<文学作品を解析する>
 ほとんどの文学作品がデジタル化され、スマホで読むことが可能となった今、文学作品を統計的な手法によって解析することも可能になってきたといいます。
 例えば、ある文学者が作品中、最も頻繁に使っている色は何か?とか。最も頻繁に使っている言い回しは?とか。
 さらにその統計と業界の専門家によるベストセラー・リストやピュリッツァー賞受賞作品リストを組み合わせると、「売れる本」の条件や「名作と評価される」ための条件なども明らかになるかもしれません。もちろん、それが分かったからといって、その結果を利用して「売れる名作」を生み出すことが可能というわけではありませんが、それでもより良い文章を書くための参考にはなるはずです。
 ということで、作家であると同時に統計学の専門家でもあるベン・ブラットの「数学が明かす小説の秘密」という本を読んでみました。幸い海外文学を読むのが好きな僕が知っている作家も多く登場しているので興味深く読むことができました。あなたが海外文学がお好きなら、この本は絶対に面白いでしょう。
 ちなみにこの本の原題「Nabokov's Favourite World Is Mauve」というのは、「ロリータ」などで有名な作家ウラジミール・ナボコフが多用している特徴的な単語が「藤色 Mauve」だというところからきています。ナボコフは色に対して特殊な感覚を持つ共感覚者であるため、表現手段として「色」を多用する作家になったようです。これは特殊な例ですが、同じように作者の個性こそが言葉を選ぶ重要な基準になっていることは間違いないのでしょう。
 とういうことで、「名作」もしくは「ベストセラー」小説を書くための秘訣について学んでみましょう。ただし、本当にあなたがそんな小説を書きたいのなら、実際の本を読んで詳細まで学んでください。あくまでここでは、僕が面白かった部分だけをご紹介していますので・・・。

<副詞を使うべからず!>
「地獄への道は副詞で舗装されている」
スティーヴン・キング
 このサイトではすでにスティーヴン・キングの「小説作法」という本を紹介しています。世界一のベストセラー作家による小説家になるための「HOW TO本」は、大いに参考になりましたが、その中で彼が常にこだわっていたのが「文章は短くすべし」という鉄則でした。彼はそのために余計な修飾語となりがちな副詞を使わないよう力説しています。
 ということで、すぐれた文学作品は本当に「副詞」を使っていないのでしょうか?
 ここでは文学史に残る作家の作品について調査を行い、長編小説10000語中に何語「副詞」が使われているのか?その統計データです。
作家名  調査作品数  副詞の数   
アーネスト・ヘミングウェイ  10  80   
マーク・トウェイン  13  81   
エイミイ・タン  6 83  「ジョイラック・クラブ」など
ジョン・スタインベック  19  93   
カート・ヴォネガット  14  101   
ジョン・アップダイク 26  102   
サルマン・ラシュディ   9  104  「悪魔の詩」など 
スティーヴン・キング  51  105   
チャールズ・ディケンズ 20  108   
ヴァージニア・ウルフ   9  116   
ハーマン・メルヴィル   9  126   
ジェーン・オースチン   6  128   
ステファニー・メイヤー   4  134  「トゥワイライト」シリーズ 
J・K・ローリング   7  140  「ハリー・ポッター」シリーズ 

 結果全体を見ると、調査した文学作品167作品中、67%は副詞が0~49語、29%は50~100語、16%が150語以上となっていました。

<名作文学は副詞が少ない>
 では、副詞の使用が少ない作品はそうでない作品よりも名作になる可能性が高いのでしょうか?今度はそこに着目してみます。
 多くの作家の中でも、「ハードボイルド文学の父」とも言われる偉大な作家アーネスト・ヘミングウェイはさすがに副詞の数が最小でした。そんな彼の作品の中でも、名作とされる作品における副詞の数はこうなっています。傑作とされる作品は副詞の数が平均(80)よりも少ないようです。
「日はまた昇る」 63 「武器よさらば」 67 「誰がために鐘は鳴る」 75 「海流の中の島々」 81
 ジョン・スタインベックの場合も、やはり名作は副詞が少なめのようです。
「怒りの葡萄」 79 「ハリネズミと人間」 87 「エデンの東」 87

 その他の作家にも言えそうです。
 スコット・フィッツジェラルドの作品中、、最も副詞が少ないのは「グレート・ギャツビー」で2番目に少ないのは「夜はやさし」です。
 トニ・モリスンの最も副詞が少ない作品は、名作の「ビラブド」。
 チャールズ・ディケンズは「二都物語」「大いなる遺産」が1位と2位。
 ジョン・アップダイクの26冊中、副詞が少ない4位まではピュリッツァー賞を受賞している「ウサギ」シリーズ4部作です。

<男性作家と女性作家の違いは明らかである>
 作家が誰か分からない場合、それが男性作家による文章か、女性作家による文章か見分けることは可能だといいます。日本語の小説ならわかりやすいですが、英語ではなかなかわかりずらいはずです。しかし、文章の中で使用されている単語に男性が良く使うものと女性ならではのものがあり、その使用頻度によりほぼ100%わかるというのです。
<男性単語>
「a」 「above」 「are」 「around」 「as」 「at」 「below」 「ever」 「good」 「in」 「is」 「it」 「many」 「now」 「said」 「some」 「something」 「the」 「these」 「this」 「to」 「well」 「what」 「who」
<女性単語>
「actually」 「an」 「and」 「be」 「because」 「but」 「everything」 「has」 「her」 「hers」 「him」 「if」 「like」 「more」 「not」 「out」 「she」 「should」 「since」 「so」 「too」 「was」 「we」 「when」 「where」 「with」 「yours」
 ある文章を分析するのに、「these」が使われていれば男に+8とか、「since」だと女に+25などを加点。その合計点により、著者が男性か女性かを判定することが可能になるのです。ごく普通の単語の使い方で、わかるとは凄い!

<作家の指紋は存在する>
 著者の男女別を識別するのは可能なのですが、著者が誰かまで特定することは可能なのでしょうか?
 それも可能だと言います!?
 例えば、「the」「and」というありふれた単語の使用されている回数を数えるだけでもかなりの確率で著者を特定できるというのです。ここでは基本的な単語250個を判定に使用しています。さらには、ジャンルや時代、主題がほぼ同じであるその著者のファン作家たちが書いた作品でも、それがわかるのです。(文章の癖はファンにまで波及しているということです)
 例えば、スティーヴン・キングが本名を隠し、リチャード・バックマン名義て発表している小説4作品を統計的なこの分析にかけると、その4作品の著者として推定された人物は以下のようになりました。
(1)スティーヴン・キング(2)ジェイムズ・パターソン(3)トム・ウルフ(4)ギリアン・フリン(5)ニール・ゲイマン
 1963年にこの理論「著作者問題における推論」を発表したのは、デヴィッド・ウォレスとフレデリック・モステラーという二人の統計学者です。この時、発表された手法は「モンステラ―・システム」と呼ばれることになります。

<感嘆符を乱用してはならない>
「10万語の散文のうち、2つか3つ以上の感嘆符を使ってはならない」
エルモア・レナード「文章の10の規則」より

 ここまで言い切っている作家エルモア・レナードは、本当に感嘆符を使っていないのか?
 そこでこの本では50人の作家の580以上の作品について感嘆符の使用数を数え、その使用数の少なさランキングを作成しました。すると、なんと凄い結果が!
(1)エルモア・レナード「ジプチ」(1.3/10万語)
(2)アーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」(3.6)
(3)エルモア・レナード「ロード・ドッグズ」(4.1)
(4)アーネスト・ヘミングウェイ「河を渡って木立の中へ」(4.3)
(5)エルモア・レナード「敵への慰め」(5.4)
(6)アーネスト・ヘミングウェイ「ケニア」(5.9)
・・・・・・
 なんとこの調子でベストテンをエルモア・レナードとヘミングウェイが独占しているのです!まさに有言実行です。さらに彼はこうも言っています。
「suddenly 突然」は絶対に使ってはならない!
エルモア・レナード「文章の10の規則」より

<思考動詞を使うのは避けるべきである>
「思考動詞 thought verb の使用は避けるべきである」
チャック・パラニューク(「ファイト・クラブ」などの著者)
<思考動詞とは?>
 思考動詞とは、Think 思う、Know 知る、Understand 理解する、Realize 気づく、Believe 信じる、Want 求める、Remembers 思い出す、Images 想像する、Desires 切望する、Loves 愛する、Hates 憎む
 これらの言葉を使われないためには、常に意識する必要があるし、工夫も必要になるはずです。

「登場人物が何かを知るかわりに、そこで記者がそれを知られるように詳細を示さなければならない。登場人物が何かを求めるかわりに、そこで読者にそれを求めさせるかわりに、そこで読者に求めさせるように描写しなければならない」
 読者が文章内の描写によって、登場人物と同じように「考える」ようしむけるのが作家の仕事であって、それを直接的に書いてはいけない。

<小説は名詞と動詞で書くべし>
 英語文学の教科書とも言われる本があります。ウィリアム・ストランクの「英語文章ルールブック」(1920年)です。それをE・B・ホワイトが大幅に改定を行い1959年に発表。その中には、良い文章を書くための鉄則として以下のものがあります。
「形容詞と副詞ではなく、名詞と動詞で書くこと」
「意識的であれ無意識的であれ、読者は『~ではない』とだけ語られることに不満を覚える。だからこそ、一般的には否定語も肯定文として表現するのが良い」
(「not honest正直ではない」ではなく「dishonest 不正直」であると書くべきということ)
「修飾語の使用は避けるべき」
特に「rather いくぶん、very とても、little ほとんど、pretty かなり、これらは、文意の池に群がって、単語の血を吸うヒルのようなものだ」
 実際、修飾語の使用は数世紀にわたって減り続けているようです。
 1800年から1849年(19世紀前半)に発表された本における修飾語の使用頻度中央値は297でした。それが、1850年から1899年(19世紀後半)の本では260に減り、21世紀の本だと100語ちょっとにまで減っているのです。明らかに作家たちは修飾語を使わなくなっているようです。

<文学の難易度は時代と共に単純化sているのか?>
 文章の難易度を評価する数式があります。「フレッシュ - キンケイド学年レベル・テスト」といいます。
0.39×(単語数の合計/センテンス数の合計)+11.8×(音節の合計/単語数の合計)-15.59
 この数値が大きいほど難解な文章と評価されます。このテストを、アメリカ大統領による年に一度の一般教書演説に用いると、1900年以前のものは18年生レベルと判定され、1900年代は12年生レベル、200年代になると10年生以下になっていました。要するに、「一般教書演説は、時代と共にバカになっているということです」
 もちろん、それだけ政治演説が大衆に向けて語られるようになったため、分かりやすい文章へと進化しつつあると考えることもできますが・・・。

 このテストを用いて、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リスト1位となった歴代の作品を調査すると、年代ごとの難易度はこうなりました。
1960年代 8.0 1970年代 7.2 1980年代 6.8 1990年代 6.6 2000年代 6.0 2010年代 6.0

 この結果で明らかなように、難易度が下がっている理由とした考えられるのは・・・
(1)最近のベストセラー作品がどれも、より単純なセンテンスと、より少ない単語から構成されているということ。
(2)ベストセラー・リストが、より「バカになっている」もしくは、より多くの「おバカ」なジャンルの本がトップになっている。
 哲学的な思想書より、前衛的な小説よりもスリラーやロマンス本がトップになることは多いのかもしれません。多くの人に読まれるためには、より多くの人に理解される分かりやすさが必要なのは確かでしょう。
 とはいっても、6年生レベルの本を読むのが、6年生である必要はなく、簡単な文章の作品が幼稚な作品なわけではないはずです。
 単純さは偉大さにもなりえるのです。より難解な「ユリシーズ」が子供にも楽しい「星の王子様」より優れた小説とは限りません。
「いつの日か正しい言葉を見つけられるだろう。それはきっと単純な言葉だ。・・・」
ジャック・ケルアック「ザ・ダルマ・バムズ」

<アナフォラ(首句反復)はお好きですか?>
 幾人かの作家は、作品の中であえて同じ言葉(もしくは短い文章)を何度も使うことで、さの作家ならではの世界観を生み出すことに成功しています。例えば、ディケンズは「二都物語」の冒頭で、あえて同じ言葉<A man>を繰り返し使用することで、効果を発揮させることに成功しています。
 さらに有名なのはカート・ヴォネガットです。彼の死後、作家のレヴ・グロスはタイム誌にこう追悼文を寄せています。
「カート・ヴォネガットの追悼文に適切な長さは3単語である。そういうものだ(So it goes)」
 カート・ヴォネガットは、彼の代表作「スローターハウス5」の中で「So it goes」をなんと106回も使用しているそうです!チャック・パラニュークもまたアナフォラを多用する作家です。昔から「アナフォラ」は、作家の間では邪道ちょされてきた存在でしたが、そんなルールを破るのもまた優れた作家たちだったわけです。
 ちなみに、「アナフォラ」をまったく使わない作家もいます、その代表格はトマス・ピンチョンです。彼の小説は、それだけ自由度が高く、多彩だということです。(それだけ読みづらいということでもあります)
 ピンチョンは「多様性」を好むが、ヴォネガットは「親近性」を好むということかもしれません。

<文学は「クリシェ(紋切型)」との闘いである!>
「すべての文章はクリシェ(紋切型)に対抗するキャンペーンである。ペンが生み出すクリシェだけではない。頭の中のクリシェ、心の中のクリシェもあるのだ」
マーティン・エイミス(英国の作家)「クリシェとの戦争」より
「紋切型」というのは、世間に流布していた陳腐な言い回しや凡庸な意見、ありがちなジョークや誤解、迷信といったもののこと。それを小説の中で使用するのは、その時代の読者にとっては理解しやすく世界観に入りやすい工夫といえます。ただし、あまりにそれが多いと、将来、その作品を読んだ読者にとっては、陳腐な文章に見える可能性もあります。僕としては、それもまたさらに後になると時代の空気を反映した優れた時代考証に基づく作品と読めるようになる気もします。やはりそこには、微妙なバランス感覚や本質的にしっかりした作品かどうかの方が重要になってくるのかもしれません。
 ここでクリシェの使用回数(10万語あたり)のランキングを見て見ましょう。知名度の高い作家を50位まで並べてみました。参考にしてください。
 1 ジェイムズ・パタースン 160 11 E・L・ジェイムズ 112             41 J・R・R・トールキン 73
 2 トム・ウルフ  143 12 ジョナサン・フランゼン 112       32 チャールズ・ディケンズ 85 42 ウラジミール・ナボコフ 73
 3 カート・ヴォネガット  140 13 スーザン・コリンズ  110 23 トニ・モリスン 97       43 アーネスト・ヘミングウェイ 72
 4 サルマン・ラシュディ  131 14 ジョージ・オーウェル  109       34 ジョン・スタインベック 80 44 ウィリアム・フォークナー 71
 5 チャック・パラニューク 129     25 セオドア・ドライサー 96 35 ジョゼフ・コンラッド  79      
 6 ゼイディー・スミス  126   26 ジョン・アップダイク 96            
 7 スティーヴン・キング  125 17 ジャック・ロンドン 105                  
 8 エルモア・レナード  120 18 アガサ・クリスティ   105             48 ヴァージニア・ウルフ  62
 9 ジェイムズ・ジョイス  118 19 マーク・トウェイン  102       39 スコット・フィッツジェラルド 77      
10 トマス・ピンチョン 113     30 J・K・ローリング 92       50 ジェーン・オースチン  45

 やはりクリシェは文学の歴史と共に増える傾向にあるようです。なぜなら新しい作家ほどクリシェを多用している傾向が明らかだからです。上位には明らかに現代文学、現役作家が多く、50位に近づくとヴァージニア・ウルフ、ジェーン・オースチンら昔の作家が中心を占めているようです。

<最高の書き出し20選>
 この本の調査に使われた作品の中から、「書き出し」の素晴らしい20選が選ばれています。(順位がつけられているわけではありません)

 最良の書き出しに共通しているのは長さではなく、心に残りやすいオリジナリティや新しさなのだとわかる。それは簡潔さによっても生み出せる - が、むしろ記憶から離れにくいのは、予想もつかない、思いも寄らない衝撃から生まれる書き出しなのだ。

「高慢と偏見」
ジェーン・オースティン 
 じゅうぶんな財産を持った独身男性は妻を欲しているというのは、一般に認められている真実だ。 
「白鯨」
ハーマン・メルヴィル 
 おれをイシュメールと呼んでくれ 
「ロリータ」
ウラジミール・ナヴォコフ
 ロリータ、わが人生の光、わが腰の炎 
「ペル・ジャー」
シルヴィア・プラス 
 奇妙で蒸し暑い夏、ローゼンバーグ夫妻が電気椅子にかけられたその夏、私は自分がニューヨークで何をしているのかわかっていなかった。 
「アンナ・カレーニナ」
トルストイ 
 幸せな家族はみな似ているが、不幸せな家族はそれぞれの不幸せを抱えている。 
「1984年」
ジョージ・オーウェル 
 4月の明るく寒い日のこと、時計は13時を刻んでいた。 
「ハックルベリー・フィンの冒険」
マーク・トウェイン
 「トム・ソーヤーの冒険」って本を読んでいないなら、おれのことわからないだろうけど、それでもかまわないよ。 
「マーフィー」
サミュエル・ベケット 
 太陽は、しかたなく、代わり映えしないところに光を注いだ。 
「ユリシーズ」
ジェイムズ・ジョイス 
 堂々たる肉付きのバック・ムリガンは階段の上からあらわれ、石鹸の泡であふれたボウルの上に、鏡とカミソリを交叉させて運んでいた。 
「異邦人」
アルベール・カミュ 
 今日ママンが死んだ。 
「二都物語」
チャールズ・ディケンズ 
 それはあらゆる時代の中で最良のときであり、あらゆる時代のなかで最悪のときであり、叡智の時代であり、愚かさの時代であり、信念のときであり、不信のときであり、光の季節であり、闇の季節であり、希望の春であり、絶望の冬であり、眼前にすべてがあり、眼前になにもなく、みなまっすぐ天国に向かっていて、みな逆方向に進んでいて、つまりは、今の時代とよく似た時代であり、もっとも声の大きな一部の権威者だけが、善きにつけ悪しきにつけ、最上級の比較によってしか理解できないと主張した時代であった。
「スローターハウス5」
カート・ヴォネガット 
 多かれ少なかれ、これらはすべては実際に起こった。 
「重力の虹」
トマス・ピンチョン 
 けたたましい音が空を横切ってやってくる。 
「百年の孤独」
ガブリエル・ガルシア=マルケス 
 長い年月が終わって、銃殺隊を前にしたとき、アウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて氷というものを見せてもらった遠い日の午後を思い出していたのだろう。 
「審判」
フランツ・カフカ
 誰かがヨーゼフ・Kを中傷したにちがいなく、その朝、何も本当に悪いことなどしていないにもかかわらず、彼は逮捕された。 
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
J・D・サリンジャー 
 もしほんとに話を聞きたいなら、まず君が知りたがるのはたぶん、ぼくがどこで生まれたか、みじめな子供時代がどんなだったかとか、両親はぼくが生まれる前になんの仕事をしてたかっていう、デイヴィッド・カッパーフィールド的なくだらないあれこれなんだろうけど、そういうことに深入りする気にはなれないんだ、はっきり言ってさ。 
「若い芸術家の肖像」
ジェイムズ・ジョイス 
 むかしむかし 、とてもよいじだいに、いっぴきのうしさんがみちをくだってきて、そうしてみちをくだったうしさんは、タッコーというなまえの、かわいいちっちゃなおとこのことであいました。
「彼らの目は神を見ていた」
ゾラ・ニール・ハーストン 
 遠くの船舶には、すべての男たちの願いが積まれている。 
「ドーントレッダー号の航海」
(ナルニア国物語5)
C・S・ルイス
 ユースティス・クラランス・スクラブという名の少年がいて、その名前に実にふさわしい様子だった。 
「老人と海」
アーネスト・ヘミングウェイ 
 彼は年老いた男で、ひとりメキシコ湾流で小舟に乗って釣りをしていたが、いまでは一匹の魚も釣れずに84日が過ぎていた。

 小説の書き出しは、著者によって長かったり、短かったりと様々です。読者の興味を引き、そこから一気に読み進ませるためには、個性的で新鮮である必要があったのでしょう。しかし、最後の文章については、読者に深い印象を残すべく、短い文章でビシッと終わらせる方が良さそうです。

<あの作家のお気に入り単語とは?>
 最後にこの調査の対象になっている作家さんたちの代表作と彼らの作品で特徴的な言葉、単語についてのリストをまとめました。
<シナモン単語>
<条件>
 作品中に他の作家よりも明らかに多く登場する作者お気に入りの言葉(シナモン単語)は何か?
(1)ある作家の半分以上の本に使われていること。
(2)その作家の複数の本を通じて、10万語につき一回は使われていること。
(3)史的アメリカ英語コーパスで100万語中一回も使われないほど目立たない単語であってはならない。(一般的な言葉ということ)
(4)固有名詞ではないこと。
 アイザック・アシモフの「銀河」やアガサ・クリスティーの「アリバイ」などは、その分かりやすい例。著者が書いているジャンル専用の言葉が登場しがちです。

<うなずく単語>
<条件>
 作家、それぞれの「頼みの綱」の単語とは何か?(文章を書くのにその作者が使いがちな基本的な単語のこと)
(1)ある作家のすべての本に使われているごく一般的な単語であること。
(2)その作家の複数の本を通じて、10万語につき100回は使われていなければならない。
(3)史的アメリカ英語コーパスで100万語中一回も使われないほど、目立たない単語であってはならない。
(4)固有名詞ではないこと。
 こちらは、特殊な言語ではないのですが、それでも著者の作品の特殊性を暗示させる言葉が多いので実に興味深いです。
 コーマック・マッカーシーの「道」やC・S・ルイスの「王」などはその分かりやすい例です。

作家  代表作 シナモン単語 うなずく単語 
アイザック・アシモフ  「ファウンデーション・シリーズ」
(7作) 
galactic 銀河の
terminus 終点
councilman 議員
second 第二の
said 言った
yes そう  
アガサ・クリスティー  「オリエント急行殺人事件」
「そして誰もいなくなった」  
inguest 操作
alibi アリバイ
frightful 恐ろしい
yes そう
quite すっかり
really 本当に  
アーネスト・ヘミングウェイ  「日はまた昇る」
「武器よさらば」
「老人と海」 
concierge 案内人
astern 後方に
cognac コニャック 
said 言った
big 大きな
asked 尋ねた 
イアン・フレミング  「カジノ・ロワイヤル」
「死ぬのは奴らだ」
(007シリーズ)  
lavotary 洗面所
trouser ズボンの
spangled きらめいた
round 丸い
across 横切って
girl 少女  
イアン・マキューアン  「贖罪」
「時間のなかの子供」 
lavotory 洗面所
forwards 前方へ
fridge 冷蔵庫 
room 部屋
hand 手
took 取った 
ヴァージニア・ウルフ  「ダロウェイ夫人」
「オーランドー」 
flushing フラッシング
blotting 汚す
mantelpiece マントルピース
herself 彼女自身
she 彼女
looking 見ている 
ウィリアム・フォークナー  「響きと怒り」
「八月の光」 
hollering わめいている
realized 気づいた
immobile 動かない  
maybe たぶん
every ~さえ
already すでに 
ウラジミール・ナボコフ  「ロリータ」
「アーダ」 
mauve 藤色
banal 陳腐な
pun しゃれ 
black 黒
my 私の
old 古い 
エルモア・レナード  「野獣の街」
「ジャッキー・ブラウン」
「バンディッツ」 
fucking クソッ
shit クソッ
bullshit たわごと
 
saying 言っている
looking 見ている
said 言った 
カート・ヴォネガット  「スローターハウス5」
「タイタンの妖女」
「チャンピオンたちの朝食」 
limousine リムジン
incidentally 偶然
foyer ホワイエ 
said 言った
war 戦争
father 父 
コーマック・マッカーシー  「すべての美しい馬」
「血と暴力の国」
「ザ・ロード」
yessir 了解
mam 男性
fridge 冷蔵庫
horses 馬
watched 見た
road 道
サルマン・ラシュディ  「真夜中の子供たち」
「悪魔の詩」
「恥」 
flapping はためく
eagle ワシ
whores 娼婦 
love 愛
her 彼女
too も 
ジェイムズ・ジョイス  「ユリシーズ」
「フィネガンズ・ウェイク」 
train 路面電車
bello ベリョ
hee ヒソヒソ 
old 古い
your あなたの
his 彼の 
J・R・R・トールキン  「指輪物語」
(4部作) 
elves エルフ
goblins ゴブリン
wizards 魔法
ring 指輪
dark 暗い
road 道 
J・K・ローリング  「ハリー・ポッター・シリーズ」
(7部作) 
wand 杖
wizard 魔法使い
potion 薬 
wand 杖
lit 火をつけた
professor 教授
 
C・S・ルイス  「ナルニア国物語」 
(7部作)
dwarf 小人
witch 魔女
lion ライオン
lion ライオン
king 王

round 丸い 
ジェーン・オースチン  「高慢と偏見」
「エマ」  
civility 礼節
fancying 空想している
imprudence 軽率 
herself 彼女自身
dear 親愛な
lady 女性 
ジャック・ロンドン  「野生の呼び声」
「白い牙」 
snarl うなる
daylight 日光
bristled 剛毛に覆われた 
knew 知っていた
head 頭
eyes 目 
シャーロット・ブロンテ  「ジェーン・エア」
「シャーリー」  
tradesman 商売人
gig 二輪馬車
lineaments 顔立ち 
my 私の
felt 感じた
herself 彼女自身 
ジョージ・オーウェル  「動物農場」
「1984年」
「ビルマの日々」 
beastly 獣のような
quid ひとかみ分
workhouse 救貧院 
round 丸い
kind 親切な
money 金 
ジョゼフ・コンラッド  「闇の奥」
「ロード・ジム」
「ノストローモ」  
immobility 不動性
poop 船尾
skylight 天空光
  
seemed 思えた
voic 声
head 頭  
ジョナサン・フランゼン  「Freedom」
「コレクションズ」  
buzz うわさ
carpeting じゅうたん
earthquakes 地震  
want ほしい
she 彼女
her 彼女の 
ジョン・アップダイク  「走れウサギ」
「イーストウィックの魔女たち」 
rimmed 縁取られた
prick 刺す
fucked イカれた 
like 好む
her 彼女の
face 顔 
ジョン・グリシャム   「ペリカン文書」
「依頼人」
「評決のとき」  
paperwork 書類仕事
courtroom 法廷
juror 陪審員  
office オフィス
asked 尋ねた
money 金  
ジョン・スタインベック  「怒りの葡萄」
「二十日ネズミと人間」 
inspected 調査した
squatted しゃがんだ
rabbits ウサギ 
got 得た
looked 見た
said 言った 
スコット・フィッツジェラルド  「グレート・ギャツビー」
「夜はやさし」  
facetious おどけた
muddled 混乱した
sanitarium 療養所  
oh おお!
seemed 思えた
night 夜 
スティーヴン・キング  「キャリー」、「ミザリー」
「呪われた町」
「シャイニング」 
goddam ちくしょう
blah ちぇっ
fucking クソッ
looked 見た
back 背後
around 周辺 
セオドア・ドライサー  「アメリカの悲劇」
「シスター・キャリー」  
genially 親切に
franchises 特権を与える
subtlety 機微 
anything 何も
oh おお!
might ~かもしれない 
ダグラス・アダムス 「銀河ヒッチハイク・ガイド」
「宇宙の果てのレストラン」 
perfect 完璧な
garactic 銀河の
spaceship 宇宙船
yes そう
said 言った
just 単に 
ダシール・ハメット  「血の収穫」
「マルタの鷹」 
coppers 警官
taxicab タクシー
sidewise 横に 
asked 尋ねた
anything 何も
got 得た
ダン・ブラウン  「天使と悪魔」
「ダヴィンチ・コード」 
grail 聖杯
masonic フリーメイソンの
pyramid ピラミッド
felt 感じた
toward ~向かって
looked 見た 
チャールズ・ディケンズ  「オリヴァー・ツイスト」
「クリスマス・キャロル」
「二都物語」  
hearted ~な心を持った
pinch つまむ
rejoined 再び加わった 
sir 卿
dear 親愛なる
am ~である  
D・H・ロレンス  「チャタレイ夫人の恋人」
「恋する女たち」 
tram 路面電車
realized 気づいた
sheaves 束 
round 丸い
dark 暗い
sat 坐った 
トニ・モリスン  「ビラヴド」
「ソロモンの歌」 
messed 混乱した
navel 海軍の
slop こぼれる 
she 彼女
woman 女性たち
her 彼女の
トマス・ピンチョン  「V」
「重力の虹」
「ヴァインランド」 
reet 砂州
someplace どこか
deuce じゃあ
here ここ
around 周辺
back 背後
トム・ウルフ  「虚栄のかがり火」  fucking クソッ
haw えー
goddmned 汚す 
black 黒
looked 見えた
toward ~に向かって 
トム・クランシー   「レッドオクトーバーを追え」
「いま、そこにある危機」 
ding くどくど繰り返す
politburo 政治局
briefed 要約した 
sir ~様
asked 尋ねた
something 何か 
トルーマン・カポーティ 「冷血」
「草の竪琴」
「ティファニーで朝食を」 
clutter クラッター
zoo 動物園
geranium ゼラニウム 
though ~だが
liked 好んだ
seemed 見えた 
 
ナサニエル・ホーソン  「緋文字」
「ファンショー」 
subtile 微妙な
betwixt 間だ
remoteness 遠いこと 
heart 心
seemed 思えた
might かもしれない
ニコラス・スパークス  「きみに読む物語」
「メッセージ・イン・ア・ボトル」
peeked こっそり見た
owed 負った
adrenaline アドレナリン 
final 最後の
wanted 求めた
real 本物の 
ハーマン・メルヴィル  「白鯨」
「タイピー」 
whale 鯨
forecatsle 船首

sperm 精液 
sea 海
upon ~の上に
though ~だが 
マイケル・クライトン  「ジュラシック・パーク」
「アンドロメダ病原菌」
「ライジングサン」 
dinosaur 恐竜
sensors センサー
syringe 注射器
 
said 言った
yes そう
looked 見えた 
マーク・トウェイン  「トム・ソーヤーの冒険」
「王子と乞食」
「ハックルベリー・フィンの冒険」
hearted ~な心を持った
shucks あーあ
satan サタン 
got 得た
thing もの
yes そう 
ラドヤード・キプリング  「消えた光」
「少年キム」 
job 仕事
hove 持ち上げた
camel ラクダ 
thee 汝を
till ~まで
work 仕事 
レイ・ブラッドベリ 「火星年代記」
「華氏451度」
「たんぽぽのお酒」 
icebox アイスボックス
dammit くそっ
exhaled 息を吐き出した
someone 誰か
cried 叫んだ
boys 少年たち 



「数字が明かす小説の秘密 Nabokov's Favorite World Is Mauve」 2017年
スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで
(著)ベン・ブラット Ben Blatt
(訳)坪野圭介
DU BOOKS(disk Union)