「サムライブルーの料理人 サッカー日本代表専属シェフの戦い

- 西芳照 Yoshiteru Nishi-

<異色のエッセイ>
 副題にもあるとうり、サッカー日本代表チームの専属シェフとして様々な土地に動向している西芳照氏による異色のエッセイ&旅日記&レシピ本です。
 スポーツマン向けの料理本でもあり、サッカー日本代表チームの裏話集でもあり、料理人として海外で働いた苦労話集でもあるため様々な角度から楽しむことができる内容です。特に、この本を読んで面白かったのは、専属シェフの仕事がワールドカップ・サッカーのような大きな海外での大会において、戦略的にいかに重要な役割を担っているかということです。
 それは大会中に食中毒を起こしたら試合どころではなくなるという単純な理由だけではありません。

<戦略としてのシェフの闘い>
 例えば、2010年の南アフリカ大会の場合。日本の試合会場となった二つの街、ブルームフォンテーンとルステンブルグは、ともに標高1400メートルから1500メートルという高地にありました。そのため、チームは高地順応のための訓練を行うことになっていました。酸素濃度が低い土地で試合をするために身体を高地トレーニングを行うことは、今ではもう当たり前のことです。そして、最近は食事によってそのために必要な栄養素を予め体内に取り込んでおく方法も、用いられているといいます。特に重要なのは不足する酸素に含まれているヘモグロビンを作るのに欠かせない鉄分を摂取することです。では、そのために何を食べれば良いのか?
 肉類ではレバー、牛モモの赤身肉。魚介類では、アサリ、干しヒジキ。野菜・豆類では、大豆、ほうれん草、納豆、切り干し大根などがあります。では、これらの素材をメニューに加えて選手に食べさせれば、それで良いのでしょうか?実際はそうは簡単なことではないはずです。
 例えば、レバーが嫌いな人はどうすればよいのか?遠征先の土地によっては、アサリなどの貝類が購入できない可能性も十分にあります。そんな時は、どうするのか?納豆が嫌いな人もいるし、同じメニューを続けては、選手の食欲もなくなってくるでしょう。
 だからこそ、シェフの役割は重要なのです。選手に食べさせる栄養素は、栄養士がいれば科学的に示すことが可能です。しかし、その栄養素をどの食材でとるのか?その食材をどう調理すれば栄養素を壊すことなく、より多くとれるか?また、その食材はどこで入手できるのか?もし、現地にない食材ならば、それをどうやって、どれだけ持ち込むか?さらに海外のホテルの調理場にある設備で、どうやって調理をするのか?
 様々な条件のもと、様々な嗜好を持つ選手を相手に理想のメニューを作り上げる作業は、大会の期間中長い場合は一ヶ月以上続くことになります。その間、一日も休みがないかもしれません。考えると、気が遠くなるような作業の連続です。

<サッカーと料理>
 「サッカー」というスポーツほど世界中のどの国民にも愛されているスポーツはありませんが、「料理」ほど全ての人々に愛されている文化はないはずです。この本の中には、英語もうまく話せない著者が海外の有名ホテルのレストランで、その腕をふるうことで、すぐにシェフとして認められスムーズに仕事が運ぶようになったことが書かれています。それはまるで、サッカー選手がボールひとつで他国の選手とのコミュニケーションを築くのとよく似ています。シェフの場合、ボールの代わりに包丁一本で実力を認めさせることが可能になるのでしょう。
 ワールドカップ・フランス大会の時、日本代表のサポート・スタッフは、20数人だったのに対し、イングランドは55人もいたといいます。それだけサッカー先進国では料理さけでなく、様々なサポートが勝つためにどれだけ重要であるかを、長年の歴史の中で学んできているということでしょう。2011年時点、日本代表チームにはまだチームのシューズなどの用具やユニホームを専門に扱う専属のホペイロ(ポルトガル語で用具係)がいないといいます。日本が、ワールドカップで優勝するためには、まだまだやるべきことがいっぱいありそうです。(名古屋グランパスなど、数チームにしかいないとか・・・)

<日本女子代表チームの快挙>
 2011年のワールドカップにおいて日本の女子は見事に優勝しました。しかし、この時の「なでしこジャパン」の遠征チームに、西さんはいなかったといいます。もちろん、西さんの帯同を希望する声はあったようですが、日本サッカー協会が、そこまでする必要はないと断ったとか?(ただし、西さんの実家であり、彼の仕事場である福島が東日本大震災によって大きな被害を受けていたこともあり、一概に女子の遠征を軽視しただけではないのかもしれませんが・・・)
 とにかく「なでしこ」はそんなハンデは、昔から慣れっこになっているのでしょう。それに、女子サッカーの軽視は、日本だけでなく女子サッカー先進国アメリカやドイツでも同様のようですから、条件的には一緒だったのかもしれません。
 それにしても、この本の発表後に起きた東日本大震災によって、西さんの職場である福島J・ヴィレッジは当分の間、稼動できなくなりました。その分、遠征には集中できるのかもしれませんが、彼の家族のことも考えると心配です。ブラジル大会に向けての予選が始まっている中、彼が仕事にに集中できるよう是非、環境を整えていただきたいものです。
 代表チーム・スタッフから23人の選手たちに継ぐ24番の背番号が入ったシェフ用ジャケットをもらったという西さんは、早くもブラジル料理とブラジルで入手できる和食素材の調査を開始しているのかもしれません。

<ワールドカップでの優勝に向けて>
 ザッケローニという素晴らしい監督を迎え、次々に登場する才能あふれる選手たちを加えることで、日本代表チームの未来は今や曇りなしといった感じです。しかし、そうしたチームの好調もチーム・スタッフのしっかりした支えがあってのことです。彼らのちょっとしたミスによって、勝利を逃す可能性もあります。
 飛行機やバスなど交通手段の手配。ホテルや食事場所の選択。練習場所の確保。セキュリティーの管理。食料品や荷物の配送。選手の体調管理や疲労回復のための設備や場所の準備。トラブルが起きる可能性がある原因は他にもいろいろと考えられます。2011年に中国で行われたオリンピックアジア枠選考の大会における様々な中国による妨害工作やいたずら行為の多発は、日本では考えられませんが、海外ではいつどこでどんな事件が起きるかわかりません。そうしたトラブルを回避するためのノウハウを蓄積することもまたその国のサッカーを強くする重要な要素です。
 まだまだ世界一になるには、様々なことをクリヤーしないといけません。

「サムライブルーの料理人 サッカー日本代表専属シェフの戦い 2011年
(著)西芳照 Yoshiteru Nishi
白水社 

サッカー関連ページへ    20世紀文学大全集へ   トップページへ