
「ロバート・アルトマンのジャズ Robert Altman's
Jazz」 1996年
- ロバート・アルトマン Robert Altman -
<ジャズ発祥の謎>
ジャズは、いかにして生まれたのか?
その研究は、あらゆる音楽の中で最もしつくされてきた分野かもしれません。それは、アメリカにおける黒人文化の歴史であり、古き良きアメリカ黄金時代の物語でもあるだけに、数限りない研究書が発表され、無数のジャズ誕生秘話が生み出されてきました。
現在の定説では、その発祥地はニューオーリンズとなっており、白人と黒人の混血、クレオール達によってクラシックとブルース、それにアフリカの音楽文化が混ぜ合わされて生み出されたと言われています。その後、第一次世界大戦後の大恐慌時代にニューオーリンズから北部の工業都市へと広がってゆき、最後にニューヨークに到達したとされています。
そのジャズの広まりと音楽的発展にとって、非常に大きな意味をもったとされるものに、ジャム・セッションの存在があります。それはミュージシャン同志の音楽交流であり、他流試合でもありましたが、それ以上に新しい音楽を生み出す孵化場としての役目を果たしていました。特に、ナイトクラブでの仕事が終わった後に、ミュージシャン達がお気に入りの店に集まって行われたアフター・アワーズ・セッション(ジャム・セッションの原点)と呼ばれる自由な雰囲気の演奏会は、初期のジャズ発展史におけるほとんどのアイデアの源泉となりました。(レコーディング・スタジオにおけるセッションが重要な役目を担うようになるのは、1950年代以降のことです)
<歴史の再現は可能か?>
しかし、数多くの優れたジャズ史の研究書が、当時の様子をどんなに事細かに再現してくれたとしても、その時実際にどんな演奏が行われていたのか?残念ながら、それを直接自分の目と耳で体験することには及ぶはずもありません。そして、それは残念ながら不可能なことです。
<小説「グリンプス」>
「グリンプス」というファンタジー小説をご存じでしょうか?アメリカのルイス・シャイナーというロック狂の作家が書いた作品です。不思議な真空管式ラジオの力によってタイム・スリップする能力を身につけてた主人公が80年代から60年代へと時間を超えた旅をするお話です。しかし、主人公は、ただ時代を20年さかのぼるだけではありません。彼はそこで伝説のロック・ミュージシャンたち、ブライアン・ウィルソンやジム・モリソンらと出会うのです。そして、そこでそれぞれのミュージシャンたちが遭遇しようとしている歴史上の事件を回避させるため、奮闘します。例えば、幻のアルバムとして有名なビーチボーイズの「スマイル」をなんとか発表させようと、彼はブライアンに近づいて助言を与えてゆくわけです。多くのロック・ファンが一度は考えるような願いを、詳細なデータをもとに再構築してゆく、有りそうで無かったファンタジー小説というわけです。
しかし、そんな音楽ファンの夢をもっとすごい方法で実現してしまった作品があります。それが、今やアメリカを代表する巨匠となったロバート・アルトマンの作品「ロバート・アルトマンのジャズ’34」です。
<スウィング・ジャズ誕生の瞬間>
時は大恐慌時代の1934年、場所はアメリカ中西部の都市、カンザスシティー。そこには全国各地から数多くのジャズ・ミュージシャン達が集まり、夜な夜なその腕を競い合っていました。なかでも、レスター・ヤングとコールマン・ホーキンスのサックス・バトルは、多くのミュージシャン達にとって見逃すことのできない夢の対決であり、そのバトルの中から次の時代の新しい音楽が次々に生み出されてゆきました。
この映画は、当時のこの夢の対決をドキュメンタリー・タッチの映像によって見せてくれるのです。そして、それはまさにスウィング・ジャズが生まれる奇蹟の瞬間の映像化でもあるわけです。
「ホーキンス、クラウズ・オブ・ジョイのベン・ウェブスター、リノ・クラブのハーシェル・エヴァンズとレスター・ヤング。最終的にはレスター・ヤングが勝負を制した。午後遅くなって彼はまだ少しの衰えも見せず、アイデアは一向につきなかった。コールマン・ホーキンスが他流試合で相手に一歩譲ったのはこれが初めてのことだった。カンザス・シティのサキソフォン奏者たちの威信は大いに高まった。コールマン・ホーキンスはヘンダーソン・オーケストラの次の予定に間に合わせるためにミズーリ州をセントルイスまで突っ走り、、彼の新しいキャデラックのエンジンを焼き切ったという。この勝利の後、レスター・ヤングは、フランクリン・デラノ・ルーズベルトと彼のホワイトハウスの新しいイメージにあやかった、”プレジデント”という綽名をたてまつられた。後にそれが詰まって”プレズ”となり、生涯彼の綽名となった。・・・」
「ベートーヴェンは生きている」ロス・ラッセル著よる
<映像化の仕掛け>
もちろん、まさかそんなフィルムが実在していたわけではありません。この映画は、そんな1934年のカンザスシティーのクラブを綿密な時代考証をもとに再現し、そこに現代(1990年代)のジャズ・ミュージシャンたちを集めて、演奏させたというものなのです。(もちろん当時のファッションも楽しめます)
出演しているのは、ベースのロン・カーター、クリスチャン・マクブライト、サックスのジェシ・デイビス、デヴィッド・ニューマン、ジェームス・カーター、デヴィッド・マレイ、ジョシュア・レッドマン、トランペットではニコラス・ペイトン、ピアノにサイラス・チェスナット、その他大勢のミュージシャンが参加し、その技を楽しそうに競い合っています。
しかし、本当の意味でこの映画が画期的なのは、この映画はナレーション意外すべてが演奏シーンだけだということです。セリフなし、主役なし、ストーリーなしで、限りなく記録映画に近いフィクション映像なのです。普通の劇場用映画なら、この映像の前後に陳腐なラブ・ストーリーや店の経営権をめぐるマフィア同士の抗争などのドラマが絡むはずなのです。そうでなければ、時間的にも興行的にも、映画館で上映する作品にはならないのですから。(この作品の上映時間は56分、公開するには実に中途半端な時間です)
<いつか見たシーンの再現>
もう一つ驚いたことに、監督のロバート・アルトマンにとって、この作品は自分がかつて実際に見たシーンの再現なのだということです。まさか彼がそんな年だとは・・・考えてみると、クリント・イーストウッドも、かつてチャーリー・パーカーの演奏を生で見ており、だからこそ「バード」の映画化に挑んだのです。ロバート・アルトマンにとっても、ジャズ創成期の素晴らしいワンシーンの再現は、やはり大きな夢だったのです。しかし、この映画が興行的に当たるはずがないことは、本人も自覚していたはずです。おまけに、「マッシュ」の成功から始まった彼のキャリアも、「ポパイ」の大失敗によって一気に暗転、一時は映画界から見放され、二度と映画は撮れないかも知れないという状況に追い込まれたのです。(アメリカの映画界は、とにかく当たらなければだめなのです)
<復活、そして夢の実現>
ところが彼は映画「ザ・プレイヤー」(1992年)で久々にヒットを放ち、各地の映画祭で作品賞や監督賞を受賞、見事な復活を果たしました。そして、このヒットのおかげで彼には映画制作のチャンスが、向こうからどんどん訪れるようになったのです。彼にとっては願ってもないチャンスの到来でした。彼にはわがままを言う権利が生じました。そこで彼は映画を一本撮る代わりに、このジャズ映画のための出資を取り付けたのです。
どうやら、この作品は同じ年に製作された1930年代カンザスシティを舞台にしたギャング映画のおまけとして製作されたもののようです。この映画でニューヨーク批評家協会の助演男優賞を受賞したハリー・ベラフォンテは両作に出演し、その中ではやはり当時のジャムセッションが再現されていて、大きな見せ場になっているようです。なお、この映画の音楽でハル・ウィルナーはLA批評家協会音楽賞を受賞しています。(残念ながら未見です)
映画会社に所属することなく、常に自分の撮りたい作品を撮り続けてきたインディペンデンス映画界最大の巨匠にとって、この作品は長年の苦労に対して与えられた最大のご褒美だったのかもしれません。彼にとっては、ゴールデン・グローブの監督賞をもらったことよりも、この作品を撮らせてもらえたことの方がうれしかったに違いありません。
もちろん、そのおかげで我々21世紀に生きる者が、ジャズ創成期の貴重な瞬間を、自分の目と耳で体験することができるようになったのです。
伝説のジャズ・ヒーローたちとインディペンデンスの巨匠に感謝しましょう!
「ロバート・アルトマンのジャズ」原題"Robert Artoman's Jazz'34 :Rememberances
Of Kansas City Swing Jazz'34" 1996年(日本未公開)ただし、ビデオは発売されています!
(監)(製)ロバート・アルトマン Robert Altman
(撮)オリバー・ステイプルトン Oliver Stapleton
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