レジスタンスによるもう一つの戦争


「影の軍隊 L'Armee Des Ombres」

- ジャン=ピエール・メルヴィル Jean-Pierre Melville -
<時代を越えた名作>
 毎年膨大な数の映画が誕生していますが、時代を越えて見られる作品は、ほんのわずかだけです。公開当時、「歴史的名作」とか「史上最大のヒット作」と言われた作品も、50年後には忘れられたり、古臭かったり、意味不明になったりしているものがほとんどです。
 1969年製作のこの作品が今見てもまったく古くないことに驚かされ、なぜこの作品が例外的な存在として輝きを失っていないのかを考えてしまいました。この作品は、長年アメリカでは未公開で、2006年に初公開され、なんと遅まきながらニューヨーク批評家協会の外国語映画賞を受賞しています。いかにこの作品が今もなお見ごたえがあるかの証明です。

<リアリズムの重要性>
 時代を越えて色あせない作品となるには、完璧に時代を切り取ることが重要です。(まったくその逆もあります)そうすれば、たとえ100年たっても、その作品は歴史の1ページとしての価値を保ち続けることができるはずです。そして、そのために必要とされるのが正確なリアリズム描写です。その点、この作品はリアリズム描写は見事です。
 パリ、ロンドン、マルセイユなどの街並みは戦後まだ20年ということもあって、ほとんどそのままでした。
 ほとんどの場面が、「夜」、「薄暗い屋内」、「曇天」のもと自然光を基本に撮影されていて、カラーとは思えないほど抑えたトーンの映像です。
 部屋、収容所、牢獄など、どこも余計な家具やモノがない場所がほとんどです。
 余計なものがないだけではなく、余計な台詞がないのもこの作品の特徴です。主人公のモノローグがわずかながら説明してくれるものの、1942年のフランスについての説明もなく、看板が出た「自由フランス」についての説明もありません。この作品は、余計なものを排除することで、時代を越える力を持ちえたのかもしれません。
 とはいえ、この作品のリアリズムは原作の良さに支えられているのは間違いありません。原作者のジョセフ・ケッセルは、まだ第二次世界大戦が終わっていなかった1943年にロンドンで現役のレジスタンスのメンバーに取材を行い、そのインタビューをもとに書いています。全体のストーリーは、著者の創作ですが、細部のエピソードに関してはかなり正確に書かれているようです。
 さらにその映画化を行った監督のジャン=ピエール・メルヴィルは、実際にパリでレジスタンスのメンバーとして活動していた人物です。当然、彼の体験もまた生かされていて、決して映画的に脚色することはしていません。各登場人物のその後についてのコメントをラストに加えたのはメルヴィル監督の考えでしたが、それも決してハッピーエンドではありません。

<ジャン=ピエール・メルヴィル>
 この映画の監督ジャン=ピエール・メルヴィル Jean-Pierre Melville は、1919年10月20日フランスの首都パリに生まれています。彼は戦争中、ユダヤ人だったこともあり、ドイツの占領下となったフランスでレジスタンスとして活動します。その後、この映画の主人公のようにイギリスに逃れた彼は、自由フランスの一員として活動し、戦争を生き延びました。
 映画を撮り始めたのは戦後で、1949年「海の沈黙」で長編映画デビューを果たします。代表作は、ジャン・コクトーの代表作を映画化した「恐るべき子供たち」(1950年)、ジャン=ポール・ベルモンド主演の「いぬ」(1963年)、リノ・バンチュラ、ポール・ムーリス主演の「ギャング」(1966年)、アラン・ドロン主演の「サムライ」(1967年)、アラン・ドロン、イヴ・モンタン主演の「仁義」(1970年)などがあります。アラン・ドロン、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の「リスボン特急」(1972年)の撮影後、1973年8月2日に55歳の若さでこの世を去っています。
 フランスを代表するフィルムノワールの第一人者として活躍しましたが、その中で唯一の戦争映画がこの作品だったと言えます。しかし、この映画は「戦争映画」というよりも「フィルムノワール」という方が近い作品です。戦闘シーンはまったくなく、レジスタンスの活動は兵士たちの逃亡を助けたり、武器や無線機を密輸したり、裏切り者を暗殺したりとほとんどギャングの仕事と同じです。
 レジスタンスが国のため、正義のために動くのに対し、ギャングたちは金のために動くとされています。ただし、メルヴィルの描くフィルムノワールの主人公は、「仁義」のため、ボスのために動き、この作品「影の軍隊」のメンバーもまた見えない指導者のために命を捧げる似た者どうしです。
 指導者がメンバーたちに、「親子の愛」、「仲間との友情」、「ボスへの信頼」、「国への忠誠」どれを選ぶのかを問うラストでは、観客もまた究極の選択を迫られます。そこが、この映画の持つ最大の魅力かもしれません。
 そもそも戦争という行為自体、どちらが正義なのか判別は不可能です。歴史が判断するとも言いますが、その歴史も時代によって変化して行くものです。影の軍隊が本当に正義のために戦っていたのか?彼れらの選択は正しかったのか?このテーマはいつの時代になっても考えさせられます。

<1942年のフランス>
 ナチス支配下のフランスは、ナチス・ドイツ軍とフランス人レジスタンスの対立という単純な構図ではありませんでした。現在のフランスでも極右政党がかなりの力を持つように、当時は戦前から親ナチグループの勢いはありました。マルセル・デアの「RNP国民人民連合」、ジャック・ドリオの「PDFフランス人民連合」、ヴェーヌ・ドロンクルの「MSR社会革命運動」などは立場や主張は多少違うものの早くからナチ党に接近しており、彼ら親ナチ派を中心にしてヴィシー政権という新ナチ政権が誕生したのでした。
 したがって、当時のフランスでは、ドイツ人との戦いではなく新ナチ政権下で働くフランス人との内戦という状況が生み出されたわけです。(後にフランスの大統領となるミッテランもこのヴィシー政権で働いたいた過去がありました)
 もちろん、ヴィシー政権下で働くフランス人を単純に裏切り者と呼ぶことはできないはずです。そこには家族を守るために仕方なく働く警察官もいれば、二重スパイもおり、レジスタンスの中にも共産主義者とそうでないメンバーもいて、立場はいろいろでした。したがって、この映画の登場人物たちのようにフランスでは様々な選択が常に行われていたはずなのです。普段見る第二次世界大戦の映画では、単純に連合軍とドイツ軍の戦闘だけが描かれ、その中で少しだけレジスタンスの戦いも描かれていますが、その裏側には暗く重い闘いがあったことを思い知らされます。
 この作品を見ることで、戦争がいかに奥が深く、人々に苦しみをもたらすものであるのかが理解できる。その意味でもこの映画の価値は大きいのです。
 戦争映画の中でも、今までなかった視点をもたらした作品は、それだけで映画史に燦然と輝く存在感を保ち続けています。その中の一本にこの作品も選ばれたと言えそうです。


「影の軍隊 L'Armee Des Ombres」 1969年
(監)(脚)ジャン=ピエール・メルヴィル
(製総)ジャック・ドルフマン
(原)ジョセフ・ケッセル
(撮)ピエール・ロム
(音)エリック・ド・マルサン
(出)リノ・バンチュラ、シモーヌ・シニョレ、ポール・ムーリス、ジャン=ピエール・カッセル、ポール・クローシェ
<あらすじ>
 土木工事技師として働くフィリップはナチス支配下のフランスでレジスタンスのメンバーとして活動したいました。ある日、彼は何者かの密告によって逮捕され、一度は逃亡するも結局逮捕され収容所に送られます。
 彼の仲間たちが彼を救出するために動きますが、作戦は失敗。ついに彼が処刑される日となります。彼と数名のレジスタンスらが処刑場に入れられ、処刑が行われる瞬間、レジスタンスのメンバーが攻撃し、かろうじて彼は脱出に成功します。
 その後、彼はイギリスに密航し、そこで「自由フランス」のメンバーとして活動を再開し、再びフランスに戻ります。しかし、次々にレジスタンスのメンバーが逮捕される中、中心的存在として活動していた女性メンバーが裏切っていたことが明らかになります。彼女を処刑するよう指令が伝えられますが、彼女に救われたメンバーは処刑に反対しますが・・・。

現代映画史と代表作へ   トップページヘ