サブ・カルチャーとポップ・カルチャーの境界線


「ニッポン戦後サブ・カルチャー史」に捧ぐ!

<「ニッポン戦後サブ・カルチャー史」>
 NHK Eテレの「ニッポン戦後サブ・カルチャー史」が終わりました。1956年の「太陽族」から始まった日本におけるサブ・カルチャーの歴史を追った宮沢章夫先生による素敵な授業は本当に楽しく終わってほしくありませんでした。(最終回、途中で自分の真面目なしゃべりっぷりが可笑しくなって笑いをこらえきれなくなったシーンが忘れられません!)
 最終回まで見て、今一度このサイトの目指すところについて考える機会になりました。思えば、このサイトのタイトル「ポップの世紀」とは、20世紀に花開いたポップ・カルチャー(大衆文化)の歴史を探求するという意味でつけたものです。でも、このサイトの当初のタイトルは、「ロック世代のポピュラー音楽史」でした。この「ロック世代」というところが重要で、これは言い換えると「60年代から70年代にかけてロックがサブ・カルチャーの中心だった時代にその魅力にはまっていた世代」ということになります。従って、80年代、90年代、0年代には「ロック世代」とは異なる世代がサブ・カルチャーの中心にいたことになります。それは「ゲーム世代」、「ワールドミュージック世代」、「SNS世代」、「オタク世代」様々でしょう。「ポップの世紀」とは、そうした時代ごとのサブ・カルチャーの登場と発展、そしてポップ・カルチャーへの昇格の歴史をいうわけです。
 僕の中では、そうしたサブ・カルチャーの発展段階こそが、最高にエネルギッシュで面白いのだという確信があります。そうした時代をリードしたカルトな英雄の人生ほど興味深いものはありません。そして、それはどんなジャンルにも当てはまることだと思っています。そう思うからこそ、このサイトで扱うジャンルはどこまでも広がり続けているのです。

 アルフレッド・ヒッチコック、ロバート・アルトマン、スタンリー・キューブリック、サム・ペキンパー、小津安二郎、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィス、はっぴいえんど、YMO、パティ・スミス、阿部和重、P・K・ディック、K・ヴォネガット、トルーマン・カポーティ、ジャック・マイヨール、ヨハン・クライフ、植村直己、ココ・シャネル、モハメド・アリ、マハトマ・ガンジー、カンジンスキー、ジャクソン・ポロック、ピカソ、椎名林檎、赤塚不二夫、アンディ・ウォーホル、アルバート・アインシュタイン、ネルソン・マンデーラ・・・

 誰もが初めはサブ・カルチャー的な存在からスタートし、中には死ぬまでメジャーにはなれなかった人もいます。しかし、誰もが今では世界的に高い評価を得る存在になったといえます。だからこそ、僕はそれなりの情報を得ることができて、このサイトに加えることができたとも言えます。

<サブ・カルチャーの境界線>
 ところで、サブ・カルチャーとポップ・カルチャー(メイン・カルチャー)の境界線とはどこなのでしょうか?
基本的に、作品的にも、人間的にも、未完成であることが重要なポイント。マスコミに批判されるぐらいの作品、人間で、一般大衆に受け入れられてはいけません。具体的には・・・

(1)映画化されるのはOK、でもテレビ化されるのはNG。(ただし、深夜枠のドキュメンタリー番組ならOKかな)
(2)逮捕されるのはOK、でも勲章をもらってはいけません。(もちろん、逮捕理由にもよりますが・・・)
(3)出版されるのはOK、でもベストセラーになってはいけません。(ノーベル文学賞はもらわない方がいいのではないのかと・・・)
(4)たとえほとんどの人が批判しても、誰もがそれを「善」ととらえるなら、それはNG。(それを「善」「悪」で判定することは不可能のはずです)

 思えば、サブ・カルチャーのまま消えていった文化こそが、本物のサブ・カルチャーです。そうした消えていったサブ・カルチャーがなければメイン・カルチャー(ポップ・カルチャー)は存在せず、それは「ポップ」と呼ぶことができないはずです。ポップ・カルチャーは、サブ・カルチャーを組み込んだり、影響を受け続けることで、新陳代謝をすることで生き続けているのです。常に新しく変化を続ける「時代性」をもった文化でなければ、それは古典カルチャーとしか呼べなくなります。
 もし、世の中から「サブ・カルチャー」が消えたら、そこはまさにユートピアという名のディストピアしか呼べない世界になるでしょう。

 ポップ・カルチャーは、いつまでも「ポップ」ではありません。例えば、「落語」はかつては娯楽文化の王道でしたが、今やサブ・カルチャーの王道になりつつあります。それでも、その価値は未だに高く、奥の深いサブ・カルチャーとしてこれからも生き残るでしょう。それは、映画やテレビに影響を与える存在として、究極のパフォーマンスとして、日本の伝統文化を語り継ぐ存在として、海外でも受け入れられ再び「ポップ」な存在になる可能性もあります。

 プロレスもかつては、テレビの登場とともに娯楽の王道として一生を風靡しましたが、今やサブ・カルチャーの一ジャンルとなりました。それはショービジネスとしてのプロレスと格闘スポーツとしての様々な格闘技文化の原点になったといえます。

 いつサブ・カルチャーがポップ・カルチャーになり、その逆転が起きるかは、時代の流れが決めることです。

<サブ・カルチャーの主人公>
 時代を変え、サブ・カルチャーからポップ・カルチャーへとなった文化の発信者は、サブ・カルチャーもポップ・カルチャーもなく、ただ自分のやりたいことをやっていただけかもしれません。だからこそ、自分が評価されるされないに関わらず努力を続けることができたのでしょうから。
 しかし、時代とは残酷なもので、かつてのポップ・ヒーローも20年もたつと過去の人になってしまいます。したがって、このサイトで扱っている20世紀のヒーローたちのほとんどは、今やみな過去の存在になりつつあります。
 モハメド・アリも、YMOも、ヒッチコックも、みんな時代を経て、再びサブ・カルチャーの位置にもどりつつあるのです。ということは、このサイトが紹介している「ポップ・カルチャー」は、実は21世紀の今、すでに「サブ・カルチャー」になっているように思います。思えば、このサイトでは、現在進行形のポップなアーティストはあまり取り上げてきていません。

第 1回 「サブカルチャーはいつ始まったか? 戦後〜50年代
 この時代の主な舞台は、東京、銀座周辺でした。(「みゆき族」、日劇ウエスタン・カーニバル・・・)
<サブカルチャー元年は1956年>
(1)石原慎太朗の小説「太陽の季節」大ヒット
 彼は太陽族と呼ばれた自分たちの世代について「価値紊乱の光栄」(価値を破壊する者と呼ばれることを光栄と思う世代」と言った(1956年)
(2)エルヴィス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」が世界的な大ヒットとなる(1956年)
(3)ビート族(ビートニク)が登場(アメリカ)(1956年)
(4)ロカビリー・ブーム(1957年)
(5)ジャック・ケルアックの「路上 On The Road」発売(1957年)
(6)第一回日劇ウエスタン・カーニバル開催(1958年)
(7)石原裕次郎主演の映画「嵐を呼ぶ男」大ヒット(1958年)
(8)映画「いとこ同志」(クロード・シャブロル)ヌーヴェルヴァーグの先駆けとなった作品が公開(1959年)
(9)安保反対を訴える2万人のデモ隊が国会突入(1959年)
(10)日本初の少年向けマンガ週刊誌「少年マガジン」「少年サンデー」も創刊(1959年)

第2回 「60年代新宿カルチャー/大島渚は何を撮ったのか? 60年代(1)」
第3回 「劇画とナンセンスの時代〜「カムイ伝」と「天才バカボン」〜 60年代(2)」
 この時代の舞台だった新宿には、紀ノ国屋書店&ホール、ジャズ喫茶の名店、西口広場、花園神社、歌舞伎町などの歓楽街など、様々なジャンルの拠点がありました。

(1)安保阻止国民運動(6・15事件)全国で580万人が参加。この際デモ隊と右翼団体が衝突し樺美智子さんが死亡(1960年)
(2) 映画「ウエストサイド・ストーリー」が世界中で大ヒット(1961年)
(3)ザ・ビートルズがデビュー(1962年)映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」(1964年)
(4)アンディー・ウォーホルが「キャンベル・スープ」を発表(1962年)
(5)テレビの受信契約台数が1000万台を突破(1962年)
(6)テレビアニメ「鉄腕アトム」(手塚治虫)放映開始
(7)銀座みゆき通りに「みゆき族」登場。ロングヘアーにロングスカート、裸足にサンダルの若者たち。多くが警察に補導され、秋には消えた(1964年)
(8)月刊漫画誌「ガロ」創刊(白土三平作品「カムイ伝」を掲載するため、大人向けのマンガ誌)(1964年)
(9)「平凡パンチ」創刊(若者向け情報誌の先駆)(1964年)
(10)日本テレビ「11PM」放送開始(1964年)
(11)映画「気狂いピエロ」(ジャン=リュック・ゴダール)(1965年)
(12)「ウルトラQ」「ウルトラマン」(1966年)
(13)第33回日劇ウエスタン・カーニバルに人気絶頂のバンドたち、タイガース、スパイダース、テンプターズ、ブルーコメッツなどが出演。GSブーム頂点に達する(1967年)
(14)寺山修司主宰 演劇実験室「天井桟敷」旗上げ(1967年)
(15) 「オールナイト・ニッポン」「パック・イン・ミュージック」が放送を開始(深夜放送ブームの始まり)(1967年)
(16)「天才バカボン」(赤塚不二夫)連載開始(1967年)
(17) 「ねじ式」つげ義春(1968年)
(18) 新宿西口フォーク・ゲリラの活動始まる(泉谷しげるなどが登場)(1969年)
(19)東大安田講堂事件(1月18日~19日機動隊8500人が学生を排除、逮捕者691名重軽傷者76名)(1969年)
(20) 状況劇場(赤テント)が新宿中央公園で「腰巻お仙・振袖火事の巻」を無許可で上演。機動隊に囲まれる中で演じきった後、唐十郎が逮捕される(1969年)


第4回 「深夜ラジオと音楽革命 70年代(1)」
第5回 「雑誌ワンダーランド 70年代(2)」
 新宿の街の勢いが衰え始め、少しずつ渋谷・原宿方面へ移動。

(1)映画「ウッドストック」「レット・イット・ビー」「エルビス・オン・ステージ」公開 (1970年)
(2)林美雄が『パックインミュージック』担当(番組内で、荒井由美ら後のニュー・ミュージック騎手たちを紹介(1970年)
(3)「力石透(あしたのジョー)告別式」演出:寺山修司(1970年)
(4)「ホール・アース・カタログ」アメリカでベストセラーになる(1972年)
(5)「ピア」創刊(林和男編集)思想を排除した究極の情報誌誕生。ただし、ブレイクするのは1975年ごろ(1972年)
(6) 連合赤軍による「浅間山荘事件」発生(1972年)
(7)東京コミックマーケット始まる(当時の参加者はほとんどが女性で多くは萩尾望都のファンだった)(1975年)
(8) 「別冊宝島」シリーズ スタート(カルトな文化を紹介)、雑誌「POPEYE」創刊(アメリカン・ライフスタイルを日本に紹介)(1976年)
(9)テレビ・アニメ「機動戦士ガンダム」放映開始(1979年)
(10) 小説「風の歌を聴け」で村上春樹デビュー(1979年)

第6回 「What's YMO〜テクノとファッションの時代〜 80年代(1)」
第7回 「「おいしい生活」って何?〜広告文化と原宿・渋谷物語〜 80年代(2)」
 この時代、サブ・カルチャーの舞台は渋谷・原宿へと移動。西武、PARCO、ロフトなどのお洒落な店、タワーレコードなど輸入レコード店、原宿竹下通り、原宿代々木公園・・・。

(1)YMOによるテクノポップ・ブーム(1980年)
(2)「花王名人劇場」の漫才特集がきっかけとなり漫才ブーム始まる。ツービート(ビートたけし)、B&B、島田伸介&竜助、ざ・ぼんちなどが登場(1980年)
(3)原宿に竹の子族と呼ばれるダンスの一団が登場。派手な衣装で集団で踊る姿が原宿名物となり、ついには一大ブームとなる(1980年)
(4) 東京新宿東口にてイベント「アニメ新世紀宣言大会」開催(1981年)
(5)「なんとなく、クリスタル」田中康夫(ブランド・ブームとバブルをカタログ的に作品化した問題作)(1981年)
(6)(1982年)
(7) 近未来SF映画の傑作「ブレード・ランナー」(原作はP.K.ディック)公開(1982年)
(8)任天堂がファミリー・コンピューター発売(1983年)
(9) 「おたくの研究」中森明夫(コミックマーケットに来る人々がお互いに「おたく」と呼び合っていたことから来た。否定的、差別的な呼び名だった)(1983年)
(10)宮崎駿「風の谷のナウシカ」がヒットし、宮崎駿時代が始まる(1984年)
(11)大友克洋「アキラ」コミック発売日本から海外へブームが広がる(1984年)
(12)漫画「ドラゴンボール」連載開始(1984年)
(13)「チケット・ピア」営業開始。これにより演劇、音楽などが一気に大衆化、アングラ文化ではなくなり始める(1984年)
(14)「ファイナルファンタジー」が発売され大ヒット(1987年)
(15) TBS系ヴァラエティー番組「いかすバンド天国」放映開始。フライング・キッズ、クスクス、ビギン、たま、マルコシアス・バンプがデビューし、バンド・ブームが本格化(1989年)

第8回 「セカイの変容~岡崎京子・エヴァンゲリオン・ゲーム~90年代(1)」
第9回 「おたく→オタク→OTAKU 〜オタクカルチャーと秋葉原〜 90年代(2)」
 オタク文化の発展とともにサブ・カルチャーの現場は、秋葉原へと移動。それに合わせるように秋葉原は、電気街からコンピューター街へ、そして「オタク」の街へと変化します。

(1)携帯電話(ショルダーフォンから携帯へ)(1991年)
(2)漫画「美少女戦士セーラームーン」連載開始(1991年)
(3) ポケベル(携帯電話までつなぎ商品となったポケット・ベル)(1993年)
(4)「バーチャファイター」(セガ製対戦型戦闘ゲーム、鈴木裕作)(1994年)
(5) 「今夜もブギー・バック」小沢健二&スチャダラパー、「DA・YO・NE」 EAST & ENDxYURIのヒットで、ラップが一気に大衆化(1994年)
(6)ソニー「プレイステーション」発売(1994年)
(7) 「リバーズ・エッジ」岡崎京子。「完全自殺マニュアル」鶴見済。漫画「新世紀エヴァンゲリオン」連載開始(1994年)
(8)漫画「ワンピース」連載開始(1997年)
(9)海洋堂のフィギュア・ショップが渋谷から秋葉原のラジオ会館に移転。秋葉原がオタクの聖地となる流れが始る(1998年)
(10) 「攻殻機動隊」(押井守)のビデオ版がアメリカでビルボード1位獲得

第10回 「サブカルチャーはどこから来て どこへ行くのか〜ゼロ年代〜現在」
 サブ・カルチャーの現場は、リアルな街ではなくネット上の架空の場所へと変化しつつあります。

(1)次世代型ゲーム機プレステ2発売初日に70万台を販売。音楽、映画などデジタル・エンタテイメントの配信にも対応した機能が話題となった(2000年)
(2)iTunes Music Storeが開始(20万曲を用意、楽曲の価格は1曲一律1ドル)(2003年)
(3)「下妻物語」(中島哲也)。ロリータ・ファッションのブーム(2004年)
(4)2ちゃんねるに投稿された「電車男」が大人気、同年に書籍化(2004年)
(5) 「グランド・フィナーレ阿部和重(芥川賞)(2004年)
(6)動画サイトYouTubeが開設され、初めて動画が投稿される(2005年)
(7)ニコニコ動画(仮)が開設される(2006年)
(8)キャラクター・ボーカル・シリーズの第一弾「初音ミク」が発表(2007年)
(9)Googleが携帯電話専用検索エンジン提供開始(2007年)
(10)Twitter日本語版が開設(2008年)
(11)初音ミク初ライブ(2009年)
(12)「進撃の巨人」諫山創(2009年)

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