あなたにとって世界はどう見えますか? 


「ルーム ROOM」

- レニー・アブラハムソン Lenny Abrahamson -
<映画の魅力>
 映画の魅力って何でしょうか?
 「時間を忘れさせ、悩みを忘れさせてくれる2時間の癒し」
 多くの人は、そんなふうに考えているのではないでしょうか?
 そのために映画の製作者・スタッフたちは、様々なアイデアを駆使して、観客を映画の世界にひきこみ2時間を過ごさせてくれるのです。
 いかに画面の中の世界を本物に見せるか。
 いかに登場人物を実在するように見せるか。
 いかに音楽によって観客の心を動かすか。
 ・・・
 そうした工夫の中でも、僕が最も楽しみにしているのは、映画が観客に普通では絶対に体験できない驚きの経験をさせてくれることです。
 例えば、「戦争映画」は観客に戦場の恐怖や感動を味合わせてくれます。「SF映画」は宇宙の果てや未知の宇宙人を見せてくれます。僕個人としては、「歴史の1ページ」を見せてくれるドキュメンタリー・タッチの映画も大好きです。もちろん「恋愛映画」や「冒険映画」が好きな方もいるでしょう。観客を旅に連れて行ってくれる「ロード・ムービー」も映画ならではの魅力的なジャンルです。
 中でも僕が魅力的に感じるのは、全く新しい視点から世界を見せてくれる映画です。
 「グラン・ブルー」(1988年)は、海の中を見せるだけでなく体験させてくれる作品でした。「バーディ」(1984年)や「エメラルド・フォレスト」(1984年)では、鳥になって空を飛ぶ体験をさせてくれます。「デッドマン・ウォーキング」(1995年)では死刑囚として刑の執行を体験させられます。「サウルの息子」では、ホロコーストの真っただ中で虐殺された遺体の処理をさせられます。人生を逆向きに生きることになる「ベンジャミン・バトン 数奇な運命の物語」(2008年)は、よくぞ映画化したものだと思います。

<子供主観の名作たち>
 そうした新世界体感型の映画の中でも、最も新鮮に世界を見せてくれるのは、その主人公を子供にした場合だと僕は思います。
 アーミッシュの少年から見た現代社会が新鮮だった「刑事ジョン・ブック」(1985年)、ホロコーストの恐怖を笑いによって生き延びた少年の体験を描いた「ライフ・イズ・ビューティフル」(1998年)、映画を通して愛と世界を知って行く少年の人生を描いた「ニューシネマ・パラダイス」(1988年)、大人になることをやめた少年がドイツの激動期を生きる「ブリキの太鼓」(1979年)、盲目でありながら映画の音響効果技師になった少年の幼い日々を描いた「ミルコのひかり」(2005年)、育児放棄された少年が厳しい都会を生きる「誰も知らない」(2004年)、都会から疎開した少年が美しい自然を体感する「戦場の小さな天使たち」、少年が大人になるまでの日々を追い続けた異色の映画「6才のボクが、大人になるまで」(2014年)もありました。スペイン内戦の混乱の中フランケンシュタインの幻を見る少女を描いた「ミツバチのささやき」・・・
 どの作品も子供の目から見た日常がいかに感動的だったり、美しかったり、恐ろしかったり、夢のようだったりしたのかを描くことで、大人の観客に忘れかけていた純粋だった頃の視点を思い出させてくれます。そうでなくても、子供が主人公の映画は昔から観客の涙腺を崩壊させる作品が目白押しでした。
 「シェーン」、「奇跡の人」、「汚れなき悪戯」、「禁じられた遊び」、「泥の河」、「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」、「イン・ディス・ワールド」、「リトルマン・テイト」、「野生の少年」・・・
 そしてここで紹介する「ルーム」も、こうした子供の視点から描いた名作のリストに加えられるべき作品です。

<「部屋」と「外」>
 17歳の女子高校生ジョイはある日突然男に誘拐され、それから7年間納屋に監禁されます。そして、その間に監禁した男との間に男の子を生みます。当初は生きる望みを失いつつあった彼女は、子育てをすることで立ち直り、子供を守るという生きる目的を発見。子供と共に逃げ出すという次の目的のために動き出します。そしてある日、息子のジャックを部屋から脱出させることに成功し、ついに二人は警察によって救出されます。
 救出され自由を得た二人はマスコミによって英雄扱いされます。しかし、5歳になっていたジョンはなかなか部屋の外の世界に適応できず、それ以上に母親のジョイ自身が精神の安定を失い、ついに自殺未遂を起こしてしまいます。
 映画では、息子のジョンの視点から、部屋の中と外の世界での親子の暮らしが描かれています。
 実は、僕はこの映画、もっと暗い犯罪サスペンス映画だと思い込んでいました。それだけに驚きました。
 「部屋(ルーム)」以外の世界を知らない5歳の少年が狭い空間を唯一の「世界」として認識している感覚をファンタジーのように見せる手法に驚き!人間は、自分が生きる空間の状況に合わせて、生き方を合わせ、世界観を合わせる動物です。それは、個々の精神的なバランスをとるために必要な対応策なのでしょう。
 そのために、ジャックにとっては母と二人だけの「ルーム」の世界は、母親の胎内世界の延長であり、彼にとっては幸福な空間だったことは確かです。だからこそ、外の世界の混乱は、彼にとって、「自由」という恐怖の感覚をもたらすことになったのです。子供だった彼にとって、「ルーム」は「幸福」もしくは「安心」の象徴だったのかもしれません。

 この作品の最大のポイントは、悲惨な監禁生活から解放され自由を獲得したはずが、逆に危機に追い込まれてしまうという皮肉な逆転現象にあります。そのために、普通なら主人公が監禁されるところから始まって脱出した自由を獲得するところまでが映画になるところを、あえて監禁されているところから始めているところが味噌です。なざならジャックにとっての世界は、その時点から始まっているのですから。
 そこから始まった彼の人生にとって、本当に現実社会は幸福な世界なのでしょうか?
 だって、彼の新しい家族が良い人とは限らないし、学校に通いだすとクラスメートからのいじめにあう可能性も十分にあるのです。
 「やっぱりルームに帰りたい!」とジャックが叫ぶ可能性でったあるのです。
 その意味で、この映画のラストは甘すぎる気がしないでもありません。
 でも、この映画は、確実に世界を見る目を変えてくれる素敵な作品です。空から舞い下りる雪の白さ、空の青さ、風の冷たさが、いつもとは違って感じられるなら、それだけでこの作品は成功したといえるので、ジャックの幸福を素直に祝福してあげたいと思います。ジャックを演じていたジェイコブ・トレンブイの名演技は素晴らしかった!彼の今後がちょっと心配です。(多くの天才子役はその後、けっこう苦労していますから・・・)
 アイルランド出身のレニー・アブラムソン監督は、まだ作品は少なく、これからいよいよ活躍しそうです。次回作にも期待したいと思います。

「ルーム ROOM」 2015年
(監)レニー・アブラハムソン Lenny Abrahamson
(製)エド・ギニー、デヴィッド・グロス
(製総)アンドリュー・ロウ、ジェシー・シャピーラ、ジェフ・アークス、ローズ・ガーネット、テッサ・ロス
(原)(脚)(製総)エマ・ドナヒュー「部屋」
(撮)ダニー・コーエン
(PD)イーサン・トーマン
(衣)リア・カールソン
(編)ネイサン・ヌーゲント
(音)スティーヴン・レニックス
(出)ブリ―・ラーソン(ジョイ)、ジェイコブ・トレンブイ(ジャック)
ジョーン・アレン(祖母)、ショーン・ブリジャーズ、ウィリアム・H・メイシー(祖父)
トム・マッカムス(レオ)、アマンダ・ブルジェル(警官)、キャス・アンヴァ―(ミッタル医師)

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