「サイコ Psycho」 1960年
「ヒッチコック Hitchcock」 2012年

- アルフレッド・ヒッチコック Alfred Hitchcock -

<エド・ヴェイン>
 この映画の原作となった同名の小説「サイコ」は、小説家のロバート・ブロックがエド・ベインという犯罪者をモデルにして書いたと言われています。事件が起きたのは1957年のこと、ウィスコンシン州のプレーンフィールドで二人の女性が殺されました。犯人として逮捕されたエド・ベインはなんと自宅で殺害した女性をバラバラに切り刻み、頭部をランプ・シェードとして使い、皮膚もまたシート状にして使っていました。彼の家を家宅捜査した警察官たちは、これだけでも十分に驚いたはずですが、その後、彼らは犯人の母親の遺体も発見します。そして、そのミイラ化した死体はなんと12年も前からそこにあったことがわかったのです。なんと犯人は、自分の母親の死体と12年間暮らしていたのでした。確かにエド・ベインの事件は、「サイコ」のストーリーとかなり近いのですが、もう一本猟奇殺人映画の傑作「羊たちの沈黙」もまた「サイコ」を原作として作られていることがわかるのではないでしょうか。
 原作に忠実という意味では、「羊たちの沈黙」の方がエド・ベイン事件に迫っているのかもしれませんが、あれだけ衝撃的な映像を作品化できたのは1990年代だったからでもあります。そう考えると、「サイコ」が作られた1960年という時代において、そこで描き出された世界は十分に衝撃的でした。

<映画化までの道のり>
 「サイコ」の映画化権を買ったアルフレッド・ヒッチコックは、パラマウント映画にすぐにその企画を持ち込みます。しかし、パラマウント側はストーリーがあまりに猟奇的なため、到底映画化は不可能であると判断、出資を断ります。それに対しヒッチコックは、フィルムにかかる経費の60パーセントを自費でまかなうから撮らせてほしいと直訴。さらに経費を抑えるため、当時としては珍しくなりつつあった白黒映画として製作することで、やっと了解を得ることができました。実は、この低予算の製作方法は、彼が1955年から関わっていたテレビ・シリーズ「ヒッチコック劇場」でおこなっていた方法を流用したものでもありました。
 こうして映画化に苦労したためか、彼はこの映画について、ひとつの思惑がありました。元々彼は完ぺき主義者であるがために毎回のように製作費を予算以上に使ってしまい、その赤字分を自腹でカバーすることもたびたびありました。「ヒッチコックの作品は、ヒットはするが金がかかりすぎる」そんな業界内の批判に対し、金をかけなくてもヒット作はアイデア次第で作れるのだということを証明してやろうじゃないか、そんなことを考えていたのです。
 そんなわけでこの映画はお金をかけずにアイデアで勝負するということに徹底的にこだわった作品となったわけです。そのため、この作品ではあえて、大物スター、例えばジェームス・スチュアートやグレース・ケリーのような大物俳優はあえて使いませんでした。そして、彼の目論見どおり、この映画はヒッチコックにとって最も収益が上がった作品となりました。パラマウントの出資額は250万ドルでしたが、売り上げは1300万ドルを越え、未だに収益を上げ続けています。(この金額は、現在の金額に換算すると、100億円以上になるはずです)それにしても、これだけ低予算にこだわって作られた作品が、なぜここまでの大ヒットとなったのでしょうか?改めて、「サイコ」の魅力に迫ってみたいと思います。

<ヒッチコックのこだわり>
(1) ヒッチコックの映画には、他の監督たちの作品とは異なるいくつかの特徴があります。特に特徴的なのは、彼の作品のほとんどが犯罪映画でありながら、刑事や警官が活躍する作品はほとんどないということです。これには理由があるといわれています。
 彼が五歳の時、父親に頼まれて警察に手紙を届けにいったところ、突然そこで彼は逮捕され留置場へ入れられてしまいます。実は、これは父親とその友人の警察官がぐるになり、「悪いことをすると、こうなるぞ!」という脅しのためにやった狂言だったのでしたが、当人にとってはそれが強烈なトラウマ体験となってしまいました。当然、彼は警察官を信じることができなくなり、そのことが映画にも大きな影響を与えることになるのでした。
 「サイコ」もその例外ではなく、殺されてしまった女性の行方を捜査するのは警官ではなく、彼女の恋人と妹の二人でした。

(2) 彼の作品の特徴として、観客ののぞき趣味を満足させる独自の撮影手法があります。ジェームス・スチュアートとグレース・ケリー主演の「裏窓」はその典型的な作品ですが、「サイコ」でも、そんなのぞき趣味の撮影が行われています。特に前半部、当時の人気女優ジェネット・リーを下着姿にしてのラブ・シーンでは観客にいきなりホテルの部屋をのぞき見させることで共犯者の仲間入りをさせます。さらにあの有名なシャワーでの殺人シーンでは、ナイフによる惨殺という恐怖とジャネット・リーのヌード・シーンをチラ見させるエロチックさ、この二つを同時に見せることで観客の目を画面に釘付けにしてしまいました。
 ちなみに、このシーン、編集の際にジャネット・リーの乳首や恥毛が見えないように細かくフィルムをカットしなければならず、物凄い苦労をしたそうです。しかし、そうやって見えるか見えないかをギリギリのところまで留めたことで、この映画はエロチックさを際立たせることに成功したのです。

(3) エロチシズムという点で見ると、ヒッチコック監督の女優の使い方もまた特徴的です。彼はヒロインとして「クール・ビューティー」タイプの女優、それもブロンド・ヘアーだけを使うことで有名でした。主な顔ぶれは、イングリッド・バーグマン、グレース・ケリー、キム・ノヴァク、ティピー・ヘドレンですが、中でもティッピー・ヘドレンの場合は俳優としてまったく無名だったにも関わらず、その美しいブロンド・ヘアーに惚れ込んだヒチコックが見た目だけで選んでしまったともいわれています。数々の女優たちの中でも、ヒッチコックにとっての理想のタイプは、グレース・ケリーだったようです。彼女こそ典型的なクール・ビューティーであり、清楚なイメージを持ちながらも、その裏側に隠されたエロチシズムをのぞかせることができる究極の女優とヒッチコックは考えていました。彼にとって、セクシーな女優とは、けっしてマリリン・モンローのような「厚い唇」タイプの女性ではなかったのです。
 彼はグレース・ケリーを「雪をかぶった活火山」と称していましたが、一説によると彼女は実はマリリン・モンローに匹敵する色情狂だったともいわれています。その点、ヒッチコックの目は確かだったのかもしれません。それだけに、彼女がモナコ王妃になって引退してしまったことは、彼にとって大きなショックだったわけです。考えてみると、ヒッチコックのお気に入りだったイングリッド・バーグマンも、イタリアの映画監督ロベルト・ロッセリーニを追ってイタリアに渡ってしまったので、ヒッチコックとしては、惚れた女優が次々とヨーロッパに奪われてさぞや悔しかったことでしょう。それでも、ジャネット・リーも当時は清純派の女優で売っていただけにヒッチコックの起用方法に男性の観客は喜ばされたはずです。(ちなみにジャネット・リーのこの時の使い方を見事にパクッたのが、ブライアン・デ・パルマ監督がヒッチコックに捧げた作品「殺しのドレス」の中のアンジー・ディッキンソンの役どころでした)

<旺盛なチャレンジ精神>
 彼は映画技術の発展にあわせて常に新しい技術を導入し、自らの作品を新しくしてゆく旺盛なチェレンジ精神をもっていました。1929年イギリスで活動していた当時、彼はいち早くサイレントからトーキーへの転向を行い、発展途上の技術を用いて大ヒットを放っています。
 1942年の「逃走迷路」以降、すべての作品に彼が映画のどこかで特別出演しているのは有名です。この俗に「カメオ出演」というお遊びを始めたのもやはり彼でした。もちろん、「サイコ」にも彼は出演しています。
 映画監督として活躍していながらテレビ番組「ヒッチコック劇場」を手がけ、テレビ時代へいち早く対応したのも彼が最初でした。
 シュールレアリスムと心理学の関係に目をつけた彼は、あのサルバドール・ダリとコンビを組み、前衛的なサスペンス映画「白い恐怖」を製作。(あまりに前衛的であまりに非現実的なシュールレアリスムの世界と現実を組み合わせるのは、ちょっと無理があったようで、成功したとはいいがたかったのですが・・・)
 1954年の「ダイヤルMを廻せ!」では、当時登場したばかりの特殊メガネを使う3D方式を採用しています。
 では、この映画「サイコ」の場合はというと、、彼はこの映画の公開の際、あえて「途中入場お断り」を広告宣伝の前面に打ち出しました。それは観客にじっくりと初めから見てもらうための配慮だったのですが、、それ以上に「サイコ」をブームにするための仕掛けだったと考えるべきでしょう。彼は映画の中で観客の目を釘付けにするだけでなく映画館の外を歩く人の目をも釘付けにする根っからの仕掛け人だったのです。
 この映画にも登場している性倒錯者を映画の中で描いた先駆けもまた彼だったかもしれません。なにせ、1930年公開の「殺人!」ですでに彼は同性愛で女装趣味の殺人犯を登場させているのです。

<狂気一歩手前の心>
 「サイコ」という作品の重要な点は、ヒッチコックの作品「めまい」や「白い恐怖」などですでに見られていたサスペンス(現実)とホラー(非現実)の壁の消失がギリギリまでいっていた点かもしれません。もともとヒッチコックの作品は主題となる事件について、その具体的な手口や謎解き、犯人探しを描いているわけではありません。その事件に巻き込まれて混乱したり、苦しんだり、悲しんだりする主人公の「心」を描くことがヒッチコック映画の基本なのです。さらには、こうして乱れた「心」が生み出す誤解や錯覚によってドラマはより複雑化し、観客もまた主人公とともに映画の中で逃げ惑い、さ迷い歩かされることになるわけです。
 しかし、こうした主人公の「心」の混乱は一歩間違えると精神の異常やオカルト現象と混同されがちです。
 ヒッチコックの弟子ともいえるブライアン・デ・パルマの出世作「キャリー」は、その点ヒッチコックがギリギリの線で越えずにいた超常現象への一線を越えて生み出された作品といえます。ヒッチコック自身、「鳥」ではその一線を踏み越えていたといえるのですが、「サイコ」ではギリギリその線を踏み越えずにいました。(テレビ・シリーズの「ヒッチコック劇場」には、その線を越えたオカルト的な作品がありました)
 実は、「サイコ」のラストでノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)が母親の衣装を着て、サムたちを襲うシーン。ヒッチコックは、ここでベイツの顔に母親の顔をオーバー・ラップさせるかどうかをさんざん迷ったそうです。もし、母親の重ねていたとしたら、ベイツに母親の霊魂が乗り移ることによって、事件が引き起こされたのだというオカルト的な見方も可能になっていたはずです。しかし、ヒッチコックはあえてそうはしませんでした。このあたりのこだわりこそ、「サイコ」がヒッチコックの最高傑作のひとつといえる理由のひとつであり、逆に彼の映画の限界だったともいえるのかもしれません。

<実験映画としての「サイコ」>
トリュフォー
「『サイコ』は実験映画と言っていいでしょうか?」
ヒッチコック
「そうだな、そう言っていいかもしれないな。しかし、わたしの最大の満足は、この映画が観客にすばらしくうけたことだ。それがわたしにはいちばん大事なことだ。テーマなんか、どうでもいい。演技なんか、どうでもいい。大事なことは、映画のさまざまなディティールが、映像が、音響が、純粋に技術的な要素のすべてが、観客に悲鳴を上げさせるに至ったということだ。大衆のエモーションを生み出すために映画技術を駆使することこそ、わたしたちの最大の歓びだ。・・・
 映画の内容つまりシナリオよりも映画そのものの表現方法にわたしたちが歓びを見出す映画づくりの分野があるということなんだ。この種の映画で、いちばん重要なのは、キャメラだ。映像だ。当然ながら、批評家の評価は得られないだろう。批評家というのは映画の主題やストーリーにしか興味を持たないものだからね。しかし、映画は、シェイクスピアの芝居と同じように、観客のためにつくられるべきなんだよ。」


「サイコ Psycho」 1960年
(監)(製)アルフレッド・ヒッチコック
(脚)ジョセフ・ステファノ
(原)ロバート・ブロック
(撮)ジョン・L・ラッセル
(音)バーナード・ハーマン
(出)アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、マーチン・バルサム、ベラ・マイルズ
<あらすじ>
 マリオン(ジャネット・リー)とサムは恋人同士でしたが、常にお金にこまる状態でした。そんなある日、社長に銀行に預金するように4万ドルを渡された彼女はそのお金を持ったまま街を出てしまいます。サムと落ち合うため、彼女は町外れの小さなモーテルに泊まることにしました。ところが、真面目そうな青年ノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)と母親が経営するモーテルに一人で泊まった彼女は、その夜シャワーを浴びているところを何者かに襲われナイフによって惨殺されてしまいます。
 ベイツはその犯人が母親であると気づき、証拠隠滅を図るため、マリオンの遺体を車ごと沼に沈めてしまいます。サムの依頼によりマリオンを探していた私立探偵(マーチン・バルサム)も、やはりモーテルで殺されてしまいますが、自らの手で捜査を始めたサムとマリオンの妹(ベラ・マイルズ)は、ついにそのモーテルの存在を突き止めます。そして、いよいよそのモーテルの衝撃的な謎が解き明かされることになるのですが、・・・・・・。

<追記>2016年2月
「ヒッチコック Hitchcock」 2012年
(監)サーシャ・ガヴァシ
(原)スティーヴン・レベロ「アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ」
(脚)ジョン・J・マクロクリン
(撮)ジェフ・クローネンウェス
(特殊メイク)ハワード・バーガー
(編)パメラ・マーティン
(音)ダニー・エルフマン
(出)アンソニー・ホオプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン、トニ・コレット、ジェシカ・ビール、ダニー・ヒューストン、ジェームズ・ダーシー
 ヒッチコックが「サイコ」を完成させる過程を描いたメイキング映画であると同時に彼とその妻アルマとの関係を描いたラブ・ストーリーでもあります。
 ヒッチコック映画のファンにはたまらない作品です。彼の「覗き趣味」や「ブロンド好き」、「俳優への異常な干渉」なども描かれていて、けっして彼を美化せずに作られていますが、彼のブラックなユーモア・センスやチャーミングな一面もちゃんと描かれているので、人間ヒッチコックを描いたドラマとして十分見ごたえがあります。
 名優アンソニー・ホプキンスが目元以外、ほとんど別人にメイクアップしてヒッチコックを演じています。彼が意識的に横向きに立った時のシルエットがあまりにもヒッチコックに似ていて笑えます。顔の角度やお腹の出具合までそっくりです。(同じ事件を題材にした「羊たちの沈黙」では彼はレクター博士を演じています)彼以外にも、アルマを演じたヘレン・ミレン、ジャネット・リーを演じたスカーレット・ヨハンソン、アンソニー・パーキンスを演じたジェームズ・ダーシー・・・素晴らしい演技です。
 それにしても、こうした名作のメイキング作品って、なんて楽しいんでしょう。「市民ケーン」とか「アラビアのロレンス」とか「ゴッドファーザー」とか「ブレードランナー」とか、名作のメイキング映画をもっともっと見たいと思います。

<この年の映画>

カンヌ映画祭でフェデリコ・フェリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニが活躍。イタリア映画が勢いをとりもどす。

「アパートの鍵貸します The Apartment」(監)ビリー・ワイルダーアカデミー作品賞、監督賞)(出)シャーリー・マクレーン(ヴェネチア映画祭主演女優賞
「甘い生活」(監)フェデリコ・フェリーニ(出)マルチェロ・マストロヤンニ(カンヌ映画祭パルムドール
「雨のしのび逢い」(監)ピーター・ブルック(原)(脚)マルグリット・デュラス(ジャンヌ・モローがカンヌ映画祭主演女優賞
「ある夏の記憶」(監)ジャン・ルーシュ(シネマ・ヴァリテを代表するドキュメンタリー映画の傑作)
「栄光への脱出 Exodus」(監)オットー・プレミンジャー(脚)ダルトン・トランボ(音) Ernest Gold(アカデミー音楽賞、イスラエルの独立・侵略映画)
「エルマー・ガントリー Elmer Guntry」(監)リチャード・ブルックス(バート・ランカスター、シャーリー・ジョーンズがアカデミー主演男優、助演女優賞
「怪人マブゼ博士」(監)(脚)フリッツ・ラング(脚)ハインツ・オスカー・ワティグ(撮)カール・レーブ(出)ドーン・アダムス
「かくも長き不在」〈監)アンリ・コルピ〈脚)マルグリット・デュラス、ジェラール・ジャルロ〈出)アリダ・ヴァリ、ジョルジュ・ウィルソン
荒野の七人 The Magnificent Seven」(監)ジョン・スタージェス(音)Elmer Bernstein
「サイコ Psycho」(監)アルフレッド・ヒッチコック(音)Barnard Herrmann
サンダウナーズ The Sundowners」 (監)フレッド・ジンネマン
GIブルース G.I.Blues」 (監) ノーマン・タウログ(E.プレスリーのヒット作)
処女の泉 Jungfurkarran」 (監)イングマール・ベルイマン(脚)ウラ・イサクソン(出)ビルギッタ・ペテルソン、マックス・フォン・シドー
(スウェーデンを代表する監督の代表作、カンヌ映画国際批評家連盟賞賞)
「情事」(監)(脚)ミケランジェロ・アントニオーニ(脚)トニーノ・グエッラ他(出)ガブリエル・フェルゼッティ、モニカ・ヴィッティ(カンヌ映画祭審査員賞
「素晴らしき風船旅行」(監)(脚)アルベール・ラモリス(出)パスカル・ラモリス、アンドレ・ジル
「スパルタカス Spartacus」 (監)スタンリー・キューブリック(脚)ダルトン・トランボ(ピーター・ユスティノフがアカデミー助演男優賞
「太陽がいっぱい Plein Soleil」 (監)ルネ・クレマン(音)Nino Rota(アラン・ドロンの出世作、青春犯罪映画の原点)
「血とバラ Blood and Roses」(監)ロジェ・バディム(ドラキュラ映画に駄作なしの典型的傑作)
「血を吸うカメラ」(監)マイケル・パウエル(原)(脚)レオ・マークス(撮)オットー・ヘラー(出)カール=ハインツ・ベーム(トラウマによる異常犯罪を描いた心理カルト映画の元祖)
「地下鉄のザジ」(監)(脚)ルイ・マル(原)レーモン・クノー(脚)ジャン・ポール・ラプノー(出)カトリーヌ・ドモンジョ、フィリップ・ノワレ
「土曜の夜と日曜の朝」(監)カレル・ライス(原)(脚)アラン・シリトー(出)アルバート・フィニー、シャーリー・アン・フィールド
「日曜はダメよ Pote Tin Kiriaki」 (監)ジュールス・ダッシン(音)Manos Hadjidakis マノス・ハジダキス アカデミー歌曲賞
(ギリシャ映画のサントラ、メリナ・メルクーリ主演の傑作、カンヌ映画祭主演女優賞
「バターフィールド8 Butterfield 8」 (監)ダニエル・マン(出)ローレンス・ハーヴェイ(エリザベス・テイラーがアカデミー主演女優賞
「ピアニストを撃て Tirez Sur Le Pianiste」 (監)フランソワ・トリュフォー(音)Georges Delerue(出)シャルル・アズナブール、ラウルール・ベルジェ
(フランソワ・トリュフォーとのコンビが始まった)
「ふたりの女」(監)ヴィットリオ・デ・シーカ(原)アルベルト・モラヴィア(脚)チェザーレ・ザヴァッティーニ(出)ジャン・ポール・ベルモンド、ラフ・ヴァローネ
「ラインの仮橋」(監)アンドレ・カイヤット(出)シャルル・アズナブール(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「若者のすべて」(監)ルキノ・ヴィスコンティ(出)アラン・ドロン、アニー・ジラルド(ヴェネチア映画祭審査員特別賞

松竹ヌーヴェルヴァーグ始まる。ただし、短期間で終わる。

「秋日和」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(撮)厚田雄春(出)原節子、佐田啓二、司葉子
おとうと(監)市川昆(製)永田雅一(原)幸田文(脚)水木洋子(出)岸恵子、田中絹代、川口浩
「鍵」(監)市川昆(カンヌ映画祭審査員賞
「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(監)堀川弘通(脚)橋本忍(原)松本清張(出)小林桂樹、原知佐子
「少年猿飛佐助」(監)藪下泰次(ヴェネチア国際児童映画祭サンマルコ獅子賞
「青春残酷物語」(監)大島渚(松竹ヌーヴェル・ヴァーグの第一作として公開)
「長靴をはいた猫」(監)矢吹公郎(脚)井上ひさし
「日本の黒い霧」(監)(脚)大島渚(脚)石堂淑朗(出)渡辺文雄、津川雅彦、桑野みゆき、小山明子
裸の島(監)(製)(脚)新藤兼人(音)林光(出)殿山泰司、乙羽信子(モスクワ映画祭グランプリ受賞)
「豚と軍艦」(監)今村昌平(脚)山内久(撮)姫田真左久(出)長門裕之、吉村実子、丹波哲郎
「悪い奴ほどよく眠る」(監)(製)(脚)黒澤明(脚)小国英雄、菊島隆三、橋本忍他(出)三船敏郎、森雅之

ルート66」 (TVシリーズ)(音) Nelson Riddle (傑作テレビシリーズ)


<1960年の出来事>

「東西対立激化の年」
東西10ヶ国による軍縮会議開催されるが対立により流会となる
<アメリカ>
シット・イン・デモ(人種差別をするレストランへの座り込み運動)
ケネディー対ニクソン、初のテレビ討論
<アフリカ>
「アフリカの年」
アフリカで19ヶ国が次々に独立(ナイジェリア、カメルーン、マリ、トーゴ、コンゴなど)
フランスがサハラ砂漠で第一回の原爆実験を実施
巨大プロジェクト、アスワン・ダムが着工
南アフリカでアパルトヘイトに対する抗議集会に警官隊が発砲69名が死亡(シャープビル事件)
<アジア>
南ヴェトナム民族解放戦線設立(ヴェエトコン)
<日本>
「60年安保に揺れた年」
日米新安保条約調印
安保阻止国民運動(6・15事件)全国で580万人が参加。この際デモ隊と右翼団体が衝突し樺美智子さんが死亡
池田勇(自民党)内閣成立
浅沼稲次郎(社会党)暗殺される(犯人は、まだ17歳の右翼少年だった)

<芸術、文化、商品関連>
「人体測定プリントANT-66」 イブ・クライン
「さようならコロンバス」フィリップ・ロス著(全米図書賞)
レイナー・バンハム著「第一機械時代の理論とデザイン」(デザイン評論の先駆け)
ドクター・マーチンが「1460」ブーツを発売(イギリス)
積水ハウスがプレハブ工法住宅の国産第一号「セキスイハウスA型」開発
ミヒャエル・エンデのデビュー作「ジム・ボタンの機関車大旅行」

<音楽関連(海外)>
無名のビートルズ、ドイツのハンブルグへツアーに出発
ツイスト・ブームが世界中に広まる
ベリー・ゴーディーが設立した「タムラ」(モータウンの前身)が初ヒット、ミラクルズによる「ウェイ・オーバー・ゼア」 を発表する
チャーリー・パルミエリ、レイ・バレット、ジョニー・パチェーコが、それぞれチャランガ・バンドを結成
ハワイで、ギャビー・パヒヌイがサンズ・オブ・ハワイを結成

<音楽関連(日本)>
第二回日本レコード大賞「誰よりも君を愛す」松尾和子と和田弘とマヒナスターズ
 ジャズ歌手だった松尾とハワイアンバンドだったマヒナスターズ、それに戦後を代表する作曲家吉田正によるジャズ歌謡曲。
 ちなみにマヒナスターズのメンバーを父にもち、後に世界にその名を知られることになるアーティストがコーネリアスこと小山田圭吾です。
<1960年の音楽>この年の音楽については、ここから!

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