復讐に燃えるアメリカにより繰り返された過ち

「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」

第6回 「アメリカ不信の2000s」

<20世紀の終わり>
 世界的に話題となったコンピューターの「2000年問題」は何事もなくすみ、2000年は平和のうちに始まりました。
 2月13日、20世紀の後半のアメリカを描き続けた漫画「ピーナッツ」の連載が著者チャールズ・M・シュルツの死去により終了。
 11月には、国際宇宙ステーションでの長期滞在が始り、アメリカとロシアによる共同研究という20世紀中にはあり得なかった国際協力が実現しました。
 しかし、21世紀が本当の意味で始まったのは、翌2001年9月11日からと考えるべきでしょう。

<第1章 報復 Payback>
 アメリカの歴史だけでなく21世紀の世界を大きく変えることになった同時多発テロ事件は、その日を境に世界を一変させることになりました。アメリカは、一時的とはいえ国内の分断を忘れ、報復のために一丸となります。
 テロ事件の主犯とされたウサマ・ヴィン・ラディンが逃亡したとされたアフガニスタンへの空爆が10月に始まりましたが、その攻撃については当初から疑問の声があがっていました。
 この年公開のリドリー・スコット監督作「ブラック・ホーク・ダウン」は、1993年に起きたソマリア内戦に介入したアメリカ軍のヘリコプターが市街地に墜落し、市民ゲリラから総攻撃を受けた事件を描いています。アフリカ人にとって、アメリカ兵は救世主とはほど遠い存在だったのです。
 しかし、この映画のアメリカ兵が襲いかかってくるゲリラをなぎ倒す映像は、まるでゾンビ映画のようにも見えます。そのため、アフリカ人への差別意識が露骨に表現されているとして批判の対象になりました。
それに対し、リドリー・スコットはこう話しています。

(原作は)一流のジャーナリストによる正確な描写だ。私がしたのは事実に固執することだけ。
 その結果、反戦かつ戦争賛成映画になった。


 ただし、製作者のジェリー・ブラッカイマーは、この作品について異なる見解を語っていました。

 身近な人、愛する人、そういう人たちが戦地へ行った。
 勇気を持って戦うことの意味。
 危険と分かっていても戦うことの必要性をアメリカ国民は選んだ。
 映画を観て泣いた女性は多かったです。


 ハリウッドでも有名な共和党支持者のブラッカイマーは、この映画以外に「アルマゲドン」「トップガン」「パールハーバー」など、愛国的映画のヒット作を製作し続けています。そこにはアメリカ軍の海外活動を正当化しようとする意思が働いていたのかもしれません。
 ただし、アメリカはソ連や中国のようなあからさまな国家ぐるみのプロパガンダ映画を作って来ませんでした。製作側は、大衆のニーズから戦争を意識した映画を撮り、それがヒットしてきただけとも言えます。基本的にプロパガンダとはほど遠い意識で映画を撮ったことで、「トップ・ガン」等の映画はアメリカ以外でも世界中でヒットしたと言えます。ある意味それは無自覚の勝利でした。
 2001年に放送がスタートし、2010年まで延々とシリーズが続くことになる「24Twenty Four」は、アメリカの同時代を素早く映し出すことで世界的な大ヒットとなりました。

<第2章 疑心 Suspicion>
 アメリカは何のために戦っているのか?
 同時多発テロ事件以降、アメリカが行ってきたアフガニスタンへの攻撃は意味があったのか?
 多くのアメリカ人が疑問を感じ始めていた中、ダグ・リーマン監督の「ボーン・アイデンティティー」(2002年)が公開され、シリーズ化されるほどの大ヒットとなりました。

(この作品は)外国に対するアメリカの行動への国民の戸惑い、もっと言えばアメリカ軍に対して多くの人々が幻滅していることの表われです。
 いつの間にか理由も分からず海外で暴力を振るっているのは何のためなのか?
 ジェイソン・ボーンという特殊工作員は、アメリカの軍隊を背負い象徴する存在として、自らのアイデンティティーを探して迷走することになりました。

アリソン・ウィルモア(映画評論家)

 このシリーズはこの後、監督をポール・グリーングラスに代わって、「ボーン・スプレマシー」(2004年)「ボーン・アルティメイタム」(2007年)が製作され、主人公ジェイソン・ボーンの正体が明らかにされます。
 かつて007ことジェームズ・ボンドは、明確な目的のもと自らの意志で悩むことなく任務を実行していました。それに対してジェイソン・ボーン(名前から似ています!)は、何のための任務かもわからず、自分が何者かすらわかりません。その状況は実は当時海外に送られていたアメリカの兵士たちの多くが抱いていた気持ちでもあったのです。

<第3章 崩壊 Callapse>
 21世紀のアメリカは、デジタル技術の発展によって恩恵を受ける者と、そうでない者の格差が明確になった時代でもありました。
 非大卒の白人(ブルーカラー)の死亡率は、1995年から2015年の間に4倍増に達しています。その原因の多くは、自殺、アルコールや薬物への依存が原因です。かつてアメリカ経済を支えた人々が将来への不安から自らを死に追いやる「絶望死」が急増した時代となりました。
 当然ながら、黒人低所得者層はさらに厳しい状況に置かれることになり、2005年8月にアメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」によるニューオーリンズでの悲劇はその象徴的事件でした。街に壊滅的な被害をもたらしたハリケーンで被災したのは、街の低地に住む黒人たちで、そうなることは予測されていました。しかし、ブッシュ政権による災害対策予算の大幅な削減により、街へ救助の手が差し伸べられるのが大幅に遅れ、それが被害を拡大されたことが明らかになっています。
 クリント・イーストウッド監督の「ミリオン・ダラー・ベイビー」(2004年)は、そうした低所得者層から這い上がろうとボクシングの道を選んだ女性の物語でした。しかし、彼女はその途中でアクシデントによって再起不能の身体になってしまいます。家族までもが、彼女を救うどころか遺産を奪い取ろうとします。悲しみの中、彼女は自ら死を選択し、唯一の信頼できるトレーナーに生命維持装置を外すよう頼みます。あまりにも救いのないストーリーですが、それでも彼女にとって命を託せる人物がいたことだけは幸いなことでした。
 評論家のジョナサン・ローゼンバウムは、この映画から感じたことをこう語っています。

人はそれぞれ自分なりの道徳観を作れるのだということ。
人は成長して自分なりの家族を作れるのだということ。
つまり自分が生まれる家族は選べませんが、どんな家族を作るかは決められるのです。


 アメリカという多人種、多民族、多宗教で歴史の浅い自由の国は、国家意識や家族意識がまだまだ薄いため、国家も社会も家族も簡単に崩壊しかねないということなのです。そして、このことは21世紀の日本にもそのまま当てはまりそうです。

<第4章 中和 Counteraction>
 2004年マサチューセッツ州で同性婚がアメリカで初めて合法化されました。同様の動きは、他の州にも広がりますが、そうした流れに反発するキリスト教右派などを支持母体とする共和党は、2004年の大統領選挙で勝利を収め、ブッシュ政権が誕生しました。これにより、政治の舞台では同性婚を認めない流れが主流となってしまいました。しかし、そうした政界の流れに反発するかのような同性愛を美しくそして悲しく描いた映画が世界的なヒットなり、LGBT映画に新たな時代をもたらしました。
 自らも同性愛者であることをカミングアウトしているアン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」(2005年)は、同性愛とは対極に位置する存在に思えるカウボーイの世界を背景に二人の男の許されない愛の顛末を描いた傑作です。それはかつて製作された男女の許されない恋を描いた名作映画と同じように世界中のファンを魅了。声高なプロパガンダ映画では不可能だった同性愛者への理解を広めることに成功しました。

他者に対して寛容であること。
あるいは自分の未知の領域に関しても、オープンでいられるか否か。
そして内なる”恥”の部分とどう向き合うか。
この映画で動揺してしまうのは、別に悪いことだとは思わないけど。
でもイニスとジャックの情熱を受け止められる正直さと勇気は持ってほしい。

アン・リー

<第5章 自省 Introspection>
 「ゲーム・ウォー」とも呼ばれた「湾岸戦争」に従軍した一人の兵士の視点から戦争映画の異色作が生まれました。サム・メンデス監督のジャー・ヘッド(2005年)は、厳しい軍事訓練を受け、自分を殺人マシーンへと改造し戦場へ向かった兵士が主人公。ところが、彼は湾岸戦争の現地について延々と監視を続けるばかりで、戦闘の機会が訪れません。淡々とした日々が繰り返されているうちに任期を終えて帰国することになってしまいます。これもまた戦場にリアルを描いた作品でした。

”戦争映画を観に行く”となると、やっぱりみんな期待するよね。戦闘シーンのスリルを。
でもこれは”戦闘映画”ではなく”戦争についての映画”で戦闘を捏造することは出来ない。
残念ながら戦闘シーンで映画をこれ以上面白くすることは出来ないんだよ。
・・・・・
ただ僕にとって最高の戦争映画は戦争のむなしさを語ったものなんだ。
その点、あの第一次湾岸戦争ほどむなしい戦争はなかったと思うし・・・。

サム・メンデス

 考えてみると、21世紀の戦争の仕方は、20世紀の戦争の仕方とは大きく変化しています。もう昔の戦争映画のような男と男の正々堂々たる戦いやスポーツのような頭脳戦などは存在しません。当然、現代の戦争映画が過去の戦争映画のような作品になるわけはないのです。
 アメリカ国民の多くが自国の海外での戦争に疑問を感じ始めていた2004年、アメリカ軍のアブグレイブ刑務所における捕虜への違法な暴行が映像の流失によって発覚します。無抵抗の捕虜たちに行われた差別的で異常な暴力は世界中に衝撃を与え、アメリカ軍の倫理観が疑われることになりました。
 2006年には、イラクの独裁者サダム・フセインの死刑が執行され、イラク戦争は区切りを迎えました。
 しかし、アメリカ国民の間には、まだ9・11の記憶が生々しく残っていて、ポール・グリーングラス監督の映画ユナイテッド93(2006年)では、同時多発テロ事件で唯一高層ビルへの衝突を回避し、墜落した飛行機の中で何が起きていたのかが再現されました。
 アメリカ国民の中でもまだ事件の衝撃は消えておらず、多くの人がその意味について考え続けていました。

<第6章 悪夢 Nightmare>
 2008年9月、低所得者層が住宅を購入するために利用していた「サブプライム・ローン」が焦げ付き、それを扱っていた証券会社大手のリーマン・ブラザースが経営破綻に追い込まれました。不動産バブルがはじけたことで、アメリカを中心に「リーマン・ショック」と呼ばれる大不況が始まることになりました。
 アメリカ中で失業者が急増し、家を失う人が続出しましたが、アメリカ政府は銀行などの大手企業の救済は行うものの、貧困者に対する救済措置は何もありませんでした。自由の国アメリカは、いつの間にか弱者を切り捨てる「冷たい国」に変容していたのでした。
 そんな「冷たい国」アメリカを象徴するような恐るべき冷酷な殺人犯を主人公とした映画「ノーカントリー」(2007年)は、ジョエル&イーサン・コーエンの最高傑作とも言われる作品です。主人公の殺人犯を演じたハビエル・バルデムは、二人の監督についてこう語っています。

 彼らは常にどんなことに対しても滑稽な面を見ようとする。悲劇的なシーンであっても、それをただ悲しいと描くのではなく、人間が持っている滑稽な面も含めて悲劇を見ようとするんだ・・・この映画で描かれる暴力と恐怖も善し悪しにかかわらず人間の力を超えた運命と宿命として描かれていると思うよ。

 9・11の悪夢をまったく異なるスタイルである「怪獣映画」として映像化した異色作も大ヒットしています。その作品マット・リーヴス監督のクローバー・フィールド/HAKAISHA(2008年)は、徹底して被害者目線によって怪獣による攻撃を描いた異色の作品です。ある意味、その映画の主役は「怪獣」ではなく、怪獣によってもたらされた「被害・攻撃」だったと言えます。この映画の製作者として成功し、その後、「スター・ウォーズ」新シリーズの監督を任されることになったJ・J・エイブラムスはこう語っています。

 この映画の目的は、得体のしれない何かが攻撃をしてくる様を出来るだけリアルに描くことだ。
 確かに現代社会は大きな不安を抱え、人々は何か恐怖を感じながら暮らしている。
 映画というファンタジーを通じて、その恐怖を体感すれば、その恐怖はカタルシスになると思う。

 この時期に映画化されたDCコミックをベースとしたヒーロー映画もまた時代を映し出した異色作でした。ザック・スナイダー監督の「ウォッチメン」(2009年)は、スーパー・ヒーローたちがアメリカ軍の守護者として活躍していたら歴史はどう変わっていたのか描いたアンチ・ヒーロー映画です。

 「ウォッチメン」が重要なのは、スーパー・ヒーローを政治化してみせたことです。外に出て犯罪と戦う人は右翼的であると示唆しました。スーパー・ヒーローを政治的に中立な存在と考えてはいけないと訴えたのです。
 Dr.マンハッタンの登場でアメリカは右翼の独裁国家のようになっていきます。

ジョセフ・ヒース(評論家1967年生まれ)

<第7章 新生 Reborn>
 2009年アメリカで初の黒人大統領が誕生しました。そのバラク・オバマによる政権がスタートし、それまでの共和党政権とは異なる政策が打ち出されます。イランとの核合意、キューバとの国交回復、気候変動抑制のための各国間協議の開始、国民皆保険の導入、それに核兵器の廃絶などが次々に提案・実行され始めることになります。アメリカは大きな変化の時を迎え、アメリカだけでなく世界中がオバマ政権に期待をしていました。
 そんなオバマ大統領も選挙運動で大いに活用したのが、この時期に急速に広がっていたSNSでした。SNSを使って登場し、世界的大スターとなったジャスティン・ビーバーや民主主義革命「アラブの春」(2010年)を成功させたチュニジアやエジプトの民主活動家など、世界は自由な情報発信により、変わりつつありました。
 ところが、そうしたIT革命による世界の革命はその後、急速に勢いを失います。情報の自由なやり取りを制限する技術の発展もそうですが、情報の自由化は逆に人々の意識を分断させ、真実から遠ざけることになってしまったのです。大衆はあまりにも情報に騙されやすいことが明らかになりました。
 歴史上唯一国土を攻撃されたことがなかったアメリカは、同時多発テロ事件によって、初めてその誇りを汚されました。
 本当なら、そこで彼らはなぜ自分たちは攻撃されなければならなかったのか?その理由を知ろうとするべきでした。しかし、2001年のアメリカはそれをせず、すべての原因はテロリストたちにあるとして、思考を停止させ、復讐することに集中してしまいました。

 9・11は悲惨で恐ろしい出来事でしたが、アメリカが世界の一部になるチャンスにも思えました。
 この種の悲劇は、世界の他の場所では起きていましたが、アメリカではまだ起きていなかったので、これでようやくアメリカも世界の一部になったと受け入れざるを得なくなるはずでした。
 でもそうは行きませんでした。
 アメリカはますます孤立してしまったのです。
 「これは他の国では起きたことのない最悪の出来事だ」と世界を拒絶しています。

ジョセフ・ヒース
 アメリカのそうした無反省な姿勢は、ドナルド・トランプという怪物を育て、アメリカは次なる2010年代を迎えることになるのでした。

「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」
(制作)NHK
(制作協力)テレビマン・ユニオン
(制作統括)藤田英世、丸山俊一
(プロデユーサー)高橋才也
(ディレクター)牧田潤也
(リサーチャー)黒川優珠
(語り)玉木宏
(撮)森岡知之
(出)ジョナサン・ローゼンバウム(1943年生まれ、評論家)、アリソン・ウィルモア(映画評論家)、ジョセフ・ヒース(評論家)

<2000年代の映画>

「アメリカ 分断の2010S」へ   トップページヘ