20世紀最後の歌姫のその後

- 椎名林檎 Ringo Shina -

ライブ・ベスト・アルバム「蜜月抄」

<孤高の歌姫>
 20世紀のポップスターに焦点をあててきたこのサイトですが、2000年を一区切りにしていることもあり、世紀末ギリギリに登場したアーティストはもれている場合があります。取り上げるにはそれなりの書けるネタも欲しいので、ついつい後回しにしてしまいました。
 とういうわけで、久々に未登場だった大物アーティスト椎名林檎をピックアップします。1999年発表のデビュー・アルバム「無罪モラトリアム」で、すでに別次元の存在であることを証明していた彼女ですが、今まで取り上げてきませんでした。2014年彼女が発表した初のソロ・ライブ・アルバム「蜜月抄」を取り上げようと思います。21世紀J-POP界を代表する「孤高の歌姫」の歌声をじっくり聴きたいと思います。

<追記>(2015年2月)
 先日NHKの「達人X達人スイッチ・インタビュー」で彼女が作家の西加奈子と対談していました。するとその中で、彼女は今自分がやっているのは本当に好きな音楽ではないと発言。自分はあくまでもJ-ポップ職人であり大衆が求める音楽を納期を守って制作し提供しているだけと語っていました。そんなこと正直に言うところがさすがです。
 ライブもまた彼女がイメージする完璧なショーに近づけるように作り上げた商品であり、そこで我を忘れてのってしまうということはないとのこと。なるほど・・・がっかりする人もいるかもしれませんが、僕的には納得。

<新宿系自作自演屋>
 NHK教育の「ニッポン戦後サブカルチャー史」という番組があります。(2014年放送)その中の60年代サブカルチャーの中心地として「新宿」が特集されていました。歌舞伎町、花園神社、紀ノ国屋、新宿駅西口広場、ジャズ喫茶・・・演劇、映画、小説、音楽、政治活動など様々な文化の発信地だった新宿の名残りは今でも存在します。その中で最も新宿の猥雑でアングラでエロチックな文化を継承する最後の存在のひとつが椎名林檎だと思います。(今後、彼女が新たなスタイルに変身する可能性はあっても、きっとそこにも「新宿性」が残されるだろうと思います)

 椎名林檎は1978年11月25日に埼玉県浦和市(現さいたま市)で生まれました。その後、父親の転勤で博多に移り住みます。病気が原因でピアノやバレーを止めた彼女は、音楽に生きがいを見出し、バンド活動を始めます。その後、東京に出て様々なアルバイトをしながら、様々なバンドで活動し、様々な音楽コンテストなどに出場することでついにソロ・アーティストとしてデビューするチャンスをつかみます。
 しかし、スタート以前に彼女の目指す方向性と事務所など周囲の求める方向性には違いがあったようで、1997年彼女は日本を脱出。しばらくイギリスで生活しながら悩だ末、彼女はデビューする決意を固め、帰国後、ソロ・アーティスト「椎名林檎」としてデビューします。
 1998年、シングル「幸福論」でデビューした彼女は、すでに将来に向けて長く活躍するための目標設定もあったようです。しかし、すぐに新しいタイプの女性ロック・アーティスト「新宿系自作自演屋」としてブレイクしてしまった彼女は、後戻りも方向転換もできない状況でいきなり突っ走り始めrことになります。

「・・・本当はデビュー前から周囲に対して『作家の仕事を永くできるように尽力してください』などと話していたのに、いつまでも”ロックみたいな態度”を続けなければならなくなって、パニックに陥ったんでしょうねえ。しかもそれを必要以上に取り沙汰して助長したり、私に関係のないところでお商売をする大人が現れたりして、びっくりしたのも思い出されます」
椎名林檎
(当時、彼女はデビュー後すぐに広末涼子やともさかりえらへの楽曲提供を行い始めています)

 当時、一世を風靡していた爽やかかつポップな「渋谷系」とは対極に位置するエロチックでパンクな「新宿系」を打ち出したことで、新たな音楽ファンをひきつけることになりました。それは、1980年代にユーミンがブレイクしたのに並行して中島みゆきがブレイクしたのに似ています。

「・・・当時のJ-POPチャートにはすでにスピッツもエレカシもいて、良い音楽はたくさんあった。でも何かもうちょっと身体に悪そうで、もうちょっとエッチで、実は果汁が贅沢に入っている・・・そういうものが求められているような空気が求められているような空気はあったと思いますよ」
椎名林檎

 彼女にとってアイドル的な扱いを受けることは、けっして幸福なことではありませんでした。しかし、彼女はマスコミなどによって作られた虚構の「椎名林檎」を上手く利用する賢さを持っていて、セルフ・プロデュースによって、それを楽しんで生きる余裕を持ち合わせてもいました。

「ええ。若くて青くて、思春期の残り香も気分も持っていたので、ある意味、『子供の感受性です』というフリをしていればよかった、というスタンスでもあり、どこかそのムードに身を委ねる快感も覚えていましたね」
椎名林檎

 登場したばかりの彼女は、「文学少女」と「パンクロッカー」と「歌舞伎町の女」が融合した超東京的な世紀末アイドルとして、完全にワン&オンリーの存在でした。その後、彼女は当時の路線からは変化するものの、今でもワン&オンリーであることに変わりはありません。中島みゆき同様、彼女のフォロワーは未だに存在しないのです。
 2004年以降彼女は、ソロ・アーティストからロックバンド東京事変のヴォーカリストへと変身。2012年までそのスタイルでの活躍を続けた後、彼女は再びソロ・アーティスト「椎名林檎」へと転身しています。2014年にはサッカーワールドカップ・ブラジル大会のための曲「NIPPON」を発表しています。(サッカーが熱い街「さいたま」に住む彼女は、やはりサッカー・ファンなのでしょうか?ということは浦和レッズのファン?)

<アルバム「蜜月抄」より>
(1)「本能」 
2000年 「下剋上エクスタシー」(NHKホールにて録音)より(アルバム「勝訴ストリップ」ツアー・ライブ)
2000年発表のアルバム「勝訴ストリップ」収録曲

 どうして歴史の上に言葉が生まれたのか
 太陽 酸素 海 風 
 もう充分だった筈でしょう


 様々なライブから集められた録音が、選ぶ抜かれた後にまるで一本のライブのように並べられ編集されているのが、このアルバムの魅力です。
 オープニング曲のこの歌詞は、ライブの始まりにぴったり。そして、この曲から途切れることなく彼女の代表曲へと早くも盛り上がります。
(2)「歌舞伎町の女王」
2000年 「座禅エクスタシー」より(7月30日に福岡県飯塚市の嘉穂劇場で行われたファンのための一夜限りのライブ)
1998年2枚目のシングル曲で、1999年のデビュー・アルバム「無罪モラトリアム」収録

 この曲は彼女にとっては唯一のフィクションの物語を楽曲化した作品。しかし、この曲によって彼女が「新宿系の女王」になったことを考えると、自らフィクションを実現してしまったともいえます。時代を越える本物のスターとはそうやって伝説になるものなのです。
(3)「ありあまる富」
2009年 NHK「SONGS」スタジオ・ライブより
2009年12枚目のシングル曲

 当時、このサイトのファンの方からこの曲のビデオ・クリップが凄いと教えてもらいさっそく見た覚えがあります。椎名林檎にとって音楽と映像は常にセットであり、音楽だけの存在は考えていなかったといいますから、この曲も映像と共に忘れられない作品になりました。名越由貴夫のギター・ソロがカッコいい。

 僕らは手にしている富は見えないよ
 彼らは奪えないし壊すこともない
 世界はただ妬むばっかり
 もしも彼らが君の何かを盗んだとしても
 それはくだらないものだよ
 返して貰うまでもない筈
 何故なら価値は生命に従って付いている
(4)「迷彩」
2005年 第一回林檎班大会の模様より(会員限定のイベント・ライブ恵比寿ガーデンホールでのライブ)
2003年のアルバム「加爾基精液栗ノ花(カルキザーメンクリノハナ)」収録
 新宿系ロック世紀末アイドルはユニフォームに迷彩服を着用。ジャズ・ヴァージョンの編曲がお洒落です。

 ねえ 一層遠く知らない街に隠居して沈黙しませぬこと?
 こんな日々には厭きたのさ
 ねえどうぞ攫って行って
(5)「今夜だふ」
2000年発育ステータス”御起立ジャポン”「新宿リキッドルーム」でのライブ録音
ライブ映像集「発育ステータス”御起立ジャポン”」収録
 トリプル・ベースという異色のスタイルでの録音。確かに「御起立」しそうに下半身に響きます。
 深夜に生きる赤裸々な自分描写。トンガって生きるって大変だけど、それができるのは世紀末日本では女子だった。みんなが彼女を崇めた気持ちがわかる気がします。でも、崇められる方も大変だ。
(6)「茜さす帰路照らされど・・・」
2000年 座禅エクスタシーでの録音
1999年のデビュー・アルバム「無罪モラトリアム」収録の名曲。
 パワーポップとノスタルジックなバラードの融合。パンキッシュな曲から美しいイントロへの転換が憎い!
 ハードに生きる少女が見せた夕暮れ時のアンニュイな一瞬。だからこそ純粋無垢で美しい。この当時の彼女の曲はほとんどが高校時代に書いた曲だったといいますが、なるほどです。

ヘッドフォンを耳に充てる ファズの利いたベースが走る
 夕焼けには切な過ぎる 涙を誘い出しているの?
 今の二人には確かなものなど何も無い
 偶には怖がらず明日を迎えてみたいのに
(7)「積木遊び」
2000年 下剋上エクスタシーNHKホールにて録音
デビュー・アルバム「無罪モラトリアム」収録
 シンセサイザーによる琴の音を使った和テイストを取り入れた曲
(8)「浴室」
2000年 座禅エクスタシー(飯塚市嘉穂劇場でのライブ録音)
2000年のセカンド・アルバム「勝訴ストリップ」収録
 前衛的で不気味な歌詞は、デヴィッド・リンチの映像かビート詩人の詩か?

 洗って 切って 呼吸器官は冒される
 あたしが完全に乾くのいまきちんと見届けて
 磨いて 裂いて 水の中無重力に委される
 あたしが完全に溶けたら すぐきちんと召し上がれ
(9)「茎 STEM」
2008年 「Ringo Expo 08」10周年記念ライブ さいたまスーパー・アリーナでの録音
2000年の「勝訴ストリップ」収録
 この2008年のライブではほとんどの曲がオリジナルに近いアレンジで演奏されました。これは椎名林檎のライブでは珍しいことです。
 ハリウッドの懐かしいミュージカル・ナンバーのような曲。「華麗なるギャツビー」のワンシーンが見えてくるようなドラマチックでゴージャスな展開の曲。歌詞が映画な分、そんな想像力をかきたててくれます。
(10)「りんごのうた」
2005年 第一回林檎班大会の模様より(会員限定のイベント・ライブ恵比寿ガーデンホールでのライブ)
2003年10枚目のシングル曲であり、NHK[みんなのうた」のために作られた曲。
 かつて「和製ホセ・フェリシアーノ」と呼ばれた盲目のフォークシンガー長谷川きよしとのデュエット。世界最古のポップスのひとつでもあるブラジルの「ショーロ」を意識したであろうアレンジが見事にはまっています。

 たった今わたしの名がわかりました
 あなたがおっしゃるとおりの「りんご」です
 おいしくできたみから まいとしおとどけします
 めしませつみのかじつ


 世界最古のポップスにより、世界最古の果実による世界最古の「罪」を歌う。そして、次の曲では「罪と罰」が歌われるわけです。上手い!
(11)「罪と罰」
2003年 Electric Mole 日本武道館でのライブ録音
2000年の「勝訴ストリップ」収録
 このライブから「東京事変」がバック・バンドとして参加しています。(ベース:亀田誠治、ギター:平間幹央、ピアノ:ヒイズミ・マサユ機(PE’Z)、ドラム:畑利樹)

 不穏な悲鳴を愛さないで 未来等見ないで
 確信できる現在だけ重ねて
 あたしの名前をちゃんと呼んで 身体を触って
 必要なのは 是だけ 認めて


 この曲のアルバム録音に参加したブランキー・ジェット・シティーの浅井健一に捧げる曲が、次に登場します。
(12)「丸の内サディステイック」
2003年 Electric Mole 日本武道館でのライブ録音
1999年「無罪モラトリアム」収録、シングル「歌舞伎町の女王」カップリング曲

 報酬は入社後並行線で
 東京は愛せど何にも無い
 ・・・・・
 マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ
 毎晩絶頂に達して居るだけ
 ラット1つを商売道具にしているさ
 そしたらベンジーが肺に映ってトリップ


 銀座、東京、御茶ノ水、後楽園、池袋・・・ベンジーに捧げる曲であると同時に丸ノ内線に捧げる曲。まあ丸ノ内線もまた新宿を通りますが・・・。
(13)「密偵物語」
2009年 NHK「SONGS」スタジオ・ライブより
2009年 「三文ゴシップ」収録
 フルートが入ってラロ・シフリン風の70年代刑事もの、探偵もの映画の音楽に聞こえます。なぜか007ではなく009というのがミソ?
(14)「あおぞら」
2000年 下剋上エクスタシーNHKホールにて録音
1999年シングル「本能」のカップリング曲

 此の世で一番輝いている人は努力しているって教えてくれたね
 
 ねえ見ている?
 ほら星が光っているのを
 明日は心も空も素敵な青


 思えば彼女は青が好きなんですね。なんだかワールドカップ・サッカー・ブラジル大会のNHKテーマ曲「NIPPON」にもつながる曲聴こえます。
(15)「ポルターガイスト」
2003年 「賣笑エクスタシー」でのライブ録音
2003年のアルバム「加爾基精液栗ノ花(カルキザーメンクリノハナ)」収録
 まるでブラジリアン・ポップの最高峰カエターノ・ヴェローゾの弦楽ライブを思わせるゴージャスな曲です。

 君はひと足先に微笑むで、幻視を與へました。
 「こんな僕に!」徐ら、
 見境も無く慾しくなるまぼろしは孰れ衰えても僕には美しく見えます。
 君だけに是を唄います。
(16)「この世の限り」
2008年 「Ringo Expo 08」10周年記念ライブ さいたまスーパー・アリーナでの録音
椎名林檎、椎名純平、斉藤ネコによる曲、映画「さくらん」エンディング曲
 これぞミュージカルのエンディング・テーマ!そして、人生のエンディング・ナンバーにも聞こえてきます。
 映画「オール・ザット・ジャズ」で主人公が死の間際に心の中で聞いたを思い出しました。
 自分の葬式にかける曲リストにこの曲も加えようと思います。

 この世に限りはあるの?
 もしも果てが見えるなら
 如何にやって笑おうか愉しもうか
 もうやり尽くしたね
 じゃ何度だって忘れよう
 そしてまた新しく出逢えれば素晴らしい
 然様なら
 初めまして

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