- プリンス Prince -

<プリンスという名前>
 プリンスという名前は、意外なことに本名です。正確には、プリンス・ロジャース・ネルソンといいます。その名は、ジャズ・バンドのリーダーをしていた彼の父、ジョン・ネルソンの芸名からとられたものです。しかし、彼の父の影響はその名前やミュージシャンとしての資質だけではありませんでした。彼の父が信じていた宗教、セブンスデー・アドヴェンティスト派の生き方もまた、プリンスにかなりの影響を与えているようです。

<セブンスデー・アドヴェンティスト派>
 キリストの再臨と最後の審判がやがて訪れることを信じるキリスト教の一派、セブンスデー・アドヴェンティスト派は、土曜日を安息日とし、豚肉、ハム、エビなどを食べず、アルコール、タバコ、薬品、コーヒーなどの刺激物もいっさい認めていません。当然、映画やテレビ、音楽、ダンスなど低俗と見なされる娯楽への参加も禁じられています。さらに、信者はあらゆる化粧品や派手な服装、宝石などの着用も避けなければならないことになっているとのことです。

<プリンスの二つの顔>
 彼の過激なまでにセクシーでファンキーな音楽の数々は、父の信ずる宗教への反発から生まれたのでしょうか?否、もちろんそんな単純な話しではなさそうです。彼は、ある日女の子を部屋に連れ込んでいたのを見つかり、父親に家を追い出されたのですが、そんな彼を預かり面倒をみてくれた友人の父親もまた、セブンスデーの信者で、彼の曲にはこの宗派の格言が多用されているらしいのです。それに、彼はいっさい麻薬には手を出しておらず、作品の中で麻薬の使用を止めようという呼びかけも行っています。どうやら、彼の心の中では相反する二つの顔が常に葛藤を繰り替えし、それが彼の創作の原動力になっているようです。

<バットマンとジョーカー>
 彼が音楽を担当し、作品とともに大ヒットした映画「バットマン」、あの映画のひと味違うヒーロー「バットマン」こそ、プリンスの人間性を最もよく現す存在かもしれません。心の奥に謎のトラウマ(心の傷)を隠し持つヒーロー、バットマンと悪役でありながら、どこか憎めないジョーカーやペンギン男たち、この個性的で複雑な精神構造をもつキャラクターたちこそが「バットマン」の魅力であることは間違いないでしょう。
 プリンスにおける二つの顔、神の言葉を語り、麻薬の使用を止めるよう呼びかける「ヒーローとしての顔」と紫色に染められたピッタリとした衣装でセクシーさを前面に押し出し、露骨な歌詞でセックスを賛美する「ダーティー・マインドな顔」、この二つの個性が激しくぶつかり合うことで、セクシーかつ情熱的でありながら、クールかつ繊細な名曲の数々が生み出されたのです。(ついでながら、シーナ・イーストンシーラ・Eの後、「バットマン」の主演女優キム・ベイシンジャーもまたプリンスのそんな魅力にひかれて彼の虜になってしまったのでしょう)

<トータル・ブラック・ミュージック>
 彼の音楽は実に多くの要素から成り立つ、トータル・ブラック・ミュージックとでも呼ぶべきものですが、それは多くの先輩たちの存在なくしてはあり得なかったこともまた確かです。
例えば、世界的出世作「パープルレイン」サントラ盤での彼のギター・プレイには、ジミ・ヘンドリックスが乗り移っているかのようです。それに、彼の白黒混合のファンキーなバックバンド、レヴォリューションは、スライのバックバンド、ファミリーストーンの現代版かもしれません。それにもちろん、彼のヴォーカル・スタイルは、ファンクの帝王、ジェームス・ブラウンが基礎になっていることは明らかだし、ダンスだって、彼の身長があと10センチ高ければ、マイケル・ジャクソン並の見栄えの良いパフォーマンスを見せられるはずです。「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」は、まさにプリンス版「サージェント・ペパーズ…」だし、「サイン・オブ・ザ・タイムス」でのラップや「ラブセクシー」でのハウスの導入も見逃せません。
 あのマイルス・デイビスが、プリンスを非常に高く評価していて、ジョイント・アルバム制作の話しも具体化していたと言います。マイルスには、プリンスこそ「黒人音楽の未来形」、「究極のトータル・ブラック・ミュージック」であるという考えがあったようです。

<最新のプリンス>
 プリンスは、一時期レコード会社とのトラブルから、あえてプリンスの名を使わず、「The Artist Formerly Known As Prince かつてプリンスと呼ばれていた男」という奇妙な名前で活動をしていました。しかし、その裁判にもけりがつき、再びプリンスの名前での活動を開始しました。そして1999年から2000年のニューイヤー・イブ・コンサートでのプリンスは、彼の活動の総決算的な内容を展開しています。集められたゲスト・ミュージシャンも豪華でした。スライ・ファンクの原点、元祖チョッパー・ベース、元ファミリー・ストーンのベーシスト、ラリー・グラハムがいました。ジェームス・ブラウン・ファンクの基本だった人物、元JB'sのリーダー、サックス奏者のメイシオ・パーカーも呼ばれていました。そして、次世代を担うであろうブラック・ロックのヒーロー、レニー・クラヴィッツとの共演もありました。かつて僕は横浜アリーナでプリンスのライブをみましたが、それに比べると、今回は徹底的にバンド・サウンドにこだわった最高にファンキーなパフォーマンスでした。それは、彼自身の総決算であることはもちろん、20世紀ブラック・ミュージックの総決算を意識してつくられていたような気がします。いよいよ彼は、ブラック・ミュージックにおける最高のエンターテイナーになろうとしているのかもしれません。

<プリンスとマイルス>
 最後にこんな逸話があることを紹介しておきます。
マイルス・デイビスは、ものごころついた時の最初の記憶として、次のようなに言っています。
「俺が生まれて何年か後に大きな竜巻がやってきて、セントルイスをメチャクチャにしていったことだ。だから、俺は今でも時々かんしゃくを起こすんじゃないかと思っている。あの竜巻が暴力的な力を俺の中に残していったんだ。…だって、トランペットを吹くには強い風が必要だろう」
そして、プリンスにも似たようなことがありました。それは1973年彼が14歳でミュージシャンとしての活動を始めたばかりのことでした。大雨によりミシシッピー川が氾濫し、彼の故郷ミネアポリスの街は跡形もなく流されてしまいました。これによって、彼は生まれ育った家と永久に別れることになったのです。プリンスの場合、彼に力を与えたのは風ではなく、もっとエロチックでウェットな存在、川の流れだったというわけなのです。

<締めのお言葉>
「ファンクというやつを言葉で表現しようとするのは、ちょうど性的な恍惚感を文字にして書くようなものだ。どちらを感じるときにも、時間が空白になり、言葉がなくなって、痺れるような感動だけが残る」 バリー・ウォルターズ「ヴィレッジ・ヴォイス」より

<追記>(2014年)
武満徹がディヴィッド・シルヴィアンを介して大竹伸朗と逢ったとき、「今一番興味のある音楽家は誰ですか?」というシルヴィアンの問いに、武満は「プリンス」と答え、彼がいかに素晴らしいかを懸命に説明したという。1990年のことだ。人類の欲望との対決、プリンスはそれを自覚的に音楽で表明している希有な才能の持ち主である。
湯浅学「音楽は降ってくる」より

<訃報>
 2016年5月21日、ミネアポリスの自宅で突如この世を去りました。まだ57歳。なんと僕と同学年だったようです。
 まだまだこれからできることはいろいろあったはずです。
 実は、我が家の車のナンバーは「1999」です。これはもちろん彼の名曲「1999」からとったものです。
 ご冥福をお祈りします。

 僕は毎日、ラジオを聴いているのですが、彼の死後、追悼で彼の曲がバンバンかかるかと思いきや、さっぱりでした。
 僕は、正直、マイケル・ジャクソンより、プリンスの方が好きだったし、音楽的にも彼の革新性は偉大だったと思うのですが、マイケル、どころかデヴィッド・ボウィの死去に比べても、彼の取り上げられ方はずいぶん少なく寂しい気がします。
 元々彼の音楽はジャンル的に扱いにくかったし、キャラクターがつかみにくい人物だったせいでしょうか。
 かなり悔しい気がしています。まだまだバリバリ活躍していて過去の人出はなかっただけに、より残念です。

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