第二次世界大戦と日系アメリカ人苦難の歴史

「日々の光 The Sun Gods」

- ジェイ・ルービン Jay Rubin -
<久々の驚きと感動>
 週に2冊ぐらいは本を読んでいるのですが、面白そうなのを選んでいるとはいえ、どれもが面白い本とは限りません。しかし、この本は久しぶりにページをめくる手が止まらなくなりました。読書が好きな人に絶対薦めたい本です。といっても、この本を選んだのはそれほど期待してのことではありませんでした。著者のジェイ・ルービンが村上春樹作品の英語訳で有名な人物でなければ、正直、この本を手に取ることはなかったかもしれません。長年、村上春樹だけでなく夏目漱石ら日本文学の研究者として活躍して来た彼が、初めて書いた小説。それもアメリカ在住の日系移民たちを描いた大河小説。となれば、読んでみないと・・・と思ったのでした。
 ところが、読んでビックリ!予想以上に素晴らしい小説でした。是非多くの方に読んでいただきたい作品です。では、先ずは「あらすじ」を少々ご紹介しておきましょう。

<あらすじ>
 戦前のアメリカ西海岸の街シアトル。そこには多くの日系人たちが住み着き、独自の社会を築きつつありました。そして彼らの多くは、アメリカ国民となるためにキリスト教を受け入れ、クリスチャンとして教会に通っていました。そうした教会の一つで日本人にキリスト教を布教する白人牧師トムは、日系人の間でも信頼される存在でした。
 彼が牧師を勤める教会に、ある日、日本からやって来たという美しい日本人女性、光子が現れます。彼女は日本で子供を失くし、軍人の夫に暴力をふるわれ、嫁ぎ先を出て実家に戻り、その後アメリカに移民した親戚の元にやって来たのでした。病気で妻を失い、男で一つで一人息子ビリーを育てていたトムは、光子に子育てを助けてもらううちに彼女を愛するようになります。そして、二人は人種の壁を越えて結婚することになりました。
 ところが、1930年代末、アメリカと日本の関係は急激に悪化しつつあり、1941年12月8日にはあの真珠湾攻撃が起き、日米は戦争状態に突入してしまいます。日本軍によるハワイへの奇襲攻撃はアメリカ国民を怒らせ、その怒りの矛先は日系アメリカ人たちに向けられることになりました。トムと光子の関係も悪化して行き、ついにはトムが教会を去ることになります。そんな中、日系アメリカ人が全員、専用の隔離施設へと移送されることになります。こうして、すべての財産を奪われた日系人たちの砂漠の真ん中に作られたミニドカ収容所での苦難の生活が始まります。
 光子になついていたビリーは、当初彼女の親戚らと共に暮らしていましたが、トムによって奪われてしまいます。愛する子を奪われ、神と共に夫も失った彼女は、もうアメリカで暮らす気になれず、日本へ帰国する最後の船に乗ってしまいます。
 ところが、戦況が悪化する中、帰国した彼女と家族には日本でさらなる悲劇が待ち構えていました。

<優れた時代考証>
 この物語にはしっかりとした時代考証によって再現された様々な歴史の1ページが登場します。
1930年代、アメリカ西海岸の街シアトルの日本人街と教会
1940年代、日系人への迫害と日系人を収容するための専用施設(ミニドカ収容所など)
太平洋戦争末期、「東京大空襲」そして「長崎への原爆投下」
1950年代末、東京オリンピックに向かい復興しつつある東京、そんな復興に取り残された九州山間の村
・・・・・
 日本人よりも日本をよく知る著者によって描かれた日本の風景に違和感はまったく感じられません。逆に、客観的に描写された日本の風景や日系人社会に新鮮な驚きを感じてしまいました。

<豊かな物語性>
 どんなに時代考証が優れていても、それが人を引き付ける魅力的な小説になるとは限りません。この小説の本当の素晴らしさは、そんな素晴らしい時代考証をまったく忘れさせるほど、物語が面白く、先へ先へと読み進ませる豊かな物語性(エンターテイメント性)をもっていることにあります。
 妻を捨て、日系人のクリスチャンたちを捨てたトムの罪は赦されるのか?
 ビリーは離れ離れとなった育ての親、光子に会えるのか?
 日系社会と切り離されていたビリーはどうやって日本に行くのか?
 光子に思いを寄せていた日系アメリカ人フランクはなぜ腕を失ってしまったのか?
 光子は東京大空襲、原爆の悲劇を生き延びることはできたのか?
 それぞれのキャラクターが実に魅力的なので、彼らのその後の人生が気になって仕方なくなります。そのうえ、ラスト近くには、読者をあっと驚かせる予想外に秘密が明かされるのです。読書好きにはたまらない小説です!
 あなたもきっと驚きと感動のラストに向かって、ページをめくる手が止まらなくなるでしょう。この小説を映画化できたら、きっと素晴らしい映画になるはず!

<出版までの道のり>
 この小説を、著者のジェイ・ルービン Jay Rubin は、1987年には書きあげていたといいます。しかし、いくつかの出版社に持ち込んだものの、どこも出版にしり込みし、そのままお蔵入りになっていたといいます。残念ながら、この小説で描かれている日系アメリカ人の苦難の歴史は、多くのアメリカ人にとって思い出したくない負の歴史のひとつなのです。それが、20世紀中にこの小説の出版を実現できなかった最大の理由だったようです。
 ところで、この小説の著者はジェイ・ルービン一人となっていますが、実際には彼と日本人の奥さんが夫婦共同で物語を作り上げたとのことです。それで納得しました。日本人的メンタリティーだけでなく、登場する女性たちのメンタリティーもまた実に詳細まで描き込まれているのは、彼の奥さんの影響によるものだったのかもしれません。
 それにしても、まるで有吉佐和子の大河小説のような重厚な作品をアメリカ人作家が書いたのですから驚きです。
 「クール・ジャパン・ブーム」の原因のひとつに村上春樹の海外での人気があるのなら、その小説の魅力を海外に伝えた最大の功労者である翻訳者のジェイ・ルービンの貢献はもっと紹介されるべきだと思います。そして、この小説によって、彼の存在が小説家として、さらにクローズ・アップされるよう願います。
 彼の著作「風俗壊乱:明治国家と文芸の検閲」や「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽」を読めば、彼の日本への愛情はさらに深く理解できるのでしょう。でも先ずは、彼が書いた日系アメリカ人の苦難の歴史を描いた本書を読んで、その日本文化への理解の深さと愛情の深さを確かめて下さい!
 この小説で描かれている壮大な家族愛の物語よりも、僕は著者の日本人への愛情に心を打たれてしまいました。
 この小説のタイトル「日々の光 The Sun Gods」は、たとえ熱心なクリスチャンであっても日本人ならば日ノ出の太陽に神の存在を感じてしまうという感覚から来ているようです。僕自身、昔日曜学校に通っていた経験もあり、クリスチャンの家庭に育ったので、そんな日本人的なメンタリティーはよく理解できます。そのことはたとえクリスチャンではなくても、日本人の多くが理解できるのではないでしょうか?
 だからこそ、そこに注目した著者のセンスが素晴らしいと僕は思います。

「日々の光 The Sun Gods」 2013年
(著)ジェイ・ルービン Jay Rubin
(訳)柴田元幸、平塚隼介
新潮社

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