異人たちの愛を描いた大人のおとぎ話


「シェイプ・オブ・ウォーター The Shape of Water」

- ギレルモ・デル・トロ Guillermo Del Toro -
<昔々、ある海辺の街で・・・>
 昔話を語り出すようなオープニングの映像からこの映画は始まります。とはいっても、時は「キューバ危機」直後ので米ソ冷戦真っ只中だった頃のこと。挿入歌に使用されているアンディ・ウィリアムスの「夏の日の恋」が発売された年である1962年頃と予想できます。
 舞台となっているのは、アメリカ北東部メリーランド州のボルティモア。大西洋から深く入り組んだチェサピーク湾のさらに奥に位置する街なので、干満の差も大きいはずです。首都に近く、周囲を山に囲まれ、前方は海という立地から政府首脳と海外首脳の秘密会談の場所に利用されたてきたキャップ・デービッドがあるのもこの州です。ということは、海を利用した秘密の海洋生物研究所があっても不思議はないでしょう。
 この街はアメリカの首都ワシントンに近いため、連邦政府で働くエリート職員のベッドタウン的存在でもあります。さらに重要なのは、この街にはCIAを上まわる巨大な国内情報組織である国家安全保障局(NSA)の本部があります。
 悪役のストリックランドのような出世してワシントンの上層部に入ることを目論む上昇志向の人間がいるのも不思議ではないといえます。さらに時代設定が米ソ冷戦下ということで、実際にアメリカ国内にでは多くのソ連のスパイが暗躍していました。
 こうした場所と時代設定があってこそ、この作品はファンタジーSF映画でありながら、しっかりとしたリアリティーを持つことが可能になったのでしょう。

<登場人物のキャラクター>
 主人公がけっして美人ではなく、聾唖者のお掃除おばさんであるという設定。彼女は結婚できないまま青春時代を終えようとしていて、数少ない友人といえば職場の同僚である黒人女性のゲイの画家しかいません。さらにそこにソ連共産党からもはみ出してしまったソ連のスパイである科学者が加わります。
 障害者、黒人、同性愛者、共産主義者という被差別者たちが、囚われの謎の生物を助け出す。実によく出来たお話ですが、そこには物語としての必然性があります。そして、主人公と謎の生物との愛も「美女と野獣」同様に真実味があります。そこまで描けたからこそ、この作品は名作と呼べるレベルに達し、SF映画として歴史上はじめてアカデミー作品賞を獲得することにもなったのです。(このとらえられた謎の海洋生物には名前はありません。ここでもし、その生命体に名前がつけられていれば、この映画は「怪獣映画」ということになっていたはずです)
 時代背景に合わせたリアリズムに基づくキャラクター構成であり、そこには明確な社会的テーマも隠されているわけです。

<魅力的な建物、街並み>
 主人公が住む映画館の二階にあるアパートの不思議なデザインもまた実に魅力的です。このアパートだけでなく、研究所や映画館など様々な建物や街並みがすべてレトロなヨーロッパ調で、街の歴史を感じさせ、ヨーロッパ映画のような雰囲気を漂わせています。ボルチモアの街は、アメリカの中でも歴史が古く、1797年には町ができ始めています。アメリカの国の歴史よりも古いのです。
 そんなボルチモアの街を舞台にした映画として忘れられないのは、バリー・レヴィンソン監督の名作「わが心のボルチモア」(1990年)です。20世紀初めのボルチモアを舞台に、ヨーロッパから移民してきたユダヤ人家族の暮らしを描いたノスタルジックな人間ドラマです。ランディ・ニューマンの音楽やアレン・ダヴィオーのカメラも美しい名作です!

<音楽的背景>
  物語の背景ではあくまでもリアリズムを追求し、人間ドラマには社会的なテーマを盛り込んだことで、映画の舞台は整いました。しかし、監督のギレルモ・デル・トロは、そこにさらなる魅力を加えます。それは、ノスタルジックな雰囲気のミュージカル映画を意識した音楽と映像による演出です。
 彼の出世作「パンズラビリンス」以来、彼が得意とするマジック・リアリズム的な現実と幻想を行き来する演出は、この作品でより高度になりました。特にハリウッド映画の音楽から選ばれたヒットソングの数々は素晴らしい選曲で、この映画をどこかヨーロッパを舞台にした古いミュージカル映画のように見せる効果を発揮しています。(ちなみに謎の生物が音楽好きなのは、「ウルトラQ」の中の有名な海洋生物ラゴンの影響なのでしょか)
 この映画のテーマ曲ともいえるのが、ミュージカル映画「Hello,Frisco,Hello」の挿入歌「You'll Never Know」です。
You'll never know
Just how much know
You'll never know
Just how much I care

And if I tried I still couldn't hide
My love for you
You oughta know
For haven't I told you so
A million or more times

You went away and me heart went with you
I speak your name in my every prayer
If there is same other way to prove that I love you
I swear, I don't know how
You'll never know if you don't know now

You'll never know
Just how much know
You'll never know
Just how much I care

You said goodbye
Now storms in the sky
Refuse to shine
Take it from me,it's no fun to be alone
With moonlight and memories

You went away and me heart went with you
I speak your name in my every prayer
If there is same other way to prove that I love you
I swear, I don't know how
You'll never know if you don't know now
あなたにはわからないわ
私がこんなにも会いたがっていることを
あなたにはわからないわ
私がどんなに想っているのかを

隠そうとしたって無理
あなたへの愛は
あなたに知ってほしいの
たとえ私がそのことを
何回も何百回も言わなかったとしても

あなたは去ってしまったけれど
私の心はあなたと共にある
お祈りをするたびに私はあなたの名を呼んでいます
もし、私の愛を証明できるのなら、どんなことでもするけれど
その方法を私は知らない

あなたにはわからないわ
私がこんなにも会いたがっていることを
あなたにはわからないわ
私がどんなに想っているのかを

あなたからのさよらなの言葉
今、空を覆う嵐が輝きをさえぎる
そんな思いを取り除いて
月の光と思い出だけで
一人になるなんて耐えられないから

あなたは去ってしまったけれど
私の心はあなたと共にある
お祈りをするたびに私はあなたの名を呼んでいます
もし、私の愛を証明できるのなら、どんなことでもするけれど
その方法を私は知らない 
(訳)鈴木創(著者)

 この曲は、1943年にアカデミー賞のオリジナル歌曲賞を受賞した名曲ですが、太平洋戦争中の映画だったため、日本では公開されませんでした。そのため、日本での知名度は低い曲かもしれません。映画では、主演のアリス・フェイが歌っていますが、この映画で使用されているのはフランスの歌手リニー・フレミングによるカバー・ヴァージョンです。
 その他の曲も名曲ばかりですが、映画のための曲が多く、ラテン、スウィング・ジャズ、ラグタイム、ポップス、シャンソンと様々なタイプの曲が選ばれています。そこがまたこの映画の無国籍的でファンタジックな雰囲気の原因になっているのでしょう。古き良きハリウッド映画のエッセンスを注入して作られながら、社会的なメッセージも訴える古くて新しい映画なわけです。この作品がハリウッドの映画関係者に愛されるのも当然!だからこそ、この映画はアカデミー作品賞を受賞できたのです。

「You'll Never Know」 リニー・フレミング
Renee Fleming
The London Symphony Orchestra
(曲)ハリー・ウォーレン
Harry Warren
(詞)マック・ゴードン
Mack Gordon
ミュージカル映画「Hello,Frisco,Hello」(1943年)の挿入曲
アカデミー賞オリジナル歌曲賞
この曲は他に、フランク・シナトラ、ローズマリー・クルーニー、ベラ・リン、ビング・クロスビー
バーブラ・ストライサンド、ドリス・デイ、ボビー・ダーリンらがカバーしています。
「I went to market」  ビル・ボージャングル・ロビンソン
Bill"Bojangle"Robinson 
(曲)ビル・ロビンソン 映画「The Little Colonel」(1935年)の挿入曲
主人公がテレビで見ていた階段でのタップダンス・シーンの曲
一緒に踊っているのは、天才子役シャーリー・テンプル
「ババルー Babalu」  カテリーナ・バレンテ
Caterina Valente
シルヴィオ・フランチェスコ
Silvio Francesco 
マルガリータ・レクオーナ
Margarita Lecuona 
1939年発表のキューバン・ポップの大ヒット曲。
1950年代に大ブームとなったテレビの「ルーシー・ショー」でルシル・ボールの夫デジ・アルナズが歌って大ヒット。50年代にリバイバル・ヒットしました。
この映画では、1955年頃ドイツ出身のヨーロピアン・ポップの歌姫がカバーしたヴァージョンを使用。
ギタリストのシルヴィオ・フランチェスコが素晴らしいギターを披露しています。
「プリティー・ベイビー Pretty Baby」  ベティ・グレーブル
Betty Grable
(曲)Egbert Von Alstyne
Tony Jackson
(詞)Gus Kahn
1916年に発表されたトニー・ジャクソンのラグタイム・ナンバー。
ここで使用されているのは、映画「Coney Island」(1943)で主演のベティ・グレーブルが歌った録音。
「Hello Frisco」  アリス・フェイ
Alice Faye
Louis Hirsch
Gene Buck 
ミュージカル映画「Hello,Frisco,Hello」(1943年)のテーマ曲
(映画から) 
「You'll Never Know」  アリス・フェイ
Alice Faye 
(曲)ハリー・ウォーレン Harry Warren
(詞)マック・ゴードン Mack Gordon
ミュージカル映画「Hello,Frisco,Hello」(1943年)の挿入曲
(映画から) 
「I Know Why (And So Do You)」  グレン・ミラー
Glenn Miller
(曲)ハリー・ウォーレン
Harry Warren
(詞)マック・ゴードン
Mack Gordon 
映画「銀嶺のセレナーデ」(1941年)
演奏はグレン・ミラーとパット・フライディ Pat Friday、ジョン・ペイン John Payneらによるもの。
「How Wrong Can I Be」
 
マリリン・モンロー
Marilyn Monroe 
Fred Karger
Alex Gottliebe 
How wrong can I be,
If my heart says to me
Love like ours never dies.
How wrong can I be,
When it’s sure plain to see
That a heart never lies…
「夏の日の恋」
Theme from "A Summer Place" 
アンディ・ウィリアムス
Andy Williams
Max Steiner
Mack Discant 
映画「夏の日の恋」(1959年)テーマ曲
当時アメリカでは人気ナンバー1だったアンディによる1962年のカバー
「Chica Chica Boom Chic」  カルメン・ミランダ
Carmen Miranda
(曲)ハリー・ウォーレン Harry Warren
(詞)マック・ゴードン Mack Gordon
主人公が見ているテレビ画面の中でド派手な衣装&帽子で歌われているラテン・ポップのヒット曲
ブラジルからアメリカに移住し、ハリウッドでも一時代を築いたスーパー・スターのヒット曲
彼女の映画「That Night In Rio」(1941年)からの映像 
「I'll Remember Tonight」  パット・ブーン
Pat Boone 
Sammy Fain
Paul Francis Webster
ニューオーリンズを舞台にしたミュージカル・コメディ映画「マルディグラ Mardi Gras」の挿入曲
当時人気絶頂の青春スター、パット・ブーンが歌っています。
「La Javanaise」  マデリン・ペルー
Madeleine Peyroux 
セルジュ・ゲンズブール
Serge Gainsbourg
セルジュ・ゲンズブールが偉大なシャンソン歌手ジュリエット・グレコに捧げた曲
ゲンズブール本人とジュリエット・グレコが歌っていました。
この使用曲はフランスの歌手マデリン・ペルーがカバーしたもの 

<参考>
「大アマゾンの半魚人」 1954年
(監)ジャック・アーノルド
(脚)ハリー・エセックス、アーサー・A・ロス
(製)ウィリアム・アランド
(撮)ウィリアム・E・スナイダー
(音)ロバート・エメット・ドーラン、ヘンリー・マンシーニほか
(出)リチャード・カールソン、ジェリー・アダムス、リチャード・デニング
(あらすじ)
 アマゾン奥地の探検隊が魔物が住むという入江で、謎の人間型魚類を発見。その捕獲作戦を実行し生け捕りに成功。しかし、その後、仮死状態だった半魚人が目覚め、探検隊員を襲い始めます。ストーリー中、半魚人は主人公の女性に恋をすることになっていて、「キングコングのアマゾン版」というのが基本的ストーリーともいえます。
(マリリン・モンローとの関り)
 この映画でマリリン・モンローの歌が使用されていますが、彼女とこの映画には、歴史的なかかわりがあります。
 彼女が白いドレスを着て地下鉄からの風を受けてスケートがまくれ上がるあの有名な場面。その時、彼女は映画館から出てきたばかりで、観ていた映画がこの映画でした。

「シェイプ・オブ・ウォーター The Shape of Water」 2017年
(監)(製)(原)(脚)ギレルモ・デル・トロ Guillermo Del Toro
(製)J・マイルズ・デイル
(脚)バネッサ・テイラー
(撮)ダン・ローストセン
(PD)ポール・オースタベリー
(衣)ルイス・セケイラ
(編)シドニー・ウォリンスキー
(音)アレクサンドル・デスプラ
(出)サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、ダグ・ジョーンズ、マイケル・スタールバーグ、オクタヴィア・スペンサー、デヴィッド・ヒューレット

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