永遠に生きるための10の方法


「世界不死計画 Une vie sans fin」

- フレデリック・ベグベデ Frederic Beigbeder -
<世界不死計画?>
 この作品のタイトルにひかれ、表紙にひかれて読みました。
 なにせ、「世界不死計画」ですよ!
 これは間違いなくマッドサイエンティストか異常な宗教グループによる不老不死を目指す研究を描いたSF小説に違いない!
 SF好きとしては、これはおさえる必要があるだろう。その上、表紙の謎めいたデザインも秀逸です。ところが、読んでビックリ!なんと限りなくノンフィクションに近い医療科学小説なので、SFとはいえないかもしれません。
 著者は現在の最先端医療によって、どこまで我々は寿命の延長することが可能なのか?それを一人のテレビ司会者による調査と体験というかたちで描いています。
<あらすじ>
 テレビの司会者で人気者の主人公は、年下の若い恋人と再婚。50歳にして、若い妻だけでなく新しい子供を持つことになります。そうなると、彼は子供が大人になるまでは死ねない!なんとか長生きしたいと願うようになり、最先端医療の調査を始めます。
 こうして彼はテレビ番組の司会をやめ、特別番組の取材と称して、世界各地の最先端医療の専門家や科学者、そして医療施設などを妻や娘と共に訪ね歩き始め、時には治療や検査を受けることになります。そうして、彼が見つけた寿命を永遠に伸ばす方法とは?

 先ずは、彼がインタビューする研究者に説明するこの言葉から始めます。

「わたしは病人ではありません。どうにか、その旨くれぐれも博士にお伝えくださいませ。博士への依頼は、病気の治療ではなく、寿命の延長です。当方は不死についての大型ドキュメンタリー番組を企画しております。そしてわたしの知りたいことは、幹細胞の移植をすることで自分の老化にブレーキがかけられるか、ただこの一点です。・・・」

 こうして、彼は世界の最先端医療から情報を得て行きながら、寿命を延ばすための有効な方法を選び出すことになります。その方法とは?

<永遠に生きるための10の方法>
(1)ダイエット
 野菜や魚類を摂取し、塩分、糖分、脂肪を控え、アルコールやドラッグもやめる。そして一日40分の運動を欠かさない。
 実に当たり前のことですけど・・・・
 残念ながら、これは主人公には耐えられない方法でした。美味しいものを食べられない人生に喜びはあるのか?という考え方もあるし。

(2)DNA塩基配列決定
 自分の遺伝子配列を検査を受けて把握することで、遺伝子治療を可能にしておくこと。
 問題は、その情報を得られても、それを使った治療法がまだまだ限られていることです。
 それでも、もし長寿の人間に共通する遺伝子が見つかれば、それは非常に大きな意味をもつことになるでしょう。
「・・・ここハーヴァードでは、どういう遺伝子が老化の速度を遅くするのかを研究しています。例の百歳超の老人たちはひとりひとり、それぞれ違ったゲノムを持っていますが、もしわたしたちが彼らに共通する遺伝子を見つけたら、なにが起こるでしょう?人の寿命を延ばすゲノムがつくれるかもしれない・・・」

(3)幹細胞の冷凍保存
 自分の幹細胞を冷凍保存しておくことで、いざという時に使えるようにしておくこと。
 幹細胞を利用し、遺伝子組み換えなどによって、自分の病気治療や延命に使えるようにするため。

(4)レーザー血流注入
 自分の血管にレーザーを照射することで、血液を洗浄し若返りを図るというもの。新鮮な血を輸血するのに近い方法。

(5)ヤマナカ・ファクター注入による遺伝子治療
 わが日本の山中伸弥博士が発見したIPS細胞を利用して遺伝子治療した細胞を体内に戻して病を治療するという方法。
 この方法は、現在実用化がどんどん進んでいるようです!

(6)CRISPRカッターを使ったテロメア延長治療
 細胞の老化をつかさどるテロメアに直接手を加えることで寿命を延ばす方法。
 ただし、そうして改良された細胞は癌を発症しやすいとの結果が出ていて危険視されています。
 現在、カザフスタン、コロンビアなどでした許されていない危険な治療方法です。
「・・・テロメアの活動を増進する方法はわかっています。テロメアを延ばす酵素もわかっています。ただし、注意が必要です。あまりテロメアを延ばしすぎると、癌のリスクが上がるからです。マウスで効果が出るのは、テロメアを延長する薬と、癌予防の働きのある薬を同時にしっかり服用させるからです」


(7)豚の臓器の移植
 人間の細胞に近い遺伝子改良した豚の臓器を人体に使用する治療法。
 さらに豚はそのための豚を量産することも可能で、価格も下げられる。
 カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」の主人公が、「豚」になるわけです。人間の移植用に人間の臓器を部分的に持つ豚を作っておくわけです。
 少なくとも、臓器提供用に人間を飼育する必要はなくなりそうです。
「・・・しかし、わたしが好ましいと思うアプローチは、動物を使って人間のそれと交換できる臓器をつくることです」
「そうです、わたしたちは豚を人間化しました。彼らはいかなるウイルスも持っておらず、人間と互換性があるのです」
「つまり、お話をまとめると、人間が不滅になるためには、豚にならざるをえない、ってことですか?」
「一番の大きな問題は、脳でしょうね。この点、かなり大きな相違がありますから。それに当然ながら、わたしたちの記憶は豚の脳には移せません」
 「人が豚になる」と言えば、ジョージ・オーウェルのもう一つの名作「動物農場」を思い出しました!

(8)3Dプリントで臓器を作り人体に移植する方法
 ただし、移植しても人体特有の拒絶反応が起きる可能性が高いのも事実です。だからこそ、拒絶反応が少ないように改良された豚の臓器が有効と考えられるわけです。
「・・・豚ほど複雑な臓器をシリコン製の媒体に交換しようだなんて、シリコンで観葉植物やチーズの複製をつくろうとするくらい馬鹿げています!唯一わたしにも認められそうな手段は、別の脳へのコピーでしょうね。このほうが論理的です」
 そこで次なる方法が登場するわけです。

(9)ハードディスクへの脳移植
 脳をそのままコンピューターに移し替えることで「意識」としての人格を永遠にする方法。
 ただし、そこまでして「意識」を残しても、それを乗せる肉体がなければ、その意識はもうもとのものとは違うはずです。
 そもそも脳の持つ膨大な情報を現在のコンピューターにそのまま移し替えることなど可能なのでしょうか?
 それよりも、他の人間の脳に移し替える方がよほど成功する可能性が高いとのことです。
<DNA記憶素子>
 これはまさにSF的ですが、遺伝子を使って情報を記憶させるという考え方が紹介されています。
「チップ上に情報を蓄積する代わりに、細胞にそれをストックするということですか?」
「わたしは『智恵の実』という側面のリンゴをイメージしました。DNAに情報をストックすれば、サイズを百万分の一に縮小できます。あなたの掌の中に世界中の文化の歴史を保存することも可能です。ウィキペディアが水一滴の中に収まります。それをあなたの脳に収納すれば、あらたの頭を良くし、学識豊かにすることもできるでしょう。どんなハードディスクも70万年、機能し続けることはできませんが、DNAなら可能ですよ」

(10)フレッシュな血液の輸血
 お金さえあれば可能な方法で、効果もある程度は期待できるかもしれない。ていうか、これはまんまドラキュラのことでしょう!
 もし、このことが一般化したら血液はたぶん金よりも価値のあるものになり、血液の密売が麻薬以上の利益を生み出すかもしれません。それどころか、血液を採るために人間を飼育する牧場みたいなものまでできるかもしれません。これは映画「マトリックス」の世界になりそうです。

 SFではない小説のはずが、読んでいるうちに様々な怖ろしい未来が見えてきてしまいました。著者のフレデリック・べグべデ Frederic Beigbeder は、フランスの作家です。ミシェル・ウェルベックといい、ブレアム・サンサル(アルジェリア人)といい最近のフランスの文学人はやけに怖い未来を描く人が多いようです。これは、フランスという国が移民問題などにより、国民全体が近い将来フランスに悪夢の時が訪れるのではないか?そう身近な不安に日々追いつめられていることの証明かもしれません。

<クローンよりも若返り>
 一時期「クローン人間」の存在が話題になり、近い将来、クローン人間が当たり前になるかもしれない。そう言われていた時代がありました。ところが、現代社会ではもうクローン技術は過去のものにありつつあるようです。「クローン」という言葉自体が過去の存在になりつつあるようです。
 この小説の中で、こんなセリフがあります。

「僕の理解が正しければですが、博士、人間をクローニングしても、リプログラミングしても、それで人間が不死になるわけではありませんよね」
「まさしくそのとおりです。クローンは完全にあなたそっくりになるでしょう。でもそのためにはクローンに命を与えなくてはなりません。九ヶ月の妊娠、教育、栄養摂取、すべてゼロからやり直すんです。クローンはあなたの姿かたちになるでしょうが、あなたではありません。そもそもクローンという言葉はもはや使いません。物議を醸しすぎるのです。我々は『体細胞核移植』と言ったりします。しかし、結局のところは全く同じものです。事実、羊のドリーは1996年のことでしたが、それ以後、テーマは別のことに移ったのです。我々は良質な再生細胞を最大限まで若返らせる努力をしています。そうすれば安全な形での再移植が望めるようになるからです」


 主人公が最先端医療を研究する医師に「不死」を得るにはどうすればよいのか?と問うとこう答えが返りました。
「わたしは不死を求めているわけではありません。わたしがやっていることは、パーキンソン病あるいはアルツハイマー病を罹った患者の皮膚から細胞を採取し、ニューロンのips細胞になるようリプログラミングすることです。・・・遺伝子的に若返ったそれらのニューロンを確定することで、病気の治療ができるでしょう。そしてその次にあるのが、再生医療という夢です。ニューロンの修復に取り組めるようになれば、それを患者の脳に再移植することができますからね」

「ここでは多能性幹細胞づくりに専心しています。胎盤ips細胞を作ったのは我々が初めてでした。そしていわゆる『分化全能細胞』という単細胞を作ったのも。これはなんでも生成できる細胞です。・・・我々は天地創造のより源へと遡ったのです。我々が求めているのは人間のクローニングでも、超人の開発でもありません。我々は単に病気の治療を求めているのです。しかし、それには時間がかかるでしょう」


 確かに単にコピーを作るだけのクローンよりも、DNA遺伝子の編集、改造の方がより有効な方法なのでしょう。しかし、現代科学の進歩からすると、遺伝子をゼロから創造することも将来は可能になりそうです。もしそうなれば、まったく新しい生命の創造も可能になるはずです。
 こうなるといよいよ「フランケンシュタイン」の物語になってきます。
「現代の写字生なんですよ。ようするに染色体という写本があり、それをそっくりそのままコピーする。これはあまり面白くない。未来の生物学者は、無から原典を書くようになるでしょう。彼らは完全に新しい組織を考案するでしょう」
 遺伝子工学者たちの見る夢とはつまり、ひとつの種を、作曲家が交響曲を創作するように創作することだ。

<寿命の延長よりも若返り>
 最後に重要な発見を一つ!
 不老不死ビジネスには重要な秘密があるようです。そもそもなぜ、「若返り」をビジネスのテーマとしているのか?というところです。

「なぜ、寿命の延長よりも老化の逆転にこだわるのですか?」
「なぜなら、お客である人間のほとんどがすでに市場に生まれてしまっているからです」
「生殖系列の修正に関して倫理が非常にうるさいのです。まともな科学的研究を行い、FDA(アメリカ食品医薬品局)の許可を取るつもりなら、寿命の延長についてより若返りのほうが容易です。この探求の問題はシンプルです。たとえばわたしが15年寿命を延ばすクスリで許可を取ろうとすれば、その効果を科学的に検証するのに15年の時間が必要となります。わたしがあなたの寿命を15年延ばしたのだと証明するためには少なくとも15年必要なのです!でもわたしが仮にあなたを15歳若返らせるクスリを発見した場合、わたしは即座にその効果を確認することができます。・・・」

 なるほど、出資者を満足させるには、その出資者を若返らせなくては意味がないというわけです。そりゃそうですよね。人間のわがままというのは本当に困ったものです!

「世界不死計画 Une vie sans fin」 2018年
(著)フレデリック・ベグベデ Frederic Beigbeder
(訳)中村桂子
河出書房新社 

現代文学史と代表作へ   トップページヘ