サラとイザベルが生み出した謎のこと


「あなたになら言える秘密のこと The Secret Life of Words」
「死ぬまでにしたい10のこと My Life Without Me」
「マイ・ブックショップ My Bookshp」
「エリサ&マルセラ Elisa y Marcela」

- サラ・ポーリー、イザベル・コイシェ -

<サラ・ポーリーの代表作>
 この映画の主演俳優サラ・ポーリーが自ら監督を務めたドキュメンタリー映画「物語る私たち」は本当に素晴らしい作品でした。なのに、彼女の代表作でもある二作品は未見でした。申し訳ありません。少々古くなってしまいましたが、まだ僕と同じように見ていない方もいるかもしれないので取り上げさせてもらいます。
 それと、この作品の不思議な結末に疑問を持っている方もいるかもしれません。僕も、この作品を見て、色々と考えさせられました。改めて考えてみると、彼女の監督作品「物語る私たち」も、ラストで「あれ?」と思わせる考えさせる作品でした。サラ・ポーリーは、二作品の監督イザベル・コイシェの分身的存在と思われますが、彼女の作品もまた監督の影響を受けて撮られていたことに驚かされました。
 ということで、この映画の謎に先ずは迫ってみたいと思います。先ずはこの作品の「あらすじ」から。

<あらすじ>
 工場で働くハンナは、あまりにも真面目過ぎて休みなしで働いていたため、上司から1か月休暇をとるよう命令されます。休みをとらされた彼女は、仕方なく海辺の街へと旅に出ます。するとそこで海上に立つ石油採掘基地で看護師を募集していることを知ります。看護師の資格をもつ彼女は、その仕事につくことにします。
 交通手段のない海上の基地へヘリコプターで向かった彼女は、そこで事故によって大火傷を負った患者の世話をすることになります。火傷によって、網膜を損傷し、移植手術を待つ患者は、目が見えないのですが、ハンナがあまりに無口なので患者のジョゼフは戸惑うことになりました。
 それでも話好きなジョゼフは彼女に話しかけ続けることで、二人の関係はしだいに打ち解けてきます。そして、ある日、ジョゼフは自分が長年の親友の妻を愛してしまい、不倫関係になっていたことを自ら告白します。そして、ハンナは後日、彼のその友人が事故の際、自ら火の中に飛び込み、ジョゼフは彼を助けようとして大怪我を負ったことを知らされます。
 海の上に立つその基地で働く人々は、皆孤独を愛する似た者同士だったことから、ハンナは次第にそのメンバーたちと親しくなって行きました。
 ところが、ジョゼフの容体が急変してきたため、彼をヘリで病院へ搬送することになります。彼を送り出す前日、彼女はついにジョゼフに自分の過去を語り始めます。それは彼女がかつて住んでいた故国クロアチアで彼女が受けた恐るべき体験の詳細でした。

 ここから先は、ネタバレになりますからご注意下さい。

<二人のハンナと二人の子供についての謎>
 オープニングとラストに声のみで登場する謎の女の子はいったい誰なのでしょうか?これこそ、この作品のもっとも重要なポイントでしょう。その部分を推理してみました。
(1)ハンナの親友説
 クロアチアでハンナと共に行動し、彼女の目の前で出血多量で死亡した親友。彼女はその死の瞬間から、ハンナの永遠の親友として、心の支えとなったのかもしれません。もしくは、自分の身代わりとなって死んだ親友の死を受け入れられなかったハンナが、心の中に自分の意志で生み出した存在かもしれません。
 耳が不自由なハンナには、その親友の声だけは聞え続けているのですが、もしかすると、その声を聴くために彼女は耳を閉じてしまったのかもしれません。彼女の難聴は外科的なものではなく、心因的なものなのかもしれません。
(2)ハンナが亡くした赤ちゃん説
 ラストで謎の声は、ハンナが生んだ双子を自分の弟と呼んでいます。ということは、その声はハンナがクロアチアでレイプされたことで身ごもった赤ちゃんと考えるとつじつまが合います。たぶん、その赤ちゃんは生まれることなく流産させられて、この世に出ることはなかったのでしょう。
 それでも、赤ちゃんはハンナの唯一の身内として母と共に生き続け、彼女の心の支えとなった。それが謎の声の正体というわけです。
(3)完全な架空の存在説
 そもそもハンナの親友は存在しないのかもしれません。謎の声の主は、自分だけが生き残ったと言うハンナの罪の意識が生み出した架空のキャラクターかもしれないのです。ジュディ・クリスティー演じるハンナのカウンセラーが、虐殺の生存者は、自分だけが生き残ったことへの罪の意識を生涯忘れられないと説明していました。
 ハンナの告白によれば、クロアチアに入ってからの旅の途中、彼女は犬の死骸は見たが人間の遺体は見なかったと説明しています。でも、そんなことはあるでしょうか?もしかすると、彼女の心の中から死体の存在は、無意識に消し去られているのかもしれません。
(4)親友と赤ちゃん両方説
 親友の存在も本当で、赤ちゃんの流産も実際にあったと考えることも可能です。そして、この世を去った二人の存在が、崩壊しそうになったハンナの心を支えるため、新たな人格を作り上げたと考えます。最後の登場する双子の顔がわからないようになっているのは、男女どちらかもわからないようにあえてしているのかもしれません。
 そもそも顔がぼやけた双子の登場は、そこが現実世界ではないことを示しているのかもしれません。ハッピー・エンドに見えるラストは、本当はハンナの妄想だったと考えると、本当に怖いラストということにもなり得ます。

<ハンナが声にこだわる理由>
 耳が不自由なハンナは、まるでそもそも周囲の声をシャッタアウトしているように思えます。しかし、彼女はジョゼフの携帯に録音されていた不倫相手からの留守録を何度も聴いています。それは気になってきたジョゼフのことをもっと知りたかったからでしょうか?
 ラストに謎の声が言っているように、ジョゼフや基地のメンバーによって心の傷を癒され始めたせいか、彼女の中の心の声は消え去ろうとしていました
 もしかすると、そのことに気づいていた彼女は、語りかけてくれる声の存在を求めていたのかもしれません。
 途中で彼女がカウンセラーに自分から電話をかけながら、何も語らず、カウンセラーの語りかけてくれる声を黙って聞いていたシーンがありました。彼女は、自分の無事を知らせるのではなく、自分の存在を覚えてくれている人が実在していることを確認したかっただけなのかもしれません。
 ハンナが現実世界から逃避したために生み出された謎の声は、彼女を救ったと同時に、現実社会から切り離すことにもなる存在です。それはまさに諸刃の刃なのです。

<ジョゼフと親友の関係>
 ジョゼフは盲目だったことで、かつて自分が父親のおかげで海の底に沈んでしまった体験と思い出すと同時に自分が大切な友人を死なせてしまったことに苦しみます。そんな心の状況は、、もしかすると彼にハンナの中のもう一つの声に気づかせたのかもしれません。
 基地のメンバー、英国人の二人組はどうやら同性愛的な関係にあったようですが、もしかするとジョゼフと死んだ友人の関係もそれに近かったのかもしれません。彼と二人の男の写真を見ると、「明日に向かって撃て」のブッチとサンダンスの関係を思い出しました。

<俳優の魅力>
 この作品を支えるのは、何といっても俳優の魅力でしょう。僕は最初のこの作品は舞台劇の映画化かもしれないと思ったほど、二人の芝居の見ごたえがたっぷりです。
 サラ・ポーリーの消え入りそうではかなげな美しさはアカデミー主演女優賞ものですが、ハリウッドを嫌い、カナダなどでしか映画を撮らない彼女には縁がなさそうです。残念。
 「羊たちの沈黙」の頃のジョディ・フォスター、「おしん」や向田邦子シリーズの田中裕子のような「守ってあげたい」気にさせながら実は男たちよりもよほど芯が強い女性・・・そんな魅力的なキャラクターにやられてしまいました。
 そんな女性主人公の対極ともいえるのがジョセフのキャラクターです。強そうに見えて実は弱さを抱えて震えている少年の心をもつ男性を演じるのは、「ショーシャンクの空に」、「ミスティック・リバー」など、弱さと強さを併せ持つ寂しげな男を演じると見事にはまるティム・ロビンス。実に適役です。

<監督イザベル・コイシェ>
 この映画の監督イザベル・コイシェ Isabel Coixet は、スペイン出身の女性監督です。1962年(1960年との記述もあり)4月9日、カタルーニャ州バルセロナに生まれています。20代で映画監督としてデビューし、1996年にはアメリカの俳優による英語作品「あなたに言えなかったこと」を監督。2000年には自らの映画製作会社「ミス・ワサビ・フィルムズ」を設立。自らを「スペイン人」というよりも「カタルーニャ人」だとみなしているようです。
 2003年には、サラ・ポーリーを主演に迎えて「死ぬまでにしたい10のこと」を監督し、一躍世界的な評価を得ます。そして、その成功を受けて同じサラ・ポーリーを主役に迎えて、撮られたのが「あなたになら言える秘密のこと」です。
 彼女のプロダクション名からもわかるように、彼女はかなりの日本オタクのようで、2009年には日本を舞台にした女殺し屋の物語「ナイト・トーキョー・デイ」を撮っています。(主演は菊地凛子、セルジ・ロペス、田中眠)

「あなたになら言える秘密のこと The Secret Life of Words」 2005年
(監)(脚)イザベル・コイシェ
(製)エステル・ガルシア
(製総)アグスティン・アルモドバル、ジャウマ・ロウレス
(撮)ジャン=クロード・ラリュー
(PD)ピエール=フランソワ・ランボッシュ
(衣)タティアナ・エルナンデス
(編)イネーヌ・ブレクア
(選曲)ミス・ワサビ(イザベル・コイシェ)
(出)サラ・ポーリー、ティム・ロビンス、ハビエル・カマラ、ジュリー・クリスティ、エディ・マーサン、スティーブン・マッキントッシュ、レオノール・ワトリング
 ミス・ワサビによる選曲は、この映画の登場人物が様々な人種なように実にワールド・ワイドな選曲になっています。

曲名  演奏  作曲・作詞  コメント 
「Forever now and then」 クレム・スナイド
Clem Snide 
イーフ・バーズレイ
Eef Barzelay
イスラエル出身のオルタナ・カントリー・バンド 
「Pour vous aimer」 ジュリエット・グレコ
Juliette Greco 
Marie Minier
Jean Rouaud
Michael Armengol
20世紀フランスのシャンソンを代表する女性歌手
「Gioco d' azzardo」  パオロ・コンテ
Paolo Conte 
Paolo Conte  イタリアの渋いシンガー・ソングライター
(イタリアのニョッキ作りにぴったりかも?) 
「ケンカは嫌い
Kenkaha Kirai」 
神山みさ
Misa Kamiyama
日本のゴスペル、シンガーソング・ライター
「Historie d' un amour」   ダリダ
Dalida
Carlos Eleta Almaran  フランス系のエジプト人歌手
フランスに帰化してシャンソン歌手として活躍 
「You've made me so verry happy」 ブラッド・スウェット&
ティアーズ

Blood ,Sweat & Tears
&採掘基地のメンバー 
Berry Gordy
Frank Wilson 
Brenda Holloway
Patrice Holloway
ブラス・ロックの最高峰ブラッド、スウェット&ティアーズ
その代表曲を大合唱!
歌って気持ちいい曲ですが、歌詞もピタリです
「All the World is green」  トム・ウェイツ
Tom Waits 
2002年発表
俳優としても活躍している米国西海岸出身の天才アーティスト
「Coming back down to earth」  リアル・チューズデイ・ウェルド
The Real Tuesday Weld
Steven Coats  英国ロンドンのラウンジPopアーティストによる一人ユニット 
「Hope there's someone」  アントニー&ザ・ジョンソンズ
Antony and the Johnsons 
Antony Hegarty  イングランド出身のアーティストによる音楽プロジェクト 
「Codicia」  チョプスイ
Chop Suey 
Cesar Sala スペインのDJ、プロデューサー
「Tiny Apocalypse」  デヴィッド・バーン
David Byrne
David Byrne  トーキング・ヘッズ
映画音楽の作曲家としても活躍しているアーティスト 
日本人と結婚もしている日本オタクでもあります


「死ぬまでのしたい10のこと My Life Without Me」 2003年
(監)(脚)イザベル・コヘット Isabel Coixet
(製)エステル・ガルシア、ゴードン・マクレナン
(製総)ペドロ・アルモドバル、アグスティン・アルモドバル、オグデン・ギャバンスキー
(撮)ジャン=クロード・ラリュー
(音楽プロデユース)ルシオ・ゴドイ Lucio Godoy
(出)サラ・ポーリー、スコット・スピードマン、マーク・ラファロ、デボラ・ハリー、アマンダ・プラマー、レオノール・ワトリング、マリア・デ・メディロス、アルフレード・モリーナ

曲名  演奏  作曲・作詞  コメント 
「Baby Don't Forget My Baby」  チョプ・スイ
Chop Suey 
F.Faian,R.Dalton,B.Howell,F.Reuther  オリジナルはAlex Waner 
「God Only Knows」  The Langley School Music Project
Sara Polley 
Brian Wilson,Tony Asher  この作品のテーマ曲的な存在
ビーチボイズの歴史的名盤「ペット・サウンズ」から
「Senza Fine」  ジーノ・パオリ
Gino Paoli
Gino Paoli  ミュージカル・シーンにも登場
イタリアのベテラン・シンガー・ソングライター
カエターノ・ヴェローゾかと思いました・・・ 
「Ique Emocion !」  オマーラ・ポルトゥンド
Omara Portuondo 
Orlando de la Rosa  「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」で一躍有名になった女性歌手
「Try Your Wings」  ブロッサム・ディアリー
Blossom Dearie
Michael Barr,Dion McGregor  アメリカのベテラン女性ジャズ・シンガー
2009年2月7日死去
「Sometime Later」  Alpha Andy Dingley,Corin Jenks,MJ Barnard 英国ブリストル出身のトリップ・ホップ・バンド
実に印象的なサイケな名曲です
「Humans Like You」  Chop Suey    
「Without You」  Chop Suey     


「マイ・ブックショップ My Bookshop」 (2018年) 
(監)(脚)イザベル・コイシェ
(製)ジャウマ・バナコローチャ、ジョアン・バス他
(製総)アルベルト・サガレス、パス・レコロンス他
(原)ペネロピ・フィッツジェラルド
(撮)ジャン・クロード=ラリュー
(PD)ヨレンス・ミケル(本屋、街並み、風景などどれも1950年代の「ザ・英国映画」です。町並みは北アイルランド)
(衣)メルセ・パロマ(主人公だけでなく、それぞれの登場人物の衣装が素敵です!)
(編)ベルナット・アラゴネス
(音)アルフォンソ・ビラヨンガ
(出)エミリー・モーティマー、ビル・ナイ、パトリシア・クラークソン、オナー・ニーフシー(クリスティーン)、ジェームズ・ランス
(声)ジュリー・クリスティー 
英国の田舎町に本屋を開業した女性。しかし、その店の建物を芸術センターにしたかった地元の大物女性はこころよく思いません。。
彼女はその本屋をつぶすために次々と悪だくみを展開します。孤独な戦いを強いられる彼女。
勇気だけで立ち向かう彼女に世捨て人だった男性が助けの手を差し伸べますが・・・

ラストのクリスティーンによる作戦は、どう考えても主人公に疑いがかかるはずなので、ちょっと納得いきかねます。
何かもう少しすっきりする終わり方がなかったのでしょうか?火事が起きそうな気配だけで終わらせてよかったのでは?
でも思ったよりも英国人は過激です。ラストのラジカルさはその表れで、そう異常な作戦ではないのかもしれません。
それでも、映画のラストでクリスティーンがオープンさせたらしい本屋が描かれ、それが大いなる救いとなっています。
 現実はハリウッド映画のようには上手く行くとは限らない。でも、意志を継ぐことで長い目で見れば成功は訪れるはず。そんな願いがこめられた作品です。
 アンチ・ハリウッド映画であることは確かです。
 最後に大人になったクリスティーの声がジュリー・クリスティーというのもうれしい!
なぜなら、ジュリー・クリスティーと言えば、最初に主人公がエドマンドに売った本「華氏451」がフランソワ・トリュフォーによって映画化された作品の主演女優なのです。これは、なんともうれしい仕掛けです。
 本が好きな映画ファンには、実にうれしい贈り物ですが、 著者のペネロピ・フィッツジェラルドは実際に本屋で働いていた経験があり、その時の印象を元に描いたということです。 


「エリサ&マルセラ Elisa y Marcela」 (2019年) 
(監)(脚)イザベル・コイシェ
(製)アナ・フィゲロア
(原)ナルシソ・デ・ガブリエル
(撮)ジェニファー・コックス
(編)ベルナット・アラゴネス
(美)シルビア・スタインブレヒト
(衣)マルシア・パロマ
(音)ソフィア・オリアナ・インファンテ
(出)ナタリア・デ・モリーナ、グレタ・フェルナンデス、サラ・カサノバス、タマル・ノバス、マノロ・ソロ 
 20世紀の初め、スペインで最初に同性婚を実行した女性カップルの実話に基ずく作品。当時はまだ同性婚は重罪でしたが、マルセラが男装してマリオとなり、神父を騙して結婚してしまいました。しかし、それで世間を騙すことは困難で、結局、二人はポルトガルに逃亡。そこで南米に渡るためのお金を稼ごうとしますが、スペインから依頼を受けたポルトガル警察が二人を逮捕。その間、カムフラージュのためにつくった子供が刑務所内で誕生し、世間は二人に対し同情的になってきました。(子は鎹?)
 結局、スペインと対立していたポルトガルは、二人を南米に逃亡させる道を選択しますが、エリサは子供がこれからもつらい思いをすることに耐えきれず、二人を助けてくれた裁判官の家に子供をあずけて旅に出ることを選択します。

 前半は二人の出会いから恋に落ちる過程が、モノクロ映像により実に美しく描かれ、まるで同じスペイン語圏の傑作「ROMA/ローマ」を思わせます。さらにその映像にピアノの音が美しく絡み合います。
 後半は一転して二人が村を追われただけでなく逮捕され、留置され、国外追放されるまでの過程が、サスペンスタッチでスリリングに描かれ、一気にみせます。この辺りは、さすがイザベル・コイシェ監督です。救いのない悲劇に終わるかと思いきや、ラストにはちゃんと素敵な再会が用意されています。
 これは予想以上の傑作です!LGBT映画の名作リストにまた加える作品が誕生しました。 

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