「台風クラブ」

- 相米慎二 Shinji Soumai -

「台風クラブ」
 彼が当時所属していたディレクターズ・カンパニーが行ったシナリオ公募の準入選作を映画化した作品。台風で外に出られなくなった中学生たちが学校の中で日常の不満をぶつけているうちにどんどん行動がエスカレート、台風の接近とともにドラマもまたクライマックスへと進み、事件が・・・そして台風のもたらす混沌がすべてをリセットするかのように「台風一過」の素晴らしいエンディングをもたらします。

 台風が近づくと、なぜかワクワクしてしまう「子供心」を持つ大人なら今でも十分に楽しめる青春映画です。この作品は完成後、しばらくお蔵入りとなっていましたが、1985年の東京国際映画祭でヤングシネマ部門の大賞を受賞。そのおかげで無事に一般公開されることになりました。新人女優を育て開花させることで知られる彼は、この作品では工藤夕貴をブレイクさせ、これ以後彼女は世界的な女優への道を歩み始めることになります。この映画での工藤夕貴は本当に魅力的でした。元気で明るくて、それでいて、どこか謎めいていて影がある、そんな不思議な女の子の登場は、他のアイドル女優とはどこか違うものがありました。
 この年、相米監督は日活ロマンポルノの「ラブ・ホテル」と斉藤由貴の初主演映画「雪の断章・情熱」も公開させています。デビュー以来、コンスタントにヒット作を生み出し続けてきた彼にとっても、この年はもっと忙しかった一年だったかもしれません。

<相米慎二>
 相米慎二は、1948年1月13日に岩手県盛岡市に生まれています。その後、北海道釧路市に引越しますが、中央大学法学部に入学するため上京します。しかし、彼は法律家となる道へと歩みだすことなく大学を中退。大好きだった映画の道へと進もうと日活の契約助監督となります。日活で曽根中生らの下で働いた後、彼はフリーの助監督となり、当時の人気監督たち、長谷川和彦や寺山修司などのもとで助監督を勤め実力をつけました。
 彼の監督としてのデビュー作は、1980年、薬師丸ひろ子の初主演映画「翔んだカップル」です。青春恋愛映画の快作となった彼のデビュー作は、すでに彼の十八番となる「長回し撮影」を多用していて、独特のスタイルが話題となりました。さらにその作品では、「アイドル製造工場」としての彼の役割を早くも果たしています。小津安二郎のようにしつこいほどリハーサルを繰り返しながら若手俳優たちを教育し、「ワンシーン=ワンカット」にこだわることで常に俳優たちに緊張感を強いる演出方法により、新人女優たちは一気に一人前の俳優に成長することになりました。

<アイドルから女優への改造工場>
 「翔んだカップル」(1980年)と「セーラー服と機関銃」(1981年)では薬師丸ひろ子を、「ションベン・ライダー」(1983年)では河合美智子、永瀬正敏を、「雪の断章・情熱」(1985年)では斉藤由貴を、「東京上空いらっしゃいませ」(1990年)では牧瀬里穂を、「お引越し」(1993年)では田畑智子を、 「夏の庭/The Friends」では戸田菜穂を一流の俳優に育て上げ、一気にブレイクさせています。それぞれが独自の魅力をもつ女優として、日本映画界で大きな役割を果たし、未だに活躍を続けているだけにその才能を磨き上げた彼の役割は非常に大きなものがあったと思います。

<アイドル映画から大人の映画へ>
 アイドル映画でありながらも、独特のカメラワークなどで質の高い作品を撮り続けた彼は、日本映画界の不況時代にピタリとはまる存在でもありました。しかし、「台風クラブ」で獲得した次作のための製作費を用いて撮った「光る女」(1987年)は興行的に大失敗。続く牧瀬里穂主演の「東京上空いらっしゃいませ」(1990年)もまた大赤字となり、その失敗もあってディレクターズ・カンパニーは倒産に追い込まれることになりました。
 それでも、その後に彼が撮った作品の数々、「お引越し」(1993年)、「夏の庭/The Friends」(1994年)、「あ、春」(1998年)、「風花」(2001年)はいずれも高く評価される作品でそれぞれアイドル映画の領域から脱し、大人の映画ともいえる内容でした。

「お引越し」 1993年
(出)中井貴一、田畑智子、桜田淳子
 小学生の女の子が両親の別居をきっかけに大人への不信をつのらせ、なんとか二人を復縁させようと奮闘。しかし、その努力は報われることなく、両親は正式に離婚することになります。ラスト近くの琵琶湖周辺の祭りの場面は長く意味不明に思えますが、見ているとぐいぐい引き込まれてしまいます。エンド・タイトルも必見です。お見逃しなく!
 映画の撮影時、12歳だったという主演の田畑智子は相米監督の厳しい演出に彼を橋から湖(琵琶湖)に落としてやろうと本気で思ったとか。それほど、彼の演出は厳しかったのですが、そのおかげで映画のラストに画面に登場した田畑智子はいつの間にか女の子から少女へと変身を遂げていました。一本の映画が一人の女優を作り上げた見事な作品です。その後の彼女の活躍は当然だったといえます。それにしても主演の田畑智子の無垢な可愛らしさは、素晴らしい!一人の少女が女優になる瞬間をフィルムの中に焼き付けた名作。

 「夏の庭/The Friends」は、死を迎えつつあった一人の老人と3人の少年たちの交流を描いた「死」を描いた作品。(山崎努、戸田菜穂など)
 「あ、春」(1998年)は、これもまた家族を描いたコメディ映画で、この作品はベルリン映画祭で見事、国際批評家連盟賞を受賞しています。(佐藤浩市、斉藤由貴、山崎努など)
 「風花」(2001年)は、エリート官僚と風俗嬢の北海道旅行を描いたロード・ムービー。(浅野忠信、小泉今日子など)

<悲劇的な死>
 青春映画の傑作として「台風クラブ」を生み出した彼は、次なる大人の映画としての傑作を生み出すはずでした。ところが、2001年、彼は肺がんに倒れ、9月9日53歳という若さでこの世を去ってしまいます。やっと新たな傑作を作る準備ができつつあっただけに、本当に悔しく惜しい死でした。
 改めて、ここにご冥福をお祈り致します。

「台風クラブ」 1985年
(監)相米慎二
(脚)加藤裕司
(撮)伊藤昭裕
(音)三枝成章
(配給)東宝・ATG
(出)三上祐一、紅林成、松永敏行、工藤夕貴、大西結花、会沢朋子、三浦友和、鶴見辰吾、尾美としのり

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