「星々の生まれるところ Specimen Days」

- マイケル・カニンガム Michael Cunningham -

<「めぐり逢う時間たち」の新たな展開>
 映画化もされ大ヒットした1998年の小説「めぐり逢う時間たち」によって一躍アメリカ文学界のトップに仲間入りしたマイケル・カニンガム、彼は2005年に発表したのがこの小説です。この作品も「めぐり逢う時間たち」と同じように3部構成になっていて、時間と場所が異なる世界を描きながら、その三つにつながりをもたせることで、独自の世界を生み出しています。
 もうひとつ、「めぐり逢う時間たち」で共通するテーマとして用いられていたバージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」に代わり、この作品ではアメリカを代表する詩人ウォルト・ホイットマンの「草の葉」からの詩が重要な役目を果たしています。この構成は、悪く取れば「二匹目のドジョウ」を狙ったと言われかねません。ただし、この作品で描かれる世界は前作に比べよりスケールが大きくなっています。
 「めぐり逢う時間たち」では、「過去」と「現在」に生きる女性たちの生き方がテーマとして描かれていました。それに対し、この作品では「過去」「現在」そして「未来」を描くことで、「人類の向かう先」を描いているといえます。

<「機会の中」>
 一編目の「機会の中」は、19世紀末のニューヨークの街に生きた不思議な能力をもつ少年と彼をめぐる悲惨な出来事を描いたサスペンス・ホラー作品です。「予知」というよりは「幻視」と呼ぶべき少年の眼に映る世界は、読者をも「少年の目から見た不気味な世界」へと引き込んでしまい、ちょっとした眩暈を起こさせるかもしれません。時代的にも雰囲気的にもティム・バートンかマーティン・スコセッシに監督してもらいたお話です。

<「少年十字軍」>
 二編目の「少年十字軍」は一転して、舞台は現代に移り、少年たちによる自爆テロ事件を描いています。犯人らしき少年からの電話を受けた女性捜査官による追跡と捜査、そして犯人との逃亡を描いた社会派サスペンス作品です。9・11後のニューヨークを舞台にしたことで、現在のアメリカが抱える危機的状況を描き出していますが、謎解きサスペンス・ドラマとしても十分に読み応えがあります。
 ラストに主人公の女性捜査官が犯人でもある少年とともに逃げる場面は、近未来SFの歴史的名作「ブレード・ランナー」のラスト・シーンのようでもあり「ターミネーター」のラスト・シーンのようでもあります。となれば、この部分はリドリー・スコットかデヴィッド・フィンチャーに監督していただきたいと思います。

<「美しさのような」>
 三編目の「美しさのような」は、完全なSF作品です。それも人類の滅亡を逃れて、人類にとって生存可能な量へと旅立つという、SF小説においてはある種古典的な物語です。出発の日に選ばれし者たちが集まるという展開はまさに「ノアの箱舟」のSF版でもあります。昔からSFを読んできた者としては、このお話は正直物足りない気もします。とはいえ、この本核的SF部分はやはりスティーブン・スピルバーグに監督してもらいたいです。

<「Specimen Days」>
 この本の原題「Specimen Days」となっています。その元となっているのは、ホイットマンの日記「Specimen Days and Collect」のようです。ここで使われている「Specimen」とは、辞書によると「見本」、「実例」となっています。ただし、「What A Specimen !」というと、「変な奴!」という意味にもなるそうです。さらにいうと、「Specimen」は「Spacemen」(宇宙飛行士)とかけているのではないでしょうか。
 原題を強引に直訳するとしたら、ニューヨークの街で起きた出来事をいくつかの共通する人や物によって選び出した「実例としての日々」といった感じになるのでしょうか?そして、そこで共通する存在として登場するのが・・・サイモン、キャサリン、ルーカス、ホイットマン、それとガイヤと彼女が所有する鉢です。

<サイモン>
 サイモンは、人類の未来を象徴する存在であるルーカスを見守り、時に手助けをする存在だともいえるでしょう。
 彼は「機械の中で」では主人公ルーカスの死んだ兄として登場。「少年十字軍」では主人公キャット(キャサリン)の恋人。そして「美しさのような」では主人公でもある人造人間として描かれています。

<キャサリン>
 キャサリンは、ルーカスにとって母親であり聖母として、彼を愛し救うために自らの命を犠牲にもします。
 彼女は、「機械の中」では主人公ルーカスが憧れる兄の婚約者。「少年十字軍」では、主人公の捜査官キャット。そして、「美しさのような」では、主人公サイモンが愛する異星人カタリーンとしてそれぞれ重要な役です。

<ルーカス>
 少年ルーカスは未来へと人類の生命をつなぐ大切な存在です。
 彼は「機械の中」では、幻視の能力者であり、ホイットマンの詩を語る醜い少年として主役を演じています。「少年十字軍」では、キャットに助けられ、二人で逃亡の旅に出る爆弾テログループのメンバー。そして「美しさのような」では、主人公のサイモンとともに旅をする奇形の少年であると同時に、人類の命を伝える存在として宇宙へと向かう存在となります。
 ルーカスという名前のせいか、このお話からジョージ・ルーカス監督の「スター・ウォーズ」の3人の登場人物を思い出してしまいます。(ルーク、ハン・ソロ、レイア姫)

<謎の鉢>
 「機械の中」でルーカスがキャサリンにプレゼントするために買った白く輝く美しい「謎の鉢」は、その後キャサリンによってガイヤ百貨店にもどされ、「少年十字軍」では、キャットがそれをサイモンにプレゼントするために再びガイヤ百貨店で購入します。そして、「美しさのような」では、旅の目的デンヴァーの顔役ガイヤおばさんが再び所有しており、それをルーカスが購入し宇宙へと持って行くことになります。

<マイケル・カニンガムとウォルト・ホイットマン>
 著者のマイケル・カニンガム Michael Cunninghamは、1952年オハイオ州シンシナティ生まれで、スタンフォード大学では英文学を専攻し、アイオワ大学で修士号をとっています。文学についての奥深い知識は、そのまま彼の小説に生かされ、その何層にもわたる重層的な構造を支える基礎となっています。
 彼の作品のもつちょっと重い雰囲気はイギリスの作家カズオ・イシグロやピーター・アクロイドらと共通するのですが、そうしたイギリス文学以上に彼に大きな影響を与えたのが、この小説のテーマともなっている詩の作者ウォルト・ホイットマンです。

「おそれるな、おお、詩神(ミューズ)よ!たしかに新しい習俗と日々があなたを迎え、取り巻く。
 正直に言うが、ここにいるのは新しくて奇妙な、奇妙な人種だ。
 しかし、それでもやはり昔と変わらぬ人間の種族、内側も外側も同じで、
 顔も心も、気持ちも同じ、憧れも同じ、
 愛も、美も実用も昔と変わらぬ人々なのだから。」

ウォルト・ホイットマン

 冒頭に置かれたこのホイットマンの詩を読後に読み返すと、実に見事に小説全体を表していることに驚かされます。アメリカが生んだ初の幻視詩人とも言われるウォルト・ホイットマンの作品は日本ではそれほど知られていないかもしれません。しかし、ボブ・ディランのようなビート詩人のファンだった彼はある時、ホイットマンの詩のもつ魅力に気づきその後は彼の詩の虜になったといいます。ボブ・ディランのルーツがウディ・ガスリーなら、さらに彼のルーツには位置するのがホイットマンなのです。 
 この小説の中には、パンク発祥のクラブとして有名な「CBGB’s」やブルース・スプリングスティーン、シド・ヴィシャス、キース・リチャーズ、モリッシーなど、本物のロック・ミュージシャンたちの名前が数多く登場します。著者がかなりのロック・ファンなのは間違いありません。そんな著者がロックのルーツをたどった先にもしかするとホイットマンがいたのかもしれません。
 純文学の香りが高かった「めぐり逢う時間たち」に比べ、本作はまた別の彼の一面が生かされたより自由な作品だったといえると思います。純文学、SF、サスペンスなどジャンルの壁をまたいだ分、評価は割れてしまったかもしれませんが、それはしかたないことでしょう。

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