「螺旋 El Paso de la Helice」

- サンティアーゴ・パハーレス Santiago Pajares
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<螺旋を巡る物語>
「ダーシー・トムソンはこうして、オウムガイの螺旋を規定している成長の法則を観察し、それがヒツジの角やブタのしっぽやゾウの牙、その他、シダの若芽がほどけてのびる様子など、植物界でもいたるところで見かけるものに共通していることを指摘している。排水路を渦巻きながら流れる水は、その本来の姿を現しているのかもしれない - あるいは、どこか、この地球の外の宇宙の渦巻き星雲の反映なのであろうか。」
ラザフォード・プラット「水」より

 まったく聞いたことのない作家、まったく聞いたことのないタイトルの小説でした。実は、「螺旋(らせん)」というタイトルにひかれて読みました。(正確な原題は「螺旋の渦」です)僕にとって「螺旋」とは、宇宙のすべてを象徴する存在です。物質の根源を成す原子の構造から生命の基礎であるDNAの構造、そして台風の構造に銀河系の形まで、宇宙の構成要素のミクロからマクロまで、どれもが螺旋もしくはその変形構造から成り立っているからです。
 そんな偉大な言葉「螺旋」をタイトルにもってくるからには、それなりの作品のはず。そう思ってかってに大きな期待をかけたわけですが、十分その期待に答える作品でした。ただし、「螺旋」というのは、この小説の中に登場する架空の小説のタイトルで、その形が物語と結びついているわけではありませんでした。しいていうなら、この作品は運命が作り出した「人生」という名の「螺旋構造」が織り成す小説だったということでしょうか。
 特にこの小説は、「本」が好きな方にお勧めしたい作品です。なぜなら、あるすじがこんな感じだからです。

<あらすじ>
 スペインのマドリードにある出版社に勤める編集者のダビッドは、ある日社長によばれます。無名だった出版社を一躍大手にした会社の最重要作家トマス・マウドを探し出し、彼に大ヒットシリーズ「螺旋」の完結編を書かせる、というのが社長からの指示でした。
 実はその作家の正体は社長も含め、誰一人知らないというのです。わかっているのは、彼が使用しているタイプライターの機種と左利きであること。それに左手の指が6本ある人物でスペイン国内のプレダレッホという田舎の村に住んでいるらしいということだけでした。ところが、トマス・マウドによるシリーズ最終作は出版計画が進んでいるにも関わらず、その原稿が送られてこず、このままだと出版社は経営破たんに追い込まれかねないというのです。
 彼女が子供を欲しがり、そのために出世を望んでいたダビッドは、自分は探偵ではないと自覚しつつも、社長の依頼を断れませんでした。そして、マウドにばれないようにと彼女を誘い、カップルでの旅行を装って村に入り、密かに捜査を始めました。
 小さな村なだけに、すぐ見つけられると思っていた彼の思惑ははずれます。最も大きな手がかりのはずの6本指の男は、その村の祖先が残した遺伝的特徴として何人もの人々に受け継がれていたことがわかります。おまけに彼の調査活動はしだいに村人たちの注目を集めるようになり、ついには地元の新聞にまで取上げられてしまいます。そして、やっと見つけたマウドを思われる人物は不治の病におかされ、死の淵にいることがわかります。彼女にも逃げられ、マウドも見つけられないダビッドはいよいよ追い込まれてしまいます。
 トマス・マウドはいったいどこにいるのか?

 面白いのは、ダビッドの捜索が混迷を深めるのと平行して、まったく関係のない麻薬中毒の若者二人のダメダメ人生が語られ始めることです。マドリッドで繰り広げられる二人の物語が、最後にどうやってマウドと結びつくのか?ダビッドのマウド探しによって生まれた混沌とした運命の螺旋は、マドリッドの二人の若者が描く麻薬を巡る混沌とした運命の螺旋と互いに回りながら着実に関わりをもつようになり、ついに一点で交わることになるのです。

<螺旋とは?>
 宇宙や生命の誕生は、乱雑なはずの物質が何かの原理によって組織や秩序を形作ったことがきっかけとなり、そこから始まったと考えられています。これを「自己組織化」と呼びます。ビッグバン後の乱雑な空間の中で星々が生まれ、それが惑星を生み、そこに海が生まれたことで、今度はその中に生命が生まれ、今に至るわけです。
 そこで螺旋が果たした具体的な役割とは何か?
 例えば、原始宇宙の混沌とした世界に登場した乱流が自己組織化した渦があります。それは初めは小さなもので宇宙の塵を作るだけでしたが、しだいにチリも積もって山となり、惑星や銀河系を形成するにいたります。

「乱流から生まれる螺旋」
「巨視的スケールでは乱流は不規則あるいは混沌として見えるが、ミクロのスケールでは逆で、高度に組織化されているのである。乱流には多重の空間スケールと時間スケールとが関与しており、これらが無数の分子のコヒーレントな挙動に対応している。このように見ると層流から乱流への移項は、自己組織化の過程である。」
I・プリゴジン&I・スタンジュール著「混沌からの秩序」より

 こうして誕生した宇宙の中の地球。そこに生まれた海は、ある意味「渦=螺旋」の宝庫となりました。海と大地との境目で新たな自己組織化の奇跡が起き、「生命」というもうひとつの螺旋からなる組織が誕生したと思われます。

「渦動としての螺旋」
「生命はひとつの渦動(ヴォーテックス)である。その回転速度、その複雑さには個々の必要性はあるが、その方向はどれも一定で、常に同種類の分子を含んでいる。しかしその渦動には、個々の分子が絶えまなく流れ込み、また、絶えまなく分離していく。したがって生物のかたちは、生物の構成物質よりもはるかに本質的である」
ジョルジュ・キュビエ

 水の流れ、渦はそのまま形になったクラゲやその形に螺旋の刻印を残すオウム貝はその典型的な子孫といえます。

「オウム貝の螺旋が完璧だという意味は、つまりそれが黄金分割そのものだからなのである。・・・今、二つのオウム貝が交接している場面を想像しよう。・・・生命螺旋が二つ結合したものは日本風にいえば「巴」、つまり易に謂う「陰陽」のシンボルとなる。」
荒俣宏著「大博物学時代」より

 「螺旋」は実に不思議で興味深い形態です。一定のパターンをもつ形でありながら、それは球や三角すいのように閉じられた形ではありません。ある意味、永遠に閉じられることがなく、どこまでも続く形ということができます。このことこそ、螺旋のもつ最大の特徴です。だからこそ、螺旋は生命と結びつけて考えることが可能だといえるのです。

「螺旋としての生命」
「生命とは、あるパターンが脈打ちながら拡大していくことである」
ランスロット・L・ホワイト著「形の冒険」より

 しかし、螺旋は場合によっては構造体として、最も単純な姿となって我々の生活を支えてもいます。
「まっすぐの柱というものはらせんの特殊ケースにすぎない。まっすぐの柱はたんにねじれのないらせんなのである」
ピーター・スティーブンス著「自然のパターン 形の形成原理」より

 「螺旋」こそ、すべてなのです。

<小説「螺旋」>
 この小説「螺旋」の著者サンティアーゴ・パハーレス Santiago Pajares は、スペインの首都マドリードで1979年に生まれています。子供の頃から「物語」が大好きで、J・R・R・トールキンの「指輪物語」は、彼にとって聖書のような存在だったといいます。その頃から小説家になることを夢見るようになっていたという彼は学生時代から小説や脚本を書き、デビューのチャンスを待つものの、そう上手くはゆきませんでした。
 大学卒業後、彼はコンピューター関連の企業に勤めながら、その合間を使って、長編小説の執筆を始めます。(いつの間にか、この小説の主人公の一人になっていたコンピューターの専門家レケーナは著者の分身的存在なのでしょう)その途中、彼はマドリードのける麻薬中毒患者の現状を調べるため3ヶ月にわたり中毒患者向けの治療を行うボランティア・グループに同行したといいます。
 こうして、2004年に弱冠25歳の若さで彼が完成させたのが本書「螺旋」です。デビュー作にしてこのクオリティーですから、その後の作品も次々にヒット。「半身」(2006年)、「カンバス」(2009年)など。
 ちなみに彼が好きな作家としてあげているのは、ポール・オースター、チャック・パラニューク、ヘミングウェイ、チャールズ・ブコウスキー、それに日本の作家として大江健三郎村上春樹、よしもとばなな・・・です。
 彼の小説の面白さは、まるで同じ時期世界最高と言われ、2010年ワールドカップ・サッカー南アフリカ大会を征したスペイン代表チームの華麗なポゼッション・サッカーを見ているようです。圧倒的なテクニックと意外性のあるラストパス。ただし、著者の出身はマドリードなのでスペイン代表チームの中心となっているバルセロナとはライバルということになりますが・・・。 

「螺旋 El Paso de la Helice」 2004年
(著)サンティアーゴ・パハーレス Santiago Pajares
(訳)木村栄一
ヴィレッジ・ブックス

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