熱き時代の熱き夏、魂のライブ

「サマー・オブ・ソウル(あるいは革命がテレビ放映されなかった時)」
Summer of Soul(...or ,When The Revolution Could NotBe Televised)



- ニーナ・シモン、スライ&ザ・ファミリーストーン、スティービー・ワンダー・・・-
<幻の映像>
 この作品は、1969年の夏に6週間に渡ってニューヨークのハーレムで開催された音楽イベントの記録映画です。当時、映画として公開するために撮影されていながら、オクラ入りしたまま50年間行方不明になっていたフィルムが2021年に初公開されました。永久に失われていたかもしれない作品なだけに、復活したその映像を見る出演者や観客たちの笑顔や涙もまたこの作品の見どころと言えます。正直、僕は音楽映画でここまで感動させられたことは今までなかったかもしれません。
 この作品は、1969年のアメリカを記録したタイム・カプセルでもあります。そして、その1969年という年は、歴史の転換点として重要な意味を持つことになりました。そのことがわかったいるからこそ、21世紀の今、この作品には大きな意味があり、見ている我々も胸が熱くなるのです!
 30万人の観客たち、それぞれの記憶に収められていた伝説的イベントに50年後にやっと参加できることに感謝したいと思います。

<タイトルについて>
 この映画の副題「あるいは革命がテレビ放映されなかった時 ...or ,When The Revolution Could NotBe Televised」は、ギル・スコット・ヘロンの代表曲「革命はテレビで放送されない Revolution Will Not Be Televised」からとられたのでしょう。1971年発表のアルバム「ピーセス・オブ・ア・マン」収録でシングルヒットもした名曲です。この時代を代表する英雄モハメド・アリの伝記映画「アリ」では、彼が世界タイトルに挑戦するシーンで使用された曲でもあります。
 1969年と言えば、伝説的なロック・イベント「ウッドストック」が開催された年でもあります。そのおかげで、この黒人たちの音楽フェスティバルは、その裏番組的扱いを受けることになりました。それもあって映画としては公開されることなくフィルムがお蔵入りしてしまったのです。しかし、50年が過ぎた今、その映像の価値は「ウッドストック」に負けないものだと納得させられるはずです。
 1969年以降、一気にスターになったアーティスト。
 1969年だからこそ、見られたパフォーマンス。
 1969年が、ピークだったアーティスト。
 様々なアーティストの熱く貴重な映像が並びました。
 1969年という年が持つ意味は、それぞれのアーティストのその後を知るとより理解できるかもしれません。
 ここでは、映画に登場するアーティストと演奏曲について、1969年という年を意識しながら解説をしてみようと思います。

スティービー・ワンダー
 この映画のオープニングは、当時19歳の若きスティービー・ワンダーです。それもなんと、ドラム・ソロでスタート。盲目のアーティストによるドラムのソロ演奏とは驚きですが、そのファンキーなこと!
 すでにアイドル的人気を獲得していたスティービーですが、モータウン・レーベルの枠組みは、彼に政治的発言を許さず、白人にも受けの良いタレントであることを求められていました。しかし、この後、彼はしだいに公民権運動にも関わるようになり、自分の意見を音楽によって発表して行くようになります。そして、その集大成となったのが、このフェスの前年に暗殺されたキング牧師の誕生日を国民の祭日にするための運動でした。彼の代表曲「ハッピー・バースデー」はそのキャンペーンのための曲です。
 ハーレムで同胞たちの前で歌ったこのフェスの経験は、たとえ観客の顔が見えなくても、まだ少年だった彼に自信と勇気を与えたはずです。

<チェンバース・ブラザース>
 次に登場するチェンバース・ブラザーズは、アメリカ南部ミシシッピー州出身のファンク・ロックバンドです。その後、活動拠点を西海岸のロサンゼルスに移し、サイケデリック・ロックの影響を受けたバンドで、この時代を象徴するバンドでした。ここで彼らが演奏する「UP TOWN」とは、ニューヨークの北側に位置するハーレム地区のこと。
 ソウルとロックの融合が進んだのはこの時代がピークで、この後、黒人音楽の主流はソウル、ファンク、ディスコへと分離して行き、こうしたクロスオーバー的なバンドは消えてゆくことになります。この後、登場するスライもまたこの時期がピークが人気のピークとなります。

B・B・キング
 都会的なファンク・ロックバンドに続いて登場するのは、都会的なブルースのスタイルを確立したブルース界の大御所B・B・キングです。この年、彼は44歳でいよいよ円熟期を迎えつつありました。
 「なぜ俺がブルースを歌うのか?」と歌う彼のブルースは、このフェスの中では少々懐メロ的な存在に聞こえるかもしれません。しかし、入場無料で多くの家族連れも訪れていたこのフェスは、様々な世代、様々な人々が集まる場でもありました。この時の迫力ある歌声に圧倒され、その後「ブルース・ブラザース」の一員になった少年も多かったはずです。
 彼は長く活躍を続け、映画「ブルース・ブラザース2000」にも出演することになります。

<トニ―・ローレンス>
 このフェスティバルの仕掛け人であり、司会者でもあるトニ―・ローレンスがここで紹介されます。ウッドストックもそうですが、そもそもこうした大きな音楽イベントの仕掛け人は商売人ではありえません。よほどの「夢追い人」か「アホウ」でないと不可能なプロジェクトですが、それも1969年という夢見がちな時代だからこそ周囲も協力を惜しまなかったのでしょう。
 ただし、こうした企画が可能だったのは、やはり1969年という時代のおかげだったとも言えます。2020年代になって以降、たとえコロナ禍が終わっても、もうここまで自由なイベントは開催不可能だと思います。

<ザ・ステイプル・シンガーズ>
 ゴスペル界の革新者であり、多くのアーティストからのリスペクトを受け続ける存在、ステイプル・シンガーズの登場です。アメリカ南部、スタックス・レコードからこのフェスに参加した数少ないアーティストでもあります。
 メイン・ヴォーカルのメイヴィス・ステイプルズの圧倒的な歌唱力もこの作品の見どころです。彼らは、ザ・バンドのラストコンサートのドキュメンタリー映画「ラスト・ワルツ」でも素晴らしいパフォーマンスを披露しています。

フィフス・ディメンション
 ここで登場するフィフス・ディメンションは、1969年という年にキャリアでの頂点を迎えていたグループです。彼らは、ベトナム反戦をテーマにしたサイケデリックなロック・ミュージカル「ヘアー」の名曲「アクエリアス」と「レット・ザ・サンシャイン・イン」をカバーして大ヒットさせていました。ただし、当時、この曲は黒人ではなく白人のポップ・コーラス・グループが歌っていると多くの黒人たちは思っていたようです。
 それだけに、黒人文化の中心地でもあるハーレムの地で自分たちのパフォーマンスを披露できることは感激だったのでしょう。その後、マリリン・マック―とビリー・デイヴィスとして活躍した二人が当時の映像に涙する気持ちもわかります。
 ソウルとポップスのクロスオーバーが大ヒットとなりうる時代、1969年は彼らのような異色の存在をも生み出す特別な時代でした。

<エドウィン・ホーキンス・シンガーズ>
 このフェスティバルは、毎週末に開催されそれぞれの週はジャンルによって分けられていたようです。ここからはゴスペル系のアーティストが続きます。その中のエドウィン・ホーキンス・シンガーズの演奏もまたこの年を象徴する存在として重要です。ここで演奏された「オー・ハッピー・デイズ」は、讃美歌をもとに書かれたゴスペル曲で、1969年に発売されてビルボードの4位にまで上昇する大ヒットになっていました。1993年「天使にラブソングを2」でも使用されるなど、ゴスペルのスタンダードともいえる曲です。
 公民権運動が盛り上がりを見せる中、その運動を精神面で支えていたのは、キング牧師であり、キリスト教の存在でもありました。だからこそ、ヒットチャートにまでゴスペルが進出できる時代だったのです。

<マヘリア・ジャクソン&メイヴィス・ステイプルズ>
 この後、ステイプル・シンガーズ、ハーマン・スティーブンス&ザ・ボイス・オブ・フェイス、クララ・パーカー&ザ・ゴスペル・レディーマーズが登場。
 真打的存在として、ゴスペル界の大御所マヘリア・ジャクソンが登場し、「Lord Search My Heart」を歌います。彼女は「ゴスペル」にブルースの要素を持ち込んだことで「ゴスペルの母」と呼ばれる存在。そして、公民権運動においてキング牧師と共に歌で戦った偉大な歌手です。
 ここでは公民権活動家ジェシー・ジャクソンが登場し、一年前キング牧師が暗殺された日のことを語り、マヘリア・ジャクソンとメイヴィス・ステイプルズによって、「Precious Lord Take Me Hand」の熱唱が始まります。観衆の悲しみの表情からは、キング牧師への熱い思いも伝わってくる感動的な場面です。
 ジェシー・ジャクソンはその後、黒人政治家として政界入りを果たし、オバマ以前最も大統領に近い存在となります。

デヴィッド・ラフィン
 ここで登場するデヴィッド・ラフィンは、モータウンの看板スターだったテンプテーションズの黄金期のメイン・ヴォーカリスト。ちょうどこの頃、グループを脱退しソロ・デビューを果たしたところでした。モータウンとしては、ソロ活動を開始したデヴィッド・ラフィンのプロモーションを兼ねた出演だったのかもしれません。ここで自己紹介も兼ねて歌うのは、テンプス時代の代表曲「マイ・ガール」です。
 彼が脱退した後のテンプテーションズは、この後、時代の流れに合わせるようにそれまでのスタイルから脱却。サイケデリックな要素を導入した「クラウド・ナイン」などの曲を発表し新たな時代へと突入します。

<グラディス・ナイト&ザ・ピップス>
 グラディス・ナイト&ザ・ピップスは、このフェスに出演した当時はモータウンのアーティストとして活動していました。ここで歌っている「悲しいうわさ」は、マーヴィン・ゲイのヒット曲でもあります。ただし、彼らはスター目白押しのモータウンの中では中堅どころで、そのプロモーションに不満もあったようです。そんなことから、彼らはモータウンを離れ、ブッダレーベルと契約。「夜汽車とジョージアへ」の大ヒットにより、黄金時代を迎えることになります。彼らにとっても、この年はキャリアにとっての転換期にあったのです。
 このフェスへの出演によって得られた自信は、彼らにとって新しい時代へのきっかけとなったのかもしれません。

スライ&ザ・ファミリー・ストーン
 スライ&ザ・ファミリー・ストーンこそこのフェスティバル最大のスターであり、1969年最大のヒーローだったと言えます。前述の「ウッドストック」と両方に出演しているのは、彼らだけで、白人、黒人両方の音楽ファンからの支持を得ていたことは間違いありません。バンドのメンバーも、白人黒人融合であると同時に、男性女性融合のバンドで、まさに時代の先を行く存在でした。1970年代にはいると公民権運動と共に進みつつあったフェミニズムの解放運動が一気に盛り上がることを思うと、彼らはいち早く1970年代を歩み出していたわけです。
 さらに音楽的な面でいうと、彼らが演奏していたロックとファンクの融合は、モータウン式のソウル・コーラス・グループの時代から、バンド・スタイルのファンク・ミュージックの時代への変化をも先取りしていました。
 彼らほど、1969年という年を象徴する存在はいないのです。

<モンゴ・サンタマリア&レイ・バレット>
 ここからはラテン・ナイトのパートのようです。このフェスティバルは黒人音楽のフェスティバルと思われがちですが、それだけではありません。プエルトリコやキューバ系ラティーノのフェスティバルとしても大きな意味を持っていたのです。公民権運動は、黒人が人種差別と闘うために始めた運動でしたが、それは黒人以外の差別の対象になる人種にとっても意味を持っていました。特に今では黒人を人口で上回っているラテン系の移民たちにとっても、1960年代末は文化的な革命の時期でした。それに合わせるように、1960年代半ば、ニューヨークでは後にサルサを世界的にブレイクさせるファニア・レーベルが誕生。ニューヨークに住むプエルトリコやキューバからの移民たちが、自分たちの音楽を自分たちで作り販売するための企業として大きな役割を果たしました。そこで活躍するミュージシャンが、ここで出演しているモンゴ・サンタマリアレイ・バレットです。1970年代に入り、彼らがパーカッションを担当しリズムの中心となるファニア・オールスターズが結成されることになります。
 ハーレムは黒人だけが住む地域ではなく、ラティーノ(ヒスパニック・アメリカン)が多く住む地域でもありました。彼らのパフォーマンスは、1970年代にブレイクするサルサ黄金期の先駆となったと言えます。ただし、サルサの最高峰はここではまだ披露されてはいません。黒人音楽の黄金期がこうしてどんどん掘り起こされているのに比べると、サルサなどラテン系の文化はまだまだ再評価が進んでいないようです。最高のアンサンブルが生み出されていたサルサ黄金期の映像や音楽も今後復刻されることを願います!

<アフリカン・パート>
 この後、ディニズールーとアフリカン・ダンサー&ドラマーの共演からアフリカ音楽のパートが始まります。
 再び、モンゴ・サンタマリアが登場して演奏するのは、モータウンにとって最初のサイケデリック・サウンドとなったテンプテーションズの「クラウド・ナイン」です。このあたりの選曲もまたこのフェス、この時代ならではと言えます。
 ハービー・マンとギタリストのソニー・シャーロックによるコラボ曲は、モータウンのライバルでもあったアトランタのスタックス・レーベルのスター、サム&デイヴの大ヒット曲「ホールド・オン・アイム・カミング」です。

<ジャズ・パート>
 ジャズのパートが始まりますが、さすがに普通にモダン・ジャズを演奏するわけではありません。先ずはジャズ・ドラムの大御所マックス・ローチが登場。ドラムのソロ演奏の後、彼の元妻でもあるアビー・リンカーンが登場し、ジョン・コルトレーンの曲「アフリカ」を演奏します。彼女は当時、公民権運動の女性活動家とした大活躍していましたが、その後、再びジャズ歌手として活躍するようになり、スパイク・リーの出世作ももある映画「モ・ベター・ブルース」には女優として出演もしています。夫婦で公民権運動に関わっていた二人にとっても、このフェスでの演奏はこの時代を象徴する思い出深いものとなりました。
 1969年は、ファッションだけでなく様々な意味でアフリカ回帰の時代でもありましたが、ここで南アフリカからアメリカへと逃げてきたトランぺッター、ヒュー・マセケラが登場します。彼は南アフリカでジャズ・ミュージシャンとして活躍していましたが、1960年代に起きた母国南アでの人種暴動を機にイギリスへと逃れ、その後、ジャズの故郷アメリカに移住したミュージシャンです。

ニーナ・シモン
 この時代、このフェスのメインイベントとも言える存在ニーナ・シモンの登場です。
 1950年代から1960年代にかけて、公民権運動におけるシンボルの一人だった歌手は、ここで「白人をマッシュする覚悟はあるか?」と歌い観衆を挑発します。この瞬間、観衆の中に混じっていたごく少数の白人たちは、身がすくむ思いをしたかもしれません。そのうえ、会場警備の多くがブラック・パンサーのメンバーだったのですから、怖かったはずです。でも、それがハーレムを出た黒人たちの日常でもあったの当時の現実でした。
 彼女の闘争心むき出しの歌声は、そうした現状への怒りがこめられた「叫び」でした。ただし、そんな彼女の歌声も1970年代にはいると虚しく響くようになります。過激なブラック・パンサーは警察やFBIによって徹底的に抑え込まれ、大衆の多くも彼らの武装闘争に否定的になってゆくのです。そして、ニーナ・シモンの存在はしばらく過去の存在に追いやられることになり、一時はアメリカを離れアフリカ大陸への移住を考えるようになります。
 1969年のこの日の彼女のパフォーマンスは、「歌う闘志」として最も輝いていた時代の記録となりました。
 思えば、アメリカにおける保守派の代表的存在だったウォルト・ディズニーが育てたディズニーが、「白人をマッシュさよ!」と歌うニーナ・シモンの映像を流す時代になったことに、時代の変化を感じます。

「サマー・オブ・ソウル(あるいは革命がテレビ放映されなかった時)」 2021年
Summer of Soul(...or ,When The Revolution Could NotBe Televised)
(監)アミール”クエストラブ”トンプソン(アメリカ)
(製)ジョセフ・パテル、ロバート・フィヴォレント、デヴィッド・ダイナースタイン
(撮)ショーン・ピーターズ
(編)ジョシュア・L・ピアソン
(出)スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ニーナ・シモン、スティーヴィー・ワンダー、ザ・フィフス・ディメンション、デヴィッド・ラフィン
B・B・キング、ヒュー・マセケラ、レイ・バレット、モンゴ・サンタマリア、ステイプル・シンガーズ、マヘリア・ジャクソン・・・

曲名  演奏 作曲・作詞 コメント
「Drum Solo」  スティービー・ワンダー
Stevie Wonder 
←  盲目のアーティストがまさかのドラムソロ! 
「It's Your Thing」 スティービー・ワンダー
Stevie Wonder 
アイズレー・ブラザーズ
O'kelly Isley,Rudolph Isley
Ronald Isley
「Up Town」  ザ・チェンバース・ブラザーズ
The Chamders Brothers
Betty Mabry   
「Why I Sing The Blues」  B・B・キング
B・B・King
Dave Clark
B・B・キング
 
「Knock On Wood」  トニ―・ローレンス
Tony Lawrence &
Harlem Cultural Festival Band 
エディ・フロイド
Eddie Floyd
Stephen Lee Cropper 
この企画のプロデューサー
「Chain of Fools」  ハービー・マン
Herbie Mann 
ドン・コヴェイ
Don Covay
 
「Give A Dawn」  ザ・ステープル・シンガーズ
The Steple Singers 
Stuart M. Scharf   
「Don't Cha Hear Me Callin' YA?」  ザ・フィフス・ディメンション
The 5th Dimension 
Ruby Stevenson  
「Aquarius ~Let The Sunshin In」  ザ・フィフス・ディメンション
The 5th Dimension 
James Rado
Gerome Ragni
Galt MacDermont
 
「Oh Happy Day」  The Edwin Hawkins Singers Edwin Hawkins   
「Help Me Jesus」  ザ・ステープル・シンガーズ
The Steple Singers  
Pops Staples  
「Heaven Is Mine」 Professor of Faith  Lawrence Curtis Roberts  
「Wrapped,Tied And Tangled」  Clara Walker &
The Gospel Redeemers 
Karl Tarleton  
「Lord Search My Heart」  マヘリア・ジャクソン
Mahalia Jackson
Tradd.  
「Precious Lord Take Me Hand」  Mahalia Jackson
Mavis Staples
Thomas A. Dorsey  
「Let Us Break Bread Together」  Operation Breadbasket  James Barge
Ben Branch 
 
「My Girl」  デヴィッド・ラフィン
David Ruffin 
William Robinson Jr.
Ronald White 
テンプテーションズの大ヒット曲
「悲しいうわさ
I Heard It Through The Grapvine」 
グラディス・ナイト&ザ・ピップス
Gladys Knight & The Pips
Barret Strong
Norman Whitfield
 
「Sing A Simple Song」  スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Sly & The Family Stone 
Sylvester Stewart  
「Everyday People」  スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Sly & The Family Stone 
Sylvester Stewart   
「Watermelon Man」  モンゴ・サンタマリア
Mongo Santamaria 
ハービー・ハンコック
Herbie Hancock 
 
「Abidjan」 レイ・バレット
Ray Barretto
 
「Afro-Blue」  モンゴ・サンタマリア
Mongo Santamaria
Ramon Santamaria  
「Together」  レイ・バレット
Ray Barretto
 
「It's Been A Change」  The Staple Singers Roebuck "Pops"Staples  
「Shoo-Be-Doo-Be-Doo-Da-Day」  スティービー・ワンダー
Stevie Wonder 
Henry Cosby
Sylvia Moy,S.Wonder
 
「Ogun Ogun」  Dinizulu &
His African Dancers and Drummers 
Tradd.   
「Cloud Nine」  モンゴ・サンタマリア
Mongo Santamaria 
Barret Strong
Norman Whitfield 
テンプテーションズの大ヒット曲 
「Hold On , I'm Comin」  Herbie Mann
Sonny Sharrock
Isaac Hayes
David Porter
サム&デイヴの大ヒット曲 
「It's Time」  マックス・ローチ
Max Roach 
Maxwell Lemuel Roach   
「Africa」  アビー・リンカーン、マックス・ローチ
Abbey Lincoln&Rax Roach 
ジョン・コルトレーン
John Coltrane
 
「Halese Ledi Khanna」 ヒュー・マセケラ
Hugh Masekela 
Calphus Semenya   
「Grazing In The Grass」 ヒュー・マセケラ
Hugh Masekela  
Philemon Hou
Harry Elston
 
「Backlash Blues」  ニーナ・シモン
Nina Simone 
Langstone Hughes
Nina Simone
 
「To Be Young, Gifted, And Black」  ニーナ・シモン
Nina Simone  
Nina Simone
Weldon Irvine
 
「Are You Ready」  ニーナ・シモン
Nina Simone  
David Nelson  
「Higher」  スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Sly & The Family Stone 
Sylvester Stewart    
「Have A Little Faith」  The Chanbers Brothers Sammy Turner  

音楽映画名作リストへ   トップページヘ