- レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン Rage Against The Machine -

<Rage Against The Machine>
 「名は体を表す」とはよく言ったものだ。
「Rage Against The Machine」、「Rage レイジ」とは「怒り」 のこと。それでは、「怒り」が向けられる「Machine」とは何か?アメリカでは、政党などの幹部組織のことをMachineと呼ぶ。そこから派生した意味は、「機関、機構、からくり、権力機構」となる。また文字どおり機械文明(マシーン文明)に対する怒りととることも可能かもしれません。
 これほどはっきりと目的意識を打ち出したバンドでありながら、なおかつ売れてしまったバンドは、未だかつて存在しないだろう。それどころか、彼らは音楽という表現手段をあくまで政治闘争の一手段であると言い切っていた。それでも、売れてしまうというのは、潜在的に彼らを支持する反米感情が、アメリカ国内にも存在するということなのだろうか?

<アルバム・タイトルは語る>
 彼らが発表したアルバム・タイトルを並べてみよう。ファースト・アルバムはバンド名と同じ"Rage Against The Machine"。セカンド・アルバムは「Evil Empire=邪悪な帝国、もちろんアメリカのことだ」(1996年)。サード・アルバムが「The Battle Of Los Angeles=ロス・アンゼルスの闘争」(1999年)。そして、「Renegades=背教者(キリスト教から他宗教、回教などに転向した者のこと)、もしくは裏切り者、反逆者」(2000年)が4枚目ということになる。こうやって、アルバム・タイトルを並べただけでも、彼らの過激な反骨精神ははっきりと分かるだろう。

<サウンド・スタイルは語る>
 しかし、彼らのサウンド・スタイルは、さらに彼らの姿勢を反映している。ヒップ・ホップ(ラップ)とパンク、ヘヴィー・メタルの合体は、プロテスト(抗議)のメッセージを表明する(叩きつける)のにこれ以上ないスタイルだ。もし、1960年代にラップのスタイルが存在していたら、間違いなくボブ・ディランもラップ・スタイルを用いた作品を発表していただろう。(実際、ディランのドキュメンタリー映画「ドント・ルック・バック」のオープニング曲「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」は、実にラップに近い。なんと制作は1965年のことだ!)
 メッセージを弾丸のように詰め込んで、機関銃のように撃ちまくる。メッセージを発射するためのパワーこそが重要であり、メロディーは二の次。これほど目的に応じたサウンド・スタイルはないだろう。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは、怒りの弾丸を撃ちまくるマシーンなのだ。

<ザックのラスト・アルバムは語る>
 バンドのヴォーカルであり、作詞を担当してきたザック・デ・ラ・ロッチャが脱退する直前に発表されたアルバム「レネゲイズ Renegades」(2000年)は、彼らにとって唯一のカバー曲集だった。しかし、そのアルバムに収められた曲の数々は、それ以前に発表されていたオリジナル・アルバムに収められていた曲以上に、彼らの主張を明確に代弁していた。それは選曲された曲の作者の名前を見ても明らかだ。
 エリック・B・ラキム、ヴォリューム10,MC5アフリカ・バンバータ、DEVO、EPMD、マイナー・スレット、サイプレス・ヒルブルース・スプリングスティーンストゥージズ(イギー・ポップ)ローリング・ストーンズそして、ボブ・ディラン、ずらりと反逆者たちの名前が並んだ。

<レイジの始まり>
 学生時代から友人同士だったというヴォーカルのザックとギタリストのトム・モレロ、この二人から「反逆の歴史」が始まったと、言いたいところだが、実はそうではない。反逆の歴史は、彼らが生まれる前からすでに始まっていたのだ。
 先ず、トムの父親は、かつてケニアでイギリスからの独立戦争に参加していた筋金入りの闘士だったという。そして、ザックの父親はメキシコ系の芸術家で、1970年代にLAを中心に活躍し、それまでほとんど存在しなかったメキシコ系の人々による芸術活動の先駆者だった。
 そんな反体制の強者を父親に持つ二人だったからこそ、彼らが生み出した音楽は、アメリカにおける移民のるつぼLAという巨大な街を舞台とした闘いの音楽となったのだ。彼らの精神史は、移民からなるアメリカの歴史を背負い込んでいるのだ。

<ザックとボブ・マーリー>
 2001年にバンドを去った中心的存在、ザックの写真を見て、僕はボブ・マーリーの顔を思い出した。人種の混ざり具合は違うが、細面で白人的、そして理知的な顔立ち、何より優しそうな瞳は、若かりし日のボブ・マーリーと本当に似ている。どこの大学のキャンパスにもいそうな好青年がステージ上で、その顔を捨て去り怒りの塊と化す、その豹変ぶりもまた、ボブのステージ上におけるカリスマ的な存在感に近いものがある。
 1970年代にジャマイカという国を揺り動かした歴史を変えたボブ・マーリーは、ある意味では幸福だった。なぜなら、彼が命を懸けたジャマイカでの政治的紛争の解決は、見事に実現し、彼は平和が訪れた故郷の島で永遠の眠りにつくとこができたのだ。彼の努力は、けっして無駄にはならなかった。
 それに比べると、レイジの闘いの対象、アメリカという権力マシーンは、あまりにも巨大であり、また漠然とした存在だった。「人種差別問題」や「環境破壊」はまだしも、「第三世界からの富の収奪」などの問題は、アメリカという資本主義国家の存在の根幹に関わる部分であり、彼ら自身もまたそんな国の一員であることを考えれば、解決が可能だとは到底考えられなかった。
 その上、「革命」による共産主義政権、社会主義政権の樹立が、結局すべて挫折へと向かっていったことを考えると、資本主義を否定する「革命」という言葉にも、かつてのような期待をすることはできそうもない。

<20世紀末の得意な存在>
 そう考えると、20世紀末の優れたバンドたち、例えばニルヴァーナラジオヘッドナイン・インチ・ネイルズが現代社会や自らの存在を否定するような内省的な作品を発表し、けっしてポジティブな存在ではなかったことに改めて気づかされる。しかし、社会はそんなネガティブともとれる彼らの音楽を真実として受け入れ、彼らを大スターへと押し上げたのだ。
 そんな社会状況の中、闘いの姿勢を前面に押し出したレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンという存在は、突然変異ともいえるほど、他とは違う存在だった。彼らは無謀とも思える権力機構との闘いの姿勢を崩さず、その飛び抜けた存在感はアナーキーでありながらも、しだいに注目を集めるようになっていった。(彼らの存在感をアピールするのにMTVが大きな効果を発揮した)
 そして、いつしか彼らは全米でもトップ・クラスの人気バンドになってしまったのだ。なんと言うことだろう!アメリカという国家を否定していたはずのバンドが・・・
 デビュー当初は数百人のファンのために歌っていた彼らが、数百万人の人々のために歌わなければならなくなったのである。同じ姿勢で歌えるわけはないだろう。しかし、彼らにはそれが要求されるのだ。ザックが逃げ出したくなるのも当然かもしれない。

<アメリカの自己否定>
 かつて、イギリスでセックス・ピストルズが流行ったとき、それはイギリスという閉塞した社会なら当然理解できることだった。しかし、アメリカでレイジが売れるという現象は、いったい何なんだろう?
 もしかすると、アメリカ人は自らの存在を否定したくてしようがないのだろうか?アメリカの学校における無差別乱射事件、それに原因不明の炭疽菌事件、爆弾テロ事件などのニュースを聴く度に、僕はそんなことを思う。
 イスラム原理主義者たちによって引き起こされた同時多発テロ事件によって、アメリカ国内では愛国主義的傾向がどんどん高まっている。こんな状況の中でも、レイジの音楽は受け入れられるのだろうか?残念ながら、それはむずかしいかもしれない。
さてザックは、これからいったいどんな音楽を発表して行くだろうか?

<締めのお言葉>
「アメリカ人にとって、今は辛い時代なのね。いつも意味のない戦争ばかりしている」
「ああ、我々は戦闘的な民族だからね。しかし、だからこそ一番になることもできたのさ」
「でも幸福にはなれなかったわ。ヨーロッパの人たちみたいにはね」

スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹訳 「マイ・ロスト・シティー」より

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