セレブが崇める神の仕業に迫る! |
「ファッションが教えてくれること The September Issue」 + 「プラダを着た悪魔 The Devil Wear Prada」
- アナ・ウィンター Anna Wintour -
<映画化版より面白い?>
原題が「The September Issue 9月号」となっているように、この作品は世界ナンバー1のファッション雑誌「ヴォーグ」9月号が完成するまでの過程を追ったドキュメンタリー映画です。ところが、この映画、ドキュメンタリー作品にもかかわらず、まるで脚本ある劇映画を見ているように面白いのです。その最大の理由は、登場人物がその辺の俳優より「キャラ立ち」していることにあると思います。
この映画の主人公ともいえるヴォーグの編集長アナ・ウィンター Anna Wintour は、大ヒットした映画「プラダを着た悪魔」でメリル・ストリープが演じた編集長のモデルとして一躍有名になりました。ところが、そのホンモノが映画のメリル・ストリープよりも素敵なのです!美人だし、スタイルもいい!それ以上に氷のような冷徹な判断は、まるで悪魔のようです。
「あなたの長所は何ですか?」という質問に対して、「判断力です」と迷わず答えるその自信には脱帽です。
ヴォーグで彼女の上に立てる人物がいないのは当然ですが、ファッション業界のどこにも彼女にもの申せる人物はいないのかもしれません。そんな「悩みなきトップ」の元で、彼女に代わって「悩む」のがスタイリスト兼撮影コーディネーターのグレース・コディントン Grace Coddington です。彼女こそ、この映画の本当の主役といえます。
アナが父親もジャーナリストとして活躍した名門家庭出身のエリートなのに対して、グレースはモデル出身で、そこから事故による引退を経てヴォーグの編集部での地位を獲得するようになった苦労人。二人のファッション・センスの違いも明らかで、そのキャラクターの対比がこの映画を面白くしています。(ボディコン的で明るい柄物のワンピースを着るアナに対して、グレースはゆったりシルエットの黒無地チュニックです)
アジア系の新進デザイナー、タクーン Thakoon や超大物デザイナーのジャン・ポール・ゴルチェのようなデザイナーたちの個性的なことは当然として、それ以上に凄いのがアナの側近、黒人でゲイのアンドレ”リオン”テリー Andre Leon Talley です。彼の豪快なテニスのプレーぶりもまたこの映画の見所です。(笑)
これだけ魅力的な登場人物がそれぞれ見事にアドリブで動いてくれるのですから、面白い映画になるのは当然でしょう。逆にそれをカメラに収めるカメラマンは、色にも画面構成にもうるさい登場人物を納得させる絵を撮らなければならないのですから大変だったはず。おまけに最後には、モデルといっしょに逆に撮影されることになるのですから・・・「アナにダメ出しされたら、どうしよう」とか思わなかったのでしょうか?
<「81/2」の女性版?>
イタリアでのロケ撮影の際、フェリーニの名前も出てきますが、この映画は彼の代表作「81/2」の女性版とも思えます。(そのミュージカル版ともいえるロブ・マーシャル監督の「NINE」の方が知られているかな?)フェリーニが一本の映画を完成させるまでの苦闘を追いかけたドキュメンタリータッチの作品である映画「81/2」との類似性と対称性が気になりました。
「81/2」で煮詰まってしまった主人公(フェリーニ自身がモデル)が映画の中で撮影現場から逃亡してしまうのに対して、この映画でのアナは現場で悩むことなど一切なく、追い込まれるのは部下たちの方なのです。劇映画になった「プラダを着た悪魔」は、あくまでもコメディー作品でしたが、実際の現場ではアナの理不尽な要求に耐えきれずに多くの編集者やカメラマンたちが逃げ出したといいます。それは、栄光の物語であると同時に悲劇の物語でもあったのです。
思えば、リメイク版の「NINE」でも主人公のまわりの女性たちはみんな強かった。時代は確実に変わっているようです。
<ファッションの最先端>
一応ファッション業界に身を置く僕にとっては、超一流のモデルたちが身につける最新モードの衣装の数々も魅力的でした。もちろん、「そんなもん着れるか!?」と突っ込みたくなるようなモノも多いのですが、製作過程の苦労もわかるし、素材や色へのこだわりはさすがです。ファッションに興味がある人なら見応え十分でしょう。
セレブと呼ばれる映画俳優やミュージシャンなどエンターテイメント業界のスターたちは、その表現の場を作品の中だけでなく普段の生活の場にも広げる時代になった。そんな発言もありましたが、だからこそヴォーグのような雑誌が「セレブの聖典」として求められる時代なのでしょう。今や世界中にネットを介して影響を与える存在となったセレブの人々にとって、ファッションの動向は生き方をも左右する問題です。そんなファッション業界の一年先の方向性を決める位置にいるアナ・ウィンターは、まさに「プラダを着た悪魔」ともなりうる存在です。だからこそ、彼女の生き方に憧れ、そのためにはすべてを投げ打つ覚悟をもつ人もいるのでしょう。かつては、悪魔に魂を売って、才能を得ようとするのは男でしたが、今やこの危険な世界にも女性が進出してきたのです。
「ファッションが教えてくれること」が教えてくれたのは、そこかもしれません。
たかがファッション、されどファッションです。
「ファッションが教えてくれること The September Issue」 2009年
(監)(製)R・J・カトラー R.J.Cutler
(製)エリザ・ハインドマーチ Eliza Hindmarch、サディア・シェパード Sadia Shepard
(撮)ロバート・リッチマン Robert Richman
(音)クレイグ・リッチー Craig Richey
(出)アナ・ウィンター Anna Winter、グレーズ・コディントン Grace Coddington、アンドレ”レオン”テリー Andre Leon Talley、タクーン
アナ・ウィンターをモデルに書かれた小説の映画化作品「プラダを着た悪魔」は、単なるファッション界の裏側を描いただけの作品ではありませんでした。ジャーナリスト志望だった主人公(アン・ハサウェイ)が、ファッション業界という好きでもない業界で働くことになり、なおかつ最悪の上司の元で理不尽な仕事を押しつけられてうんざり・・・。ところが、いつの間にか仕事の魅力にひきこまれてゆき、人生を賭ける価値があると思うようになってゆく。・・・
観客もまたそんな彼女の変化に共感できるところが、この映画の見事なところです。
「プラダを着た悪魔 The Devil Wear Prada」 2006年
(監)デヴィッド・フランケル
(原)ローレン・ワイスバーガー
(脚)アライン・ブロッシュ・マッケンナ
(撮)フロリアン・バルハウス
(衣)パトリシア・フィールド
(音)セオドア・シャピロ
(出)メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ、トレイシー・トムズ、サイモン・ベイロー