宇宙に挑んだ伝説の男たち

「ライト・スタッフ The Right Stuff」

- トム・ウルフ Tom Wolfe 、フィリップ・カウフマン Philip Kaufman-

<この本が書かれた理由>
「本書は、私のごくありふれた好奇心がきっかけになって生まれたものである。一人の人間が喜んで巨大なろうそくの天辺に腰をおろす。巨大なろうそく、それはレッドストーン・ロケットであることもあれば、アトラス、タイタン、あるいはサターン型ロケットであることもあるが、その天辺に進んで坐り、誰かが導火線に点火するのを待つなどということが、どうしてできるのか気になったのである。・・・・・
そこから私は、半世紀以上にわたって、いわば月の裏側のように閉ざされた未知の世界であった、豊かな、嘘のような一つの世界を探し当てることになったのである。それは軍の航空兵の世界、それも現代アメリカの将校階級の世界だった。・・・・・
『ザ・ライト・スタッフ』は、なぜ男たちがいやがらずに - いやがらないどころか喜んで - そのような分の悪い賭けに挑むのかについての話になった。しかも、いまの時代というのは、かなり前から文学者が反英雄のはやらない時代なのだ。本書を執筆するにあたって、私を突き動かしたのは、そういう心理の神秘だった。」


 この作品は「ニュー・ジャーナリズム」と呼ばれた新しいスタイルのノンフィクションでした。登場人物はすべて実名で、いっさい飾り付けはなく事実を積み重ねている作品です。凄いのはそれでもなお、この作品が小説以上にドラマチックで面白いことです。(だからこそ、ハリウッドで映画化もされたのです)
 実は、この作品にとって「宇宙のロマン」とか「神秘への挑戦」は重要なテーマではありません。「アストロノート」という名のドン・キホーテたちが、「ロケット」に乗って「冷戦」という世界規模の闘技場の場でソ連の英雄たちと一騎打ちをすることになった。たまたま彼らの仕事場が宇宙だったということなのです。
 著者のトム・ウルフは、なぜ彼が命がけで危険なロケットに乗る気になったのか?その疑問の答えを得るために、宇宙飛行士たちへのインタビューを行いました。すると、そこから新たな疑問が浮上してきました。
 宇宙飛行士のほとんどは空軍のテスト・パイロット出身もしくは戦闘機乗りとしての経験がありました。そして、それはロケットに乗る以上に危険で、名誉もお金も得られない割の合わない仕事だったのです。

 時速200マイルで滑走路上を走り、離陸滑走を終わろうとしているとき、計器盤に赤いランプがともりはじめたら、(a)彼は離陸を中止すべきなのか、あるいは、(b)射出脱出すべきなのか、あるいはまた(c)離陸を続け上空で問題を処理すべきなのか、そのいずれかを選択し、行動に移す時間は1秒しかない、そしてこの種の決定を迫られるのは日常茶飯事なのだ。日々直面する二者択一の問題 - 「正しい資質」か「死」か - をときとして醒めた目で見つめ、こんなことははかばかしいと判断して、自発的に輸送機や偵察機やその他の部署に移っていく場合もある。・・・

 彼らがいかに安い給料で、いかに危険な仕事にのぞんでいるか?誰も彼らに注目せず、期待されているわけでもないのに・・・なぜ?
 それができたからこそ、彼らは「ライト・スタッフ」の持ち主と言われたのです。

 世間の人々は、芸術家、俳優、あらゆる種類の芸能人、政治家、スポーツ選手、そしてジャーナリストたちの大きな自負心というものに慣れっこになっていた。それは彼らがそれを見せびらかす手慣れた便利な方法を知っているからだ。ところが、腕に大きな時計をはめ、引き締まった顔つきをし、制服を着たあのほっそりした若者、飛ぶ話以外は口を開くこともできない内気な若い将校 - あの若いパイロット - 皆さん意外にも彼の自負心のほうがさらにでかいのです! - あまりにでかくて、思わず息をのむほどですよ!

<興味深いエピソードの数々>
 事実を丹念に積み上げて構成された作品のため、この作品に特にクライマックスのようなものはありません。(ラスト近くのイエーガーの危機は、クライマックスではありますが、これは宇宙での出来事ではありません)しかし、誰もが知らなかった興味深い出来事や笑える事件はどれも読んでいて楽しめます。

(1)スピード・オタクばかりのテスト・パイロットの世界では飛行中の事故も多いが、それ以上に車の飛ばし過ぎによる事故が多く、その多くが業務中の事故として処理されているらしい。
(2)当初、宇宙飛行士の乗るのは、椅子付きのカプセルに過ぎず、操縦装置も船外を覗く窓さえもありませんでした。それに対し、宇宙飛行士たちが反発し、手動の操縦装置やハッチの手動開閉装置、そして窓などが取り付けられることになりました。

 第一回飛行は猿がやる、という言葉が囁かれ始めていた。「アストロノート(宇宙飛行士)」とは「星の航海者」を意味するが、実際には無重力状態が肉体におよび中枢神経系におよぼす影響を研究するためのモルモットにすぎない哀れなやつなのだ。エドワーズのパイロット仲間が知っていたように、マーキュリー宇宙飛行士に対するNASAの当初の文官職務細目では、星の航海者はどのような種類であれパイロットであることさえ要求されていなかった。身長が5フィート11インチ以下でマーキュリーのカプセルに入れさえすれば、肉体的危険をともなう仕事の経験のある若い大学出の男ならば、まず誰でもよかったのだ。・・・(実際、最初のアストロノートは猿でした)

(3)大気圏外の宇宙空間に最初に達したのは強力なエンジンをもったアメリカ空軍のテスト・パイロットたちで、空軍によって有人ロケット計画は当時並行して進められていた。
(4)最初の宇宙飛行士アラン・シェパードは何時間もロケットの中で待たされ続けてしまい、ついには宇宙服の中におしっこをもらしてしまい、そのまま宇宙へと向かいました。(わずか15分の飛行だったため、トイレの準備はなかったのです)
(5)宇宙空間での様々な体験のほとんどは、すでにシュミレーションの段階で体験したことばかりだったため、彼らは新鮮な驚きを宇宙でほとんど感じなかった。ガガーリンの「地球は青かった」も実はシュミレーションで感じていたことを思いだして言った言葉だったのかも?)
(6)5人目の宇宙飛行士ゴードン・クーパーが打ち上げ直前のロケット内でいびきをかいて寝てしまった。(彼こそライト・スタッフの持ち主だ!)
(7)人種間の平等を進める政治的な流れにより、黒人の宇宙飛行士を無理やり選ぶ動きがあったが結局流れてしまった。(最初の7人は全員がWASP白人のプロテスタントでした)
(8)この作品の主役として7人の宇宙飛行士の妻たちの存在も忘れられません。ロケットという乗り物によって守られた夫たちの代わりに、妻たちはマスコミのターゲットになっただけでなく、公式に彼らに変わってコメントを述べる仕事も請け負う必要に迫られたのです。

 宇宙飛行士にとっては、宇宙飛行とはロケットに乗り、そして神の御心により、へまをしないことだった。妻にとっては、宇宙飛行とは・・・記者会見だったのだ。

<本当の主人公>
 宇宙飛行士として国民の英雄となった7人は、そのおかげで様々な恩恵を受け、その人気と宇宙ブームはアポロ計画、そして月面着陸にまで続くことになります。(それは冷戦の終わりと重なったともいえます)この作品では、そんな時代の流れに乗った男たちと対比するように伝説的なテスト・パイロットであるジョン・グレンのことも描かれています。この映画の主役は、実は宇宙飛行士になることを拒否したチャック・イェーガーなのでしょう。映画版では、イケメンのサム・シェパードが演じていて文句なしに一番カッコいい役でした。「ロケットに乗るだけの仕事なんてやってられねえぜ!」そんな彼の信念は、ある意味、西部開拓史における最後の英雄ジェシー・ジェームスとコール・ヤンガーの生き様を思わせます。
 時代遅れのヒーローはアメリカ人が大好きなタイプの主人公かもしれません。最新の宇宙開発に関わった男たちが、実は古き良きアメリカ人最後の生き残りだったわけです。

 イェーガーは本給283ドルでX1に乗ったのだ。紺色の軍服 - それを着られるだけで彼には充分だった。この世に所有しているものはすべて、紺色の軍服によって得たものであり、それ以外のものは何も求めなかった。

 そんなイェーガーに対し、時代の流れに乗ったヒーローとして描かれているのが、後に上院議員にまでなる3人目の宇宙飛行士ジョン・グレンです。誰より真面目で、誰よりも弁の立つ、究極のWASPともいえる存在はある意味当時のアメリカが求めていたヒーローだったのかもしれません。しかし、そんな真面目なジョンもまた政界やマスコミとのやり取りにはうんざりしていたようで、宇宙空間で切れてしまうシーンがあります。

「いいか、もしかお前が副大統領だろうがテレビの人間だろうと、あるいは他の誰だろうと家の中に入れたくなければ、おれのほうはそれで構わんぞ、誰も一歩も入れることはない - そしておれは100%お前を支持する。連中にそう言ってやれ。ジョンソンだろうと誰だろうと、おれたちの家に足の指一本踏み入れてもらいたくないからな!」
ジョン・グレン

 21世紀の今、イェーガーも、グレンもすでに過去の存在となり、あのアームストロング船長もまたはるかに過去の人物になりました。今や「ライト・スタッフ」を持つ男たちにとっての戦いの場所は、世界各地の戦場しかないのでしょうか?

 「国家的最優先事項」・・・きわめて危険であるので「志願しなくても、将来それが諸君にとって不利に働くことはない」・・・これらの言葉から、パイロットたちはみな無意識にみぞおちに信号を受信していたのだ。すなわち、彼らには冷戦のなかでの危険な使命を提示されているのだった。
 生えぬきの士官がたたきこまれて金科玉条にしているものの一つに、「戦闘任務は決して断ってはならない」というのがある。さらに、「宇宙に行く最初の人間」になれるといいこともある。・・・


<著者トム・ウルフ>
 著者のトム・ウルフは、1931年アメリカ、ヴァ―モント州リッチモンドの生まれです。イェール大学大学院でアメリカ史を専攻。大学教授として働くつもりでしたが、席がなく、バイトのつもりで新聞記者として働くことになりました。しかし、すぐに彼はその魅力に気が付き、「ワシントン・ポスト」、「NYヘラルド・トリビューン」、などで働いた後、「エスクワイア」、「ニューヨーカー」などにノンフィクション作品を発表するようになります。
 事実の積み重ねこそが重要と考える彼の文章には、カッコいい台詞や美しい文章は少ないかもしれません。しかし、それはあくまでも「小説」ではなく「記事」なのですから当然のことかもしれません。

ノンフィクション「ライト・スタッフ The Right Stuff」 1979年
(著)トム・ウルフ Tom Wolfe
(訳)中野圭二、加藤弘和
中公文庫

映画「ライト・スタッフ The Right Stuff」 1983年
(監)(脚)フィリップ・カウフマン Philip Kaufman
(製)アーウィン・ウィンクラー、ロバート・チャートフ
(製総)アラン・ラッドJr
(撮)シャレブ・デシャネル
(原)トム・ウルフ
(音)ビル・コンティ
(出)サム・シェパード(チャック・イェーガー)「天国の日々」など
エド・ハリス(ジョン・グレン)「ゼロ・グラヴィティ」「ポロック 二人だけのアトリエ」など
レヴォン・ヘルム(ナレーター)ザ・バンドのドラム、ヴォーカル
スコット・グレン(アラン・シェパード)、フレッド・ウォード(ガス・グリソム)、デニス・クエイド(ゴードン・クーパー)、ランス・ヘンリクセン、ジェフ・ゴールドブラム、スコット・ウィルソン、ローヤル・ダーノ、バーバラ・ハーシー、パメラ・リード、キャシー・ベイカー、ヴェロニカ・カートライト
<アカデミー賞>
 作曲賞、編集賞、音響賞、音響編集賞を受賞
<映画版について>
 監督のフィリップ・カウフマンは、原作者のトム・ウルフと同じで大学では歴史を専攻していました。そのため、アメリカの監督には珍しく歴史的描写にこだわるハリウッド映画とは思えない作品を数多く発表してきました。「ミネソタ大強盗団」、「存在の耐えられない軽さ」は、その代表的作品です。
 そして、映画版には、かつてのニューシネマを思わせるように多くの渋いわき役たちが多数出演しています。なんと、あのザ・バンドのドラマー、レヴォン・ヘルムまでが出演しています。そう思ってみると、この映画版は「ミネソタ大強盗団」の現代版のようにも見えてきます。
 淡々と事実を積み上げる原作に対し、同じように淡々とそれを描写してる映画版もまた素晴らしい作品に仕上がっています。描写がしっかりしているので、今でも古くない歴史的価値のある作品です。

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