- ザ・バンド The Band -

2001年12月12日改訂

<ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク>
 時代は1968年、アメリカはまさに激動の時代のど真ん中でした。そこに、「生きてゆくために背負わなければならない重荷」(ザ・ウェイト)について、悟りをひらいたかのように歌う男たちが現れました。その名は「ザ・バンド」、五人組のうち四人はカナダ人、アメリカ人は一人だけでした。しかし、彼らはアメリカ人以上に、「古き良きアメリカ」を知っていました。彼らの作り上げる世界は、悲しいけれども優しさにあふれた、今や失われつつあるアメリカの姿でした。

<ザ・バンドという名前>
 考えてみると、「ザ・バンド」という名は実に象徴的です。デビュー当時はロニー・ホーキンス、その後は偉大なるボブ・ディランのバックを務めた彼らにとっては、「俺たちゃ、あくまでバック・バンド」という思いもあったかもしれません。ロニー・ホーキンスのバックを務めていた時、彼らは「ホークス」と名乗っていたのですから、「ザ・バンド」だってけっこうな出世かもしれません。それとも「我ら究極のバンドなり」という思いもあったのでしょうか?自信家のロビー・ロバートソンなら、あり得ることかもしれません。実のところ、「ザ・バンド」という名は、彼らがウッドストックに住み着いて、バイク事故で休養中のボブ・ディランとともに地下室でのセッションを繰り替えしていた頃、近所に住む人々がとりあえず呼んでいた名前から取られたらしいのです。

<80%カナディアン・バンド>
 もともと、ザ・バンドはアメリカ南部出身のロカビリー系シンガー、ロニー・ホーキンスのバック・バンドとしてスタートしました。しかし、なぜかレヴォン・ヘルム以外のメンバーは全員カナダ人という変わったバンド構成でした。そうなったのは、ロニーが長期間のカナダ・ツアーを行っている途中に、メンバーの不足を補うために地元で調達していったためなのですが、それがこのバンドにアメリカン・ロックにに対する独自の視点をもたらすことになりました。異邦人だからこそのアメリカへ憧れと愛情、そして客観的な視点、この二つを合わせ持つことで、彼らはこの時代の華やかな動き(サイケデリック・ムーブメントなど)とはまったく別のスタンスでアメリカン・ミュージックを発展させてゆくことになりました。それはまさに、地に足がついた「ルーツ・サウンド」でした。

<ボブ・ディランとの出会い>
 彼らがその名を知られるきっかけになったのは、言わずと知れたボブ・ディランのバック・バンドとしての実績でした。1965年、ホークスとしてシングル「ザ・ストーンズ・アイ・スロウ」を発表、残念ながらまったくヒットしなかったのですが、たまたまボブ・ディランのマネージャーだったアルバート・グロスマンの耳に入いります。ちょうどイギリス・ツアーのために、エレクトリック・ギターを中心とするバンドを探していた彼はホークスが気に入り、さっそく彼らはディランのバック・バンドとしてイギリスへ出発することになりました。

<デビュー前に完成されていたバンド>
 彼らの活動がスタートしたのは、50年代末。したがって、1968年のデビュー・アルバム発表時には、すでに10年のキャリアがあったことになります。ホークスとしてのドサ回りツアーでは、音楽だけでなく酒、女、喧嘩など、旅の中でバンドは肉体的にも精神的にも強くなっていました。そして、ボブ・ディランのバック・バンドになってからは、フォークからフォークロックへの重要な変化の時期をディランとともに過ごし、さらに音楽的に大きく成長します。(この時期の若々しく切れ味鋭い音は、ボブ・ディランの伝説のライブ・アルバム「ロイヤル・アルバート・ホール・ライブ 1966」で聴くことができます)その意味で、ザ・バンドはデビュー前にすでにあらゆる修羅場をくぐり抜け、完成されていたとも言えそうです。(ディランのバックを務めていたときには、フォークのファンからのひどいヤジに耐えきれず、レヴォン・ヘルムは一時バンドを離れたこともあったほどです)

<最高のライブ・バンド>
 事前の打ち合わせもほとんどせず、当日の思いつきで演奏曲目を決めてしまうボブ・ディランほど、バック・ミュージシャンにとってやりにくいアーティストはいないと言われています。それだけに、彼らが最高のライブ・バンドであることは、当然のことと言えるのかもしれません。1971年の大晦日にニューヨークで行われたニューイヤー・コンサート「ロック・オブ・エイジズ」は、そんな彼らの最高のパフォーマンスを収めた素晴らしいアルバムです。このライブでは、すでに発表されていた曲も、新たな輝きをえていて、ニューオーリンズの大御所アラン・トゥーサンの素晴らしいホーン・アレンジも加わり、まさに完璧な演奏を聴かせてくれています。個人的にも、僕はこのアルバムを聴きながら、何度も年を越したものです。(ちなみに、このサイトの英語タイトル「POP MUSIC OF ROCK AGES」は、このアルバム・タイトルがヒントになりました)

<全員が主役のバンド>
 ザ・バンドが他の多くのバンドと大きく違う点は、他にもあります。それは、このバンドのメンバー全員がヴォーカリストであり、リード・ヴォーカルをとっている曲があるということです。これは、世界中に無数のバンドがある中、実にまれなことと言えるでしょう。まったく個性の違うメンバーが5人集まり、それぞれが活躍の場を与えられるというのは、バンドとして、ある種理想の形と言えるかもしれません。

<渋すぎるほどの大人のバンド>
 しだいに彼らは、自分たちの故郷カナダについても歌うようになって行きました。僕がもっとも好きなアルバム「南十時星」の中の「アケイディアの流木」は、かつてカナダで起きた内戦の歴史を川の流れに翻弄される流木になぞらえた作品で、日本的な無常観すら漂う名曲です。まさに大人の歌と言えそうです。このアルバムには、さらにベーシストのリック・ダンコの代表曲「同じことさ」も収められています。自らの不幸を嘆き、酒でうさをはらすダメな男の歌もまた、たしかに大人の歌です。(悲しいことに、アメリカ版「酒と泪と男と女」を歌ったリック・ダンコは、そんな酒まみれの人生の後にこの世を去っています)これほど、大人のロックを演奏するバンドは、かつては70年代以前には存在しませんでした。ストーンズも、ビートルズも、ロック・バンドたちは、まだまだこの頃は、みんな若さにあふれていたのですから!

<映画「ラスト・ワルツ」とともに解散へ>
 今や伝説となったコンサート「ラスト・ワルツ」は、決して彼らの解散コンサートとして企画されたものではなく、あくまでもコンサート活動の終了を宣言するためのご苦労さんコンサートだったそうです。そこには、かつてのツアー仲間や恩師ロニー、ディランなど考えられる限り最高のメンバーが集まりました。そして、誰もが最高のパフォーマンスを披露し、バンドの労をねぎらったのです。(ヴァン・モリソン、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、ステープルズあたりは、特に素晴らしかった)
 このコンサートが行われたのは1976年、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が発表され、パティ・スミスの活躍からパンクの時代が始まろうとしていました。それはロックにとって、大きな区切りとなる時期だったのです。彼らは、そんな時代の流れを象徴するかのように、自らのバンド活動に幕を下ろしたのです。ただし、その幕はリーダー格だったロビー・ロバートソンによって、強引に引き下ろされたのが真相で、他のメンバーは解散には反対だったようです。実際、その後1983年には、ロビーぬきのメンバーによってザ・バンドは再結成されているし、リチャード・マニュエルの悲劇的な自殺の後も、1993年再び残りのメンバーに新メンバーを加えた新生ザ・バンドが結成されています。

<バンドという存在への想いの違い>
 バンドの解散に対するメンバーそれぞれの想いは、あまりに大きく違っていました。解散に積極的だったロビー・ロバートソンは、その後も寡作ではあるが着実に素晴らしいアルバムを発表し、その評価をあげています。もう一人の中心人物だったリック・ダンコは、当然再結成されたザ・バンドでも中心として活躍しています。しかし、精神的に弱く最もバンドとしての活動を必要としていたリチャード・マニュエルにとって、解散は決定的な重さをもっていた。彼はそれまで以上に酒に溺れるようになり、ついに自殺という悲劇的な結末をむかえることになってしまいます。世界一と呼ばれた「ザ・バンド」は、以外に微妙なバランスの上に成り立っていたのかもしれません。

<世界一のバンドは、世界一特殊なバンドだった>
 ザ・バンドのサウンドは、ぱっと聴いても、他の多くのバンドとそれほど大きな違いがあるとは思えないかもしれません。しかし、多くの人々は、確かに彼らのことを「世界一のバンド」と呼んでいました。それも、こうやって改めて彼らの特徴を確認してみると、なるほどと思えてきます。多くの特殊性の上で微妙なバランスの上に成り立っていたからこそ、「世界一のバンド」の称号が与えられたのです。

<追記>2003年4月11日
 レヴォン・ヘルムが映画に出演していました。スティーブン・セガール主演の映画「沈黙の断崖」(1997年)に老牧師役で出演しギター片手に歌まで歌っています。以前もこの映画見ていたのですが、気がつきませんでした。(ずいぶん年をとり、痩せていたのでわからなかったのです)

<締めのお言葉>
「心が乱れたとき、事物は多様なものとしてあらわれ、心が平静なときには、事物はその多様性を失う」 アシュヴァゴーシャ
関連ページ ボブ・ディラン

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