マレーシアより、愛を込めた赦しの歌

「タレンタイム ~優しい歌」 Talentime

- ヤスミン・アフマド Yasmin Ahmad -
<年に一本の驚き!>
 長らく日本で公開されず、製作から8年後にやっと日本で公開された幻の作品。
 なんの情報もなく見たので、それほど期待していなかったのですが久々の驚きでした。
 映像、音楽、演技、編集、物語・・・どれをとっても素晴らし作品です。
 こういう作品に出会える喜びは世界の映画を見る醍醐味と言えます。
 年に一度の驚きの作品でした。ということで、この作品の紹介ページを作ることにしました。
 先ずは<あらすじ>をご紹介します。

<あらすじ>
 舞台はマレーシアの名門高校。その学校で毎年恒例の音楽コンクール「タレンタイム」の開催日程が決まり、出場者を選ぶためのコンクールが行われることになりました。そこで選ばれた7名が本番までの一か月スタジオで練習をすることになります。さらにその7名を送り迎えする役も選ばれます。
 その選ばれし7名の中の一人ムルーは、英国とマレーシアの混血でムスリムの家庭に育った三姉妹の長女。彼女はピアノの弾き語りで出場することになります。
 そして、彼女を送迎する役に選ばれたのは、インド系のヒンズー教徒マヘシュ。彼は聴覚言語障害で、父親を早くに失くし母親から厳しく育てられてきました。
 ギターの弾き語りで病気の母親のために作ったオリジナル・ソングで合格したのがハフィズ。転校してきたばかりの彼はマレー系のムスリムで末期の脳腫瘍で入院している母親を看護しています。そんな状況にも関わらず、彼の成績はクラスでトップ。
 そんなハフィズにクラスのトップの座を奪われたのが中華系のカーホウ。彼は中国の伝統楽器、二胡の演奏で出場することになっていました。ただし、父親に成績のことで怒られた彼は、ライバルのハフィズにその怒りをぶつけていました。
 晩婚だったマヘシュの叔父が35歳で結婚しますが、その結婚式の夜、彼は葬儀を行っていた隣人のイスラム教徒と喧嘩になり、殺害されてしまいます。父親代わりだった叔父の死に悲しむマヘシュをなぐさめるムルーは、いつしか彼を愛するようになります。
 しかし、マヘシュの母親は人種も宗教も異なるムルーと付き合うことを許さず、二人の関係は絶たれてしまいます。
 病に苦しんでいたハフィズの母親は、タレンタイムの直前にこの世を去り、ハフィズはタレンタイムに出場するどころではなくなります。
 こうしてタレンタイムの本番の日がやって来ます。彼らは無事にステージでパフォーマンスを披露できるのでしょうか?

<多言語・多民族の文化>
 この映画を魅力的にしているのは、マレーシアという国の特徴でもある多民族・多言語性にあります。
 宗教的対立、民族的対立がある中、微妙なバランスの上に成り立つマレーシア。東南アジアの国の多くが分裂・内戦・クーデターなどによる危機や混乱を乗り越えてきた中、マレーシアは比較的穏やかにそれを乗り越えてきました。それでも一歩間違えれば、映画の中の叔父さんの死のような事件が起きる可能性はいつもあるはずです。そんな対立がもたらす緊張感がこの映画に緊張感をもたらし、だからこそのラストの感動を生み出すことになります。
 それぞれの登場人物の異なる状況が絡み合うことで物語は厚みと複雑さをまし、スリルと感動満点のエンディングへと向かいます。

<オープニングから見逃すな!>
 オープニング映像で無人の学校の様々なカットが映し出され、クロード・ドビュッシーの名曲「月の光」が流れてきます。岩井俊二の映画のオープニングを思わせるこのカットの連続にすでに名作の香りが漂っています。その後、登場人物が受けているテスト風景が映し出されますが、その何気ないシーンもあとで意味を持ってきます。この作品はどの場面にも意味があり、一見意味がないように見えても、それが後のシーンとうまくつながり、謎に思えた場面もちゃんと後で回収されることになるので見逃さずにしっかり見ておいてください。
 俳優たち、特に子役たちの演技が実に素晴らしい。教師や両親など大人たちがよくしゃべるのに対して、主人公の子供たちはみな寡黙。だからこそ、言葉では表現しきれない感情の微妙な変化が見る我々の心を揺さぶります。ラストのそれぞれの演奏シーンは号泣必至のはずですが、泣かせようといういやらしさはまったく感じません。

<素晴らし楽曲の数々>
 この映画は、物語、演技、編集、撮影すべてが素晴らしいのですが、ステージなどで彼らが演奏する音楽が素晴らしくなければ、すべては帳消しになっていたはずです。
 作品中に演奏されるオリジナル曲の作者は、マレーシア出身のミュージシャン、ピート・テオ Pete Teo です。
 彼は1972年12月26日マレーシアのボルネオ島で生まれ、10歳の時にシンガポールに引っ越し、15歳で英国に留学しました。かつて英国領だったマレーシアは、今でもインド同様多くの優秀な若者は英国に留学しています。
 彼は英国での留学を終えると香港で音楽活動を開始。1990年にポップ・デュオ、Mid-Centuryを結成しデビュー。
 その後、母国マレーシアに帰国し、2003年にソロアルバム「Rustic Living For Urbanite」を発表。俳優としても活躍していて、あの映画「攻殻機動隊」の実写版に出演しています。
 好きなアーティストは、ヴァン・モリソンニーナ・シモン、日本では高田渡のファンらしく彼の息子の高田漣との共演もしています。

<この映画の使用曲>
曲名 演奏  作曲・作詞  コメントなど 
「Angel」  Atilia  Pete Teo   
「Ganesh's Home At Last」  Hardev Kaur  Pete Teo   
「Jasmine」  Steven Keng  トラディショナル   
「Just One Boy」  Aizat  Pete Teo(曲)
Yasmin Ahmad,Pete Teo(詞) 
 
「Kasih Tak Kembali」  Atilia  Ahmad Hasim   
挿入曲  
「O Re Piya おお、愛しき人」  Rahat Fateh Ali Kahn  Salim Suleiman  2007年
「Say You Love Me」  Girl With Guitar  Nick Lee  2007年
「Tassaagu」   Nick Lee  2004年 
「Chocolate Thang」    Nick Lee(曲)
Liang(詞) 
2007年 
「Bond of Love」  Kieran Kuck
Anton Morgan  
「Love in Silence」    Yasmin Ahmad   

<ヤスミン・アフマド監督>
 この映画の監督は、脚本も書いているマレーシア出身の女性監督ヤスミン・アフマド Yasmin Ahmad です。
 彼女は1958年1月7日、マレーシアのジョホールバルに生まれました。父親は音楽家で母親が舞台の演出家という芸術家のもとで育ちましたが、祖母は日本人でした。彼女もまた多くのマレーシア人同様、英国に留学し心理学などを学びましたが、帰国後はCM制作の会社に就職しました。しかし、彼女は昔からの夢だった映画監督になる道を歩み出すことになります。
 祖母の影響で彼女は子供時代多くの日本映画を見て育ったそうです。小津安二郎黒澤明寅さんシリーズ、座頭市シリーズなどがお気に入りでした。しかし、彼女が最も好きだったのは、チャールズ・チャップリンの代表作「街の灯」だということです。
 監督デビュー作は「ラブン」(2003年)で、実の妹オーキッドの名前を主人公に「オーキッド3部作」を発表します。「細い目」(2004年)「グブラ」(2005年)「ムクシン」(2006年)
 2007年には「ムアラフー 改心」(2007年)、2009年に「タレンタイム」を発表。次の作品として日本人だった祖母を題材にした映画「ワスレナグサ」の制作を準備しはじめましたが脳内出血によって突然、この世を去ることになりました。
 あまりにも惜しい監督でした。もっと見たかった!

「タレンタイム ~優しい歌」 Talentime 2009年(日本初公開は2017年)
(監)(脚)ヤスミン・アフマド Yasmin Ahmad(マレーシア)
(撮)キョン・ロー(音)ピート・テオ
(出)パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール、モハマド・シャフィー・ナスウィップ、ハワード・ホン・カーホウ

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