今の日本を変えたくありませんか?

「社会を変えるには」

- 小熊英二 Eiji Oguma -

<社会を変えるには>
 社会を変えるには、政治家になって「政権」をとり政府を動かす立場に立つか、「政権」に影響力をもつ政党を作らなければならない。ほとんどの方はそう思っているのではないでしょうか?
 もしそう思っているとすれば、今の日本の政治家について知れば知るほど、日本の未来に対して希望をもてなくなるのは当然です。
 でも、本当に政治家になって政党を動かす力がなければ社会を変えることはできないのでしょうか?
 小熊英二の「社会を変えるには」は、その疑問について書かれた本です。書かれた直接のきっかけは2011年の東日本大震災とそこで起きた福島原発の事故。そして、その原因となった日本の原発事業に対する抗議運動の有効性について考えることが重要なテーマになっています。というわけで、ここではその概要を僕なりに記してみたいと思います。もちろん、気になった方は是非小熊英二著「社会を変えるには」をお読みください。

<先ずは現状把握から>

 あらゆる分野において、問題解決における最も重要なこと、それは間違いなく「正確な現状把握」だと思います。「正確な現状把握」を行うことができれば、あらゆる問題への対応方法は見えてくるはずです。たとえ、それが解決不可能な問題だったとしても、そこで撤退という選択を行うことが可能になるはずです。
 東日本大震災の後遺症と経済不安、憲法改正問題に揺れる21世紀日本社会の現状把握を日本政府はできているのでしょうか?
 「社会を変えるには」というストレートなタイトルをつけるなんて、さすがは「日本という国」の著者小熊英二です。もちろんなるほど!と思えることがけっこうありました。「社会を変えるために」できることについて、あなたも楽しく勉強できるはずです。
 「社会を変えたい」と思っている方、「社会なんて変えられるわけがない!」と思っている方に読んでいただきたいと思います。

<かつて工業化社会だった日本>
 驚きました、著者によると、日本はもう工業国ではないようです!
 「小売り販売額」、「出版売上」、「国内新車販売台数」、「CD・レコード売上」、「雇用者の平均賃金」、「製造業就業者数」、これらの数字は1990年代半ばにピークを迎え、そこから低下し続けています。どうやらもう日本は「ものづくりの国」ではないようです。
 でも日本がそうなっていたのは歴史の必然であり、多くの国が歩む必然的な道のようです。先ずは、かつて日本がそうだった「工業化社会」とは何か?から考えてみます。

<そもそも工業化社会とは?>
 「工業化社会」とは、「大量生産大量消費」を自国内において実現した社会のことです。その社会は経済的には上向きで、雇用不安が小さく政治的にも安定しています。さらにそこでは収入が安定しているので、専業主婦が普通となり、高齢者を支える社会福祉も若手の労働人口が多いことで上手く機能しています。少なくとも、その社会は未来に向けた投資が可能な明るい社会といえるでしょう。
 ただし、すべてが良いことばかりなわけではありません。
 こうした経済が上向きの社会では、大量生産が基本のために商品はどれも画一的で質もあまり良くはない傾向にあります。そのための公害問題も起きるでしょう。そこでは消費者に選択の余地は少なく、それをチェックするために必要なシステムも国民への教育も不十分です。
 労働者にとっても、この社会においては、仕事の内容も画一的で長時間の単純労働を強いられるものばかりです。そのうえ働き口の選択肢はわずかしかありませんでした。安定はしているものの、労働者にとっては、働き続けることだけが人生の目標となり、女性たちには結婚して家事につくことしか選択肢は残されていませんでした。確かに経済的に未来は明るかったものの、歩む道筋は限られる不自由な社会なのです。

<ポスト工業化社会とは?>
 かつて日本は世界最高の技術力をもつ工業社会として、高い評価を受けていました。しかし、そんな優れた「工業化社会」だった日本は今「ポスト工業化社会」に変わったといいます。
 その「ポスト工業化社会」とはいったいいかなる社会のことをいうのでしょうか?
 そこでは通信情報技術や交通手段(インターネットがその代表)が進歩し、国内、国外のグローバル化が進んでいます。年功序列のピラミッド型に構成された従来型の会社組織は時代の変化について行けず、契約社員と少数の管理者からなるネットワーク型企業が活躍するようになっています。
 製造業の多くが発展途上国に製造現場を移し、国内に残るのは情報産業、金融業、サービス業、健康産業などとなっています。そうなると、そこで働く少数の労働者を支える宅配業、外食産業、清掃・管理業、コンビニなどで働く低所得の労働者が多数を占める社会とならざるをえません。
 当然、そうした社会では賃金の格差は大きくなります。それにともない教育、社会福祉、年金制度、労働条件などすべての面で格差が生まれるとともに、若者たちの将来が厳しいものになることが予想される「未来に希望が持てない社会」だといえます。
 それでもプラスの面がないわけではありません。その社会では情報化が進み、若者にとって「自由度」が増した選択肢の多い状況だともいえるからです。
 働く側が仕事を選ぶ選択肢は、情報化が進んだことで増えています。職種や労働時間、働く場所などを幅広く選ぶことが可能になりました。(もちろん高額所得の仕事は少ないのですが・・・)同じようにネット通販や大型量販店の増加により、消費者は昔に比べると驚くほどの低価格で様々な商品を選べるようになりました。
 体力や親の資産がある若者にとっては、恵まれた社会なのかもしれませんが、将来、彼らを支える若者がいなくなる未来は厳しいと考えられます。誰もが「キリギリス」として生きられる社会ではあっても、誰もが将来に不安を抱えている社会だといえます。

<日本型工業化社会>
 同じ「工業化社会」といっても、時代、国、社会体制の違いによって、その中身はまったく異なります。では、日本の場合はどんな特徴があったのでしょうか?
 日本の農業は、1950年代から続いた冷戦状況と朝鮮戦争の特需により、アメリカなどにとっての「低価格な工場」として半導体などの精密機械を中心に急激に発展しました。(当時は、共産圏の国々は冷戦のおかげでライバルにはなりませんでした)
 1973年のオイルショックにより一時期その勢いは失われますが、それを機に日本は工場の省エネ化やオートメーション化を進め、他国に差をつけます。さらにここでは、日本型のピラミッド型構造が企業だけでなく、社会全体にまで広がっていたことも有利に働きました。巨大企業とその傘下の中小企業と下請けの町工場。商工会議所と商店街、個別の商店。農協と農家。これらのピラミッド構造の頂点には各省庁がいて、それぞれが下部組織を守るように機能していました。
 例えば、通産省は大規模店舗法によって、商店街を守り、個々のお店を守るという構造がありました。それに対し、各個店や商店街は選挙において与党に協力する。こうした協力関係ができていたことで、日本の産業界はスムーズに機能していたわけです。
 しかし、1990年代以降、日本は様々な規制緩和と輸入の自由化を進め、そのために社会構造が急激に変化し始めます。例えば、1991年の大店法の改正により、日本各地に大規模ショッピングモールが誕生。それにより日本各地の多くの商店街が崩壊。その後、小売店の数が2009年までの間に三分の二に激減してしまいます。それ以外にも、農業、水産加工業、林業、サービス業などの分野でも、価格の下落が続いたことで就業者が激減してしまいます。そうなると、その上部団体である労組や政党も力を失うだけでなく、地方人口の流出により地域社会が疲弊し、社会全体が地盤沈下することになりました。こうした状況の中で2011年東日本大震災が起き、福島の原発事故を誘発することになったのです。

<原発と工業化社会>
 30年以上時代が異なる二つの原発事故、1979年アメリカのスリーマイル島原発事故と2011年の福島原発事故には意外な共通点があります。それはどちらも「工業化社会」のニーズに答える形で生まれた原発が工業化社会の終わりに起こした必然的な事故だったということです。それは施設と運営システム両方の劣化という「人とモノ」が原因の人災に近いものでした。
 「工業化社会」として経済に勢いがあれば、そうした危険を冒してでも原発を動かす意味はあるのかもしれません。(もちろん経済的な面だけみればの話です)しかし、経済の停滞や省エネ技術の発達により電力使用量が減った社会では、リスクを冒し巨額の防災費用をかけてまで原発を動かす意味はありません。その証拠にドイツ、イタリア、スイスなどの国は原発の停止を決め、電力事業を民営化しているアメリカも採算がとれないと事業者が原発から手を引いたままです。最近でも、ヴァ―モント州のヤンキー原発が住民からの圧力と大規模改修により不採算になることを恐れた企業の撤退によって停止が決定しています。(原発輸出を重要な基幹産業にしているフランスぐらいが例外です)
 日本の場合はどうでしょうか?
 日本では戦時中、軍需産業への安定した電力供給のため全国にあった412もの電力会社を政府が9社に統合させ、「国策民営」という特殊な構造を作り上げていました。終戦後その寡占体制をGHQ(占領軍)は変えさせようとしましたが、結局それは戦後も継続されてしまいます。そのため、電力会社は実質的な独占企業となり、競争原理の働かない典型的なお役所仕事の企業になっていました。そのうえ、多くの政治家や官僚たちが関わりながら、そこに補助金を注ぎ込み、政府の思い通りの事業を行わせる体制ができあがってしまいますこうして生まれた責任の所在が不確かな無責任体質が東日本大震災において、多くの犠牲者を生み出したのです。
 ただし、そうした事態が起きる前にすでに原発事業には終わりが見えていたはずです。自由化が進む日本において、電力事業は最後に取り残された分野であり、それが行われた時、原発事業が継続されることはないはずなのです。その主な理由は以下の三つです。
(1)経済の停滞
 省エネ事業の発展に加え、2007年のリーマンショック以降。、電力需要は減り続けています。たとえ日本経済が上向きになったとしても、海外に多くの工場が移転してしまった今、、もうかつてのように日本に電力は必要なくなるはずです。
(2)政治、企業活動における情報の公開
 1999年の情報公開法の成立以降、様々な分野における情報公開が進んだことで原子力事業においても都合の悪い情報を隠すことが困難になりました。それにより、以前とは比べ物にならない安全性確保のための資金投入が必要になってきています。
(3)経済の自由化
 自由化の流れは電力事業にもおよび、原発以外の電力会社も登場(太陽光発電、地熱発電・・・)危険性が高い原発のコストが高まり、廃棄物の処理方法も決まらないことで、それまでの原発優位の状況は終わりを迎えています。

 原発は、経済成長途中の工業化社会には意味はあるかもしれません。(環境問題、安全問題に目をつぶればの話ですが・・・)それ以外では核武装しているか、これから核武装しようとしている権威主義的国家にも意味はあるかもしれません。(赤字覚悟で軍事費に国費をつぎ込めるからですが・・・)もちろん、日本はそのどちらにも当てはまらないのですから、原発は不要の国なわけです。
 それでもなお、日本が原発にこだわるのはなぜか?
 原発に関する既得権益を失いたくない政治家、企業家、地域社会がいることが最大の原因かもしれません。これから先、原発をどうするかの問題に関わりたくない政治家、官僚、原発関係者にとっては「現状維持」こそが最良の方法なのでしょう。さらには、そんな不要な原発を海外に売って利益を得られるなら笑いが止まらないはずです。

<原発依存の日本社会を変えるには>
 こうして改めて原発とそれを囲む日本社会の変化を見ていると、「原子力発電事業」は日本社会が抱える様々な問題を凝縮した存在であることがわかります。歴史は確実に原発を終わりに向かわせているはずですが、それを早めるかどうかは社会全体の変化にかかっているのかもしれません。
 我々が今この社会を変えようと動き出すには、どうすればよいのでしょうか?そこには、誰もが「我々意識」を共有して協力することが必要とされそうです。戦後日本人は「民主主義」と「平和主義」の思想を短時間に学び、それとともに国を動かしてきました。しかし、その思想は少しずつ風化してきています。かつて、それを手に入れるために、日本人が300万人もの同胞の命を犠牲にしたことを忘れつつあります。(靖国神社の中にいる犠牲者はごくごくわずかにすぎません)
 2011年以降に日本各地で行われた脱原発デモについて、小熊氏は参加者の思いをこう分析しています。
(1)国民の安全を守る気もしない政府が既得権益を得ている内輪だけで、すべてを決めるのは許せない。
(2)自分たちで考え、声をあげられる社会を作りたい。その声がきちんと受け止められ、それによって変わっていく。そんな社会を作りたい。
(3)無力感と退屈を、モノを買い、電気を使って紛らわせていくような、そんな沈滞した生活はもうごめんだ。

 こうした思いは、単に原発を止めることではなく社会全体を変えたいという思いでもあります。その思いを多くの人々が共有することにこそ、デモを行う価値があったと考えるべきかもしれません。

<運動を展開するためのアイデア>
(1)一つの問題を論じる時、それを「経済的視点(採算性など)」とか「政治的視点(右か左か?など)」とか限られた視点から見るのではなく、まったく異なる視点から見つめ直すべきだということです。その問題は、「美しいかどうか」「100年後の子供たちのためになるのか」「そもそも誰が判断するべき問題なのか?」など、様々な見方(フレーミング)があるはずです。そのフレーミングによって、問題はまったく違ったものに見えてくるはずです。
(2)運動は「組織」することに意味はなく「運動」することにこそ意味があるということ。運動への参加、不参加は自由であり、誰がどこで、どのように始めても良い。例えば、ベトナム戦争に反対するために結成された「ベ平連」には、「べ平連三原則」がありました。
「やりたいことをやれ」
「言い出したら自分でやれ」
「他人の批判はするな(それなら自分でやれ)」
 これは政治運動だけでなくすべての活動にあてはまることでしょう。さらに知りたいことがある方は、「社会を変えるには」を是非お読みください!

「社会を変えるには」 2012年
(著)小熊英二
講談社現代新書

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