「自由世界」の危機を乗りこえるために


「『西洋』の終わり 世界の繁栄を取り戻すために The Fate of The West」

- ビル・エモット Bill Emmott -
<危機の時代を迎えて>
 イギリスのEU脱退。ISによる世界各地でのテロ活動。フランスなどヨーロッパ各国での極右政党の躍進。北朝鮮による核実権と大陸間弾道ミサイルの発射。国際法を無視した中国とロシアによる領土侵犯と拡張主義。そして、アメリカでのトランプ政権の誕生。
 9・11同時多発テロ事件以降、20世紀に確立されたように見えた西欧式自由主義社会中心の世界体制が急激に崩れつつあります。
 「自由」、「平等」を柱とする西欧文明が生み出した民主的な社会システムは、ソ連中心の共産主義には勝利したように見えたものの、今や崩壊寸前の危機にあるように見えます。そんな状況を見据え、我々が何をすべきなのか?何を信じるべきなのかを改めて考えるための本を読みました。
 「西洋の終わり」というタイトルの本です。もちろん、そこに具体的な解決の「答え」が書かれているわけではありません。しかし、西洋文明が長い年月をかけて築き上げてきた文明の価値が否定されたわけではなく、今こそ、もう一度基本に立ち返って「民主主義」に基づく社会を再構成すべきだと勇気づけてくれます。
 そのためには、現在の西欧文明が生み出してきた社会体制(=民主主義)がもつ弱点を見つめ直す必要がありそうです。弱点を見直すところから、すべてが始まり、それを克服できれば、事態は必ず好転するはずなのです。

<西洋社会システムの問題点>
 ここにきて、西洋文明が生み出した社会システムにおける様々な問題点が明らかになってきました。先ずは、その問題点・弱点についての分析から始めます。

・・・西洋の社会は、かなり自由で、分権化され、設計図や固定した手法のようなものがない。そのため、それに不可欠な美点が当然視されやすいだけでなく、疎かにされ、歪曲されやすい。したがって、この理念の本質は、他人の不幸を願う部外者だけではなく、不注意で利己的で、場合によっては悪意を抱いている内部者によっても損なわれ、壊されやすい。開放性と平等、そして民主主義を通じたそれらの表出は、時間がたつにつれてみずからの基盤を弱め、蝕み、破壊しかねない。

 性善説を信じる良い人の世界が、悪者にとって騙しやすいのは当然です。でも、性悪説に基づく社会に、そもそも幸せは訪れるのでしょうか?

リベラルは心が広すぎるのだ、争いで自分の側につくこともできない。
ロバート・フロスト

開かれた社会の基本的諸条件は、進展の途上にある。だからこそ類稀な価値がある - 進化し、改善するからだ - しかし、そのために攻撃に脆い。

 民主的な社会が歴史上誕生したのは、フランス革命やアメリカの独立以後、まだまだ歴史は浅いのです。それが完璧な制度を生み出していないのは当然のことなのかもしれません。でも、いつかは良くなるさ・・・ではもしかすると文明の終焉までに間に合わない可能性もまたあります。問題はそこです。

民主主義は、融通無碍だ。そのため、長期の問題を増大させてしまう。いずれ適応して対処できるとわかっているので、安心してしまうからだ。。債務は蓄積し、歳出節減は後回しにされる。・・・民主主義はチキンレースになっている。事態がほんとうに悪化すれば適応する。最後には適応できるから、ほんとうに悪化するまで、適応しない。両者のせめぎ合いだ。チキンレースは、狂いが生じるまではなんの害もないが、狂いが生じたときには、致命的になる。

<逆行する勢力との闘い>
 もしかすると、「文明」はまだまだ生まれたばかりで、それは常に文明誕生以前の段階へと引き戻されているのかもしれません。「国粋主義」、「原理主義」、「ファシズム」はまさにその代表的な動きと言えそうです。映画「地獄の黙示録」のように人はその暗い闇の中に潜む「原始的な力」に常に魅了され招き寄せられる運命と闘い続けなければならないのです。

 文明は誕生の衝撃からまだ完全には回復していない - 部族社会もしくは「閉ざされた社会」から、人間の批判力を解放する「開かれた社会」への移行・・・この移行の衝撃は文明を打ち壊して部族主義の復活を計ろうとし、いまもそれを目論んでいる、復古主義運動の勃興を許した要素のひとつだ。
カール・ポパー「開かれた社会とその敵」より

 こうした「部族的なるもの」は、ISのような原始的な宗教を信じる人々の心だけでなく、先進国に住むと思っている我々の心の中にも存在していることを認識しておかなければならないのです。そこが最も重要なところだと僕も思います。

 繁栄が衰え、安心感が抱けないのは、なぜなのか?社会の多数の人々が、不平等な権利と不安定な生活を強いられ、置き去りにされたと感じて、過激な勢力を支持しようとするのは、なにが原因なのか?・・・
 このふたつの疑問の答えは、おもに私たちの自国内にある。私たちの社会で、私たちが犯した過ちが、こうした問題や感情を生み出し、政治でも経済でも、ISや、プーチン大統領や、中国よりもはるかに大きい長期の危険をもたらしている。これらの過ちは、文明の宿命で起きたのではなく、失策と圧力、ことに私の宿命で起きたのではなく、失策と圧力、ことに私たちの社会と政治体制内の利益団体の圧力によって生じた。つまり、私たちなりの部族主義がその温床だった。部族には、分断をふたたびひき起こし、社会の結束を打ち壊そうとする、果てしない願望がある。


<内側からの崩壊との闘い>
 外部との闘いとは別に現代文明では内部からも崩壊も進んでいます。
 その原因の一つは、現代文明が未来への展望を失いつつあることが挙げられます。それが人々に不安をもたらしているのです。
 未来への希望を抱けるかどうかが重要です。
 「自由」「平等」「関数」は、その希望の光であり、それが認められない国や世界では、将来への「希望」は抱けないはずです。逆にそれさえあれば貧しい国でも生きる希望を持つことができるということでもあります。
 さらに問題なのは、民主主義社会の弱点を見つけ、それを利用して、自らの資産を増やしたり、権力を操ろうとする欲望に負けた人々の存在です。

 皮肉なことだが、そういう利己的な集団と圧力団体は、民主主義と経済の自由の敵でありながら、開放性の恩恵を受けているし、開放性がもたらしたものでもある。彼らは開かれた社会の味方のように見える場合が多いが、気づかないうちに敵になることがある。彼らは西洋の価値観を当然のこととしてないがしろにし、自分たちの利益を追求したり、長い安定期に自然に生まれた自己満足につけ込んだりして、開放性の根底にある基盤を腐食させ、しだいに蝕む場合が多い。

 民主主義は複雑になり、それを上手く利用することで利益を得るシステムを生み出したものには、有利に働くものになりつつあります。その事実を大衆はなかなか見破ることが困難になっています。そのチャンスを得られるのは、資金や権力、教育などを持ち合わせた限られた人間たちだけになりつつあります。

 西洋の民主主義の欠陥は、厳しい決断を先送りすることだけではない。プロセスそのものが、厳しい決断を下すのを難しくしている。権力をめぐる民主主義の競争プロセス自体が、硬直し、歪みを生じ、適応を妨げている。政治家が短期の約束や手段で権力を握ろうとし、次の選挙戦より先のことを考えようとしないということだけではない。より大きな害は、無数の民間の参加者の民主主義の争いで優位に立ったとき、その優位性を手放そうとしないという、自然だが利己的な振る舞いから生まれる。民主主義で成功するには勝者になることであり、その結果として権力、特権、資源が生まれる。しかし、勝者が勝ちすぎると、民主主義を破綻のリスクにさらすことになる。非アメリカ的な考え方かもしれないが、アメリカはそういった勝者に操られる最大の被害者になっている。

 企業間の競争に勝利するのも、巨額の資金を有し、様々な優秀な人材を有し、多くの分野の企業を吸収した大企業に限られつつあります。そのため、中小の優秀な企業はアイデアを生み出して、そうした企業に吸収されるために存在する傾向になってきています。税金対策、赤字対策、不況下での対応力、そして政界との癒着・・・すべての面で企業は巨大化を必要としているのです。

 市場競争で独占状態が生まれるのと同じように、民主主義の競争でも、抜群の成功を収める場合がある。この状態は、政治よりも経済面で目につきやすいが、政治面の方が余波は大きい。そして現在、アメリカではことに、市場独占をものにした企業が、政治、ロビー活動、選挙資金に資源を注ぎ込むことで、支配的な立場を守れることを知ってしまった。利益団体が民主主義の活動で過度の成功を収めた影響は、アメリカの景気動向、開かれた社会の政治システムの働き、社会の団結の欠如 - に、如実に表れている。そのため、アメリカの国際的な力、影響力、威信をも左右している。過去20年間に、アメリカや欧州、日本、その他の西洋の開かれた社会で、まさにそういうことが起きている。

同業者や、娯楽や気晴らしのための会合であっても、かならず大衆に対する陰謀、価格を引き上げる計略で話を締めくくる。
アダム・スミス「国富論」より

 当然、大企業と政界との癒着はどんどん複雑化し深くなりつつあります。特にアメリカにおける金融業界の政界との癒着ぶりはリーマンショック以後のアメリカ政府の対応を見れば明らかです。結局、金融業界は税金を使ってでも助けるのです。もちろん、日本を含め、他の国でも似たようなものです。

<どこから改革すれば良い?>
 では、そうした民主主義の後退を食い止め、正しい方向へと修正するにはどうすれば良いのでしょうか?
 革新的な改革を国家レベルで行うことは、太平洋戦争直後の日本のようにゼロからのスタートを切った時のような状況にならなければ不可能なのかもしれません。日本のような単一民族で変化を求めない国は、まさにそうです。平和な状況下で変化を可能にするとすれば、それは地方自治体のような狭い範囲における革命的な改革かもしれません。

 実際のところ、アメリカの政治システムで最近起きた改善事例は州レベルで見られる。連邦政府にほんとうの変革をもたらす新政策があってもなくても、イノベーションは州レベルで生きつづけることができるし、また生きつづけるだろう。
 カリフォルニア州はその先駆的な州として有名です。2011年にはジェリー・ブラウンが72歳で知事に復帰し改革を実行。一期のみというしがらみのなさのおかげで、州が積み上げてきた巨額の赤字を減らすために憎まれ役となって積極的に働きました。(ちなみに、ジェリー・ブラウンは1970年代に次期大統領候補の筆頭にあがっていた時期もあります。そして当時はリンダ・ロンシュタットの夫でした。そのため、ロック界初のファースト・レディーが誕生するのではないかと言われていたこともあります!)

<技術革新は革命を起こすのか?>
 世界レベルで日々新たな技術革新が進む今、それが社会を大きく変えるのではないか?そういわれて久しいのですが、そのことについても著者はふれています。

 人間の労働を大規模に、なおかつ急速に機械に置き換えるには、そういう機械に莫大な額を一気に設備投資する必要があるだろう。いまは貸出金利も低いから、以前よりはずっと資金調達しやすい。だが、企業が設備投資に乗り出すには、その前に需要が存在するか、需要があると予想されなければならない。既存の企業や物事のやり方から需要を奪うことを願って、賢い機械に投資する会社もすこしはあるだろう。タクシー会社やその他の交通会社と旅客需要をめぐって競争してきた配車サービス、ウーバーの”破壊的”投資の例もある。しかし、需要の一部を方向転換するだけでは、ロボット勃興説が思い描いているような、大規模な影響は生じない。

 世界的金融危機と危機後の不況で、同時期のテクノロジーの進展にもかかわらず、民間投資は勢いを増すことがなく、ずっと低調だった。主な西洋経済のすべてで、投資が減少していた。これは、その後にテクノロジーが全世界を席巻するのが予感されるような状況ではない。

 根本的な論理的問題もある。自動化が失業を引き起こし労働者をさらに賃金の安い仕事に追いやると、経済全体の需要が損なわれ、労働力をさらに置き換えるための投資意欲が弱まる。100年前にヘンリー・フォードが大量生産の先駆者になったときには工場労働者が自動車の消費者になったが、ロボットは消費者にはならないから、賢いロボットが生産する製品や商品を買える人間が必要になる。・・・
 こういう理由から、労働力を置き換える自動化という不安を、大量失業の問題や、新マルクス主義者の描く資本主義の危機のように解釈すべきではない。それよりも、西洋経済にすでに見られる現象を持続させるか、あるいは悪化させる可能性のほうが高い。つまり、不平等の拡大と低賃金労働者の増大だ。これまでは充分な賃金を得ていた人々の労働市場におけるスキル評価が以前よりも下がり、低賃金労働者となってしまう現象だ。
・・・

 ロボットやコンピューターの急速な発達は、確実に世界を変えつつはありますが、かつて電気が登場した時のように、文明や社会そのものを急激に変えることはないのかもしれません。基本的には西洋文明がここまでやってきたことは間違いではなかったことを再認識し、自信を持ちながら地道にシステムを修正し続けることが重要なのかもしれません。

<がんばれ!自由主義社会>
 それでも、西洋は胸を張って自分を誇れる。中国も、ロシアも、各国が魅力を感じるような開かれた自由主義社会の代替となる体制を提示していない。開かれた自由主義社会を望まないのは、新興の独裁者や、カリフによる統治を望んでいるISだけで、いずれも熱心な信望者以外には激しく憎まれている。ワシントンDCの自由市場資本主義に代わるものとして浮上した”北京コンセンサス”は、さかんにもてはやされているが、その中国モデルを模倣する国はどこにもない。

 とにかく問題は、民主主義(自由主義)の根本的な考え方には矛盾(弱さ)があることを改めて確認し、その矛盾を常に意識し修正することで社会システムを再構築するべきだということなのでしょう。

 価値観と原理は、しばしば衝突し、調停が必要になる。フランス革命の”自由、平等、博愛”のスローガンは、君主制や貴族政治に対する反抗の精神として感動的なものだが、ほとんどのポピュリストのスローガンと同じく矛盾をはらんでいる。博愛は義務となれば、自由を侵害する。正真正銘の自由は、競争を推し進めて不平等を生んで、博愛を損ねる。開放性と平等にも同じことがいえる。

 開放性がなかったら、西洋は繁栄できない。
 だが、平等がなかったら、西洋は存続できない。


 政策や運動を復活させ、自由化を達成することは、つねに重要だ。イノベーション、起業、着想への障害は、取除かなければならない。幅広い公共の利益を犠牲にして、特定の集団が利益を得るような障壁や特権は、撤去しなければならない。西洋社会のエネルギーを吸い取っている硬化症と硬直を治療する方法は、それしかない。

(1)開放性がもっとも重要だが、すべてが常時、開かれているわけではない。

 貿易の開放性は摩擦などは生じるが、利益の方が大きいはず。人的な移動は基本的には自由にすべきだが、短期間の急増は抑制すべきかもしれない。現在のヨーロッパにおける急激な中東からの移民の流入は、社会体制を激変させようとしています。
 資本移動の自由化にも大きな問題があります。それは、富の片寄り、隠し財産などの原因となるだけでなく、あまりにも構造が複雑すぎて、それを国境を越えて管理、取り締まることは困難なのです。
(2)平等こそがすべてだが、それには金だけが重要なのではない。
 単なる資産の不平等以上に、雇用・教育の機会についての格差拡大の方が長い目で見て問題。年齢的な世代間の対立も深刻で、長い目で見ないと解決が困難。温暖化対策と同じように長期的な視点に立ってみることが必要。
(3)あらゆるレベルを年代の教育は、平等を支える唯一の重要な柱であるとともに、国の存続に欠かせない経済的・社会的資源でもある。
 若者が平等に高度な教育を受けられるようにすることは重要。さらに高齢化が進む中、常に技術が進歩しているため、生涯教育の重要性も高まっていて、デジタル化の急速な波への対応が求められる。
(4)若年層と高齢者の世代間の平等は、社会階級間や民族集団間の平等と同じように重要である。
 世界中で高齢化が進むことで高齢化の退職年齢を見直す必要があり、そうしなければ若年層への負担が大きくなり、世代間格差が国を分断する可能性があります。
(5)法の支配は交渉の余地のない平等の保証であり、市民間および国家間の信頼の源である。
 法を無視して、それを望む方向へ変えようとする動きを許してはならない。「法のもとの平等」こそ、社会を支える重要な基盤。大企業、強い与党、国際法を無視した国による法のねじ曲げを許すと根本が揺らぐことになります。
 極端な監視・管理社会も、そうしたねじ曲げを国内で利用することが容易になります。
(6)言論の自由は、開放性と平等に欠かせない架け橋で、両者を天秤にかけるべきではない。
 情報化社会への移項により、言論の自由はひろがったように見えるが、「フェイク・ニュース」や「ハッキング」などその悪用法も増え、中国のように情報統制も可能な国もあるので、ネット社会が言論の自由を保障しているわけではなさそうです。ジュリアン・アサンジは、現段階では例外的な英雄かもしれません。
(7)退屈で変わらないことが、経済成長の好ましい目標である。
 先進国が過去の一時期のように高度な経済成長を実現することは不可能。そう考えるべき。平凡を維持することで、経済成長を積み重ねることが重要。失敗しないことが重要。
(8)国際的な法の支配と国際協調を育むことが不可欠である。
 しかし、国際法と国際協調の強化に向かうそういった動きには、あらゆる西洋の指導者たちの謙虚さが求められる。ジョージ・W・ブッシュとトニー・ブレアは、いずれも傲慢に、他の国々にとってなにが最善であるかを知っていると思い込んでいたが、その時代とは決別しなければならない。

 肝心なのは、歴史を味方につけることではない。肝心なのは歴史がみんなを困難へと導くときに、順応して新しいステップを憶える能力を備えていることだ。ソ連は、硬直し、閉鎖的で、体制としても社会としても進化できないという問題を抱えていたために、最後には崩壊した。

 そうならないためにも、それぞれができることをするしかない。例えば、選挙でどの党に、どの候補者に投票するのか?「自由」を守ってくれるのは、誰なのか?
 またすぐそんな試される時が来ます。

<最後に>
 思えば、ここで書いている内容は、僕も含めて、西洋の積み上げてきた文明を「正しい」という前提に視点に立ってのものです。本当に、それが正しいのか?それに対する疑問もまた持ち続ける視点も必要だし、それは間違ってはいない。そうしないと、そこでまた「自由」が失われたことになります。もしかすると、もっと素晴らしい思想、哲学もしくは宗教のような世界を根本から変えるような何かが現れる可能性だったあるのです。もし、それが現れた時には、それを見分けることができるしっかりとした視点を持ちつづけられるよう努力しなければならないと思います。そのために、このサイトが少しは役立てないかなあと思ったりしています。
 それにしても、「自由」って実に面倒くさいものです。だからこその「自由」なんですけどね。

「『西洋』の終わり 世界の繁栄を取り戻すために The Fate of The West」 2017年
(著)ビル・エモット Bill Emmott
(訳)伏見威𨴐蕃
日本経済新聞社

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