時代精神をビートに乗せた吟遊詩人
佐野元春とその時代
 
<PART6>
- 1996年「フルーツ」 -
- 1997年「THE BARN」 -
<1996年「フルーツ」 in Japan>
 1996年から1997年にかけて、日本のJ-ポップ、J-ロックシーンは、大豊作の時期を迎えていました。そのことは、この期間に発表された作品の質と量、多彩さから、わかってもらえるはずです。そこで先ずは、この年に発表された代表的な作品とアーティスト名をざっとリスト・アップしてみました。
<1996年のJ-ポップ>
Puffy「アジアの純真」「これが私の生きる道」、小沢健二「球体の奏でる音楽」、ソウルフラワー・ユニオン「エレクトロ・アジール・バップ」、フィッシュマンズ「空中キャンプ」、エレファント・カシマシ「ココロに花を」、hide「サイエンス」、UA「11」、イエロー・モンキー「Sicks」、スチャダラパー「スチャダラ外伝」、ハイロウズ「タイガー・モービル」、ホフ・ディラン「多摩川レコード」、サニー・デイ・サービス「東京」、花電車「ナーコティック・ギター」、ウルフルズ「バンザイ」、GLAY「Be Loved」、Yen Town Band「モンタージュ」、サザンオールスターズ「Young Love」、遠藤賢司「夢よ叫べ」、Buck-Tick「Cosmos」、東京ビビンパクラブ「東京ビビンパクラブ」、吉田美奈子「Key」、かせきさいだぁ「かせきさいだぁ」・・・
 ガレージ・ロック、パンク・ロック、サイケデリック・ロック、テクノ・ポップ、アイドル・ロック、ジャパニーズ・ダブ、ヒップホップ、J-ソウル・・・遠藤賢司や吉田美奈子のようなベテランからかせきさいだぁやホフ・ディランのような新人まで年齢層も幅広く、今でも活躍する大物たちがそろい踏みしていました。
 そんな百花繚乱状態のJ-ロックのアルバムの中から「ミュージック・マガジン誌」が選んだ1996年の年間ナンバー1作品が、佐野元春の「フルーツ」でした。そのアルバムに収められたバラエティーに富んだ曲の数々は、その年に発表された様々なアーティストたちの様々なスタイルが並べられているかのようでした。その年にJ-ロック界が生み出した多様性を象徴する果実として「フルーツ」が誕生したようにも思えてきます。

・・・96年、日本の音楽シーンは実に健全な歩幅で久々の前進を始めた。それは、いわゆるナントカ・ブームとはまったく無関係の場所でおこなわれている”再生活動”のおかげだ。何の”再生”かって?ちゃんとした音楽のだ。・・・
 新しい世代の”先読み不可能”な才能が、徒党を組むのではなく同時多発的に登場。シーン全体を間違いなく加速させている。・・・
 でもそれだけじゃない。さらにベテラン勢の活躍が拍車をかける、・・・とりわけ、ソングライターとしての底力を見せつけた佐野元春と桑田佳祐。80年代に時代を塗り替えたふたつの才能が、こうして再び90年代にもタフで揺るぎない力を見せつける。ホントの音楽は死なない。時代の表層の移り変わりなどモノともせず生き残っていく。この二人は、ロック界のみならず日本の”宝”だと再認識した96年だった。

能地裕子(ミュージック・マガジンのベスト10選者の1人)

 「フルーツ」を録音する時期、彼はちょうどそれまで彼と共に歩んできたバンド、ハートランドを解散したばかりでした。そのため、その録音には、元ボガンボスのKyonやスカパラホーンズなど様々なミュージシャンが曲ごとに参加。アルバムに収める曲も、色どりもばらばらなフルーツのように多彩な曲ばかりでした。
 サイケなダンス音楽、ニューオーリンズ・ファンク、ビートルズ風、バート・バカラック風、ロック・オペラ風、ビーチボーイズ風・・・と様々な曲が録音されることになり、その録音参加メンバーの中から、次なるバンドとなるThe Hobo King Bandが誕生することになります。

「フルーツ」 1996年7月1日 
 1 インターナショナル・ホーボー・キング
 2 楽しい時
 3 恋人たちの曳航
 4 僕にできることは
 5 天国に続く芝生の丘
 6 夏のピースハウスにて
 7 ヤァ!ソウルボーイ
 8 すべてうまくいかなくても
 9 水上バスに乗って
10 言葉にならない
11 十代の潜水生活
12 メリーゴーランド
13 経験の唄
14 太陽だけが見えている - 子供たちは大丈夫
15 霧の中のダライラマ
16 そこにいてくれてありがとう - R・D・レインに捧ぐ
17 フルーツ - 夏が来るまでには

さらにこの年の詳細について知りたい方は
1996年の事件・音楽・映画・文学などへ


<1997年「THE BARN」 in Woodstock >
 1990年代はグローバリゼーションの時代でした。
 1991年、ソ連の分裂により東西冷戦構造が終わり、それに代わる新体制の形成が始まることになりました。「グローバリゼーション」は、その再構築の中心となるコンセプトになりました。こうして、アメリカが主導する世界中の物資や情報の移動が規制緩和によって自由になり、経済の活性化を図られる状況が広がることになりました。しかし、それは世界に格差を広げる結果をもたらすことになり、21世紀には反グローバリズムの流れが起きることにります。
 同じ時期に登場し、世界を変えたのがパソコンの普及と「インターネット」の登場でした。それは当初、大学の研究者たちが情報交換を簡単に行うために作られた限られた範囲の技術として誕生。しかし、1990年にティム・バーナーズ=リーが公開したウェブ・ページにより、世界中の誰もが自由に無料で使えるシステムとなりました。そして、1995年には民間での利用が可能になり、翌年には日本でもNTT直営のOCNによりプロバイダー事業も開始されます。
 1996年3月、いち早くオフィシャル・ページ「Moto’s Web Server」を立ち上げた佐野元春はインターネットの分野でも先駆者です。同年12月、彼はどのミュージシャンよりも早くライブ会場からインターネットによる生中継を行いました。もちろん当時は、ごくごく一部のパソコン・マニアしかインターネットを利用していなかったので、それほど多くの人が見られたわけではありませんでした。しかし、2020年にはほとんどのアーティストが、このインターネットによる配信ライブを行うことになります。
 そんな世界が小さくなった1997年、世界の常識となっていたグローバリゼーションの問題点が突然明らかになりました。
 タイの通貨危機から始まったアジア地域の株価の大暴落がニューヨークにも伝搬、世界中の市場経済を混乱に陥れたのです。「世界同時株安」という言葉はこの頃から使われるようになり、その後何度も同じような事態が生じることになります。世界各地で起きる事件が、あっという間に世界全体に影響を与える時代が始まったのです。
 この年、ヨーロッパでは単一通貨「ユーロ」がスタート、これにより巨大な経済圏が誕生。地球温暖化が世界規模で進行していることに歯止めをかけるため、地球温暖化防止京都会議が開催されました。しかし、参加国の足並みはまったくそろわず、その後も状況は悪化し続けることになります。世界は確実に小さくなっていましたが、それぞれの国家の思惑はバラバラだったのです。
 幸なことに、バブル崩壊後、長引く不況下の日本でしたが、音楽業界だけはまだその勢いを失っていませんでしたが、この年をピークに音楽業界は長い苦難の時代へと突入して行くことになります。
<1997年のJ-ポップ>
フィッシュマンズ「宇宙 東京・世田谷」、電気グルーブ「A」、ギター・ウルフ「狼惑星」、K-Dub Sunshine「現在時刻」、中村一義「金字塔」、ファンタスティック・プラスティック・マシーン「ファンタスティック・プラスティック・マシーン」、Chara「ジュニア・スウィート」、キリンジ「キリンジ」、井上陽水奥田民生「ショッピング」、ミシェルガン・エレファント「チキンゾンビーズ」、シアター・ブルック「トロポポーズ」、くるり「もしも」、コーンネリアス「ファンタズマ」、ジュディ・アンド・マリー「ザ・パワー・ソース」、Bonnie Pink「ヘブンズ・キッチン」、森高千里「Peachberry」、山崎まさよし「Home」、スガ・シカオ「Clover」、ソウルフラワーモノノケサミット「Loveleres Ching Dong」、KICK THE CAN CREW「タカオニ」
 これだけバラエティーに富んだスタイルのアーティストが数多く活躍できたのは、偶然ではないと思います。音楽業界全体が営業的にその頂点を極めていたことと間違いなく関りがあるはずです。1997年日本のCD売上総枚数は、史上最高の4億8000万枚に達していました。そんな時代だからこそ、それまでマイナー扱いだった特殊なジャンルのミュージシャンたちも活躍できたし、そこで力をつけることでその後も長く活躍を続けることができたのかもしれません。
 そんな中、再び佐野元春は日本を離れました。前年に「フルーツ」という総決算的名盤を生み出したにも関わらず、彼はそのままとどまることを良しとしなかったのです。
 彼が向かったのは、アメリカン・ルーツ・ミュージックの聖地、ウッドストック。そこで、ザ・バンドなどのプロデューサーとしても知られるジョン・サイモンを迎え、ザ・バンドのキーボード奏者ガース・ハドソンやジョン・セバスチャンらをゲストに招き、新バンドのザ・ホーボー・キング・バンドとアルバムの録音を行いました。木造の納屋を改造した小さなスタジオで行われたその作業は、インターネットもハイテクも使わない生のコンパクトなバンド・サウンドにより、ロックのルーツへ回帰しようとする試みでした。
 新たな「英知(Wisdom)」の導入を繰り返しつつ、「根(Roots)」へのこだわりを忘れない佐野元春は、ロックの聖地で、その原点に立ち返り、21世紀に向けて新たなスタートを切りました。そして、そんな彼の変化を待っていたかのように時代はこの後急速に変化し始めます。音楽ビジネスは下り坂へと向かい、そのビジネスモデル自体も大きく変化することになるのでした。

「THE BARN」 1997年12月1日
 1 逃亡アルマジロのテーマ
 2 ヤング・フォーエバー
 3 7日じゃたりない
 4 マナサス
 5 ヘイ・テ・ラ
 6 風の手のひらの上
 7 ドクター
 8 どこにでもいる娘
 9 誰も気にしちゃいない
10 ドライブ
11 ロックンロール・ハート
12 ズッキーニ - ホーボーキングの夢
<第一期 THE HOBO KING BAND>
佐野元春(Vo,Guitar)、小田原豊(Drums)、井上富雄(Bass)、佐橋佳幸(Guitar)、Dr.kyOn(Keyboads)、西本明()Keyboads

「フルーツ」以前のアルバムではウェルメイドなスタジオ・サウンドを目指していたので、ボーカルの処理もそれなりに工夫していました。ところがThe Hoboking Band という新たなバンドでは、むしろ飾り気のないボーカルの方がマッチするということに気づいた。よりライブなボーカルですね。そのように「The Barn」では、レコーディングの方法もそれまでのやり方と変えました。
「SWICH」2021年佐野元春特集号より

さらにこの年の詳細について知りたい方は
1997年の事件・音楽・映画・文学などへ

 荒れ狂ったこんな世界に迷い込んだ言葉たち
 変わらない君だけはいつもそこにいてくれた
 Young Forever
 君のその心若くできるだけ遠くまで翔けてゆけ


 「Young Forever」より

 20世紀最後の20年で世界は一気に小さくなりました。しかし、その変化があまりに早すぎたため世界中にひずみが生じ、21世紀に入ると様々なかたちで綻びが生じることになります。テロリズム、異常気象、移民・人種問題、そして新型コロナの大流行・・・残念ながら、エンターテイメントの世界もその影響から逃れることはできませんでした。
 しかし、その後コヨーテバンドという新たな仲間を得て彼が歌うストレートなロックには、なんの迷いも感じられません。
 彼がそこまでの確固たる自信を得られたのは、1980年のデビュー以来20世紀の終わりまで様々な挑戦を繰り返してきたからなのだと思います。いよいよ時代は21世紀へと向かいます。

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