「双生児 The Separation」

- クリストファー・プリースト Christopher Priest -

<本格SF作家>
 以前、僕は徹底的にSFばかり読んでいた時期がありました。SFの歴史的名作の数々、例えばアーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」やレイ・ブレッドベリの「火星年代記」などから読み始め、その後はニュー・ウェーブと呼ばれたアーシュラ・K・ルグィンやハーラン・エリスンの短編、さかのぼって古典的名作H・G・ウェルズの「モロー博士の島」やSF小説の原点といわれるメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」、SFの枠を越えたノーベル賞作家ウィリアム・ゴールディングの近未来SF「蠅の王」、さらには進化論や科学史、進化論の専門書まで、どんどん範囲を広げてゆき、いつしかSFというジャンルについてのこだわりは無くなっていました。
 SF小説の枠組み消滅は、僕のような読者のとって以上に作者の側でも起きていました。例えば、カート・ヴォネガットやJ・G・バラードらの作家たちは、SF作家の枠組みから登場しましたが、その後一流の作家として文学界全体から支持される存在となりました。さらにSF以外の作家たちの間にもSFの枠組みを用いた作品を書く作家が現れます。コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」や村上春樹の「1Q84」、マイケル・カニンガムの「星々の生まれるところ」、村上龍の「半島を出よ」などは、その代表作といえるでしょう。
 SF小説の黄金時代である1950年代から60年代にかけて活躍した作家たちの多くは小説家として食べてゆくため、しかたなくお金になるSF小説を書いていました。カート・ヴォネガットもP・K・ディックもそうでした。もちろん、名作を残した作家たちはみなSFが好きだったからこそ、素晴らしい作品を残すことになったのであり、20世紀の文学にとって「科学」が重要な意味を持つことにをいち早く認識した人々でもありました。僕もそう思ったからこそ、大学で物理を勉強し、SF小説や科学史にはまった人なつもりです。

<クリストファー・プリースト>
 この小説は、英国SF協会賞、アーサー・C・クラーク賞をダブル受賞した2002年イギリスSFの代表作ということなので、当然期待できました。しかし、僕としては作者がクリストファー・プリーストだというのにひきつけられていました。なぜなら、僕がSFにはまっていた1970年代当時、ちょうど彼が登場してきていて僕は大ファンだったからです。多くの作家が、ニューウェーブの影響を受けて、科学よりは政治や哲学などを物語の中心に据えるようになっていた中、彼は本格的な科学中心のハードSF作家であると同時にニューウェーブ的な思想も併せ持つ数少ない作家の一人でした。当時イギリスには、同じタイプの作家でイアン・ワトソンもいて、彼もまた大いに期待された新人でした。
 時間が逆行するというあり得ない世界を描いて見せた異色の作品「逆転世界」(1974年)、夢を操ることを可能にした悪夢の機械を描いた「ドリーム・マシン」(1977年)など、直球勝負ともいえる本格的なアイデアSFは、イギリスの作家らしくリアルではあっても深みがあり大好きでした。しかし、ストーリーが地味すぎたのか、時代がハードなSFを受け入れなくなっていたからか、意外に彼の人気はいまひとつでした。その後、僕は彼の小説を見る機会がなくなり、彼の小説を読むのは1970年代以来ほんとうに久しぶりのことでした。
 2002年のこの小説の「あとがき」を読んで、いつの間にか彼がベストセラー作家になっていたことを知りました。どうやら、かつてのハードSF路線から離れることで彼も売れっ子作家の仲間入りを果たせたようでした。
 1984年発表の「魔法」が、「記憶」をキーワードに書かれた恋愛小説としてSF小説の枠を越えて高い評価を得たのがきっかけとなり、彼はSF以外のファンからも知られる存在になりました。さらに1995年の「奇術師」で、彼は一気にブレイクすることになります。ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に二人の奇術師の対決を描いたミステリー仕立ての作品は大ベストセラーとなっただけでなく、2007年にはクリストファー・ノーラン監督によって映画化され、そちらも大ヒットとなりました。(映画化タイトルは「プレステージ」)
 そして、その間に発表されていたのが、この「双生児」だったわけです。

<恋とスポーツの青春物語>
 久々に本格SFが読めると思って、読み出して驚きました。第二次世界大戦前後の時代を舞台に繰り広げられるスリルに満ちた恋とスポーツの物語、これだけで小説の2/3。ええ、これってSFなの?と思い出した頃、300ページぐらいきて初めて、この小説が「並行宇宙」(パラレル・ワールド)もののSF小説であることが明らかになります。実はあとで振り返ると、主人公が住む世界についての描写の中には微妙に現実とは異なる部分がありました。そこではすでに世界が異なる未来に向かって分岐していたことが描かれていたわけですが、うまくそれが隠されていて気づきにくくしてあったのです。
 しかし、300ページに及ぶ部分は十分に楽しめるエンターテイメント小説になっているので、SFである必要はないわけです。特に主人公の双子が第二次世界大戦直前に行なわれたベルリンにオリンピック出場する場面は、実に興味深く読めます。おまけに、二人はユダヤ人の少女を自分たちの車で出国させるという危険な冒険も行ないます。ここだけで一本の映画が作れるでしょう。そして、この少女を二人がどちらも愛してしまったことから、それぞれの立場で二つの異なる宇宙が分岐してゆくことになります。
 この小説の原題「Separation(分離、分岐、分裂)」は、ここからくるわけです。

<並行宇宙(パラレル・ワールド)>(ここから先は未読の方は避けた方がいいかも・・・・・)
 少女と結婚した双子の片割れジョーは、良心的兵役拒否者として赤十字で救急隊員として働く道を選びます。それに対し、もうひとりの双子、ジャックはイギリス空軍に入隊し、爆撃機の乗組員となり、ドイツへの空爆に向かいます。こうして、異なる道を二人が選んだことから、それぞれの選択から生まれるまったく異なる世界、SFでいう並行宇宙(パラレル・ワールド)のドラマが始まります。
 並行宇宙もののSFは、今までも数多くの名作を生んでいるSFにおける王道的題材です。小説で有名な作品としては、この小説と同じ第二次世界大戦において日本軍がアメリカに勝利してしまった世界を描いたP・K・ディックの「高い城の男」がありますが、今では映画の「バック・トゥー・ザ・フューチャー」や「ターミネーター」など数限りなくあり、もう「SF小説」だけの設定ではなくなったといえます。(村上春樹の「1Q84」はその代表作)
 ある一瞬の「人生の選択」がその人の運命を変え、それが周りの世界をも巻き込んで大きく変えることになるというこの手法は、人間ドラマやファンタジーの設定としてある意味使い古された感すらあります。しかし、この小説における「並行宇宙」設定は、そうした今までの手法をさらに一歩進めた斬新な手法となっています。さすがSF界出身の作家です!
 この小説は、SF小説における「並行宇宙」ものとして、物理学の分野から説明することも可能です。しかし、そうではなく、心理学の分野から説明することも可能な巧妙な設定を用いているのです。

<分岐点>
 この小説にはいくつかの未来への「分岐点」があります。その中で最も重要で何度も繰り返し登場する場面、それは命が危険な状態でジョーが救急車で搬送される場面です。ここからドラマはそれぞれ異なる展開を見せ、それが何度も繰り返すことになります。しかし、それらは本当に彼が生きてゆくことになる異なる人生なのでしょうか?ここが重要なポイントになりそうです。
 量子力学によれば、物理的に未来を予測することは不可能であり、可能な未来は無数に存在します。当然、分岐点となる時点から始まる出来事はどれも異なるものばかりということになります。しかし、その「分岐点」が脳に障害を受けた主人公が繰り返し見る夢もせいだとすれば、それは夢を記述した記録文学であってSFではないことになります。実際に彼が生きた人生とは限らないあくまで心理学的に説明できる範囲の出来事というわけです。
 なるほど、よく考えられています!

<現実に存在した興味深い選択肢>
 第二次世界大戦を分岐点としたSF小説P・K・ディックの「高い城の男」は、日本が勝利したもうひとつの世界を描いたSFでした。そして、もうひとつノーマン・スピンラッド作の「鉄の夢」という異色のSFがあります。こちらは、ソ連の支配下となった異なる世界において、あのアドルフ・ヒトラーがSF作家になっていたという設定です。そして彼がナチスの大物たちに似た指導者たちによって支配される第三次世界大戦後の世界を描くという、さらに入り組んだSF小説でした。(よく考えます!)
 こうして、第二次世界大戦によって、実際とは異なる国が勝利したことで始まった異なる世界を描いたSFは今までいくつも書かれていましたが、それらはどれもアンチ・ユートピア小説(ディストピア小説)ともいえる不気味な世界ばかりでした。しかし、この小説は異なる展開、異なる世界を提示します。

 この小説は、戦争における「和平交渉」をテーマとした点でも、異色の小説といえます。アクション・シーンもなく、歴史的な知識がないと楽しめない和平交渉は、どう考えても面白い場面設定とはいえません。しかし、ドイツとイギリスの和平交渉は実際に行なわれる可能性もあっただけに、興味深くスリリングな場面となっています。
<ヘスの対英和平交渉>
 当時ナチスのナンバー3だったルドルフ・ヘスがスコットランドの空港に戦闘機で不時着。チャーチルに和平交渉を申し入れたというのは、実際にあった事件です。ヘスは、ヒトラーもイギリスとの講和を望んでいることを知っていたため、あえて単独で飛行機に乗りイギリスに向かったと言われています。(そのために、彼は戦闘機の操縦訓練を受け、ドーバー海峡の厳しい防空網をかいくぐるという離れ業を成し遂げました)
 しかし、この交渉が表ざたになると、同盟国に対しドイツが単独講和に動いたと考えられることから、ナチスはヘスは精神異常をきたし勝手にイギリスに向かったものと発表します。ヒトラー自身も、当然、和平交渉などありえないと否定しました。結局、ヘスはそのままイギリスで囚人として過ごし、ロンドン塔に収監され、1987年に牢獄で自殺しました。(暗殺説もありますが、死んだ時、彼はもう93歳でした)
<ユダヤ人のマダガスカル移住計画>
 ナチス・ドイツではユダヤ人を現在のイスラエルとは異なる場所、なんとマダガスカル島に移住させるという計画案が検討されていたといいます。当時、マダガスカル島はドイツの傀儡政権であるヴィシー政権下のフランス領となっていました。ナチスはユダヤ人をドイツから消し去るための最終手段として、アフリカ南東の海に浮かぶその島にイギリス海軍の協力のもとでユダヤ人移住計画の準備を行なっていたのです。もちろん、その計画にはイギリスとの戦争に勝ち、イギリスをも支配下に収めるという前提条件があり、それは実現しませんでした。(ただし、対英和平交渉が成功していればこの作戦はあり得たかもしれません)
 ナチス内部ではアドルフ・アイヒマンはこの計画を支持していましたが、ハインリヒ・ヒムラーは虐殺による全滅を支持しており、計画が進まないまま、戦況が悪化することで必然的にホロコースト(虐殺による絶滅)へと突き進むことになったのです。

 過去の歴史の分岐点を振り返る時、それが世界にとって正しい方向だったのかどうか、その判断を下すのは難しいことです。アメリカにとって、第二次世界大戦でナチス・ドイツを倒したことは、本当に正しい選択だったのか?
 戦後、ソ連との冷戦時代に入ると、ナチス・ドイツを倒すよりもソ連を攻撃し、共産主義体制を崩壊させることを優先するべきだったのではないか、そういう考えも生まれました。
 しかし、そのソ連もまた21世紀を前に崩壊してしまったのですから、今なら21世紀にまでつながる中東紛争の元凶イスラエルを作らせたことこそが最大の誤りだったと反省しているかもしれません。もしくは、イスラエルをマダガスカルに建国させていたら、現在のような領土争いはなかったはずです。
 もちろん「歴史の改変」が可能だとしても、そこに正解はないでしょう。そうなると、あとはその時代、その世界に生きる人々にとっての「心」の充実度、もしくは幸福度。結局はそれしかないということになるのだと思います。
 あなたが生きるこの時代、この世界こそが最高であるよう自ら生きるしかない。そう信じてがんばろうじゃないですか!

<あらすじ>
 1999年のイギリス、歴史ノンフィクション作家のスチュワート・グラットンは、ある日見知らぬ女性からJ・L・ソウヤーという空軍大尉が残した回顧録を渡されます。ちょうど彼は第二次世界大戦中のウィンストン・チャーチルについて調べていて、彼の発言の中に兵役拒否者でありながら英国空軍の爆撃機の操縦士だったという謎の人物として「ソウヤー」という名前があったことを思い出します。興味をもったグラットンは、さっそくその回顧録を読み始めます。

 時代は第二次世界大戦前のドイツ。ジャックとジョーのソウヤー兄弟は、双子の兄弟選手としてオリンピックのボート競技に出場するためベルリンに来ていました。見事に銅メダルを獲得した彼らですが、その後二人は世話になっていた親戚のユダヤ人一家の娘ビルギットをドイツから脱出させることになります。無事に彼らは彼女をイギリスへと連れ帰ることに成功しますが、その計画がもともとジャックが立てたものだったことを知りジョーはショックを受けます。そのうえ、その後すぐにジャックはビルギットと結婚してしまったため、ジョーはビルギットを奪われたことに反発し空軍に入隊してしまいます。逆にジャックは良心的兵役拒否者として赤十字で働く道を選びます。ところが、双子にはその後、生命の危機が訪れ、そこからまったく異なる世界が展開してゆくことになります。

「双生児 The Separation」 2002年
クリストファー・プリースト Christopher Priest(著)
古沢嘉通(訳)
早川書房

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