シンガポール発・青春残酷夢映画物語 |
<奪われた青春の記録>
世の中にはいろいろな人がいるものです。南米に住むバクは「夢」食べる生き物という伝説で有名ですが、本当に夢を食べて生きている人間がいたとは驚きでした。
このドキュメンタリー映画は、主人公は三人のシンガポールの女性ですが、その中心にいるのは「夢を喰う」謎のアメリカ人です。その男に、「青春」と「夢」の両方を奪われてしまった事件を25年後に振り返り、その謎に迫ったドキュメンタリー作品です。
<あらすじ>
1980年代シンガポールで青春時代を過ごしていた3人の女性たち。この作品の監督でもあるサンディ・タンと友人たち二人は、超管理社会として知られるシンガポールで自由な映画作りをしようと動き出します。シンガポールはそもそも小さすぎる国なため、自国で映画を製作公開することは困難です。したがって、そこで興行的に成立し、なおかつ自由な作品を撮ることはそれまでまったくありませんでした。
そんな彼女たちに映画作りの指導をしたアメリカ人教師ジョージ・カルドナは、映画製作の現場にも協力を申し出、監督を務めることになりました。そこで3人は映画製作のための資金集め、出演俳優のオーディション、ロケハン、脚本作りを自分たちで行い準備を始めます。
しかし、映画作り素人による本格的な映画の撮影は、当然ながら様々なトラブルを抱えることになりました。スタッフ内でのケンカは絶えず、ついには製作資金が足りなくなってしまいました。最後は、3人が自分たちの貯金をすべて降ろして、なんとか撮影を終えることができました。
撮影終了後、3人は当時留学していたそれぞれの大学がある国に戻り、監督による編集作業が終わるのを待つことになりました。ところが、その後いくら待っても監督から作業終了の連絡がないことに彼女たちは不安を感じ始めます。そして、その不安は的中、監督がフィルムと共に消えてしまい、アメリカに帰国していたことがわかります。3人は自分たちの青春時代の結晶であり「夢」そのものだったフィルムを失ってしまったのです。
25年後、なんとか立ち直った3人は、それぞれ映画に関わる道を歩み続けていました。すると、アメリカに住むジョージ・カルドナの元妻から彼が死んだという連絡が届きます。それだけではなく、彼の手元に彼女たちが作った映画のフィルムがそのまま残されていたというのです。
いったい彼はなぜそのフィルムを盗み出したのか?そして、なぜそのフィルムを大切に保管し続けたのか?サンディは、そうした謎を明らかにしようとアメリカに渡り、カルドナの知人や家族らへのインタビューを行います。すると、彼はその他にも、若者たちが抱いた夢を破壊する行為を繰り返していたことがわかってきます。
<映画が映し出す過去>
あらすじだけでも十分に面白い!発見されたフィルムを使いながら、当時の記憶をよみがえらせながら、映画は過去と現在を行き来します。正直、当時撮影されたフィルムは、それほど面白そうには思えません。お金をかけたわりには、どうなの?というクオリティーではあります。
しかし、当時の彼女たちの熱い思いや1990年代初めのシンガポールの文化が説明されているうちに、つたない彼女たちの作品が魅力的に見えてくるから不思議です。失われた青春がタイムカプセルのように収められていた映像を改めて最後に見ると涙が出てきました。これぞ映像によるマジックです。
<「夢喰う男」>
この作品は青春映画として見ても十分に楽しめる作品ですが、この映画がそうした記録映像と一線を画すのは、謎の映像作家ジョージ・カルドナの存在があるからです。若者たちが夢を実現するために協力を惜しまないカリスマ的な教師である彼の生い立ちや経歴は謎のままです。しかし、この映画のために行われた彼に関わる関係者へのインタビューから、他にも彼が同じように若者の夢を奪う行為を行っていたことが明らかになってきます。
「夢喰う男」ジョージ・カルドナという人物への興味は尽きません。けっして彼には才能がなかったわけではないでしょう。でも、それを生かす場を彼はアメリカで見つけられず、そのストレスが自分と同じように夢を追う若者たちへ恨みとなって表れたのか?
<夢を実現した3人>
さらにこの作品を魅力的にしているのは、夢を喰われたはずの3人がその後も「映画」の世界で活躍し続けていることです。一人は「映画」を教える学校で教授となり、一人は映画を製作する現場で働き続け、映画についてアメリカで学び直したサンディもまた、この映画を撮ることで新たな自分の道を歩み始めました。
そう考えれば、「夢喰う男」はそれなりの役目を3人のために果たしたと考えることもできるのかもしれません。そして、ジョージ・カルドナという映画人の名前もまた映画の画面にしっかりと刻まれることになったのでした。
<映像フィルムの数々>
この作品のもう一つの楽しみとして、映画の中に散りばめられた様々な名作映画の映像があります。それらの作品は、「映画」という芸術がもつ本質的な魅力と危険さや狂気を表裏一体として表現していることに気づかされます。
そもそも映画というメディアは、多くの人々の夢を集めて作り上げる芸術作品です。「名誉」「お金」「愛情」など、それぞれ異なる夢であっても作品を仕上げるために協力し合える仲間たちがいて初めて可能になります。だからこそ、魅力的なんですよね。一度でも映画を自主制作で撮ったり、映画の撮影に関わったことがある方なら、より楽しめるはず。
作品名 製作年 監督 コメント 「ブルーベルベット」
Blue Velvet1986年 デヴィッド・リンチ
David Lynchリンチの最高傑作 「ヘザーズ/ベロニカの熱い日」
Heathers1988年 マイケル・ラーマン
Michael Lehmannウィノナ・ライダー主演
学園青春ドラマ「勝手にしやがれ」
Breathless1960年 ジャン=リュック・ゴダール
Jean-Luc Godard映画の歴史を変えた名作
ヌーヴェル・ヴァーグの代表作「パリ、テキサス」
Paris,Texas1984年 ヴィム・ヴェンダース
Wim Wendersヴェンダースの代表作
アメリカン・ロード・ムービーの傑作「セックスと嘘とビデオテープ」
Sex,Lies,And Videotapes1989年 スティーブン・ソダ―バーグ
Steven Soderbergソダ―バーグ監督の出世作 「天才マックスの世界」
Rush More1998年 ウェス・アンダーソン
Wes Andersonウェス・アンダーソンの出世作 「女はそれを我慢できない」
The Girl Can't Help It1956年 フランク・タシュリン
Frank Tashlinジェーン・マンスフィールド主演 「ゴースト・ワールド」
Ghost World2001年 テリー・ツワィゴフ
Terry Zwigoff2人の少女の青春ドラマ 「第七の封印」
The Seventh Seal1959年 イングマール・ベルイマン
Ingmar Bergmanスウェーデンの巨匠の代表作 「Golden Weight」 1976年 Sergie Moati クラウス・キンスキー主演
フランス映画「フィツカラルド」
Fitzcarraldo1982年 ヴェルナー・ヘルツォーク
Werner Herzog南米のジャングル進む巨大な船!
ヘルツォークの最高傑作「欲望」 Blow-Up 1966年 ミケランジェロ・アントニオーニ
Michaelangelo Antonioniカンヌ国際映画祭パルムドール 「They Call Her Cleopatra Wong」 1979年 Bobby A Suarez 正義の英雄クレオパトラが大活躍 「ノスフェラトゥ」
Nosferatu The Vampyre1979年 ヴェルナー・ヘルツォーク
Werner Herzogドラキュラ映画の名作
クラウス・キンスキー主演「The Medium」
Medium Rare1991年 アーサー・スミス
Artur Smithシンガポール初の英語長編映画 「Eating AIR」 1999年 Jasmine Ng
Kevlin Tongジャスミンの監督作品
「消えた16mmフィルム Shirkers」 2018年
(監)(脚)(製)(編)サンディ・タン Sandi Tan
(製)ジェシカ・レヴィン、マヤ・E・ルドルフ他
(撮)アイリス・Ng
(編)ルーカス・セラー、キンバリー・ハセット
(音)イシャイ・アダル
(出)サンディ・タン、Jasmine Kin Kia Ng , Philip Cheah , Sophia Siddique Harvey , Georges Cardona