- ロキシー・ミュージック ROXY MUSIC -

<先進的すぎたバンド、ロキシー>
 1972年当時、ほとんどのバンドは、ある意味ジャンルでくくることのできるサウンドを演奏していました。その中にあって、ロキシー・ミュージックというバンドは、音楽的にいろいろなジャンルの混合を行っただけでなく、衣装やアルバムのジャケット・デザインにまで、その雑食性、アート感覚を取り入れた異色の存在でした。グラム・ロックでもなく、プログレッシブ・ロックでもない彼らのスタイルは、デビュー当初、多くのロック・ファンに理解されず、ゲテモノ扱いされていました。(もちろん、初期の作品が、かなりゴッタ煮的かつ、インプロビゼーション重視の前衛的なものだったのは確かですが)
 彼らは、ある意味で80年代、90年代の先取りをしていたのかもしれません。そして、その未来型サウンドが生まれたのには、ちゃんと理由がありました。

<ブライアン・フェリーのアート感覚、雑食性>
 ロキシー・ミュージックのリーダーだったブライアン・フェリーの高校時代の趣味は、自転車とロック・クライミング、そしてファッションでした。貧しい家庭に育った彼は、休みになると、朝刊、夕刊両方を配り、その合間に紳士服店「ジャクソン・ザ・テイラー」で働きながら、ファッション・センスを磨いていたといいます。その後、彼は大学時代に芝居の世界にも足を踏み入れ、シェークスピアの「十二夜」に出演、さらにアート・スクールに入学して、絵画を学んだ後、美術の教師も経験しています。彼がバンド活動を始めた当初、それは彼の多彩な趣味のひとつにすぎなかったのです。しかし、そうして培われた彼の多彩なセンスがあったからこそ、ロキシー・ミュージックの不思議なサウンドが生み出されたのです。

<もう一人のブライアンの存在>
 ロキシーの複雑なサウンドを生みだしたのは、ブライアン・フェリーの多彩な才能だけではありませんでした。そこには、もうひとりの天才、もうひとりのブライアンの存在がありました。そう、ブライアン・イーノです。彼は、ロキシーのデビュー・アルバム「ロキシー・ミュージック」と2作目の「フォー・ユア・プレジャー」にメンバーとして参加した後ソロとなり、数々の作品を発表、環境音楽(アンビエント・ミュージック)の創始者であり、前衛音楽を代表するアーティストのひとりになります。さらに、数多くのミュージシャンとのコラヴォレーションでも、素晴らしい作品を生み出し(ロバート・フリップ、ジョン・ケージ、ケヴィン・エアーズ、ニコ、デヴィッド・バーンなど)、プロデューサーとしても、トーキング・ヘッズ、ディーボ、ロバート・ワイアットU2などの傑作アルバムを生みだしています。彼の存在は、ローリング・ストーンズにおけるブライアン・ジョーンズであり、ピンク・フロイドにおけるシド・バレットでした。

<まだまだ多彩な連中>
 他のロキシーのメンバーもまた、なかなかの個性派でした。ギタリストのフィル・マンザネラ、サックスのアンディ・マッケイも、ソロとしても活躍した強者だし、デビュー・アルバムのプロデューサー、ピート・シンフィールドは、元キング・クリムソンのメンバーです。2作目以降のアルバムのプロデュースを担当したクリス・トーマスも、その後サディスティック・ミカ・バンドなど、数多くのバンドをプロデュースし世界中にその名を知られることになる人物です。それから、彼らの衣装を担当したロンドンの売れっ子デザイナー、アンソニー・プライスもまた重要な存在です。多彩な才能が揃った分、ソロ活動が多かったのもこのバンドの特徴で、バンドを継続させながら、各自がソロ活動も平行して行った数少ないバンドであることも、特筆すべきでしょう。

<ロキシーの共通するコンセプト>
 多彩な連中によるゴッタ煮的な作品の中に、あえて共通のコンセプトらしきものをあげるとするなら、50年代アメリカのギラギラ輝くネオンのイメージとケルト文化へと通じる歴史と伝統に支えられたヨーロッパの頽廃美、この二つではないでしょうか?
 前者のイメージは、1972年のデビュー作「ロキシー・ミュージック」から、1973年の「フォー・ユア・プレジャー」、「ストランデッド」、1974年の「カントリー・ライフ」、前期ロキシーの総決算的アルバム、1975年の「サイレン」あたりまでに共通していました。(彼らがデビュー当時グラム・ロックのバンドとして紹介されていたのは、このグラムな輝きのせいでした。グラム=キャバレーのミラー・ボールなどが作る安っぽい輝きのこと)それに対し、後者のイメージは、ロキシー再結成後の3作品1979年の「マニフェスト」、1980年の「フレッシュ・アンド・ブラッド」、1992年の「アヴァロン」に顕著に現れていたと言えるでしょう。

<混沌から洗練へ>
 こうして、多彩なメンバーたちによって生み出されたロキシー・サウンドは、どうしてもコラージュ(切り張り)的な音楽にならざるを得ませんでした。しかし、その混沌とした雰囲気こそ、初期ロキシーの魅力でもあったのかもしれません。もちろん、彼らのサウンドも時代とともに変わって行きました。その混沌としたサウンドは、しだいに贅肉をそぎ落とされ、洗練されていったのです。そして、最後に到達した作品が、ラスト・アルバムとなった優雅で洗練された極上のダンス・アルバム「アヴァロン」だったのです。これは、まさに他の追随を許さない独自の世界と言ってよい作品でした。
 普段ほとんどポップスを聴かないというブライアン・フェリーは、けっして複雑なサウンドを求めていたわけではなく、まして他のミュージシャンたちの影響を受けるわけでもありませんでした。逆に混沌としたサウンドから少しずつ引き算をして行くことによって、独自の音楽世界を築き上げていったと言えるのかもしれません。

<締めのお言葉>
「ものの単純さから導き出された特殊な満足感は、優雅(エレガンス)と呼ばれる」

ヴィクター・パパネック「生きのびるためのデザイン」より

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