20世紀最大の政界スキャンダル

1976年

「ロッキード事件」

<事件の発端>
 その事件の発端は日本ではなくアメリカでした。
 1976年2月4日、米上院外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会がその舞台でした。そして、そこでロッキード社の会計監査人がこう発言しました。

「裏工作は右翼のフィクサーの児玉誉士夫を中心に行われ、児玉には既に総額約700万ドル(21億円)に上がるコンサルタント料を渡していた」

 さらにロッキードの副社長アーチボルト・コーチャンがこう発言。

「裏金は我が社の正規代理店である総合商社の丸紅と、政商として名高い国際興業社主の小佐野賢治の2社からも日本政府中枢と政界全般に流れていたことは間違いない」

 これらの証言はロッキード社は証言することで訴追を免れるという司法取引の上で行われていました。自社がつぶれることを思えば、取引先の信用を失うことも、犯罪を犯していたことを表明することが可能になったのでした。だからこそ、信頼できる情報でもあったわけです。そして、この証言はすぐに日本にも伝わり、政界は大混乱に陥りました。

<ロッキード社の不正>
 以前、ロッキード社は、自衛隊の次期戦闘機の選定において、ダグラス社にほぼ決定していところをひっくり返したことがありました。それはロッキード社が、闇社会のドンだった小佐野賢治に多額の口利き料を支払ったことで成功したと言われています。それで味をしめたロッキード社は、その後日本航空による新型機導入の際も、再び小佐野に多額の口利き料を支払い、総理大臣田中角栄に接近したのでした。そして、巨額の賄賂を支払うことで、再びボーイングの導入に成功したのでした。しかし、こうした裏工作がアメリカにおける調査で明らかになり、コーチャン氏への国会質問に至ったのでした。
 もともとアメリカの企業が日本に進出するには大きな壁が存在していました。高い関税だけでも十分に高すぎる壁ですが、それ以外にも法律上の様々な手続きは、アメリカ人にとって理解不能の複雑なものでした。そうした壁を乗り越えるには、現地日本側に協力者がいなくては到底不可能かもしれない。アメリカ側がそう考えたからこそ、そのための不正な資金供与を必要経費と考えるようになったといえます。従って、そうした活動を政府やCIAが見て見ぬふりをしていたのも当然でした。

 アメリカ企業がこれほど不利な状況に置かれていたのには、訳がある。ひとつには、占領直後に合衆国が日本と交わした暗黙の「冷戦協定」のせいだ ― アメリカは日本を、アジアの主要な反共拠点にする。その産業から外国勢を排除してかまわない ― そんな無言の取り決めがあった。
「東京アンダーワールド」ロバート・ホワイティングより

 日本は戦後、アジアにおける防共の壁となり、そのための活動資金として巨額の資金が右翼組織を通してヤクザに渡ることになりましたが、経済的にもアメリカの傘に入っていたといえたわけです。それだけにアメリカの企業は「犯罪」という認識を持つことなく、営業経費として多額の資金を企業や政界のトップにばら撒くようになっていたのでしょう。民主主義など、絵に描いた餅でしかない国相手に「賄賂」は必要悪として当然認められるだろう、そう思っていたのかもしれません。実際、ロッキード社は、日本の悪徳政治家を利用することで、様々な政治活動を行っていたようです。

<ギャンブル馬鹿、浜田幸一>
 かつて国会議員の浜田幸一がラスベガスで160万ドルを賭博で失うという事件がありました。ところがこの160万ドルを浜幸に代わって支払ったのは小佐野賢治だったいわれています。(だいたい単なる国会議員の浜幸が160万ドルという大金を持っているわけがないし、そんな勝負をしたこと自体怪しいのですが・・・)
 それも小佐野賢治は、その160万ドルを、政府への口利き料としてロッキード社から受けとったお金で支払っていたらしいのです。なんで?
 なぜか、最初に彼がロッキード社から受け取った160万ドルの小切手は紛失したことになっています。しかし、それが本当のこととは思えません。ということは、小佐野は2回160万ドルを受け取っていたというのです。評論家の立花隆氏は、このことについて、こう推測しています。
 半分の160万ドルは政府への工作資金となって田中角栄に渡り、残りの160万ドルは浜幸の借金返済として、ラスベガスのサンズ・ホテルに支払われたわけですが、そこから先があったのではないかということです。ラスベガスのサンズ・ホテルは、ニクソンを支える西海岸企業家グループの支配下です。ということは、そこで支払われたお金は、ホテルを経由してニクソンの選挙資金に回されたのではないか?そう考えられるのです。当時は、あの大スキャンダル「ウォーターゲート事件」の時代でした。ニクソンへの追及が強まる中、その支持基盤だったロッキードにも捜査の手が回っているのは当然のことでした。ギャンブル馬鹿・浜幸は、もしかすると政治資金の運び屋にすぎなかったのかもしれません。(もちろん浜幸はヤクザ出身の政治家です)
 しかし、こうした政治資金の受け渡しを目撃していたはずの田中角栄の運転手は、謎の死を遂げています。さらに同じく政治資金の受け渡しに関わったといわれる児玉誉士夫が株主をつとめていたコンサルタント会社ジャパンPRの社長、福田太郎という人物も、この時期に謎の死を遂げています。日系アメリカ人で、ロッキード社との間に立っていた彼もまた日米間の資金の流れについて多くを知っていたといわれていました。もうひとり、ロッキード事件の調査を行い真実の究明に迫りつつあったといわれていた日本経済新聞の編集委員でコーチャン氏に直接インタビューしたことでも知られる人物もまたこの時期、謎の死を遂げています。
 恐るべきことに、事件の違法性はつかめても、具体的な証言や証拠がことごとく消されてしまいました。そのため、日米間の政界全体がどう関わっていたのか、その大きな流れをつかむまでにはゆきませんでした。

<田中角栄の逮捕>(2014年3月追記)
 田中角栄が総理大臣になったのは1972年、当時彼はまだ54歳、最年少での総理大臣誕生でした。しかし、彼は若さと馬力だけでのし上がったわけではありませんでした。彼の下剋上はそうなるための長年の活動に支えられていました。

 角栄は昭和25年に「国土総合開発計画法」を作り、自民党政調会長だった昭和37年には、具体的な開発計画として、「全国総合開発計画」を作ります。目標年次が近づくと、今度は「新全国総合開発」を作ります。列島改造論はこの流れの上に出てくるんです。それは、全国に、25万都市を作って、それを新幹線と高速道路網で結んでしまえという、超巨大国土計画でした。
 これが発売されると、あっちでもこっちでもサア開発だということになって、土地投機に火がつくわけです。・・・
 この国土開発と地価上昇の連鎖反応という戦後日本経済の基本構造(バブルへの道)を作り、それを政治的にプッシュし続けたのが角栄だったんです。バブルの源流ははっきりいって角栄なんです。角栄と国土開発官僚ないし建設官僚たちが、バブリーな夢を何度でも繰り返しふりまきつづけたことがバブルを作った最大の要因です。

立花隆

 しかし、そうした巨悪の存在に対して日本の検察も意地をみせます。様々な証拠を積み上げることで、検察は田中を逮捕し、なおかつ有罪にすることに成功したのです。これは日本の犯罪史上に輝く検察の快挙と呼ぶべきでしょう。ただ、前述のように、政界全体での犯罪への関わりはつかみきれず、田中角栄はその後も政界のドンとして政治に関わり続けることが可能になりました。

「田中は個性だけでのし上がったのではない。戦後民主主義という『制度』と田中という個性とが交錯したとき、はじめてひとつのパワーが発生したのである。田中の民主主義という普遍的理念を巧みに利用し、そして、彼自身のもつ庶民的合理主義を最大の武器としてのし上がったのである。この民主主義という制度があるかぎり、彼は有罪判決に抗して不死鳥でいられるのだ」
猪瀬直樹(ノンフィクション作家、後の東京都知事)

 ところで、この事件の発端となったアメリカの公聴会における証言は、なぜ行われたのでしょうか?単にアメリカの企業が他国で不正を行っていたことを明らかにするのが目的だったのでしょうか?最後のその謎についてです。

<闇社会のボス:児玉誉士夫>
 田中角栄とロッキード社の仲介役だった右翼のフィクサー、児玉誉士夫は、戦前右翼の急先鋒として活躍していました。当初は赤尾敏の建国会のメンバーでしたが、その後、大川周明の全日本愛国者共同闘争協議会のメンバーになり、何度も政治運動で投獄されています。1931年旧満州に渡ると笹川良一の紹介で上海において児玉機関を設立。海軍航空本部の戦略的資金調達機関として活動しました。(要するに軍隊直属の泥棒集団だったのですが・・・)軍隊と中国の犯罪組織を巻き込んで大量の貴金属類を略奪し、それを朝日新聞の所有する飛行機によって日本に持ち帰り、どこかに隠匿したといわれています。(あのM資金?)
 当然、終戦後、GHQによって児玉はA級戦犯容疑者とされ収監されていますが、なぜか無罪判決を受け釈放されています。たぶん留置場に入れておくよりも、右翼の大物として活動させるメリットを重視しての処分だったのでしょう。
 50年代に入り朝鮮戦争が勃発すると、アメリカは防共の壁として日本を利用しようと、児玉の政治活動、企業活動を認めます。そして、彼に巨額の活動資金を供与し始めました。ロッキード社からの児玉への顧問料もアメリカ政府は黙認していたと考えられます。

<ロッキード事件発覚の理由>
 なぜアメリカ政府は自国企業の賄賂にメスを入れ、ロッキード疑獄を暴こうとしたのでしょうか?
「ポスト・ウォーターゲート説」
 「ウォーターゲート事件」によって、ニクソンが失脚。その影響でアメリカではクリーンな政治が求められるようになりました。そこでアメリカ国内の政界においても、不正を追及する動きが強まっていたためにニクソンの支持企業のひとつだったロッキード社もまた追及の対象になったのではないか。

「東部エスタブリッシュメントの反逆説」
 ケネディ亡き後、米国の権力機構を独占したニクソンとその支持母体だったロッキード、米国防省、CIAを中心とする勢力に対し、その反対勢力である東部エスタブリッシュメントがニクソンの失脚を機に反逆を開始した。ここでいう東部エスタブリッシュメントとは、ロックフェラー・グループ、東部の多国籍企業、マクドネル・ダグラス社などのことです。そして、田中角栄、小佐野賢治、児玉誉士夫一派はニクソン・グループとの関係が深かったため、攻撃の対象になったわけです。

「反米転換した田中角栄追い落とし説」
 1972年、田中角栄は突如訪中し、日中の国交を回復。それまでの政治姿勢を方向転換しました。それに対し、アメリカ側は反米的な方向性への転換ではないか、と考えたようです。そのために田中角栄は、アメリカ政府による陰謀により総理大臣の座から降ろされたのではないか。中国のその後の経済発展を考えると、日中の接近をアメリカが恐れたのもあながち間違いではなかったのかもしれません。
 考えてみると、この事件はなんらかの思惑によって、他国において暴露されたからこそ、明らかになったわけで、そうならなければ田中角栄はあのまま日本列島の改造を続け、今の日本とはまったく違う国になっていたかもしれません。もちろん、角栄亡き後も日本列島は自民党によって改造され続け、原子力発電所もその結果のひとつでした。

<追記>2016年7月
「NHKスペシャル 未解決事件File.5 ロッキード事件」
 この番組において、事件から40年、事件の隠されていた部分についての新事実が明かされました。
 事件の核心部分である田中角栄が受け取った丸紅ルートの5億円。これが田中角栄の贈収賄の決め手となったのですが。この5億円は事件直後、全日空が導入することになったロッキード社製の旅客機トライスターを選ばせるために使われたと言われていました。しかし、その仲介者となった丸紅の担当者とアメリカ側で国家安全保障問題担当大統領補佐官だったリチャード・アレンの証言によると、それは違ったというのです。当時トライスターの導入は当時すでに決まっていたことで、実際にロッキード側が田中に申し入れたのは、ロッキード社が開発した対潜水艦哨戒機P3Cを日本に購入してほしいという内容だったのでした。
 当時、日本では日本独自の技術開発により対潜水艦哨戒機を開発する準備が進められていました。それに対しアメリカは、自国のP3Cを日本に導入させることで、金は入るし、対ソ連の防衛網も確立できると考えていたのです。そのために、田中角栄という大物政治家を利用しようと、政界のドンだった児玉誉士夫を利用して、田中を仲間に引き入れたのでした。
 しかし、アメリカ国内でロッキード社による贈収賄事件が発覚したことで、これらの事実が暴露されては日本の政権が危うくなりかねません。そうなると、アメリカによるそれまでの工作も無駄になりかねず、東アジアにおける政情不安の原因にもなりかねませんでした。そこでアメリカ政府は、事件を民間機であるトライスターに関わる部分だけに収め、P3Cの導入については表ざたにならないよう証拠の隠ぺいをはかったということのようです。何せ、アメリカはその後2016年に至るまでP3Cの売却やメンテナンスなどにより、日本から1兆円もの支払いを受けているのです。そのためなら、21億や5億など安いものだし、北太平洋の対ソ戦略も日本の哨戒能力の向上で非常に楽になったはずです。
 それにしても「田中角栄」という人物の迫力は凄い!時代が時代だからこそ、彼のような人物が登場したのでしょうが、善悪は別にして魅力的な人物であることは間違いありません。(田中真紀子の喋り方も、笑っちゃうほど父さんにそっくり!)

<参考>
「東京アンダーワールド Tokyo Underworld」 2000年
(著)ロバート・ホワイティング Robert Whiting
(訳)松井みどり
角川書店

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