世界を変えたロッド(テルアビブ)空港乱射事件の衝撃

<過激な年、1972年>
 1972年は、様々な過激派に関わる大事件が起きた年でした。
 ミュンヘン・オリンピックでのパレスチナゲリラによるイスラエルチーム襲撃テロ事件、北アイルランドでの「血の日曜日事件」、日本でのあさま山荘立てこもり事件は特に重大な事件ですが、もう一つその後の歴史に大きな影響を与えることなった事件が起きています。それがイスラエル第二の都市テルアビブのロッド国際空港で起きた日本赤軍における銃乱射事件です。

<事件の背景>
 1972年5月、パレスチナ過激派テロリストがベルギー・ブリュッセル発テルアビブ行きのボーイング707を乗っ取り、ロッド国際空港に着陸させ、仲間の解放を要求しました。しかし、イスラエル政府は要求には答えず、特殊部隊を機内に侵入させ犯人を制圧しました。その際、犯人二人が射殺され、乗客1名が死亡しました。
 パレスチナ解放人民戦線は、その報復としてロッド国際空港の襲撃を計画します。しかし、アラブ人は空港の厳しい警備体制により侵入は困難。そこで日本赤軍に協力を依頼。こうして、ロッド国際空港乱射事件が起きることになりました。事件後、この共闘関係についての驚くべき事実が明らかになりました。

<ニューヨークタイムズより>(1972年)
 CIAは最近、世界中の主なゲリラ組織が連合して、国際革命機構(International Revolutionary Organization)という名の組織を作りだしていたことを探知した。
 この組織は、これまで各国のバラバラに活動していた各ゲリラ組織が、これからは戦闘行動において共同行動をとるためにつくられた組織である。
 そして、ロッド空港事件(テルアビブ)は、この国際革命機構の最初の活動として計画され、実行されたものである。
 この組織に参加しているゲリラ組織には、アメリカのウェザーマン、ブラックパンサー、西ドイツのパーダー・マインホフ赤軍、日本の赤軍派、パレスチナゲリラのPFLP、アイルランドのIRA、ウルグアイのツパマロスなど世界の過激派を網羅している。
 そして、国際革命機構の本部事務所は、スイスのチューリッヒに置かれ、各国のその支部がある。
(そのほか、エチオピアのエリトリア解放戦線、トルコのTPLA、ギリシャの10月20日運動)
 どうやらこの時期、世界各国の過激派の間で共闘が実現しようとしていたようです。彼らの共通の攻撃目標はアメリカに代表される資本主義国家の体制であり、パレスチナ人民の土地を奪ったイスラエルでした。

<ロッド空港銃乱射事件とその後>
 事件の犯人となった日本赤軍の3人のメンバーは、赤軍幹部の奥平剛士(当時27歳)、鹿児島大学の学生だった岡本幸三(25歳)は兄がよど号ハイジャック犯の一人でした。もう一人は、京都大学の生徒だった安田安之(25歳)です。
 パリ発のエール・フランス機で着いた3人は、スーツケースからVz58自動小銃(チェコスロバキア製)を取り出し、空港ターミナルで乱射を開始。さらにエル・アル航空の旅客機に手榴弾を2発投げつけました。この結果、26人が死亡し、73人が重軽傷を負いました。そして、奥平と安田は死亡。死因ははっきりしていませんが、銃撃もしくは手榴弾による自爆と言われています。岡本の証言によると、手榴弾による自爆の準備を行っていたようです。
 この事件まで空港での手荷物検査はほとんど行われていませんでしたが、これ以降、空港の手荷物検査は厳しくなります。しかし、それ以上に未来を変えたのは、過激派グループ、特にイスラム教徒たちの戦い方でした。
 イスラム教徒にとって、自殺は宗教的に許されることではなかったのですが、1980年に始まったイラン・イラク戦争で少年が爆弾を体に巻き付けて戦車の前で自爆した事件を、当時のイスラム教指導者ホメイニが称賛したことがきっかけでイスラム教徒の間に自爆テロが広まることになったと言われています。しかし、それ以前にこの事件における日本赤軍の戦い方が「KIMIKAZE」と呼ばれ、高い評価を受けていたのも事実です。
 この事件で一人だけ生き残った岡本公三は裁判における最終陳述でこう述べています。

「世界のあらゆる所で、一国的限界にとらわれることなく、世界革命戦争に起こしていく。世界の人に警告しておく。これから同じような事件(無差別殺人テロ)は、ニューヨークで、ワシントンで次々に起こる。ブルジョワ側に立つ人間は、すべて殺戮されることを覚悟しておかねばならない」

 少なくともこの当時岡本公三と日本赤軍はパレスチナ・ゲリラにとっての英雄であり、その予告は確かにその後実現されることになります。彼らの戦い方は多くの過激派に影響を与え、事件以降、世界中の過激派の戦い方は、大きく変化することになりました。

<参考>
「思索紀行 ぼくはこんな旅をしてきた」
 2004年
(著)立花隆
書籍情報社

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