「くたばれ経済学!」と鳥たちは歌った

「修道士は沈黙する Le Confessioni」

ロベルト・アンドー Robert Ando

<難解ではありますが・・・>
 最近の洋画の日本語訳は大体失敗作なのですが、この作品の日本語タイトルが珍しく良かったと思います。ただし、日本人にとって「修道士」という言葉は、なかなかピンとこない存在なので、セールス的にはより厳しくしてしまったかもしれません。(「修道士」とは、キリスト教の中でもカトリックの修道院で修業を積んでいる宗教者のこと。教会で信者を宗教的に指導するのは「神父」で、「修道士」は基本的に世俗との関りを持たない生活をしています)
 おまけにこの作品は、G8財務大臣会議が背景になっていて、世界経済の問題が重要なテーマになっています。「宗教」と「経済」がテーマなわけですから、かなり難解な作品と言わざるを得ません。少なくとも日本人向けではないのですが、政治サスペンス映画が好きな方なら絶対にお薦めです。(コスタ・ガブラスの「Z」、アラン・J・パクラの「大統領の陰謀」、ロン・ハワードの「フロスト×ニクソン」など)
 閉鎖された空間に集められた限られた人数の関係者。その中で、一晩の間に起きた事件。それぞれの関係者は異なる立場から疑心暗鬼になっています。そうした物語の設定は、まるでアガサ・クリスティや「名探偵コナン」の物語のようです。
 この作品は、アルフレッド・ヒッチコックの映画「私は告白する」(1953年)からインスピレーションを得て作られた作品ということです。(殺人犯からの告解を聞いた神父が、その内容を警察に話せなかったために殺人犯の疑いをかけられてゆくというサスペンス映画)
 というわけで、この作品の魅力をわかりやすく解説してみようと思います。

<あらすじ>
 G8財務相会議が開催される海辺の街に一人の修道士サルスが訪れます。空港でボイス・レコーダーを購入した彼は、会議に参加する人々だけが宿泊するホテルに入ります。そこには、会議に出席する大臣たちとオブザーバーとして参加する絵本作家や歌手、そして修道士が宿泊することになっていました。そのメンバーが集まって、主催者のロシェ理事の誕生パーティーを行った夜、修道士はそのロシェの部屋に呼ばれ、告解をさせてほしいいと言われます。
 翌朝、ロシェが部屋で死んでいるのが発見されます。そして、彼の部屋から出てくるところを修道士は目撃されていました。捜査官に呼ばれた修道士は、彼がロシェに呼ばれたのは、そこで告解を行うためだったことを明らかにします。しかし、彼がロシェから何を告白されたのかについては明かそうとしませんでした。
 結局、ロシェの死は自殺だったらしいとされましたが、それではなぜ、彼は大切な会議の前日に自らの命を絶ったのでしょうか?彼の死の原因が、会議で話し合われる議題にあったことは明らかでした。
 修道士が、もし告解の内容を語れば、会議に大きな影響を与えることになるかもしれません。そのため、関係者たちは彼が沈黙を守り続けることを求めると同時に、彼のやろうとしていることを知ろうとそれぞれの立場から接触を試みます。
 そして、いよいよ会議の日、修道士がその会場に現れます。彼はついに沈黙を破るのでしょうか?

<会議のテーマは?>(ネタバレ注意)
 ロシェが死を選ぶことになった会議のテーマとは何だったのでしょうか?映画の中では具体的には説明されていませんが、ある程度予想はできます。
 「21世紀の資本」で知られるフランスの経済学者トマ・ピケティも書いているように、世界の経済において不平等を減らすためには、グローバル化した企業が利益を様々な場所に様々な形で隠蔽し、税金逃れをすることを阻止する必要があります。そのためには、世界中のすべての資産データをチェックできるグローバルな開示システムの構築が必要です。
 しかし、世界の政治家たちは、それを本当に追求する気があるのでしょうか?自分たちが、もしその恩恵にあずかっているなら、そんなチェック機構など作らせないのではないでしょうか?
 どうやら、その会議のテーマはそうした世界に平等をもたらすための取り組みではなく、それに逆行する富の偏りをもたらすような取り決めについてだったようです。長い間、理事として会議の中心にいたロシェは、自らの人生が終わりに近づいたと感じたのか、その決定にストップをかけようと考えたようです。それは自分の罪に対する罪滅ぼしだったのでしょうか?そして、そのために彼は修道士にある数式を遺言代わりに遺しました。その数式は、グローバルな企業による資産の不正な移動を明らかにできるチェック能力を持っているらしいのですが・・・?会議の出席メンバーには、自分たちのやろうとしていることを暴露される数式に思えたようです。
 オブザーバーとして修道士のサルスが選ばれたのは、彼が元々数学者で、数式の意味を理解できると考えられたからだったのです。
 会議に出席した修道士は、そこで何も語ることなく「数式」を書いて出席者を驚かせます。その意味を推理した出席者たちは、会議の議題だった条約締結を見送ることを決定します。結局、修道士は沈黙を守ったまま、G8財務相会議の決定にストップをかけたのでした。

<様々な人々との対話>
 会議への参加者は、それぞれの立場から修道士との対話を行い、沈黙を求めたり、国会の内容を聞き出そうとしたり、協力を申し入れたりします。その顔ぶれは地味ながら魅力的です。
ダニエル・オートゥイユ(ダニエル・ロシェ役) 
1950年1月24日アルジェリア生まれのフランス人です。
ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の「八日目」(1996年)でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞している名優。
ミヒャエル・ハネケの名作「隠された記憶」(2005年)にも出演しています。 
コニー・ニールセン(童話作家クレール・セス役) 
1965年7月3日デンマーク生まれ。
リドリー・スコット監督の「グラディエーター」(2000年)、スザンネ・ビア監督の「ある愛の風景」(2004年)、そして「ワンダーウーマン」(2017年)などに出演。 
マリー=ジョゼ・クローズ(カナダの大臣役) 
1970年2月23年カナダ、ケベック州モントリオール生まれ。フランス系の女優としてヨーロッパでも活躍。
「潜水服は蝶の夢を見る」(2007年)、スティーブン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」(2005年)、アダム・エゴヤン監督の「アララトの聖母」(2002年)などに出演。 
ランベール・ウィルソン(キス役)
1958年8月3日フランス生まれですが、ロンドンで舞台俳優となった俳優。
映画デビューは古く、フレッド・ジンネマンの名作「ジュリア」です。
修道士を演じた名作「神々と男たち」(2010年)、クストーを演じた「海へのオディッセイ ジャック・クストー物語」(2016年)、「マトリックス リローデッド」(マトリックス レボリューションズ」(2003年)、「キャット・ウーマン」(2004年)など様々な映画に出演しています。 
モーリッツ・ブライブトロイ(マイク・クライン役) 
1971年8月13日ドイツ生まれ。
ミシェル・ウェルベック原作の大ベストセラーの映画化「素粒子」(2006年)でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞している名優です。
「ミュンヘン」(2005年)、「es(エス)」(2001年)、「ラン・ローラ・ラン」(1998年)などの出演。 
ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(イタリアの大臣役) 
1969年8月24日イタリア生まれ。
ロン・ハワード監督の「ラッシュ/プライドと友情」(2013年)、「ナルニア国物語/カスピアン王子の角笛」(2008年)、「炎の戦線 エル・アラメイン」(2002年)など。 
伊川東吾(日本の大臣役) 
1946年9月24日東京生まれでイギリスで活動する国際的な日本人俳優。
「限りなく透明に近いブルー」(1979年)、「SAYURI」(2005年)、「モネ・ゲーム」(2012年)、「ラスト・レシピ 麒麟の舌の記憶」(2017年)など。 
ステファーヌ・フレス(会議に招待された歌手役) 
1960年11月27日フランス、パリ出身の俳優。
アニエス・ヴァルダ監督の「冬の旅」(1985年)、スピルバーグの「ミュンヘン」(2005年)、クリント・イーストウッド監督の「ヒア・アフター」(2010年)などに出演。 
アレクセイ・グシュコフ 
1958年3月20日ポーランド生まれ。 


 そして、主人公の修道士ロベルト・サルスを演じているのが、
トニ・セルヴィッロ
1959年1月25日イタリア南部ナポリの生まれ。

<鳥と犬とルー・リード>
 警察も会議の参加者も、修道士が持ち込んだボイス・レコーダーにこそロシェの最後の言葉が録音され、それが事件の真相を明らかにすると考えていましたが、そうではありませんでした。
 最後まで沈黙を守った修道士に代わって、ボイスレコーダーから聞えてきたのは、修道士が録音していた野鳥たちの鳴き声でした。
 その鳥たちの鳴き声の美しさと飛ぶ姿は、この映画のポイントです。もしかすると、その美しいさえずりはその場にいない貧しき人々の「声なき声」を象徴するのでしょうか?
「空の鳥をよく観察しなさい。種を播いたり、刈り取ったり、倉に集め入れたりはしません。それでも、あなた方の天の父はこれを養っておられます。あなた方はそれらより価値のあるものではありませんか」
マタイによる福音書第6章より
 修道士が参加者を前に語る最後のお話は実に感動的です。

 それと、最後にドイツの経済担当のもとを去り、修道士と共に会場を去った犬。この犬もまた印象的です。二人が去って行くユーモラスな姿は、まさに放浪紳士チャーリー・チャップリンです。チャーリー・チャップリンと言えば、サイレント映画時代の映像作家であり、最後までサイレント映画にこだわり続けた映画監督でもありました。
 鳥とは別にこの映画の中でもう一人歌っているのが、会議にオブザーバー参加することになった歌手です。彼がロジェの誕生パーティーでギターを弾きながら歌ったのは、ルー・リードの代表曲「ワイルド・サイドを歩け Walk On The Wild Side」です。トランスジェンダー、薬物中毒の世界を歌い、そこへ誘っている歌詞をもつ曲は、何を意味しているのでしょうか?
 かつてアンディ・ウォーホルが作り、多くのアーティストや同性愛者や変わり者たちが集まる場所となった「ザ・ファクトリー」。そのメンバーだったルー・リードが、そこに集まる人々のことを歌ったとされる曲。ということは、ここでは、G8財務相会議に集まったメンバーのことを歌っているのでしょうか?それとも、彼らに危険でも新たな挑戦をするよう促しているのでしょうか?
 ちなみに、監督のインタビューによると、この歌手は国連の平和会議にオブザーバーとして呼ばれていたボブ・ゲルドフやボノをモデルにしていて、絵本作家の女性は、J・K・ローリングのようです。
 
<結論>
 スタイリッシュなサスペンス映画のスタイルをとってはいますが、この作品が言わんとするところは何か?
僕はすばり、「くたばれ経済学!」ではないかと、思うのですが。
 ノーベル賞に経済学賞がある意味が未だに僕は理解できません。
 物理学も化学も医学も文学も、ほとんどの受賞者とその理論・作品は人々を救う役目を果たしていると思います。しかし、経済学の理論は、世界に貧富の差をもたらしたり、富める者をより豊かにする学問にしか思えません。
 この作品でも、もう少しでさらなる貧富の差が生まれる決定がなされるところでした。
「くたばれ経済学!」

「修道士は沈黙する Le Confessioni」 2017年
(監)(脚)ロベルト・アンドー Robert Ando
(製)アンジェロ・バルバガッロ
(脚)アンジェロ・パスクィーニ
(撮)マウリツィオ・カルヴェージ
(音)ニコラ・ピオヴァーニ
(出)トニ・セルヴィッロ、ダニエル・オートゥイユ、コニー・ニールセン、マリ=ジョゼ・クローゼ、ランベール・ウィルソン、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、伊川東吾

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