三体問題に挑んだSF大作小説


「三体 Three Body Problem」
(第一部&第二部)

- 劉慈欣(リュウ・ツーシン)-
<歴史的快挙>
 英語圏以外の小説として、初めてSF小説の最高峰ヒューゴー賞の最優秀長編小説に選ばれた作品です。ついこの間までは、SF不毛の地であったはずの中国からその快挙を成し遂げる小説が誕生するとは!本当に驚きです。でも、確かにその快挙も納得の傑作SF小説です。
 そもそもSF小説という文学ジャンルには、他の小説とは大きく異なる評価ポイントがあります。それは、多くの文学で重要とされている「人間が生き生きと描けているか?」、「世界をリアルに描けているか?」、「読者をどれだけ感動させられるか?」とは異なります。
「どれだけ読者を驚かせるアイデアが盛り込まれているか?」そんな「センス・オブ・ワンダー」こそがSF小説の醍醐味なのです。
 20世紀に書かれた数多くのSF文学は、最新科学のトレンドを取り入れながら新たなアイデアを描くことで読者を楽しませてくれました。しかし、21世紀以降、アイデアが不足してきたのか、SFファンをうならせるような作品は少なくなっている気がします。そもそも科学界で世界を変えるような革新的理論(相対性理論、量子論、遺伝子モデル、電子計算機など)が出つくしてしまったのかもしれません。
 そんな中、「三体」は現代科学の最新宇宙理論(科学的に正確とはいいませんが)と最新のVRゲームを組み合わせることで、壮大な宇宙論を生み出し、世界中のSFファンの心をつかみました。(オバマ元アメリカ大統領もこの作品の大ファンとのこと!)そんな凄い本を書いた中国の作家、劉慈欣とはいかなる人物なのでしょうか?

<劉慈欣>
 この大作小説(全三部作)の著者、劉慈欣(リュウ・ツーシン)は、1963年6月23日中国山西省陽泉で生まれました。科学や芸術を否定する文化大革命の時代に青春期を迎えた彼にSFと出会うきっかけをもたらしてくれたのは、1970年4月25日に彼が住む土地の上空を通った中国初の人工衛星「東方紅1号」でした。当時田舎に住んでいた7歳の彼は、上空を通り過ぎていった人工衛星によって「科学」という学問に混ざめることになったのです。共産主義の国家であり文化大革命のまっただ中にいた彼にとって、「科学」はある意味「宗教」にも近い存在だったのかもしれません。このことは小説の中にも描かれています。
 こうして彼は中学生の頃から、SF小説を書き始め、1999年には中国のSF雑誌「科幻世界」で作家デビューを果たし、2010年には第一回中国星雲賞作家賞を受賞しています。そして、2006年に発表された「三体」はその後、英語などに翻訳され世界各地で出版され、2015年ついにSFの最高峰ヒューゴー賞を獲得するに至ったわけです。今や中国での人気と国家的地位は凄いようで、中国文学界における重要人物となりました。彼の短編小説を映画化した超大作「流転の地球」においても、彼の扱いは、単なる原作者の枠を越えています。映画の中にも、途中に彼の顔写真が主人公の横に登場したり、エンディング・タイトルに原作小説が登場したりと破格の扱いになっています。いかに彼の存在が大きなものかがわかります。

<あらすじ>
 1966年から1976年までの10年間、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れました。その間、あらゆる分野の専門家、インテリ層、資産家が「大衆の敵」(革命の敵)として迫害され、その地位や名誉を失うことになりました。
 物理学者の葉哲泰は、文革勢力によって粛清され、娘の目の前で殺されてしまいます。幸い娘の葉文潔は父親譲りの優秀な頭脳を認められ、反乱分子の娘として迫害されながらも、秘密裏に行われていた政府の大規模プロジェクトで働くことになりました。
 人里離れた山の上に立つ巨大アンテナがある施設「紅岸基地」は、異星人の存在を確認するために強力な電波を発信する探索施設でしたが、ある時その通信に成功し、その後も地球外生命体との極秘の交信を行うために可動していました。そして、そのプロジェクトにおいて彼女は大きな役割を担う存在となっていました。
 それから10数年後、ナノテク素材の研究者である汗森は、アメリカの軍関係者も参加する大きな会議に招かれます。そして、世界的な科学者たちが次々に謎の自殺を遂げていることを知らされます。彼はその原因を探るため、事件の背後にあると思われる謎の組織「科学フロンティア」に潜入します。しかし、そこから彼の目の前で次々と異常な事態が展開し始めます。彼が撮った写真の中に不思議なカウントが現れ、それが時間と共に進んでいることがわかります。それは何かが起こるまでの残り時間を示す「カウント・ダウン」と思われました。
 「カウント・ダウン」が終わると何が起きるのか?その謎を解くため、彼は「科学フロンティア」のメンバーが関わるVRゲーム「三体」に参加します。三つの太陽の動きによって運命を左右される世界を舞台にしたそのゲームに参加することで、彼は地球の未来についての驚くべき秘密を知ることになります。

<三体問題>
 僕は、東京理科大学理学部物理学科で物理学を学びました。そこでこの小説のタイトルでもある「三体問題」とも出会い、ちょっとした衝撃を受けた記憶があります。
 そもそも「物理学」とは、あらゆる事象を数学的に表すための学問です。その究極の目標は、世界の理を数式で表すことで、未来を予知することにあるとも言えます。偉大な科学者アインシュタインも、かつて「神はサイコロを振らない」と宣言しています。僕もそんなことを考えながら、物理学を学び始めましたが、すぐにその間違いに気づかされることになりました。
 物理学がより物質の本質に迫ると、物質の究極の挙動を予測することは不可能であることが証明されてしまっていたのです。量子力学における不確定性原理は、そのことを表しています。ただし、人類は統計力学という学問を生み出すことで、完璧ではなくてもおおよそ100%に近い予測を可能にすることに成功します。そのおかげで、ロケットは月に到達し、帰ってくることができたのです。人類は統計力学とコンピューターの発達により、未来の予知をかなりの精度で可能にしたと言えます。
 ところが、その反面、もっと簡単な問題すら人類は解決できていないとう事実も相変わらず存在します。それが「三体問題」です。
 一つの振り子の動きを予測することは、簡単に計算することができます。
 二つの振り子がつながっている動きを予測するとなると、その計算はかなる複雑なものになります。
 そして、その振り子が三つとなり、お互いが影響を与え合う場合、それはもう予測が複雑すぎて不可能になってしまうのです!
 たった三つの動きの向かう先すら予測できないのですから、天気予報が当たる訳はないし、地震の予知など不可能なのは当然です。物理学を学ぶことは、ある意味、その限界を学ぶことだったのかもしれません。未だに僕が科学の向かう先に否定的なのはそのせいかもしれません。
 この小説はそんな物理学の究極の限界に挑んだという意味で、物理学の限界に挑戦した意欲的な作品といえるわけです。

 「三体問題」、「ナノテクノロジー」、「地球外生命との交信」「量子コンピューター」、「VRゲーム」などの最新テクノロジーと「水滸伝」「三国志」「西遊記」「金瓶梅」という歴史を越えるエンターテイメント文学の超大作を生み出してきた中国文学の歴史が見事に融合したSF超大作。

「三体」 Three Body Problem 2006年
(著)劉慈欣 りゅうじきん リュー・ツーシン Cixin Liu
(訳)大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
(監修)立原透耶


「三体Ⅱ 黒体森林」 2008年
(著)劉慈欣 りゅうじきん リュー・ツーシン Cixin Liu
(訳)冨安健一郎、大森望、立原透耶、上原かおり、泊功
<あらすじ>
 三体世界からの攻撃船団が400年後には地球に到達することが明らかになった中、地球側は科学力・軍事力で対抗することは到底不可能であることは不可能と認識します。探索用ナノマシーン「智子(ソフォン)」の存在によって、地球の情報は三体世界に筒抜けとなっていて、これから科学がどれだけ進化しても、それは有効な技術にはなり得ないと予測されました。
 そこで地球政府は「智子」による探索が不可能な人類にとって最後の武器「脳」を用いることに思い至ります。そのために4人の人類最高峰の頭脳の持ち主が選ばれます。そして、それぞれのアイデアに基づき、三体世界に立ち向かうための戦略を準備することになります。彼らは「面壁者」と呼ばれ、自分の脳内にアイデアを隠しながら、それを思い通りに実現させてゆくことが求められることになりました。
 フレデリック・タイラーは、元米国国防長官で、その戦略的知識を生かして宇宙軍を創設し、新たな宇宙航行システムの開発・実用化を目指します。
 前ベネズエラ大統領マニュエル・レイ・ディアスは核兵器を用いてアメリカとやり合った経験を生かし、核兵器による三体世界との戦いを準備します。
 欧州委員会のトップであると同時に「脳」と「コンピューター」の融合研究の第一人者だったビル・ハインズは、妻の脳科学者、山杉恵子と共に超高速コンピューターの開発を目指します。
 そして、もう一人、中国の天文学者、社会大学の教授ルオ・ジーは、これといった実績のない中で選ばれた異色の存在でした。彼だけは、かつて夢の中で見た土地に家を建て、その中に登場した女性との生活を実現します。しかし、それが何のためなのか?周囲を困惑させます。
 しかし、その頃、それぞれの「面壁者」に対してその刺客となる存在が選ばれ、その活動を始めようとしていました。4人の作戦は実現するのか?その作戦は三体世界との戦闘に有効なのか?400年あった時は、着実に過ぎ去り、本隊到着を前に三体世界の探査機が地球に迫ります。

<総合型SF大作>
 絶滅の危機に瀕した人類がその事態にどう対応するのか?科学の問題以上に社会学や心理学の問題も多く含んだことで、この作品は1970年代に大ヒットした小松左京の大作SF「日本沈没」との類似性も語られています。スケールの大きさと言い、改めて「日本沈没」という作品は凄かったと思います。湯浅監督によるアニメ版「日本沈没2020」の公開が偶然とは思えません。かつてSFの黄金期に活躍したアーサー・C・クラークやロバート・ハインラインなどの総合型大作SFは、今では古臭く感じられます。しかし、新たな時代にもう一度そこにあえて挑戦した作者、劉慈欣は多くのSFファンが忘れかけていた本来のSFがもつ魅力を思い出させてくれたとも言えそうです。

<黒暗森林>
 第二部のテーマとなるのはタイトルにもある「黒暗森林」という宇宙社会学についての考え方です。
「言語的にも文化的にもお互いが理解不能な文明が、その存在をお互いに知った時、どう反応するか?」
 お互いが生命を存続させることを優先させるとするなら、選択するべき道は一つ。相手が自分たちにとっての脅威となる前に殲滅させることである。たとえ、文明のレベルに差があったとしても、文明はどこかの時点で爆発的な進化を遂げる可能性があり、宇宙レベルの時間ではまったく安心できない。気がつくと文明のレベルが逆転されている可能性もあると考えられるのです。したがって、他の宇宙文明の存在を知った瞬間から相手も同じことを考えると判断して、攻撃を開始するべきである、ということです。
 他の文明の存在を知ることは、やられる前にやるというスタートの合図である。という考えは、中国という国だからこそ、その重みがあるとも考えられます。そのそもこの小説は、1960年代の「文化大革命」から始まっています。その時期、中国では知識階級の西欧的思想は徹底的に批判の対象となり、過去の文化や人材のほとんどが否定され、排除されました。さらに時代をさかのぼると、中国には「中華思想」という世界統一という巨大な目標が存在しています。太平洋戦争中の日本軍の侵攻は、彼らにとって隣国への不信感をより大きくすることになりました。
 逆に言うと、未だに中国に対する侵略を認めようとしない人々には、「黒暗森林」の考え方は「自明の理」ではないかもしれません。中国では第二部が一番評判が良いというのは、こうした思想的な部分が影響しているのかもしれません。

映画「流転の地球」 2019年
(監)フラント・グオ Frant Gwo
(製)(脚)グォン・ジア
(原)劉慈欣 リュウ・ジキン
(脚)ヤン・ドンジュ、ウラント・グオ、イェ・チュンス、ヤン・チーシュ、ウー・イー、イェ・ルーシャン
(撮)マイケル・リュウ
(編)チュン・カーファイ
(音)ロック・チェン、リュウ・タオ
(出)チュ・チューシャオ、チャオ・ジンマイ、ジャッキー・ウー、ン・マンタ、リー・グアンジェ、アルカディー・シャログラツキー
<あらすじ>
太陽が矮星化し膨張を開始。このままだと地球は太陽に飲み込まれてしまう。そこで人類は一丸となって太陽系からの脱出を計画。
抽選によって選ばれた人だけが地下の居住地域に住み、長きにわたる移住計画に臨んでいました。
地球上に一万機の巨大噴射口を設置し、そこからの噴射によって地球をまるごと動かし、太陽系を脱出し、べつの星域に移動させる計画が始まります。
向かう先は3つの太陽がある星系(これは「三体」へのオマージュ!)
しかし、脱出航行中、エンジンの多くが巨大地震により突然故障してしまいます。
凍りつく寒さの地上でエンジンを修理、動かさなければ、地球は木星の重力に引っ張られ、軌道をはずれてしまいます。
こうしてエンジンを再稼働するための作戦が、地上の各地で始まることになりました。

 劉慈欣の短編小説「さまよう地球」を映画化。原作とはかなり違うようですが、そもそも短編を映画化しているので、映画的に美味しい要素を目いっぱい詰め込んでいます。中国版の「アルマゲドン」といった感じで、ご都合主義があまりに目立ちすぎ感情移入することが僕には無理でした。文化大革命の考え方ならそれもまた「大衆のための娯楽」としてありなのかもしれまでんが・・・ちょっと残念です。あまりに面白くし過ぎましたね。
 

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