1月20日~2009年1月20日(副大統領:ディック・チェイニー) 
バラク・オバマ Barak Hussein Obama Ⅱ(第44代)民主党
2009年1月20日~2013年1月20日~2017年1月20日(副大統領:ジョー・バイデン)
初の黒人大統領オバマ当選(2009年)



「大統領の執事の涙 A Butler Well Served by This Election」 2013年
(監)リー・ダニエルズ
(原)ウィル・ヘイグッド
(脚)ダニー・ストロング
(撮)アンドリュー・ダン
(音)ホドリゴ・レオン
(編)ジョー・クロッツ
(衣)ルース・E・カーター
(出)
(ゲインズ家)
フォレスト・ウィテカー(セシル・ゲインズ)、オプラ・ウィンフリー(ゲインズの妻)、デイヴィッド・オイェロウォ(長男)、マライア・キャリー(ゲインズの母)
ヴァネッサ・レッドグレープ(ゲインズ家の元の所有者)、キューバ・グッデン・Jr、レニー・クラヴィッツ(ゲインズの同僚)
(歴代大統領)
ロビン・ウィリアムズ(ドワイト・アイゼンハワー)、ジェームス・マースデン(ジョン・F・ケネディ)、リーヴ・シュライバー(リンドン・B・ジョンソン)、ジョン・キューザック(リチャード・ニクソン)
アラン・リックマン(ロナルド・レーガン)
(歴史上の人物)
ネルサン・エリス(マーティン・ルーサー・キング)、ジェーン・フォンダ(ナンシー・レーガン)、バラク・オバマ(本物)、ジェシー・ジャクソン(本物)

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