「シャンドライの恋 Besieged 」 1998年

- ベルナルド・ベルトルッチ Bertolucci -

<異文化の衝突を描いた素敵な作品>
 かつて、巨匠デヴィッド・リーンは「アラビアのロレンス」、「戦場にかける橋」、「ライアンの娘」、「インドへの道」などの大作映画の中でイギリス人と異民族、異文化の衝突を描きました。1970年代以降、彼に匹敵する数少ない大作を撮れる監督として活躍したイタリアの監督ベルナルド・ベルトルッチ、彼はまるでデヴィッド・リーンを意識しているかのように異文化の衝突にこだわり続けました。
 「ラスト・エンペラー」(1987年)では清朝の皇帝溥儀とイギリス人家庭教師ジョンストン、「シェルタリング・スカイ」(1990年)ではアメリカ人夫妻とモロッコの砂漠の民、「リトル・ブッダ」(1993年)ではアメリカ人の少年とチベット仏教の僧侶たちの出会いと交流、そして衝突を描いたベルトルッチは、1998年のこの作品では、アフリカ人難民の女性とイギリス人ピアニストをローマの街で出会わせました。

<シンプルでドキュメンタりー的な撮影>
 多くのシーンが二人の住むアンティークなアパートで撮られているこの作品には、長年ベルトルッチと組んできた世界的カメラマンのヴィットリオ・ストラーロが参加していません。そのためか、一枚の美しい絵画のように観客をひきつける場面は、この映画には少なく、ベルトルッチ作品を見続けてきたファンにはちょっと物足りなく感じるかもしれません。しかし、それでもなお、この映画には「動く絵画」としてのそれとはまた別の魅力を感じます。この映画はいつものベルトルッチ作品と違い、ドラマチックな大事件や歴史的人物が描かれているわけではないので、そこに派手な映画音楽や美しく見せるためのライティングは必要なく、あえてシンプルなドキュメンタりー・タッチを用いたと考えるべきなのでしょう。そして、そんな飾らない映像と音楽の融合を実現することで、監督自身がいつもよりぐっと肩の力を抜いて撮ったからこそ、この作品には今までの彼の作品とは違うさっぱりとした味わいが感じられるのだと思います。(シンプルとはいっても、ドキュメンタりー・フィルムのようなアフリカのシーンとローマのシーンとの切り替えやスローモーションの使用など、今までとは異なる撮り方も用いられています)

 <露出無しのエロティックなベルトルッチ映画>
 この作品は、同じベルトルッチ監督の「ラスト・タンゴ・イン・パリ」(1972年)が、その大胆なセックス描写で話題を呼んだのに比べると、ほとんど裸すら出てこない露出の少ない恋愛映画です。しかし、そのエロティックさは「ラスト・タンゴ・イン・パリ」にけっして劣るものではありません。ベルトルッチ監督も、だてに年をとってはいなかったようです。
 おまけに、この映画には、セリフもほとんどありません。映像と音楽がドラマの柱になっています。ストーリーに振り回されがちな「ラスト・エンペラー」や「リトル・ブッダ」のような大作を作れる数少ない監督の一人がベルトリッチ監督ですが、見る者の想像力に訴えるこんな小品こそ、映画ファンにはうれしいものです。

<異なる音楽文化の融合>
 そして、この映画は、音楽ファンにもうれしい作品です。
 この映画で使われている曲として、ベートーベンの「創作主題による32の変奏曲」、グリーグの「ピアノ・ソナタ」がありますが、どちらもよほどのクラシック・ファンでないと知らない曲とのこと。(僕にはわかりませんが・・・)主人公はプロのピアニストなので、彼が弾いている曲が誰でも知っているスタンダードでは、ちょっと変ということで、ここはあえてマニアックな選曲をしているようです。なるほど・・・。
 生真面目で内気なイギリス人ピアニストの弾くピアノ曲モーツァルトの「幻想曲」やバッハの「平均律クラヴィア」も美しく魅力的。それに対比する形でかかる、パパ・ウェンバサリフ・ケイタらアフリカン・ポップスの力強いが繊細なヴァーカルが、主人公の弾くピアノの美しい響きと見事なコントラストをなし、それがいつしか融合してゆくというドラマの流れも見事です。その点では、クラシック好きにもアフリカン・ポップス好きにも大満足の作品になっています。
 特に凄いのはやはりマリ出身の大物歌手サリフ・ケイタでしょう。彼が歌うだけで、ドラマは必要ないかもしれない、そう思わせるほど、彼の歌は相変わらず凄いです。逆に言うと、サリフ・ケイタのような強烈なパワーを持つアーティストの音楽を、さりげなく作品の中に収められるというのも、ベルトルッチ監督の実力の成せる技なのかもしれません。

<タンディー・ニュートン>
 それと主役のタンディー・ニュートンの魅力も忘れられません。アフリカのザンビア出身という彼女は、アフロ・アメリカンとは異なるアフリカ的な魅力を武器にその後も活躍を続けています。「M:I-2」「リディック」そしてアカデミー作品賞受賞の傑作「クラッシュ」などのアメリカ映画での活躍が中心です。それとテレビ・ドラマ・シリーズ「ER」で主役のカーター先生の恋人役を演じていますが、これが良かった。フランス在住のアフリカ系という設定が「シャンドライの恋」の延長の役柄と思えなくもない感じで魅力的でした。今後も、彼女には、アフロ・アメリカンではなくヨーロッパ・アフリカン的な魅力をもつ新しいタイプの女優として活躍して欲しいと思います。

「シャンドライの恋」 1998年(2000年日本公開)
(監督)(脚本) ベルナルド・ベルトルッチ Bernardo Bertolucci
(脚本) クレア・ペプロー Clare Peploe
(製作) マッシモ・コルテジ
(原作) ジェームス・ラスタン
(音楽) アレッシオ・ブラド Alessio Vlad
(出演) デヴィッド・シューリス David Thewlis
      タンディー・ニュートン Thandie Newton
      シリル・ヌリ
<あらすじ>
 軍事政権に統治されているアフリカの某国。シャンドライ(タンディ・ニュートン)は、教師だった夫が軍事政権によって逮捕されてしまい、しかたなくイタリアに亡命します。彼女が住み込みで働いていた家の主、キンスキー(デヴィッド・シューリス)はイギリス人のピアニストで叔母から相続したアパートに住んで子供たちにピアノを教える孤独な青年でした。彼はいつしかシャンドライを愛するようになり不器用な愛の告白をします。しかし、そこでシャンドライは思わず「愛しているというなら、夫を刑務所から出して!」と叫んでしまいます。初めてキンスキーはシャンドライに夫がいることを知りますが、彼女を愛してしまった彼は彼女の夫を救い出すことを決意します。彼はアパートの美術品を次々に売り出し釈放に必要な賄賂を作り始めます。そして、ついに彼にとって最も大切なピアノをも売りに出してしまうのでした。

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