- ロバート・アルトマン Robert Altoman -

<ジャズの故郷に生まれて>
 20世紀アメリカのインデペンデント映画を代表する巨匠ロバート・アルトマン Robert Altoman は、1925年2月20日にミズーリ州のカンザスシティに生まれています。父親は保険のセールスマンであると同時にギャンブラーという不思議な家庭に育ちました。そんなギャンブル好きの父親のおかげで、彼は子供の頃からカンザスシティのジャズ・シーンを目にすることになりました。白人の子供で、当時黄金期にあったカンザスシティのジャズ・シーンを目にしたというのは非常に貴重な体験です。毎夜繰り広げられていたコールマン・ホーキンスやレスター・ヤングらによるジャズ・バトルをその目で見た彼は、その印象を忘れることなく育ち、後にそれを映像化。「ロバート・アルトマンのジャズ」という作品として残しています。
 早くから映画監督になることを目指していた彼ですが、第二次世界大戦が始まると兵役にとられることになり、目指していたハリウッド行きをあきらめかけます。それでも終戦後、彼はハリウッドへは行かず、地元でCMなどの製作に関わりながら自主制作映画を撮り始めます。あえて、自主制作にここでこだわったあたりから、彼のインデペンデント作家としての道が始まったといえそうです。
 映画に関わった最初の作品は、「ボディガード」(1948年)というサスペンス映画で、彼は原案となる物語を提供。しかし、撮影現場にすら入れてもらえず悔しい思いをしたといいます。監督としてのデビュー作は1951年"Modern Football"という作品で、その後彼は活動拠点をハリウッドへと移すことになります。

<テレビ界での活躍>
 1957年、彼は青春映画「不良少年」の脚本を担当。すると、その作品を見た巨匠アルフレッド・ヒッチコックから彼に声がかかり、テレビ・シリーズ「ヒッチコック劇場」の「クリスマス・イヴ」(1958年)で脚本、演出を任されます。こうして、彼はこの後テレビ界に活躍の場を移すことになります。当時のテレビ界は、まだ新しい業界で演出家だけでなくあらゆる人材が不足していて、彼には次々に仕事が回ってくることになります。
 彼が監督だけでなく製作、編集も担当したドキュメンタリー映画「ジェームス・ディーン物語」(1957年)は、高い評価を受けますが、映画界から声がかかることはなく、それ以後彼はテレビ界の売れっ子演出家として活躍することになり、「ピーター・ガン」、「ボナンザ」、「ハワイアン・アイ」、「ルート66」などに参加しています。
 彼は大ヒットした「コンバット」シリーズにも参加し、その中で戦争神経症の兵士を題材にしたエピソード「生きる」を制作。戦争批判ともとれる重い題材に局側はまったをかけますが、彼は撮影を強行。そのために彼は番組から降ろされます。ところが、そのエピソードは高い評価を受け、エミー賞を受賞してしまいます。これで、再び彼に仕事が回ってくることになりますが、テレビ・シリーズの「サスペンス劇場」の中で逃亡犯を白人ではなく黒人に変更したことで再び局側と喧嘩になり、ついに彼はテレビ界を去る決断をします。
 それでも彼の作品への評価は高かったため、ワーナー・ブラザースから声がかかり、彼はSF映画「宇宙大征服」(1968年)を任されることになりました。社長のジャック・ワーナーは、彼に好きなように撮ることを認めたといいます。ところが、撮影終盤に入り、パイロット・フィルムを見たジャック・ワーナーは、彼に撮り直しを求めます。彼が気に入らなかったのは、意外な部分でした。それは、映画の一場面で登場人物たちが集まり、同時にしゃべりだす場面でした。それまでの映画界での常識では、映画の登場人物は観客が物語を理解しやすくするために順番にしゃべり決して同時にしゃべることはなかったのです。あくまでもリアリズムを追求したことで行われたその撮影方法をジャック・ワーナーは理解することができなかったのです。その後、1974年の「ジャック・ポット」で彼はその手法をさらに進め、8本のマイクを使った撮影、同時録音を行います。後は、ストーリーに合わせてそれぞれの音のレベルを調整すればいいわけです。この手法は、その後、多くの監督は使うようになりました。
 この後、彼は「雨にぬれた舗道」(1969年)を監督。そして、ブレイク作となる「M★A★S★H」の撮影に入ります。

「M★A★S★H」 1970年
(監)ロバート・アルトマン
(原)リチャード・フッカー
(脚)リング・ラードナー・ジュニア
(撮)ハロルド・E・スタイン
(音)ジョニー・マンデル、アーサー・ロネガン
(出)ドナルド・サザーランド、エリオット・グールド、トム・スケリット、ジョン・シャック、サリー・ケラーマン、ロバート・デュバル
 14人の監督が断ったという脚本に彼はあえて挑戦します。それは、朝鮮戦争の戦場を舞台に陸軍野戦病院で活躍する医師や看護師たちを描いたブラックな反戦コメディーでした。個性的な軍医や色っぽい看護師、真面目な牧師、暢気な隊長などが繰り広げる珍事件やいたずら、それにほろりとさせるエピソードをつないだ主人公不在の集団ドラマ。この作品ですでに彼がその後死ぬまで撮り続けることになる群像劇のスタイルが生み出されていました。特に象徴的なのは、この映画の中で俳優たちが同時にバラバラのセリフをしゃべる場面です。それまでの映画やテレビでは、主役のセリフだけが撮られ、まわりの俳優たちのセリフは聞き取れなくて当然でした。しかし、この映画では誰もが主役であるために、全員の言葉が同時に同じレベルで録音され、我々の普段の生活と同じようにドラマが進行しているのです。これは当たり前のようですが、実に画期的なことでした。
 この映画の笑いどころとして有名なレーダー伍長が隊長のセリフを先取りし、本人よりも先にしゃべってしまうという場面。これもまた出演者が同時にしゃべりだす演出のバリエーションなのでしょう。なにげなく見ていると気がつかないかもしれませんが、この映画ではそうした映画の革命的実験が行われていたのです。
 それに、ダビンチの有名な絵画「最後の晩餐」のパロディ化した場面もまたキリスト教社会では衝撃的な映像だったはずです。このシーンで使われた曲「スーサイド・イズ・ペインレス」は、ブラックではあっても本当に美しい曲です。このメロディはテレビ版のシリーズでも使われ、僕の耳に永遠に刻み込まれることになりました。
 そうした実験的な手法などが高く評価され、この作品はいきなりカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。アカデミー賞でも脚色賞を受賞しました。

「ギャンブラー」 1971年
(監)(脚)ロバート・アルトマン
(脚)ブライアン・マッケイ
(原)エドマンド・ノートン
(撮)ヴィルモス・スィグモンド
(音)レナード・コーエン
(出)ウォーレン・ベイティ、ジュリー・クリスティ、ジョン・シャック、キース・キャラダイン、シェリー・デュバル、バート・レムゼン、ルネ・オーベルジョノワ、ウィリアム・ディベイン
 ロバート・アルトマン流西部劇は雪の中の小さな寂れた町を舞台に撮られています。もちろん、西部劇らしいガンファイトなどなく、情けないへっぴり腰の撃ち合いがあるぐらい。鉱夫相手の娼館を建設しようとやってきた賭博師と娼婦たち。その町をのっとろうとする悪徳不動産業者とその手下たち。そして、町を守ろうとする牧師たち。雪と火事の中、混乱中で決闘が始まりますが、それは実にリアルでヒロイズムのかけらもないものとなります。
 ヴィルモス・スィグモンドのカメラと雪が独特のムードを作り、そこにレナード・コーエンの音楽がかぶさる。なんともいえないカルトな西部劇です。

 その後、彼はハードボイルドものの傑作レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」(大いなる別れ)を自己流に映画化(1973年)。(主役はけっしてハードボイルドではない俳優エリオット・グールド)
 「俺たちに明日はない」を自己流にリメイクしたともいえる「ボウイ&キーチ」(1974年)(実際はニコラス・レイ監督の「夜の人々」をリメイクした作品)は、キース・キャラダインとシェリー・デュバル主演のギャングもので地味な作品だが、隠れた傑作といえる名作です。
 そして、僕が個人的に最も大きな衝撃を受けた作品が登場します。

ナッシュビル 1975年(詳細は別ページで)
 この作品あたりで、アルトマン流群ドラマは完成の域に達したといえるでしょう。僕も尊敬する映画評論家のポーリン・ケイルは、この映画をアルトマンの最高傑作だったと評価しています。必見です!

「ビッグ・アメリカン」 1976年
(監)(製)(脚)ロバート・アルトマン
(脚)アラン・ルドルフ
(原)アーサー・コビット
(撮)ポール・ローマン
(音)リチャード・ラスキン
(出)ポール・ニューマン、バート・ランカスター、ジョエル・グレイ、ウィル・サンプソン、ハーベイ・カイテル、シュエリー・デュバル、ケヴィン・マッカーシー
 西部劇時代の終わり、アメリカ各地で大人気となった英雄、バッファロー・ビル。実在の人物が率いた旅回りの一座「ワイルド・ウェスト・ショー」を描いた西部劇の後日談的作品。
アメリカ人にとっての英雄の実像とは何か?皮肉に描いたアルトマン流ヒーロー物語です。
 この作品は、ベルリン国際映画祭で金熊賞を獲得。彼の評価は明らかにアメリカよりもヨーロッパの方が高いという状況でしたが、間違いなく彼にとって最初の黄金時代といえる時期でした。

 その後、彼の優れた作品が生まれています。「三人の女」(1977年)は、二人の女性の葛藤を描いた地味ながら優れた人間ドラマで、シェリー・デュバルはカンヌ映画祭女優賞を受賞。同じ1977年の作品「クインテット」は、ポール・ニューマンの主演映画でありながら、死のゲームを描いた先進的なSF映画で、あまりに実験的、先鋭的だったこともありヒットどころか、日本などでは未公開に終わってしまいました。1978年の「ウエディング」は、久々のアルトマンらし群像ドラマとして結婚式の顛末が描かれていました。当時の彼の作品は実験的な部分が多かったこともあり、ヒットにはつながらなくなりつつありました。
 しかし、メジャーの映画会社からの出資も受けていた彼は、ヒット作を求められてもいました。このままでは映画を撮れなくなる、あえてヒットを狙った作品として彼は「ポパイ」の実写化に挑みます。しかし、こうして完成したロビン・ウィリアムス主演の「ポパイ」(1980年)は、その後の彼にとって大きな意味をもつ作品となりました。
 もともとブラックなユーモアを得意とする彼がこの映画で組んだのは、なんとディズニー。当然、ブラックな味は封印されることになり、かといってCGもなかった当時、アニメを実写化するのはあまりに危険な挑戦でした。結局、この映画は多額の赤字を生みだすこととなります。
 もともと彼のアンチ・メジャー体質、アンチハリウッド体質が気に入らなかった映画会社は、この後、彼の作品への出資を拒否するようになり、彼は製作資金を得る方法を模索せざるをえなくなりました。
 しばらく彼はテレビで仕事をし、出資金を自ら集めて回ることになり、やっと次の本格的な作品を撮ることができたのは、1985年のサム・シェパードの戯曲を映画化した「フール・フォア・ラブ」でした。彼の生き様で凄いのは、こうして厳しい製作環境におかれていた時期にも彼は数多くの作品を製作していることです。それはドキュメンタリーだったり、テレビドラマだったり、様々ですが、常に多作であり続けたことが彼の偉大さを証明し、尊敬を集める最大の理由かもしれません。
 彼の場合、俳優に自由に演技をさせることで個々の能力を最大限に引き出すことで知られていて、誰もが一度は彼の作品に出演したいと願っていました。さらに実績と人柄への評価も高いだけに俳優たちの中には出演だけでなく出資も希望する者もいて、当然出演料は低く抑えることが可能になりました。出演料が大きな比率を占めるアメリカ映画において、このメリットは非常に大きいといえます。
 1992年、彼はこのメリットを生かし、なおかつそれまで自分を干してきた映画界の内幕を暴露した作品「ザ・プレイヤー」を800万ドル(8億円)という低予算で完成させます。

「ザ・プレイヤー The Playyer」 1992年
(監)ロバート・アルトマン
(脚)(原)マイケル・トルキン
(撮)ジャン・ルピーヌ
(音)トーマス・ニューマン
(出)ティム・ロビンス、グレタ・スカッキ、フレッド・ウォード、ウーピー・ゴールドバーグ、ピーター・ギャラガー、シドニー・ポラック
(カメオ出演)ジュリア・ロバーツ、ブルース・ウィリス、バート・レイノルズ、アンジェリカ・ヒューストン、ピーター・フォーク、ジョン・キューザック、ジャック・レモン、アンディ・マクダウェル
シェール、スーザン・サランドン、リリー・トムリン、ミミ・ロジャース、ジョエル・グレイ、ハリー・ベラフォンテ、ゲイリー・ビューシー、ジェームス・コバーン、ジェフ・ゴールドブラム、
スコット・グレン、エリオット・グールド、マルコム・マクダウェル、ロッド・スタイガー、パトリック・スウェイジ、ニック・ノルティ、マリー・マトリン・・・凄すぎ!
 殺人を犯してしまったメジャー映画の副社長(ティム・ロビンス)と彼を囲む映画業界の人々のゴタゴタを描いたブラックな業界内幕もの。総勢60名ものスターが出演していて、ストーリーを追いながらも画面から目が離せません。ハリウッドからはみ出している彼だからこそ描くことができた内容ではありますが、けっしてのぞき趣味の芸能ものではないのは当然のこと。長回しのカメラと俳優にセリフや演技を自由にやらせる彼ならではの撮影方法は、観客が映画業界の人間になって彼らの中に紛れ込んでいるかのような印象を憶えさせられます。(オープニングの8分6秒の長回しは、特に有名ですのでお見逃しなく!)
 この作品は世界中で高い評価を得て、久々の大ヒットになりました。(カンヌ国際映画祭監督賞受賞)この後、彼は第二の黄金時代を迎えたといえるでしょう。1994年の「プレタポルテ」は、ファッション業界の内幕を描いた彼お得意の群像劇。そして、同年の「ショート・カッツ」では、小さな町で起きた様々な事件や出来事をソープオペラ風に描き、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得しています。(さらに出演者全員に特別賞が送られています)

「ショート・カッツ」 1992年
(監)(脚)ロバート・アルトマン
(原)レイモンド・カーヴァー
(脚)フランク・バーハイト
(撮)ウォルト・ロイド
(音)ハル・ウィルナー
(出)アンディ・マクダウェル、ブルース・デイヴィソン、ジャック・レモン、ジュリアン・ムーア、マシュー・モディーン、アン・アーチャー、フレッド・ウォード、ジェニファー・ジェイソン・リー
クリス・ペン、ロバート・ダウニーJr,リリー・トムリン、マデリン・ストー、ティム・ロビンス、ライル・ラベット、バック・ヘンリー、フランシス・マクドーマンド、ヒューイ・ルイス・・・
 短編小説の天才、レイモンド・カーヴァーの作品からのエピソードを集めて一本にまとめた3時間を越える群像ドラマ。この作品も「ザ・プレイヤー」に匹敵する豪華な俳優が終結。「ザ・プレイヤー」は俳優としてそのまま出演していた俳優も多かったが、この作品ではそれぞれに役が与えられています。これほど、豪華な俳優たちを使えた監督は後にも先にも彼だけかもしれません。それに少し近いのがスティーブン・ソダーバーグ監督の大ヒット作「オーションズ11」とそのシリーズ作品でしょうか。あの映画も、アルトマン作品同様、俳優たちのギャラが監督のために低く抑えられているから製作が可能になったそうです。
<挿入曲>
「I Don't Want To Cry Anymore」Annie Ross & The Low Note Quintet(Victor Schevizinger)
「I'm Gonna Go Fishin」A.R.&L.N.Q.(Duke Ellington,Peggy Lee)
「Blue」L.N.Q.(John Hendricks,Gildo Mahones)、「Full Moon」L.N.Q.(Doc Pomus,Mac Rebennack=ドクター・ジョンの本名です)
「Punishing Kiss」A.R.&L.N.Q.(Costello,MacManus,D'riordan)、「These Blues &These Blues」L.N.Q.(Terry Adams)
「To Hell With Love」「Prisner of Life」「I Don't Know You」A.R.&L.N.Q.(Doc Pomus,Mac Rebennac
「Imitation Of Kiss」L.N.Q.(Nathanson,Cale,Ribot)
「Nothing Can Stop Me Now」Doc Pomus,Mac Rebennac(Bono & The Edge=U2
「Bercense」from The Firebird Suite By Lori Singer(イゴール・ストラビンスキーIgor Stravinsky)

「プレタポルテ」 1994年
(監)(製)(脚)ロバート・アルトマン
(脚)バーバラ・シャルガサー
(撮)ピエール・ミニョー、ジャン・ルピーヌ
(音)ミシェル・ルグラン
(アメリカ)キム・ベイシンガー、リリ・テイラー、ローレン・バコール、ティム・ロビンス、ジュリア・ロバーツ、フォレスト・ウィテカー、ダニー・アイエロ、テリー・ガー、サリー・ケラーマン、ライル・ラヴェット
(英国)ルパート・エヴェレット、トレイシー・ウルマン、リチャード・E・グラント(アイルランド)スティーブン・レイ(スペイン)ロッシ・デ・パルマ(ドイツ)ウテ・レンパ―
(イタリア)マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン、キアラ・マストロヤンニ(フランス)アヌーク・エーメ、ミシェル・ブラン、ジャン=ピエール・カッセル、ジャン・ロシュフォール
(デザイナー)ジャン・フランコ・フェレ、ソニア・リキエル、ジャン=ポール・ゴルチェ
(モデル)ヘレナ・クリステンセン、カーラ・ブルーニ・サルコジ、クラウディア・シファー、ナオミ・キャンベル、クリスティー・タリントン、川原亜矢子
(ミュージシャン)シェール、ハリー・ベラフォンテ、ビヨーク
 ファッション業界の裏側をドタバタ・コメディーとして描いたスキャンダラスな作品。ラストには究極のファッションを提案していますが、そのインパクトは「ナッシュビル」や「ザ・プレイヤー」に較べて弱すぎます。思うに、この映画にも出演しているファッション業界の大物たちのパワーが、アルトマン監督のパワーを上回ってしまったのかもしれません。それとも、もともと彼には興味がない世界だったために攻めきれなかったのかもしれません。
<挿入曲>
「Here Comes TheHotstepper」アイニ・カモーゼ、「My Girl Josephine」スーパーキャット、「Here We Come」ソルトン・ペパ、「Natural Thing」Mピープル
「70's Love Groove」ジャネット・ジャクソン、「Jump on top of me」ローリング・ストーンズ、「These Boots Are Made Walkin'」サム・フィリップス、「Pretty」ザ・クランベリーズ
「Martha」ディープ・フォレスト、「Close To You」ブランニュー・ヘヴィーズ、「Get Wild」ザ・ニューパワージェネレーション(プリンス)、「Supermodel Sandwich」テレンス・トレント・ダービー
「Lemon」U2、「ホフマンの舟歌」ジャック・オッフェンバック(デザイナーたちの集合写真撮影)
「Twiggy Twiggy」ピチカート・ファイブ(三宅一生のショーにて)
「Ruby Baby」ビヨーク、「Got The Bull By The Hones」k.d.ラング
「恋におぼれて Addicted To Love」ロバート・パーマー、「アコーディオン弾き」「かわいそうななジャン」エディット・ピアフ
「ばら色の人生 La Vie En Rose」グレイス・ジョーンズ(エンディング曲、エディット・ピアフの大ヒット曲)

 1996年ジェニファー・ジェーソン・リー主演の「カンザスシティ」は、アルトマン作品としては久々のギャング映画でしたが、1930年代のカンザスシティを舞台にしたジャズ黄金時代のジャムセッションが見所になっていて音楽映画として興味深い作品のようです。残念ながら、僕は未見ですが、この映画のおまけとしてもう一本レスター・ヤング、コールマン・ホーキンスらによる一晩のジャズ・バトルを再現した再現ドキュメント映画「ロバート・アルトマンのジャズ」という貴重なジャズ映画が生まれています。これは僕も見ることができましたが、ジャズ・ファンにはたまらない作品になっています。しかし、この映画の撮影中、彼の心臓肥大が悪化し、そのままでは命がもたないとして心臓移植手術を受けることになります。この時彼は30代女性の心臓をもらったそうですが、彼女のおかげでこれ以後のアルトマン作品を我々は見ることができたのです。
 1999年の「クッキー・フォーチュン」も、小さな田舎町を舞台にした彼らしい群像劇でお勧めです。主演は、グレン・クローズ、ジュリアン・ムーア、リヴ・タイラー、クリス・オドネル、パトリシア・ニールなど。

「ゴスフォード・パーク」 2001年
(監)(原)(製)ロバート・アルトマン
(製)(原)ボブ・バラバン
(脚))ジュリアン・フェロウズ
(撮)アンドリュー・ダン
(音)パトリック・ドイル
(出)マギー・スミス、マイケル・ガンボン、ボブ・バラバン、クライブ・オーウェン、アラン・ベイツ、エミリー・ワトソン
 1930年代のイギリス、ロンドン郊外の貴族の邸宅で行われたガーデン・パーティーを舞台にした殺人事件。アルトマン作品にしては珍しいイギリス上流社会の皮肉ったブラックな群像劇。上流階級のパーティー出席者たちと裏方のメイドや従者たち、そしてアメリカから来た映画プロデューサーが対比されて描かれます。
 正統派の推理ものとはいえませんが、アルトマンらしいリアルで皮肉にみちた面白い作品です。アカデミー脚本賞を受賞している作品です。

「今宵、フィッツジェラルド劇場へ」 2006年
(監)ロバート・アルトマン
(原)(脚)ギャリソン・キーラー
(撮)エド・ラックマン
(音)リチャード・ドウォースキ
(出)メリル・ストリープ、リリー・トムリン、ギャリソン・キーラー、ケヴィン・クライン、リンジー・ローハン、ヴァージニア・マドセン、ジョン・C・ライリー、ウディ・ヘレルソン、L・Q・ジョーンズ、
トミー・リー・ジョーンズ、
 ミネソタ州セントポールにあるフィッツジェラルド劇場を舞台にラジオ番組「プレイリー・ホーム・コンパニオン」の録音が行われます。しかし、その日、番組は制作するラジオ局が他社に買収されたため最終回となる予定でした。しかし、ほとんどの人はそのことを知らず、いつものように録音が行われようとしていました。
 しかし、この映画が監督ロバート・アルトマンにとっても最終回となるとは、・・・。
 2006年11月20日、この作品を遺作にインデペンデント映画の巨匠ロバート・アルトマンはこの世を去りました。

「ロバート・アルトマン ハリウッドに嫌われ、そしてもっとも愛された男」
 2014年
(監)(製)ロン・マン
(脚)レン・ブラム
(出)ロバート・アルトマン、ポール・トーマス・アンダーソン、ジュリアン・ムーア、ブルース・ウィリス、マイケル・マーフィー、サリー・ケラーマン、ライル・ラヴェット、ジェームズ・カーン、エリオット・グールド、キース・キャラダイン、リリー・トムリン
 アルトマン・ファン必見の記録映画です!
<Altmanesque(アルトマネスク)とは?>
(1)現実をありのままに描写、社会批評的、ジャンルの転覆
(2)ありきたりな規範に逆らう
(3)破壊不能なこと
「くたばれハリウッド」ブルース・ウィリス
「ひらめき」ポール・トーマス・アンダーソン
「人生のありのままの姿を描く」ジュリアン・ムーア
「今宵、フィッツジェラルド劇場へ」のラスト、天使(ヴァージニア・マドセン)が登場する場面について質問された彼はこう語ります。
「死こそ、唯一のエンディングだ。ハッピー・エンディングとは言えないが、ハッピー・ストッピングとはいえるかもしれない」

映画「ナッシュビル」で僕に映画の奥深さと素晴らしさと可能性を教えてくれ、映画を生涯見続けるきっかけをくれたロバート・アルトマン監督に改めて感謝します。
彼の素晴らしい映画人生に乾杯です!

<追記>
 ロバート・アルトマンの仕事を振り返っていたら、ふと20世紀のアメリカン・ロックを代表する存在、グレイトフル・デッドのことを思い出しました。なんだか妙に共通する部分があることに気づいたのです。
(1)どちらもアメリカの文化を否定していながら、アメリカを愛していた。
(2)どちらも多くの「ファミリー」に支えられ、彼らから愛されていた。
(3)どちらも「アドリブ」を重視するライブ重視の現場主義者だった。
(4)どちらも生涯「インデペンデント」であり続けた。

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