「惑星ソラリス SOLARIS」 1972年

- アンドレイ・タルコフスキー Andrei Tarkovsky -

<難解SFの傑作>
 20世紀の映画史を語る時、その難解さで五指に数えられる巨匠アンドレイ・タルコフスキーの代表作であり、カンヌ映画祭において審査員特別賞を受賞した作品「惑星ソラリス」は2002年、「オースシャンズ11」や「トラフィック」を撮ったスティーブン・ソダーバーグによってリメイクされ、再び脚光を浴びることになりました。さすがはソダーバーグだけあって、原作の雰囲気を変えずに忠実に映画化していて見ごたえがありました。しかし、最初にタルコフスキーの「惑星ソラリス」を見た時の衝撃を越えることは無理だったように思います。
 確かにタルコフスキーの「惑星ソラリス」は途中かなり眠くなります。特に東京の首都高速で撮影された未来都市の映像は観客を眠らせようとしているのかと思えるほど長く変化がありません。(実際、監督は観客を眠らせようと考えていたようです!なぜ?)しかし、そんな眠気を感じながらも、この映画の中で静かに展開されるドラマを見ているうちに、いつしか宇宙とは?人間とは?愛とは?神とは?といった普段は思いもしない哲学的難問について考えさせられるはずです。そして、衝撃的なラストシーンが訪れます。前半一時間は眠くていいのです。とにかく最後まで見ていただきたいと思います。
 それにしても、なぜタルコフスキー作品は難解でありながらも魅力的なのでしょうか?この難問に挑戦してみたいと思います。

<アンドレイ・タルコフスキー>
 彼の作品が難解な最大の理由は彼がアメリカ人ではなくロシア人であること、そしてそのロシアから亡命した最後の芸術家であること、神の存在を否定しながらキリスト教の影響を強く受けていることなど、様々な理由が考えられます。
 アンドレイ・アルセーニエヴィッチ・タルコフスキー Andrei Arsenyevich Tarkovskyは、1932年4月4日ヴォルガ川流域のエリエヴェツ近郊のザブラジェで生まれました。彼の父親はウクライナの有名な詩人でしたが、彼がまだ小さなうちに家を出てしまい母親とともに貧しい生活をおくることになりました。(この頃の彼の思い出がもとになって撮られた作品が1975年の作品「鏡」です)父親の芸術家としての血を受け継いだ彼は作曲家を志すもののピアノを買うお金がなかったために断念。次に画家を目指して絵画に熱中するものの、今度は結核にかかり療養生活を余儀なくされてしまいます。
 その後、彼は東洋の思想にひかれ東洋語大学に入学しアラビア語を学び始めますが一年半で中退。ドロップ・アウトした彼はジャズを聴きながら女の子を追いかけるアメリカかぶれの青春時代をおくります。しかし、そんな放蕩息子を見るに見かねた母親は彼をシベリアの地質調査隊に入隊させます。一年間シベリアのタイガの森で生活した彼はロシアの雄大な自然を体感し、それが後の彼の作品に大きな影響を与えることになります。大自然の中で自らの人生を見つめ直した彼は映画作家の道へ進むことを決意。1954年にロシア国立映画大学に入学しました。実はこの時期ロシアではスターリンの死(1953年)により一時的に民主化の動きが進み、西欧の文化が国内にどっと流れ込んでいました。そんな中、彼はジャン=リュク・ゴダールらによるヌーヴェル・ヴァーグの作品群、黒澤明、溝口健二らの日本映画、フェリーニ、アントニオーニらのイタリア映画などから多大な影響を受けることになりました。

<監督デビュー>
 1960年、彼の卒業制作でもあった短編映画「ローラとバイオリン」がニューヨーク国際学生映画コンクールで第一位となります。その影響もあったのか、彼に突然本格的な映画を監督するチャンスが巡ってきます。ウラジミール・ボゴモーロフの小説「イワン」を映画化する企画で監督が突然不在になり、タルコフスキーを教えていた大学教授が彼を推薦してくれたのです。こうして、1962年、彼は初の長編映画「僕の村は戦場だった」でデビューを飾ります。そして、ヴェネチア映画祭でサンマルコ金獅子賞、サンフランシスコ国際映画祭監督賞をいきなり受賞します。デビュー作にも関わらず彼がその後もこだわり続けることになる「水」を用いた美しいシーンがこの映画で早くも登場。そこにはタルコフスキーならではの幻想的な世界がすでに見られます。幸か不幸か、途中参加だったこともあり、この映画は彼の作品としては分かりやすいものになっていて初心者が見ても楽しめる作品になっています。
 この作品で一躍その名を知られるようになったタルコフスキーは、大作「アンドレイ・ルブリョフ」の製作を開始します。映画学校時代からの友人アンドレイ・コンチャロフスキーとの共同脚本のこの作品はロシアでは有名な伝統的なイコン画家アンドレイ・ルブリョフの生涯を描いたものです。イコン画家とは、キリスト教の聖人たちやキリスト、その弟子たち、聖母マリヤなどの絵を教会や個人のために描く特殊な画家のことです。アンドレイ・ルブリョフは、タタール人の侵略やペストの流行によって混乱が続いた15世紀初頭のロシアを生き抜いた人物ですが、その宗教的な内容は共産主義国家であるソ連の政府による検閲の対象となり、5年間国内での上映が禁じられることになりました。この時から、彼と政府との表現の自由を巡る長い闘いが始まることになります。しかし、前作同様海外でのこの作品への評価は高く、1969年のカンヌ映画祭では見事国際批評家連盟賞を受賞しています。

<「ソラリスの陽のもとに」>
 3作目の作品として彼が選んだ題材が、ポーランドが生んだ偉大なSF作家スタニスワフ・レムの代表作のひとつ「ソラリスの陽のもとに」でした。レムは、この作品以外にも「エデン」、「枯草熱」、「砂漠の惑星」、それに数多くの短編SFを書いた科学的哲学的思弁小説の最高峰ともいえる特異な作家です。彼は自身の作品について、こんなふうに語っています。
「・・・宇宙は『銀河系の規模にまで拡大された地球』では決してないであろう。それは質的に新しいものである。相互理解の成立は類似というものの存在を前提とする。しかし、その類似が存在しなかったらどうなるか?・・・『ソラリス』は星の世界を目指す人類と未知の現象との出会いの一つのモデル・ケースである。・・・」
スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」あとがきより

 こうして書かれたレムの原作は、未知の惑星ソラリスを覆っている「海」に対して人類が対話を試みようといろいろな方法を用い、その中で次々に予期せぬ事件が起きるという内容です。それに対してタルコフスキーの映画版では、未知の生命体との対話によりも、「海」によって再生された研究者たち自身の隠された心とその持ち主である人間との対話が重要視されています。その中で人間自身の心の中にある「愛」、「憎しみ」、「後悔」などがあらわとなり、そこで問い直されることになるわけです。
 こうした原作との意見の違いは原作者のレムとタルコフスキーの対立を生み、二人は激しい口げんかをしたこともあったそうです。そのことに懲りたのか、彼は次作の「ストーカー」ではあえて原作者のストルガツキー兄弟と共同で脚本を書き上げています。(とはいっても、この時はストルガツキー兄弟がタルコフスキーの才能を認め大幅に妥協し、やはり原作とは大幅に違う「ストーカー」が完成しています)

<「惑星ソラリス」と「ソラリスの陽のもとに」>
 この映画のタルコフスキーは、レムの原作が宇宙ステーションだけを舞台にしているのに対し、クリスがソラリスに行くまでの地球のシーンや彼の父親のシーンなどを加えています。普通、既存の小説を映画化する場合は原作のどこを削るかで脚本家は苦労するのですが、この作品はそれとは逆に原作を主人公クリス中心に拡大することで彼の心の中をより深く描き出そうとしています。(そのため、この作品のオリジナル版は165分という長いものになっています。ただし、レム原作の宇宙ステーション部分だけを残した超短縮版もあるらしいのでご注意下さい!)
 もうひとつ重要なのは、タルコフスキーはSF映画を撮りたかったわけではないということです。芸術家であるということに強い誇りをもっていた彼にとって、SF映画はアメリカ産のB級娯楽映画でしかありませんでした。(カート・ヴォネガットが聞いたらなんというか?僕もかなりのSFファンなのでちょっとムッとしますが・・・)
 そのうえ、彼は前作「アンドレイ・ルブリョフ」の公開にあたり、政府から厳しい検閲を受け、「宗教」「政治」に関しての自由な表現がソ連ではいかに困難かを思い知りました。SF映画という表現手段は、その点、検閲をかわすのには最適だったのかもしれませんが、だからこそ彼は直接「宗教」や「政治」について語ることができないことに不満を感じていたはずです。
 こうして、SFが好きではない人間によって、SF映画が撮られたことで明らかにそれまでのSF映画とは異なる不思議な映画が生まれることになりました。彼がわざと観客を退屈させようとしたのも、「これはSF映画とは違うんだぞ」という意思表示だったのかもしれません。
 「惑星ソラリス」の撮影で日本を訪れた際にタルコフスキーと知り合い、その後長く親交をもつことになった黒澤明は彼のことをこう言ったそうです。
「タルコフスキーは、なんにも言わずに黙っている。そこに彼の将来性をみる。自分の作品を解説ばかりしているような奴に見込みはない」
 完璧主義者であり、妥協を認めないあの黒澤明が認めたのですから、彼の頑固さは折り紙つきです。
 では、それだけ「美術」にこだわる彼が表現し続けたものとは何だったのでしょう。たぶんそれは神の存在を信じない彼にとって、それに代わる存在、限りなく神に近い絶対的な何かなのだと思います。そして、それを表現するために最も有効な方法が「芸術」であり、「映画」であり、「イコン」であり、「音楽」であり、「俳句」であり、不本意ながら「SF」でもあったのでしょう。(東洋の思想に学生時代から魅かれていた彼は日本映画が好きだっただけでなく、大の俳句ファンでもあったそうです)
 彼はこうも語っています。
「・・・絶対者を認識し、定義することができるのは、ただ芸術だけだとわたしは信じている」

 さらにまたこうも語っています。
「芸術作品は、それが表現する観念がより深く埋められ、よりよく隠されているほど、より高い水準に属する」

 これで彼の作品がなぜああも難解なのかが少しは分かった気がします。しかし、彼はけっして意味なく作品の意図をわからなくしているわけではありません。彼の作品にはクリスチャンではないはずの彼がこだわるキリスト教の知識がそこここに隠されており、分析すると多くのことが明らかになるといいます。そのことは、フランス人の評論家によるタルコフスキーの評論集「タルコフスキー」(国文社)に詳しく書かれていますが、はっきりいってクリスチャンではない日本人には理解困難です。

<J・S・バッハ>
 この映画を後半一気に盛り上げる音楽は、クラシック界の巨匠J・S・バッハの名曲「オルガン小曲集第41番『主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ』」です。バッハは、オルガニストのための練習曲としてこの曲を作ったそうです。教会で讃美歌を合唱する前の前奏曲として作られた曲でもあります。
 神への呼びかけともいえるこの曲は、この映画の内容にもピタリとはまっています。

<「惑星ソラリス」以降の活躍>
 「惑星ソラリス」の後、彼は自分自身の自伝的作品「鏡」(1975年)を発表。次にまたまた不本意ながらSF小説「路傍のピクニック」を映画化。「ストーカー」(1979年)を完成させます。この作品は「惑星ソラリス」よりもさらにSFらしくないSF作品ですが、これまた非常に面白い作品です。SF的ではないのですが、こっちの方がわかりやすいかもしれません。ただし、こちらもラスト・シーンに要注意です。(SF小説のジャンル分けでいうと、異星人との接触による新人類への進化の過程を描いたものといえるでしょう)
 その後、ソ連国内では民主化が急激に進み始めます。そんな中、彼はもうSFという手法を用いることはせず、より幻想的で内省的な作品「ノスタルジア」(1983年)、「サクリファイス」(1986年)を発表。さらに、自由な活動を求めて故国ソ連を去り、フランスに亡命。いよいよ彼の名は世界の巨匠として不動の地位を確立します。彼はいよいよ撮りたい作品を撮れるようになったのです。しかし、すでに彼の人生は終わりに近づきつつありました。1986年「サクリファイス」の撮影中に彼は末期の胃がんであることがわかり、完成後に急遽入院。
 ペレストロイカを推し進めていたゴルバチョフは彼の名誉回復宣言を発表しましたが、彼にもう故国へ戻る体力は残されていませんでした。同年、12月28日、彼はパリで静かに息を引き取りました。

<芸術にこだわり続けた男>
 表現の手法は変わっても、彼は世界を救うことができるであろう絶対的な何かが存在することを信じ、それを映画によって表現しようとし試み続けました。その首尾一貫した作品への強いこだわりを21世紀の作家に求めるのは困難かもしれません。
 そして、最後に彼の作品を最もよく表わしている言葉を帰しておきたいと思います。
「わたしにとって重要なのはイメージであり、とりわけ光である。せりふは重要ではないし、登場人物も重要ではない。・・・・・わたしは言葉をほとんど用いないような映画を志向している」

 光にあふれた地上とは別のどこかへと旅立ったタルコフスキー監督のご冥福をお祈りいたします。

「惑星ソラリス SOLARIS」 1972年公開
(監)(脚)アンドレイ・タルコフスキー
(脚)フリードリッヒ・ガレンシュテイン
(原)スタニスワフ・レム
(撮)ワジーム・ユーソフ
(音)エドゥアルド・アルテミエフ
(出)ナターリヤ・ボンダルチュク、ドナータス・バイオニス、ユーリ・ヤルヴェット、ニコライ・グリニコ、アナトリー・ソロニーツィン

<あらすじ>
 海と雲に覆われた謎の惑星ソラリス。その惑星を調査するためにその軌道上に浮かぶ宇宙ステーション「プロメテウス」では数名の研究者が調査と研究を続けていました。しかし、ある日を境にプロメテウスと地球との交信が途絶えてしまいます。宇宙ステーション内部で何が起きているのかを調査するために派遣された心理学者のクリス(ドナータス・バイオニス)は、物理学者のキバリャン(ソス・サルキシャン)が自殺してしまったことを知ります。天体物理学者のサルトリウス、サイバネティック学者のスナウトは何が起きたのかを語ろうとせず、それどころか、彼ら以外にも宇宙ステーション内に誰かがいることがわかってきます。一体誰がいるのか?
 すると彼の目の前に自殺して死んだはずの彼の妻ハリー(ナターリア・ボンダルチェク)が現れます。彼女は一体何者なのか?クリスはその真相に迫って行きます。惑星ソラリスの表面を覆う海はそれ自体が巨大な知的生命体であること。そして、その生命体はその星を訪れた生命体の意識の奥底にある記憶を実体化するという驚くべき能力をもっていること。・・・・
 クリスはハリーとその惑星にどう相対するべきか悩み始めます。

<この年の映画>

メジャー各社がコングロマリット化。MGMが配給業務を停止
「ポセイドン・アドベンチャー」の大ヒットにより、パニック映画ブーム到来

「アギーレ・神の怒り」(監)(脚)ヴェルナー・ヘルツォーク(撮)トーマス・マウホ(出)クラウス・キンスキー、ヘレナ・ロホ
「キャバレーCabaret」(監)ボブ・フォッシー(編曲)ラルフ・バーンズアカデミー編曲、歌曲賞
アカデミー監督賞、主演女優賞、助演男優賞(ライザ・ミネリ、ジョエル・グレイ)受賞)
「黒い砂漠」(監)(脚)フランチェスコ・ロージ(脚)トニーノ・ヴェルラ(出)ジャン・、マリア・ボロンテ(カンヌ映画祭パルムドール受賞)
「ゲッタウェイ The Getaway」サム・ペキンパーの数少ない大ヒット作、スティーヴ・マックイーンの代表作)
ゴッド・ファーザーThe Godfather」(監)フランシス・フォード・コッポラ(音)Nino Rota (出)マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジョン・カザール
(コッポラの最高傑作はこれ、いやパート2アカデミー作品賞、主演男優賞マーロン・ブランド(拒否))
「叫びとささやき」(監)(脚)イングマル・ベルイマン(撮)スヴェン・ニクベスト(出)イングリッド・チューリン、リブ・ウルマン、ハリエット・アンデルソン
「ジュニア・ボナー 華麗なる挑戦」(監)サム・ペキンパー(脚)ジェブ・ロールブック(撮)ルシアン・バラード
「スローターハウス5」(監)ジョージ・ロイ・ヒル(原)カート・ヴォネガット・Jr.(脚)スティーブン・ゲラー(出)アイケル・サックス(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「探偵 スルース」(監)ジョセフ・L・マンキウィッツ(原)(脚)アンソニー・シェーファー(出)ローレンス・オリヴィエ、マイケル・ケイン
「バタフライはフリー Butterflies are Free」(監)ミルトン・カトセラス(出)ゴールディー・ホーン(アイリーン・ヘッカートがアカデミー助演女優賞受賞)
ビリー・ホリディ物語 Lady Sings The Blues」(監)シドニー・J・フューリー(音)Michel Legrand (ダイアナ・ロスの映画進出作、伝記映画としては評価低し)
フィルモア最後のコンサート Fillmore」(監)リチャード・へフロン(ジェファーソン・エアプレイン、グレイトフル・デッド、サンタナ、エルビン・ビショップなど)
「フェリーニのローマ」(監)(原)(脚)フェデリコ・フェリーニ(原)(脚)ベルナルディーノ・ザッポーニ(出)ピーター。ゴンザレス
カンヌ映画祭フランス映画高等技術委員会賞
「フォロー・ミーFollow Me」(監)キャロル・リード(音)John Barry (ミア・ファロー、トポルのお洒落ラブ・ストーリー)
「ブラザー・サン・シスター・ムーン」(監)(脚)フランコ・ゼフィレッリ(脚)スオゾ・チェキ・ザミーコほか(音)ドノバン(出)グレアム・フォークナー
「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(監)(原)(脚)ルイス・ブニュエル(原)(脚)ジャン=クロード・カリエール(出)フェルナンド・レイ、デルフィーヌ・セイリング
「ポセイドン・アドヴェンチャーThe Poseidon Adventure」(監)ロナルド・ニーム(出)ジーン・ハックマン、シェリー・ウィンタース、ロバート・アルドリッチ
(音)John Williams アカデミー歌曲賞(「モーニング・アフター」キャロル・リンレー歌、パニック映画超大作)
「夕なぎ Cezar et Rosalie」(監)クロード・ソーテ(音)Philippe Sarde (イブ・モンタン、ロミー・シュナイダーの大人のラブストーリー)
「ライム・ライトLimelight」(監)(音)チャーリー・チャップリン アカデミー作曲賞(1952年の作品、リバイバルで受賞はこれだけ?)
「ラスト・タンゴ・イン・パリ」(監)(脚)ベルナルド・ベルトルッチ(脚)フランコ・アルカッリ(出)マーロン・ブランド、マリア・シュナイダー
「リトアニアへの旅の追憶 REMINISCENCES OF A JOURNEY TO LITHUANIA」(監)(撮)(出)ジョナス・メカス(ドキュメンタリー映画)
「ルードウィヒ 神々の黄昏」(監)(原)(脚)ルキノ・ヴィスコンティ(脚)エンリコ・メディオーリ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ(撮)アルマンド・ナンヌッツィ
(出)ヘルムート・バーガー、ロミー・シュナイダー、トレヴァー・ハワード(日本公開は1980年)
「労働者階級は天国に入る」(監)エリオ・ベトリ(カンヌ映画祭パルムドール受賞)
「惑星ソラリス」(監)(脚)アンドレイ・タルコフスキー(原)スタニスワフ・レム(脚)フリードリヒ・ガレンシュタイン(出)ナタリア・ボンダルチュク(カンヌ映画祭グランプリ受賞)

「一条さゆり 濡れた欲情」(監)(脚)神代辰巳(企)三浦朗(撮)姫田真左久(出)一条さゆり、白川和子、伊佐山ひろ子、高橋明
「男はつらいよ 柴又慕情」(監)(原)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)朝間義隆(出)渥美清、倍賞千恵子、吉永小百合
「軍旗はためく下に」(監)深作欣司(原)結城昌治(脚)新藤兼人(音)林光(出)丹波哲郎、三谷昇、左幸子
「忍ぶ川」(監)(脚)熊井啓(原)三浦哲郎(脚)長谷部慶次(撮)黒田清己(出)栗原小巻、加藤剛、永田靖、滝花久子
「白い指の戯れ」(監)(脚)村川透(脚)神代辰巳(企)三浦朗(撮)姫田真左久(出)荒木一郎、伊佐山ひろ子、谷本一
「旅の重さ」(監)斉藤耕一(原)素九鬼子(脚)石森史郎(製)上村務(音)吉田拓郎(出)高橋洋子、岸田今日子、高橋悦史、三国連太郎
「故郷」(監)(原)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)宮崎晃(出)井川比佐志、倍賞千恵子、渥美清、笠智衆
「約束」(監)斉藤耕一(脚)石森史郎(製)斉藤節子、樋口清(撮)坂本典隆(出)岸恵子、萩原健一、南美江

市川崑 演出のテレビ・ドラマ「木枯らし紋次郎」スタート、大ヒットとなる(出)中村敦夫(映画版は菅原文太)
「ビバ!チャップリン」のキャッチ・コピーでチャップリン映画のリバイバルが始まりブームとなる
「刑事コロンボ」(出)ピーター・フォークのヒット・シリーズがスタートし大人気となる

<この年の出来事>

生物兵器禁止条約調印
海洋汚染防止条約調印
ストックホルムで開催された国連人間環境会議で人間環境宣言発表
<アメリカ>
ニクソン米国大統領、中国訪問
米ソがSALTに調印
ウォーターゲート事件発覚
<ヨーロッパ>
ミュンヘン・オリンピックでアラブ・ゲリラによるテロ事件発生
イギリスが北アイルランドの直轄統治を発表
<アフリカ>
モザンビークで大虐殺
タンザニア・ウガンダ紛争
ケニアで250万年前の最古の人骨発見される
<アジア>
バングラディッシュが独立を宣言
北ヴェトナム軍が全面攻勢、和平会談再開
金日成国家主席に就任(朝鮮民主主義人民共和国)
<日本>
日本赤軍による浅間山荘事件発生
田中角栄新首相訪中、日中国交正常化実現
横井庄一軍曹、グアム島で発見される
沖縄が日本復帰
札幌オリンピックのジャンプ競技で、日本がメダルを独占
飛鳥高松塚古墳の壁画発見
「ピア」創刊

<芸術、文化、商品関連>
「G」ジョン・バージャー著(ブッカー賞受賞)
「ジャッカルの日」フレデリック・フォーサイス著(エドガー賞)
UNESCO世界遺産条約採択
ポラロイド「SX70システム」開発
ブルーリボン・スポーツ社がナイキと社名変更
日本を代表する文化となる「カラオケ」が誕生する
ポッカコーヒー世界初のホット・コールド兼用自動販売機登場
<音楽関連(海外)>
スタックス・レコードが黒人解放を訴える巨大イベント「ワッツ・タックス」開催
ローリング・ストーンズの北米ツアーが行われ、大型スタジアムを使用したコンサート・ツアーの先駆けとなる
ウィリー・ネルソンが本拠地をオースティンに移し、レッドネック・ロックの中心地になる
黒人スタッフによる劇場用映画「シャフト」公開、テーマが大ヒット
ニューオーリンズ・ブームの中心人物アラン・トゥーサンがスタジオを設立
レゲエ・ブームのきっかけとなったジャマイカ映画「ハーダー・ゼイ・カム」(監督ペリー・ヘンゼル)公開
ポール・サイモン、ジャマイカで「母と子の絆」録音
ワーナー・レコードのプロモーション・アルバム「ホット・メニュー’73」発売
<音楽関連(国内)>
頭脳警察」、過激な内容のファースト、セカンド・アルバムともに発売禁止

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