- ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教 -

<戦争の世紀>
 20世紀は「戦争の世紀」であった。二つの世界大戦と無数の地域間紛争が繰り返された20世紀を、そう呼ぶことは間違いではないでしょう。では、その戦争の原因はなんだったのでしょう?
 石油や金などの資源をめぐる争い。輸出入に関する経済的な利権をめぐる争い。植民地の独立紛争。人種、民族間対立からくる紛争。国境をめぐる国家間の紛争。直接的な理由だけでなく隠された原因も含め、いくつもの要素が重なり合い、戦争へ発展したと考えるべきでしょう。しかし、それらの原因の中で宗教対立がからんだものは群を抜いて多いはずです。
 中東紛争、イラン・イラク戦争、印パ戦争、ボスニア紛争、北アイルランド紛争、第二次世界大戦におけるホロコーストからイスラエルの独立などはどれも宗教紛争と呼べるはずです。極論かもしれませんが、戦争とは「宗教対立」と「富もしくは資源の奪い合い」、この二つの原因しかないのではないでしょうか。

<異教徒を知る>
 宗教対立が戦争を生み出すと多くの人は知っているにも関わらず、ほとんどの人は他人の信じる宗教のことを知ろうとはしません。それどころか、「異教徒」と呼び自分の周りから排除しようとしています。僕自身、「ユダヤ教」とはどんな宗教なのか・「キリスト教」とはどう違うのか?ほとんど分かっていません。しかし、20世紀の歴史を知ろうとする時、「宗教」を知ることは最低限必要なことのように思えます。そして、それは戦争や政治の問題だけでなく、音楽や映画、絵画からサッカーなどを語るにも必要なことに思えます。そんなわけで、世界の宗教についてごく簡単ではありますが、お勉強してみたいと思います。(参考資料には、井沢元彦著「世界の宗教と戦争講座」を用いていますが、ご不満もあるかと思います。その場合は各自、より詳しい本で勉強して下さい。あくまでそれぞれの宗教についての概略ですのでご容赦下さい)

<ユダヤ教>
 世界を創造した唯一人の神、造物主を神と考えた最初の宗教がユダヤ教だと考えられているそうです。その造物主について書かれた書物が「旧約聖書」です。(ただし、旧約聖書という名は、新約聖書に対して名付けられたもので、キリスト教徒がつけた名前です)
 造物主は、その中でエホバ(もしくはヤハウェ)と呼ばれ、彼に選ばれ守られている民族がユダヤ民族ということになります。この「選ばれた民」という発想は、ユダヤ民族をどの民族よりも誇り高い存在にしました。その誇りがあったからこそ、彼らは2000年の長きに渡り国土を持たなかったにも関わらず、ユダヤ民族というアイデンティティーを失わずにいられたのでしょう。
 ただし、こうした誇り高い気風は他の民族にとって、それもユダヤ民族が暮らす国の主な民族にとっては、いらだたしく感じられるものでした。そのうえ、国籍を持たない彼らは仕事を得ることが難しく、自らの才覚によって生活必要に迫られました。そこで彼らは、芸術家、科学者などの才能と頭脳を活かす分野で活躍するようになり、さらにはキリストが不浄の仕事として忌み嫌った金融業の分野で財を築くものが現れ、世界の経済界を牛耳る存在になって行きます。しかし、こうして彼らが各界で活躍するようになればなるほど、他の民族にとって彼らは許せない存在になってゆきました。その結果世界各地でユダヤ人に対する迫害が行われるようになり、ついにはあのヒトラーによりホロコーストへと至ったのです。

<出エジプトとイスラエル建国>
 こうして、世界各地で迫害されたユダヤ人は、ユダヤ人国家の建設というモーゼの出エジプトに匹敵する巨大なプロジェクトが動き出すことになったのです。こうして、第二次世界大戦後にイスラエルというユダヤ人国家が生まれ、この国に土地を奪われたパレスチナ人とのいつ果てるとも知れない紛争の日々が始まることになったのです。
 最近は以前ほどではありませんが、アメリカの政治、経済、映画、科学などの分野からユダヤ系を排除してしまったら大変なことになってしまうでしょう。(ただし、民族としてのユダヤ系というものは存在しません。アメリカにおける国勢調査にもユダヤ系という分類はないそうです。人種ではなくユダヤ教を信じているかどうかがユダヤ民族かどうかの基準となるのです。アメリカにおけるユダヤ系の人口比率ではごくわずかですが、所有する財産からみるとその比率はもの凄いことになるでしょう)

<キリスト教>
<カトリック>
 ユダヤ教の聖典でもある「旧約聖書」とイエス・キリストを主役とする「新約聖書」。この二つをもとに生まれた宗教、それがキリスト教です。ただし、キリスト教にはカトリックとそこから分かれたプロテスタント、東方正教会(ギリシャ正教、ロシア正教)、英国国教会、クェーカー、モルモン、クリスチャン・サイエンスなど数多くの宗派があり、小さなものまで含めると何百という数になるそうです。
 最も古いのはやはりバチカンの法王庁を中心とするカトリックです。ユダヤ教との最も大きな違いは、ユダヤ教の神がエホヴァ(造物主)だけであるのに対して、カトリックはイエス・キリストと聖霊の存在を認めており、この三つの存在を同一とみなす「三位一体」をその基本としています。さらにカトリックでは、イエス・キリストは人間としての面と神としての面、二つを持っていると考えられています。
 それに対してイエス・キリストは100%神であるという考え方をするのが東方正教会です。この流れはローマ帝国が東ローマ帝国(ビザンチン帝国)と西ローマ帝国に分裂したことをきっかけに東ヨーロッパに広がりました。
 カトリックは「三位一体」を基本としますが、この考え方はさらに拡張される傾向を生み、人間と神の中間的存在「聖人」やさらに人間に近い存在である「法王」とその下に細かな階層をなす司教や神父などの存在を生み出しました。ところが、こうした神を頂点とするシステムは、いつしか一般信徒から教会が富を吸い上げるシステムへと変質して行きます。その代表的存在として生まれたのが免罪符でした。(お金を払って免罪符を買えば罪が許されると言う神をも恐れぬサギまがいの集金システム)

<プロテスタント>
 さらに法王の権力はヨーロッパ諸国の王以上であり破門されることを恐れた王たちは法王の命令に服従しなければなりませんでした。(有名な「カノッサの屈辱」もこうした力関係のせいでした)こうしたカトリックの考え方は、要するに「人間は救いを得るため教会に寄付して神に認められなければならない」ということであり、それは「より多く寄付したものが、より大きな幸福を得られる」ということにもつながることになります。
「それはちょっと変じゃないの?」そう抗議の声をあげてカトリックを批判する人が現れるのも当然のことでした。そして、この人々が「抗議する人」=「プロテスタント」と呼ばれることになり、新しい宗派を生み出すことになったのです。そんなわけでプロテスタントの特徴は、それぞれの個人が神を信じることこそが重要なのであり、献金の金額や修道院に入る入らないでは神への近さは証明できないということにあります。そのため、カトリックの場合、教会のトップである「神父」は信徒より神に近い存在であるとされますが、プロテスタントの場合、同じ立場の「牧師」はあくまで信徒の代表にすぎないとされているのです。
 さらにプロテスタントは大きな改革を行いました。実は16世紀に宗教改革が行われるまで、聖書という書物は神父など、ごくごく一部の人たちにしか読まれていませんでした。なぜなら当時はまだ印刷技術がなかったため、膨大な量の文書を書き写すことでしか聖書をつくることはできなかったからです。しかし、そのために聖書の知識は教会の関係者たちだけが独占し、その解釈もまた自分たちの都合に合わせて変えることができたわけです。そこでプロテスタントの人々は、当時誕生したばかりの活版印刷の技術を用いて聖書を大量に印刷、その普及に務めたのです。その意味ではプロテスタントとは「聖書主義者」とも言える存在なのです。
 こうして、プロテスタントの人々が「聖書こそ真実であり、その解釈は教皇が決めるべきことではない」としてことは、逆に「誰もが独自の解釈で聖書を読んでもよい」ということにもまります。そんなわけで、その後「聖書」を独自解釈することで次々とキリスト教の新宗派が生まれることになったのです。

<ルター派、カルヴァン派>
 プロテスタントの中でも宗教改革の後、最初に独立したのがマルチン・ルター率いるルター派と呼ばれる人々です。それに対してよりカトリックとの違いを明確化させた宗派として独立したのが、ジャン・カルヴァン率いるカルヴァン派でした。彼らはカトリックの考え方からくる教会による人民の救済を認めず、人はそれぞれ神に与えられた運命を受け入れるべきと考えました。したがって、貧困や不幸に襲われた人は、それが神から与えられた運命として受け入れるべきで、それを他人が救うことは神が与えた運命を変える行為として認められないと考えました。こうしたカルヴァン派の考え方が、基本となっている国、それが現在のアメリカです。それは最初にアメリカに渡った人々が、そうしたカルヴァン派に属する人々だったからと言われています。問題は、そうした考えは後に上手くすり換えられてゆき、いつの間にか貧しきもの、不幸に苦しむ人々を切り捨てる伝統がアメリカに根付いてしまったことかもしれません。
 ちなみに、現在、最も社会保障税度が整った国々の多く、北欧などヨーロッパの国々の多くはルター派の流れをくむ国のようです。

<数多くの宗派>
 映画「刑事ジョン・ブック」で有名になったドイツ系中心の「アーミッシュ」と呼ばれる人々は科学技術を拒否することで有名です。
 マイケル・ジャクソンで有名なしつこい勧誘で有名な「ものみの塔」
 若者二人連れで、世界各地で布教に励むアメリカ製の「モルモン教」
 映画「ブルース・ブラザース」でJ・Bが歌って踊る礼拝を行っていたバプテスト系と呼ばれる宗派は、ある意味現在の黒人音楽の原点だと言えるでしょう。
 それにレゲエ文化を支えるラスタファリニズムもまたキリスト教の一派でが、「統一教会」や「オウム真理教」ですら、キリスト教の分派と言えるのです。そう考えると、同じキリスト教の流れとはいえ、その差は仏教とキリスト教の違い以上のものがありそうです。そうした宗派の違いは、戦争に発展する場合もあります。最近の例では ボスニア戦争があります。

<モルモン教>
 正式名は「末日聖徒イエス・キリスト教会」
 1823年にニューヨーク州パルミラでジャック・スミスが神から授けられた宗教的歴史書「モルモン書」から始まったと言われています。アメリカ人を神に選ばれた選民とする宗教(この選民思想こそ、民族浄化(ホロコースト)や宗教戦争の原点であり、インチキ宗教の証明だと僕は思っています)
 その教えに基づいてニューイングランドから信徒たちが西への移動を開始しますが、「一夫多妻制」や「原始共産主義的な思想」のために、途中で様々な迫害、中傷、追放を繰り返し、イリノイでは教祖のスミスが殺されてしまいます。その後、後継者のブリガム・ヤングが信徒を率いて1847年ユタ州の砂漠に町を建設・それが現在のソルトレイクシティーとなりました。当初はモルモン教徒だけが住んでいましたが、カリフォルニアのゴールドラッシュや大陸横断鉄道の建設の際、その中継所として大きな発展を遂げ、様々な人々が住む町となりました。

<ボスニア、北アイルランド紛争>
 旧ユーゴ地域は現在スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア共和国、モンテネグロ共和国、マケドニア、さらにボイジアナ自治州、コソボ自治州と複雑怪奇に分かれています。これらのうちボスニア・ヘルツェゴビナにはカトリック、東方正教会(ギリシア正教)、イスラム教の三派があり、それぞれが敵対することで混乱がより深まったわけです。
 同じようにキリスト教でありながら対立しているのが北アイルランドの問題です。北アイルランドを領有するイギリスはイギリス国教会。長い間イギリスの植民地だったアイルランドはカトリック。同じ島の一部がイギリスの植民地(北アイルランド)であることに反発が生じるのは当然のことでしょう。

<イスラム教>
<キリスト教の発展型>
 僕も知らなかったのですが、意外なことにイスラム教徒の方も聖書を読むそうです。(旧約聖書)イスラム教信者にとっても神とは聖書にある造物主のことです。ただし、彼らは造物主を「アッラー」(アラー)と呼びます。そして、彼らにとってイエス・キリストはモーゼやヨハネなどと同じ預言者のひとりにすぎず、最後の預言者ムハンマド(マホメット)こそが最も完全な形でアッラーの意志を伝えていると考えられています。
 さらに分かりやすい違いは、イスラム教はキリスト教の教えをより厳格にしたものだというのです。例えば、女性の美しさが男性を誘惑してしまうことのないよう布で顔を隠せなければならないという決まりがあります。神に似せた絵や像を神のごとく拝むことを禁止する偶像崇拝の禁止も有名です。この決まりのために、イスラムの寺院には絵画や彫刻などがなく、その代わり植物などをモチーフにしたイスラム文化独特のモザイク画が発展したわけです。さらにこうした決まり事は、イスラム教徒の生活全般に渡っていて、「豚肉を食べてはいけない」「酒を飲んではいけない」など、実に細かな規定があります。

<イスラムのきまり>
 イスラム教徒には、信じなければならない6つのことと行わなければならない5つの行があります。先ず、6つの信じるべきことは、
(1)アッラーの神の存在
(2)天使(マラク)の存在
(3)コーラン(イスラムの聖典)
(4)予言者(ナビー)の言葉
(5)来世(アーヒラ)の存在
(6)天命(カダル)
そして、5つの行とは、
(1)信仰告白せよ(シャハーダ)
「アッラーこそ唯一の神でありムハンマドがその信徒である」このことを常に宣言しなさい、ということ。
(2)礼拝せよ(サラート)
一日五回聖地メッカの方を向いて礼拝(お祈り)しなさい、ということ。
(3)断食をせよ(サウム)
イスラム暦の第9月(ラマザーン)の1月間、日が沈むまでの間、食物だけでなく水も煙草も口にしてはいけません。
(4)喜捨、施しをせよ(ザカート)
イスラム文化では物乞いは当然のことと考えられています。
(5)巡礼をせよ(ハッジ)
メッカに一生のうち一度、必ずお詣りせよ、ということ。(これは現実問題として、できない人も多いので他の行に比べると、それほど重要視はされていません)
 イスラム教で忘れてならないのは、スンニ派とシーア派の対立についてでしょう。基本的にはスンニ派が正統派というかもともとの流れで、シーア派はそこから分派したものです。(スンニ派:シーア派の人口比は9:1ぐらい。スンニ派の多くはアラブ人で、シーア派はイラン人という分け方もできるようです)
 預言者ムハンマドの後を継いだイスラム教の最高指導者をカリフと呼びます。そのカリフの地位はムハンマドの血筋が継いでいたのですが、その地位を奪い合う事件が起き、その血筋がとだえてしまいました。そのため、ウマイヤ家のムアウイアという人がカリフの地位を継ぐことになり、ウマイヤ朝という新しい王朝が誕生。それがスンニ派として今につながっています。ところが、ムハンマドの血筋には実は生き残りがいて、その人物がイランの王女と結婚、二人の間の子供がシーア派をつくった。こう考えるのがシーア派の人々で、イランの王女の血が混じったことから、イラン人がその主流になったというわけです。
 もうわかったと思いますが、イラン・イラク戦争の原因はシーア派(イラン)とスンニ派(イラク)の対立から生まれたものです。

<コーランについて>
 コーランはイスラム教の聖典ですが、キリスト教における「聖書」のような存在とはどうも違うようです。そのことについて、フランスの作家ミシェル・ウェルベックの小説「服従」の中にこんな記述があります。

「…コーランは、神を称える神秘主義的で偉大な詩そのものです。創造主への称賛と、その法への服従です。通常は、イスラームに近づきたいと思っている人にコーランを読むことは勧めません。もちろん、アラビア語を学ぶ努力をし、原語で堪能したいと考えているならば別ですが。それよりも、コーランの章句の朗読を耳で聴き、それを繰り返し、その息づかいを感じることを勧めます。イスラームは儀式的な目的での翻訳を禁止したただひとつの宗教です。というのも、コーランはそのすべてがリズム、韻、リフレイン、半階音で成り立っているからです。コーランは、詩の基本になる思想、音と意味の統合が世界について語るという思想の上に存在しているのです」
ミシェル・ウェルベック著「服従」より

<エルサレムの街>
 さてイスラエルの首都エルサレムの中心部の旧市街について、最後に説明します。エルサレムの街の中のごく一部、「嘆きの壁」がある旧市街地は、なんと4つの宗教地区に分けられています。それはイスラム教地区、キリスト教地区、ユダヤ教地区、そしてアルメニア教地区の4つです。
 同じ宗教内部の宗派同志ですら、殺し合いには発展することがあるのですから、「我が宗教こそが造物主の教えを正統に継ぐ者なり」と宣言する異なる宗教の人々がそれぞれ聖地と認める土地を奪い合いたくなるのも当然でしょう。

<仏教>
 仏教ほど幅広く世界各地ごとに異なる宗派がある宗教はありません。そして、その違いが何なのかも実にわかりにくくなっています。ここでは、仏教の歴史を追いながら、目一杯単純化して説明してみます。当然不十分このうえないと思いますが、それぞれ疑問点があれば、お近くのお寺さんでお聞きになっていただければと思います。もしくは、多いに参考にさせてもらった井沢元彦氏の「世界の[宗教と戦争]講座」(徳間文庫)をお読み下さい。
<お釈迦様>
 仏教の開祖お釈迦様は、今のネパールにあたる土地に住んでいた釈迦族の王子として生まれました。本名はゴータマ・シッダールタといいます。仏教という宗教は、彼が出家して修行を積む中から得られたものです。では、なぜお釈迦様は出家を思い立ったのでしょうか?それは人間として生きる上で避けることのできない四苦八苦から逃れるのが目的でした。
 「生」「老」「病」「死」そして「愛別離苦」(愛する者と分かれる苦しみ)「怨憎会苦」(憎むべき者と会わなければならない苦しみ)「求不得苦」(求めるものを得ることができない苦しみ)「五陰盛苦」(五感があるがゆえに生まれる苦しみ)がそれです。さらに、それ以前のインドの宗教(ヒンズー教、ジャイナ教)によれば人間の魂は輪廻転生を繰り返すことになっており、人間は永遠にこの八つの苦しみから逃れられないことになります。
 では、どうすればそれらの苦しみから逃れることができるのか?
 それには先ず、苦しみのもとには「生」や「若さ」「健康」「永遠の生命」などに執着する心である「煩悩」があることを理解する必要があります。(108つあるやつです)ということは「煩悩」という炎の消えた状態「涅槃ねはん」(ニルバーナ、解脱とも呼ばれます)への道を見つけだせば、その永遠の苦しみから逃れられることになるのです。これが「悟り」というやつで、そこに達した人はすべて仏様と呼ばれます。ゴータマ・シッダールタは修行を積むことでこの「悟り」に達しました。そして、他の人々にもこの「悟り」を開くことこそ、「解脱」への唯一の道であると解きました。ただし、「悟り」を開くために何をすればいいのか、その具体的な方法については彼は何も語っていませんでした。そのため、頂上は明らかであってもそこへ至る道は無数に存在するという仏教独特の考え方が生まれたわけです。

<大乗仏教と小乗仏教>
 ゴータマの教えは、それぞれが自分のやり方で「悟り」へ到達せよというものでした。しかし、それでは人類が救われるためには、すべての人が出家して修行を積まなければならないことになってしまいます。そうなると社会は成り立たなくなるし、現実的にあり得ないことです。
 そこで考えられたのが、「悟り」を開いた仏様の中には在家の信者もいっしょに救ってくれる「大きな乗り物」のような方もいらっしゃるだろうというものです。こうして、大乗仏教という新しい流れが生まれ、これはインドから中国、朝鮮そして日本へと伝わって行きます。また、元々の流れは、インドからスリランカ、タイ、ミャンマー(ビルマ)へと伝わり、俗に小乗仏教(現在は上座部仏教)と呼ばれるようになりました。

<浄土宗>
 悟りを開いていない一般人もいっしょに救ってくれるという素晴らしい仏様の代表的存在が阿弥陀如来です。阿弥陀如来は自分を信仰する者を自ら支配する世界、浄土へと生まれ変わらせると考えられています。そして、これが浄土信仰のはじまりです。こうした浄土信仰の流れを日本に最初にもたらしたのは中国から天台宗を伝えた最澄だと言われています。
 「他力本願」とも言われる仏様に助けを求めるやり方は、具体的にはどうすればよいのか?お経には「念仏をとなえなさい!」と書かれているそうです。中国の浄土教では「観想念仏」というやり方が用いられていました。それは日々常に阿弥陀如来のいる極楽を頭の中にイメージせよというものです。そして、この方法は極楽をイメージさせる世界を作り上げるという建築や絵画の方向性を生み出しました。しかし、暇もないし、お金もない一般庶民には、そんな優雅な方法など不可能です。そこで最澄の弟子だった法然は「唱名念仏」という技を編み出し、浄土宗という新しい宗派を始めました。「南無阿弥陀仏」と阿弥陀様の名前を唱えられるだけ唱えなさい!というわけです。ところが、その弟子の親鸞はさらにそのやり方に改良を加えます。

<浄土宗からの発展型>
 仏様を信じているなら、念仏を唱える回数は関係ない。問題は本当に信じていることだ。
 こうして、親鸞は出家の身でありながら結婚して妻も持ちました。要するに、仏様を信じていれば、一般人と同じ生活をしてもOKだということです。
 さらに、時宗の一遍はこの考え方を進めています。なんと彼は「信じる必要もない」と考えたのです。なぜなら阿弥陀様は愚かな人間が「信じる」「信じない」「念仏を唱える」「唱えない」など細かなことには関わりなく、必ず救って下さるのだから、というわけです。
 ここまでくると、これって本当に宗教なの?と不思議になってきます。日本の仏教恐るべし!です。

<禅宗>
 日本の仏教は軟派ばかりではありません。ある意味日本の文化を代表する存在、禅宗があります。禅宗の代表的宗派は、道元で有名な曹洞宗がありますが、その基本は元々のゴータマの教えに近いと言えます。
 禅宗では悟りを開くためには出家することを求められ厳しい修行を必要とされ、そのストイックさゆえに素晴らしい日本文化を生み出す基になりました。

<日蓮宗>
 もうひとつ硬派といえば、日蓮が始めた日蓮宗があります。なぜ硬派なのかと言うと、日蓮はお経の中では「法華経」だけに価値があり、その他は間違っているから、他の宗派の人にその事を理解させる必要があると言ったのです。ということは、日蓮宗の人々にとっては他宗教の人々を改宗させることこそが、極楽へ至る近道ということになるわけです。(この流れをくむのが創価学会です)

<日本の歴史における仏教>
 日本の歴史において、仏教は常に力を持ち続けてきました。特に鎌倉時代から戦国時代にかけては大きな盛り上がりの時期だったようです。(親鸞や日蓮が活躍したのがこの頃)ところが、その力を利用し、逆にその勢いを失わせるという凄い作戦が登場します。徳川家康が始めた「檀家制度」がそれです。日本人すべてを、それぞれの地域にある寺の檀家として登録させることで、戸籍管理を行い、さらにはキリスト教への改宗抑止など思想の統制を行うことに成功したのです。これはそれぞれの寺にとっては、経営の安定化につながるので好都合でした。ただし、宗派間の競い合いもなくなったことで仏教界全体のエネルギーが低下、仏教の存在価値がいっきに低下してしまったのもまた事実です。
 こうして、日本人の多くが「無宗教だけど○×寺の檀家です」という家ばかりになってしまったわけです。

<最後に>
 ある意味何でもありの仏教界では絶対的な存在は認められない(無常)こともあり、宗派間の対立が悪化して戦争が始まるということもありません。それはキリスト教やイスラム教に対しても同様です。その代表的な例がチベットです。「中華思想」と「共産主義」という仏教とは異なる宗教国家となった中国に侵略されたチベットは、武器を用いず非暴力によって平和運動を続けています。(その指導者であるダライ・ラマがノーベル平和賞を受賞したのは当然のことでしょう)
 世界平和を求める仏教を広めよ!と言いたいところですが、それをしないから仏教は仏教なのかもしれません。(これじゃ、禅問答みたいです)


<宗教に関する言葉>
<仏教とキリスト教の違いについて>
 僕は仏教はキリスト教やユダヤ教のような宗教とは違うと思っています。それは、ゴータマ・ブッダという人がいなくても、仏教は出現しただろうということです。しかしキリスト教はイエスがいなければ出現していないでしょう。つめり、地球上に長い歴史を刻んできた土着思想から湧き出してくる思想が、仏教となって展開したのだと思うのです。だからこそ、内在する自然から超越を考えていく方法ができるのでしょう。
 逆に言うと、アニミズムを思想としてソフィスティケイトして深めていくときに現れる思想形態の一つとして、仏教があるのだと思うのです。・・・

中沢新一「惑星の風景」より

20世紀事件簿へ   トップページヘ