「アメリカの影 Shadows」 1959年
「こわれゆく女 A Woman Under The Influence」 1974年

- ジョン・カサベテス John Cassavetes -

<インデペンデント映画の原点>
 この映画はインデペンデント映画(独立系映画)の原点といわれますが、名作と言われる作品の多くがそうであるように、この作品もまた今見てもまったく古さを感じさせないはずです。なぜ、これほどまでに時代を超越する作品が生まれえたのか?先ずは、この作品が生まれた時代を振り返ってみたいと思います。
 1951年に書かれたものの長くオクラ入りしていたビート族の英雄ジャック・ケルアックの小説「路上」が世に出たのが1957年のこと。もうひとりのビートの英雄ウィリアム・バロウズがヘロイン中毒と闘いながら書き上げた「裸のランチ」が移住先のパリで発表されたのが、この年1959年でした。この頃、ビートの時代は頂点を迎えつつありました。
 音楽の世界では、1955年に映画「暴力教室」の大ヒットから挿入曲の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が大ヒット。ロックン・ロールの黄金時代が始まっていましたが、バディー・ホリーの事故死、リトル・リチャードの引退、プレスリーの陸軍入隊、チャック・ベリーの逮捕などの事件が相次ぐことで一気にその勢いは失われつつありました。(これらはほとんどが1959年のことでした)
 逆にジャズの世界では、マイルス・デイヴィスが歴史的名盤「Kind of Blue」を発表したのが1959年のこと。その他にもビル・エヴァンスの「ポートレイト・イン・ジャズ」、オーネット・コールマンの「ジャズ来るべきもの」、ジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」などの名盤が世に出たのもまたこの年でした。この年、モダン・ジャズもまたその頂点の時期を迎えつつあったのかもしれません。
(注)インデペンデント映画(独立系映画)とは、ハリウッド資本の出資を受けず、独自の出資者から製作資金を集めて製作された映画のこと。特に、ハリウッドから遠く離れたニューヨークにはニューヨーク派とも呼ばれる独立系の作家が多い。デニス・ホッパーロバート・アルトマンジム・ジャームッシュコーエン兄弟スティーブン・ソダーバーグ、そしてサンダンス映画祭出身の作家たちは、このインデペンデント映画出身で、中にはハリウッド資本の映画を撮る監督もいます。

<ジョン・カサベテス>
 ジョン・カサベテス John Cassavetesは、1929年12月9日ギリシャ系移民の子としてニューヨークに生まれました。高校時代から映画や演劇に興味を持っていた彼は、1954年映画俳優としてデビュー。1956年の「暴力の季節」(ドン・シーゲル監督作品)で注目されるようになり、マーティン・リット監督の「暴力波止場」(1957年)に出演しています。
 仕事的にはビートともジャズとも関係ない場所で活動していましたが、ニューヨークで活動する以上、その影響を強く受けていたはずです。この映画を撮ったのは、彼が30歳の時、たまたま俳優志望の若者が集まって行なわれたワークショップでの即興劇の稽古が元になって生まれた企画でした。彼はこの作品で監督だけでなく出資もしており、これがアメリカにおけるインデペンデント映画の先駆けとなります。それまでも、こうした自主制作に近い形の映画はあったはずです。しかし、製作費4万ドルのこの作品は、4万ドルを遥かにこえるお金を稼ぎ出すことに成功。ハリウッド・システムに属さなくても映画を取ることが可能であることを見事に証明することで、その後の映画作家たちに新しい道筋を示してみせたのです。そして、彼の後に続いた作家たちの多くは、この映画の影響を受け、カサベテスが踏み出した道を歩むことで素晴らしい映画の数々を世に送り出すことになったのです。彼らインデペンデントの作家たちに加え、ロジャー・コーマンの映画学校出身の監督たちスティーブン・スピルバーグジョージ・ルーカスマーティン・スコセッシフランシス・F・コッポラ、ジョナサン・デミの存在がなければ20世紀後半のアメリカ映画界は成り立たなかったといえるでしょう。
 21世紀にまでつながるアメリカ独立系映画の原点は、今でも十分に見ごたえがあるため、デジタル・リマスターもされています。是非、ご覧になって見て下さい。

<あらすじ>
 この映画の主人公は若い三人兄妹のニューヨーカーです。彼らはアフロ・アメリカンの血をひいています。その中の長男ヒューはシンガーとして活躍していましたが、その歌唱スタイルは時代の流行であるR&Bではなく人気が下火になり、ストリップ・ショーの司会をやらされるようになっていました。
 妹のレリアは見た目はほとんど白人で作家を目指していました。まわりのスノッブなビート族にはなじめずにいた彼女でしたが、一人の青年と知り合い恋に落ちます。しかし、その青年は彼女の家で兄と会い、彼女が黒人の血をひいていることを知り衝撃を受けます。それを知ったヒューは青年に二度と彼女に会わないようにと告げます。時代の先を行っていたはずのニューヨーカーでさえ、当時はまだ人種差別意識を捨てられずにいたのです。
 次男のベンは一応ジャズ・トランペッターですが、ほとんど仕事をせずにワル仲間と遊びまわる放蕩生活を続けていました。兄の収入のおかげで、多くのジャズ・ミュージシャンたちが、アルコールや薬物にはまって駄目になって行く道を早くも彼は歩みだしそうになっていました。

<この映画の魅力>
 この映画の魅力は、人種差別問題を深く掘り下げているからというわけではありません。それはニューヨークのアート・シーンに関る黒人3兄妹周辺で起こる様々な出来事を限りなくドキュメンタリー・タッチでカメラに収めた時代の正確な記憶とでも呼ぶべき作品だからです。それまで、映画の世界には「ドキュメンタリー映画」はありましたが、「セミ・ドキュメンタリー映画」は存在していませんでした。この映画の場合、俳優たちがしゃべっているセリフは、すべて俳優たちがその場でアドリブで考え出したものばかりです。カサベテスによるアイデアはあるものの、そこには脚本も決められたセリフもなく、初めからそれは俳優たちに任されていました。その意味で、この映画におけるセリフは、どれもその時代、その場所に生きていた彼ら自身の生き方から生まれてきたものばかりなのです。だからこそ、それらはどれも生き生きとしていて新鮮さに満ちているのです。
 カメラは、そうした若い俳優たちの生き様を第三者的視点からそのまま切り取るだけで、そこには何の解釈も加えられていません。あえて、カメラが焦点を一箇所に集めないフリー・フォーカスで撮影しているのも、編集もごくごくシンプルにフィルムをつなぐだけなのも、カラーではなくあえてモノクロ・フィルムを用いているのも、すべて意図的なものといえるはずです。
 ジャズ界の大御所チャーリー・ミンガスによるオリジナルの音楽もまたけっして映画を盛り上げることなく淡々と映画に寄り添っており、1958年のフランス映画「死刑台のエレベーター」でのマイルス・デイヴィスの音楽を意識しているのは明らかです。これもまた、それまでのアメリカ映画ではほとんどなかった試みでした。
 この映画は不思議なことにドキュメンタリー・タッチではあっても、けっして記録映画のようには見えず、そこには確かな「物語性」が存在しています。自然に演技をしているように見える俳優たちの後ろには確かに監督の意図が感じられるのです。それがカサベテスのもつ作家性であり、それがあって初めてインデペンデント映画としての存在価値をもちうるといえるでしょう。その「作家性」がどこに現れているのか?「演出手法」「登場人物の人物設定」「背景となっている街の描写」「画面の色、明るさ、ピント」「音楽」「俳優の演技」・・・etc.それらは様々な部分に収められています。
 ただし、当時彼の作品はそれほど多くの人に理解されたわけではありませんでした。彼の影響下の作家たちが次々現れるということもなく、その後の作品もそれほど大きな成功をおさめることはできませんでした。そのため、彼はその後も映画製作のためにハリウッド映画に出演し続けコツコツと資金を蓄えては映画を撮り続けてゆきます。「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)「パニック・イン・スタジアム」(1976年)それに唯一のテレビ出演となった彼の映画の常連俳優ピーター・フォークの主演作「黒のエチュード」(刑事コロンボシリーズ)など。

<常連の俳優たち>
 低予算で作られていた彼の作品は、当然有名俳優を出演させることはできませんでした。(必要とはしていなかったでしょうが・・・)それでも彼の映画の常連たちはそれぞれ映画界で活躍してゆき、それでもなお彼の作品には出演し続けました。その代表格は、「刑事コロンボ」で有名なピーター・フォークでしょう。彼は「刑事コロンボ」以外にも「殺人会社」(1960年)と「ポケット一杯の幸福」(1961年)ではアカデミー男優賞候補となっており、「大反撃」(1969年)や「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)「ベルリン・天使の詩」(1987年)など数多くの名作にも出演しています。
 「ビッグ・ボス」(1975年)「ハズバンズ」(1970年)、それに名作「チャイニーズ・ブッキーを殺した男」(1976年)などのカサベテス作品に出演しているベン・ギャザラもカサベテス作品の常連でしたが、それ以外にも「バッファロー’66」(1998年)や「ビッグ・リボウスキ」(1998年)など数多くの作品に出演する大物俳優になりました。
 そして、彼の妻でもある女優ジナ・ローランズもまた彼の作品にとってなくてはならない存在です。彼女が主演した作品「フェイシズ」(1968年)「こわれゆく女」(1974年)「ラブ・ストリーム」(1984年)は、どれもカサベテス作品を代表する作品ばかりです。そして、もう一本彼女が主演した映画「グロリア」は、彼の作品の中でも異色の作品でした。それまで彼の作品は芸術性は高くても金にならないと言われ続けていましたが、女性を主人公とする犯罪アクション映画となった「グロリア」は見事に娯楽作品として大ヒットを記録したのです。

<ビート時代のニューヨーク>
 僕個人の思い出として、1950年代ビート時代のニューヨークは行ってみたい時代、場所のひとつです。欲を言えば、ボブ・ディランがステージに立っていたのかもしれないフォーク・クラブも見てみたかった。1960年代末に爆発することになるロック、ヒッピー・ムーブメントの原点ともいえるこの時代の断片を知るためにも、この映画は貴重な作品です。

「米国主流文化には何かが欠けていて、白人たちは黒人から盗んできたもので、その欠落を埋めようとしてきた」
チャールズ・キール

 作家のノーマン・メイラーはビート世代の若者たちのことを「白いニグロ」と呼びました。ジャズに憧れ、黒人ジャズ・ミュージシャンがヒーローだった当時の若者たち「白いニグロ」を主人公にするのではなく、彼らのヒーローたちである黒人たちの現実を描いたことは、カサベテス自身がそうした時代を一歩ひいて見ていたからこその選択だったのだと思います。そして、時代をこうして、一歩ひいてとらえたからこそ、この作品は今でも古くならず、かえってその輝きを増してすら見えるのかもしれません。

「アメリカの影 Shadows」 1959年
(監)ジョン・カサベテス
(製)モーリス・マッケンドリー、シーモア・カッセル
(撮)エリック・コールマー
(音)チャーリー・ミンガス
(出)レリア・ゴルドーニ、ヒュー・ハード、ベン・カルーザス

<追記>2017年6月
「こわれゆく女」 1974年
 ジナ・ローランズがゴールデン・グローブ主演女優賞を獲得した作品であり、イギリス映画協会が選出した「オールタイム・ベスト100」にも数多くの名作と共に選出された作品です。
 神経を病んだ母親とその夫と子供たちの暮らしを描いたドキュメンタリー・タッチのホーム・ドラマ、と簡単に分類できない何か特別な魅力がこの作品にはあります。
<あらすじ>
 感情のアップ・ダウンが激しくそれを抑えることができない主人公のメイベル(ジナ・ローランズ)は、異常なほど子供たちを愛し、夫の愛を求めますが、夫は水道工事の現場監督として忙しい日々が続き、彼女や子供たちのめんどうを見る暇がなく、それが彼女の心を少しづつこわすことになりました。そして、ある日、ついにその感情が爆発し、夫は彼女を精神病院に入れる決断をします。彼女は治療を受けた後、家に帰ってきます。夫は、妻を迎えるためにパーティーの準備をしますが、それは明らかにやりすぎでした。やっと落ち着きを取り戻したはずの妻ですが、再び彼女は精神の均衡が危うくなります。

 1974年にすでにこうした精神の病に関する映画が撮られていたことが先ず驚きです。(精神科による薬物治療が早くから発達していたアメリカならではの作品ともいえます)
 商業的に成り立たないのは当然なので、この映画は監督のジョン・カサベテスが自宅を撮影場所に提供し、多額の借金を背負って製作されました。俳優にも家族が起用されています。そして、カサベテスの盟友であるピーター・フォークもこの映画のために「刑事コロンボ」で得た収入をつぎ込んだと言います。
 ところが2時間半におよぶこの映画は、見始めるとなぜかまったく飽きさせません。事件が起きるのでもないし、誰かが死ぬわけでもないし、エンターテイメントとしての工夫があるわけでもありません。それなのに、観客は見始めるとすぐにドラマに引き込まれてしまうのです。あなたもきっとすぐに主人公の隣人もしくは家族の一員になったようにドラマに参加してしまうはずです。
 それは、徹底したリアリズム描写が生み出す臨場感がもたらすものかもしれませんが、それ以上に登場人物たちの人間的な魅力によるものでもあります。どう考えても、異常は母親の振る舞いに観客はみなイライラし、病院に入れるという夫の判断に同意するかもしれません。でも、彼女のもう一つの顔を見せられると、愛さずにはいられない夫の気持ちになれるのです。それにそんな母親の変化や葛藤など関りなしに無条件で彼女を愛し続ける子供たちが愛おしくてたまりません!ジナ・ローランズ、ピーター・フォークの演技が素晴らしい!
 この映画がその後の映画人にどれだけ影響を与えたか。是枝、西川、橋口…日本の監督たちの作品のことを思い出しました。

「こわれゆく女 A Woman Under The Infuence」 1974年
(監)(脚)ジョン・カサベテス
(製)サム・ショウ
(撮)マイク・フェリス、デヴィッド・ノウェル
(音)ボー・ハ―ウッド
(出)ジナ・ローランズ、ピーター・フォーク、マシュー・カッセル、マシュー・ラボルトー、クリスティーナ・グリサンティ、ニック・カサベテス

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