- スティーブン・キング Stephen King -

<僕の偉大なる師匠>
 僕にとって、文章を書く際の心の師匠のような存在です。特にこのサイトを立ち上げて間もなくの頃に読んだ彼の自伝的文章論集「小説作法 On Wrighting - A Memoir of the Craft -」からは、文章の書き方について多くのことを学ばせてもらいました。その後さっそく僕は既存のページをすべて読み直し、書き直しを行いました。(今また見直したい気分です)
 以前から、彼は自らの作品について、飛行機で旅をする2,3時間の暇つぶしになればそれで十分と言っています。自分は、ヘミングウェイやディケンズ、フォークナーのような天才作家とは違い、好きなホラー・ストーリーをこつこつと書いているだけなのだと言っています。なるほど確かにその通りかもしれません。しかし、彼の文章論を読んで、改めて僕は彼の偉大さに気づかされました。彼ほど自分を飾らない謙虚な人も珍しいのですが、彼の書く文章はそれ以上に飾りのない謙虚でシンプルな文章です。しかし、いざ彼の語る物語が動き出すと、その語り口のシンプルさによって書き手の存在は見事にかき消されてしまい、読者はごく自然に物語の世界に引き込まれてしまうのです。これこそ、最高の仕掛けなのかもしれません。
 彼は子供の頃からいろいろな作家の文体を真似てきたそうですが、それら数多くの文体の中から彼自身が選び取ったのが、余計な飾りを排除した今のスタイルだったのです。

<貧しくても豊かな家庭生活>
 スティーブン・キングは、1947年メイン州のポートランドで生まれました。彼が2歳の時、父親が借金を残して家を出てしまい、母親によって兄と共に育てられました。食べて行くので精一杯の貧しい生活でしたが、母親のネリー・ルース・ピルズベリー・キングの愛情は二人の兄弟に大きな影響を与えたようです。
「自分で書きなさいスティーヴィー。『コンバット・ケーシー』のマンガなんてつまらないわ。ケーシーはいつも乱暴をして人を痛い目に遭わせるばかりでしょう。もっと面白いことがあるはずよ。自分で書きなさい」
 大好きなコミックを書き写した彼の本を見て、彼の母親はこういったそうです。この言葉こそ、スティーブン・キングの原点でした。
 子供の頃夢みていたコンサート・ピアニストになることはもちろん、幸福な結婚生活の夢さえ破れてしまった彼の母親でしたが、二人の子供たちに対して辛く当たるようなこともなく、かえって愛情を込めて育てあげました。
 どうやらスティーブンが作り上げることになる悪夢の世界は、幸いなことに子供時代のトラウマに基づくものでもなく、いじめの経験から生まれたものでもなかったようです。それはあくまでも空想を基に作り上げられたものであり、麻薬や宗教、超能力などの体験から生まれたものでもありませんでした。(アルコールの助けは多少あったかもしれませんが、・・・どちらかと言えば、それは障害になったと言うべきでしょう)

<SF・ホラー小説とテレビ>
 彼の作品に最も大きな影響を与えたのは、子供時代に熱中したSFやホラー小説だったようです。彼の家は、余所よりも貧しかったため、居間にテレビが登場したのは彼が10歳を過ぎてからだったそうです。このことは、彼を読書に集中させる上で大きな意味を持ちました。彼は自らを本で育った最後の世代と称しています。

<素敵な相棒、タビサ・キング>
 そして、もう一人彼にとって最も大切な存在は、無名時代から苦労をともにしてきた愛妻のタビサ・キングです。今や彼女は彼と同業の小説家としても活躍しているのですが、彼の作品すべてに目を通し、批評してきた最高の編集者でもある彼女なくして彼の成功はなかったかもしれません。
 彼の出世作「キャリー」の原稿を彼女がゴミ箱から拾い上げ、その続きを彼に書かせなければ、未だに彼は無名のままだったかもしれないのです。

<下積みの苦労>
 彼もまた多くの作家と同様、長い下積み生活を送っています。おまけに彼はタビサと学生時代に結婚しており、すぐに二人の子持ちになってしまったため、生活は常に苦しいものでした。とは言え、こうした苦労話は彼のような小説家に限らず、あらゆるアーティストにとって共通するもので、それほど珍しいことではないかもしれません。彼はこの点でも、けっして他の作家たちに比べて異なる人生を歩んできたわけではなさそうです。

<偉大なる創造力の翼>
 ではいったいなぜ、彼は20世紀を代表する小説家と言われる存在になり得たのでしょうか?
 ひとつには、彼の持つ「創造力の翼」が誰よりも大きく力強かったことがあげられるでしょう。さらに彼がこの創造力の翼を有効に使うために必要な膨大な記憶の貯蔵庫をもっていたこともまた重要です。例えば、彼の出世作「キャリー」のアイデアは、ほんのちょっとしたきっかけから生まれました。彼は学生時代にバイトで高校の守衛の仕事をしていたのですが、ある日女子のシャワー・ルームに入った彼はそこで男子のシャワー・ルームにはないあるものを目にします。さて、それはなんでしょう?正解は、生理用品を入れるブリキの箱でした。
 その瞬間彼の脳裏には「キャリー」の有名なシーン、シャワー・ルームで突然生理になった主人公が恐怖と恥ずかしさのために我を忘れてしまう姿が現れたのです。しかし、彼がこの場面を思い出し、小説「キャリー」を書き始めることになったのは、それから何年もたってからでした。その記憶は、彼の記憶の貯蔵庫に収められ、小説化される機会を待っていたのです。こうして、ささいな出来事をきっかけに「創造力の翼」によって、ひとつの大きな物語を作り上げて行く力、これこそがキングのキングたる所以なのです。

<ロック世代の小説家>
 ところで、僕が最初にスティーブン・キングを好きになった理由は、彼のロック世代的感覚に親しみを憶えたからでした。今でもメタリカやラモーンズを大音響でかけながら作品を書き、作家仲間とバンドを組んでセミ・プロ並みのリズム・ギターを弾くという彼。
 彼の初期の作品「ファイヤー・スターター」(映画化タイトル「炎の少女チャーリー」今やチャーリーズ・エンジャルズとなったドリュー・バリモアのデビュー作)は、超能力を持っていたために、政府の研究組織に追われることになった少女の悲劇を描いたものでしたが、そのラスト・シーンで、主人公が最後の望みをかけて逃げ込んだ避難場所は、なんとロック雑誌「ローリング・ストーン」の編集部でした!
 2003年のイラク戦争開戦時、彼はアメリカの戦争行為に反対し、反戦を訴える作家たちのグループに参加。反戦集会にも参加しています。
 そんな彼は自分たちが属する世代(日本で言えば『全共闘世代』)のことをこうも言っています。
「同世代のことをあまり悪く言いたくはないが、みすみす世界を変える機会がありながら、ホーム・ショッピング・ネットワークを選んだ我々は、到底自慢できるものではない。・・・」
なるほど・・・。

<アルコール中毒との闘い>
 1970年代から1980年代にかけて、彼はアルコール中毒と薬物中毒、その両方でボロボロになっていました。そんな状況の中、1975年に彼は「シャイニング」を書いたのですが、当時彼はよもや自分が「シャイニング」の主人公と同じアルコール中毒であるとは、考えてもいなかったといいます。
 その後、彼は自分の異常さに気づき、さらに妻のタビサに治療しなければ家を出ると宣告されたことで、ついにアルコールを断つ決断をしたと言います。こうして、彼が断酒と断薬?という苦行に挑んでいる最も苦しい時期に書かれた小説が、後に映画化もされた作品「クージョ」でした。彼自身この作品は気に入っているそうですが、この作品を書いているときの記憶は彼の頭からすっぽりと抜け落ちているそうです。そんなひどい状況でもなお、小説を書こうとする彼の強い意志、これもまた彼の凄さの原因かもしれません。

<文章の極意>
 さて、最後に文章を書くための極意についてキング語録を少々書き出しておきます。他にもまだまだありますので、是非「小説作法」をお読みください。
「存分に力を発揮して文章を書くためには、自分で道具箱をそろえて、それを持ち運ぶ筋肉を鍛えることである。・・・」

「まずは『知っていることを書け』を可能な限り広く、かつ包括的に解釈することから取りかかればいい。・・・」

「私の場合、短編であれ、長編であれ、小説の要素は三つである。話しをA地点からB地点、そして、大団円のZ地点へ運ぶ叙述。読書に実感を与える描写。登場人物を血の通った存在にする会話。この三つで小説は成り立っている。・・・」

「・・・構想など考えたこともない。・・・作品は自律的に成長するというのが私の基本的な考えである。・・・」

「文章は飽くまでも血のにじむような一語一語の積み重ねである。書き手が自分知っていることを粗末に扱い、心を偽れば、世界は描くそばから崩壊する。・・・」

「描写は作者の想像に発して読者の印象に帰結すべきものである。その点、文芸家は映画作者よりもはるかに恵まれている。・・・」

「・・・二稿の担う働きは二つ、シンボリズムの増幅と主題の補強である。・・・」

「・・・疑問や主題の論議から小説を書き起こすのは本末転倒である。優れた小説は必ず、物語にはじまって主題にたどり着く。・・・」

「・・・人はもっと自信を持って良い。きっと、自分が何を書きたいかよく心得て、能動態を使った力強い文章が書けることだろう。現に文体も上出来で『彼は言った』と書けば、その話しぶりが早口か、訥弁か、嬉しげか、悲しげか、きちんと伝わっているのではなかろうか。・・・文章の極意は、不安と気取りを捨てることにある。・・・」

「それまでの文章で、充分にその感情が説明されているとすれば『ばたんと』は余計だろう。冗長とはこれを言う。・・・」

<締めのお言葉>
「人は誰でも文章を書くことができるし、また書くべきである。一歩踏み出す勇気があれば、きっと書く。文章には不思議な力がある。あらゆる分野の芸術と同様、文章は命の水である。命の水に値段はない。飲み放題である。心ゆくまで、存分に飲めばいい」

スティーブン・キング

<代表作>
キャリー Carrie」(1974年)映画は名女優シシー・スペイセクの出世作
シャイニング The Shining」(1977年)キューブリック&ニコルソンの傑作映画
スタンド The Stand」(1978年)テレビ・ドラマ化
デッド・ゾーン Dead Zone」(1979年)予言者の悲劇、映画も名作
ファイヤー・スターター Firestarter」(1980年)映画はドリュー・バリモアのデビュー作
クージョ Cujo」(1981年)狂犬病の犬に母と子が襲われるお話。映画化
イット It」(1986年)少年と悪魔との闘い。テレビ・ドラマ化作も見応え有り
ミザリー Misery」(1990年)映画のキャシー・ベイツが怖かった
トミーノッカーズ The Tommyknockers」(1987年)テレビ化
グリーン・マイル The Green Mile」(1996年)
ドクター・スリープ Doctor Sleep」(2013年)
<さらに締めのお言葉>
「とかく見逃されがちなことだけれど、怪奇小説においていちばん大事な要素は、それがどれだけ読者を怖がらせるかということではない。ただ単に怖がらせるだけなら、ちょっと腕の良いストーリー・テラーなら誰だってそれぐらいのものは書ける。問題はそれがどれだけ読者を不安(Uneasy)にさせられるかというところにある。UneasyでありながらUncomfortable(不快)ではないというのが良質の怪奇小説の条件である。これはなかなかむずかしい条件だ。
 そのような条件をみたすためには、作家は『自分にとっての恐怖とは何か?』ということをしっかりと把握しておかねばならない。・・・」
村上春樹著「スティーブン・キングの絶望と愛 - 良質の恐怖表現」

「スティーブン・キングの考える恐怖の質とはひとことで言ってしまうなら『絶望』である」
村上春樹著「スティーブン・キングの絶望と愛 - 良質の恐怖表現」

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