「テルマ&ルイーズ Thelma & Louise」 1991年

- リドリー・スコット Ridley Scott -

<忘れられた傑作?>
 リドリー・スコットといえば、やはり「ブレード・ランナー」もしくは「エイリアン」なのかもしれません。しかし、「テルマ&ルイーズ」は前述の2作品に匹敵する傑作だと僕は思っています。たぶん、この作品があまりリドリー・スコットらしくない作品のため、多くの人はこの作品の監督だと思えずにいたのかもしれません。(何がらしくないかは後ほど・・・)
 しかし、彼が撮ってきた作品を並べてみると、「テルマ&ルイーズ」はけっして彼の作風からはみ出していないことがわかるはずです。「光と影の魔術師」と呼ばれ、数多くの名作を生み出してきたリドリー・スコット、彼の作品のもつ魅力とは?彼がいまひとつ名監督として評価されていない理由は?(意外なことに彼はいまだアカデミー監督賞をとっていません)
 「テルマ&ルイーズ」はどこがリドリー・スコット的な作品なのか?同じ俳優を使わず、同じ題材を撮らず、異なるジャンルに挑戦し続ける異色の監督リドリー・スコットとはいかなる人物なのでしょうか?

<リドリー・スコット>
 リドリー・スコットは1937年11月30日イングランド北東部サウスシールズで生まれました。父親が船舶による運輸業を仕事としていたため、ロンドンやサウスウェールズ、ドイツなどを転々とする少年時代を送りました。彼が海洋冒険小説、特にジョセフ・コンラッドの大ファンになったのは、こうした生い立ちのせいだったのでしょう。父親が水彩画を描くのが好きだったことから、彼もまた絵を描くのが好きになり、ウェストハートルプール美術大学に入学。そこでグラフィック・デザインの教員免許をとるとロンドン王立美術大学に進学。グラフィック・デザイン以外にも舞台デザインを学び、その傍ら映画を見まくる日々を送ったといいます。
 1961年、彼は16ミリの短編映画「Boys on a Bycycle」を撮りました。主演は後に彼の後を追って映画監督になる弟のトニー・スコットでした。大学卒業後、彼はBBCに入社しますが奨学金をえて8ヶ月間アメリカでドキュメンタリー映画の編集アシスタントを務めました。この時、後にボブ・ディランの傑作ドキュメンタリー映画「Don't Look Back」(1967年)を撮るD・A・ペネベイカーのもとでも働いたようです。BBCに戻った彼は、セット・デザイナーとしていろいろな番組を担当。その後、演出部門に移り、ドラマの演出をするかたわらアルバイトとしてCMの美術監督、演出をするようになります。そして、テレビドラマの演出に限界を感じていた彼は自らCMのディレクターに転向。CM制作会社、リドリー・スコット・アソシェーツ(RSA)を設立します。するとその会社はあっという間に時流に乗って急成長をとげます。ペプシ、シャネル、リーヴァイスなど大企業のCMを手がけた彼は広告業界における超大物ディレクターとなります。その後、映画監督として働き出してからも、彼はこの会社を続けており、映画を撮らなくても十二分に食べていけるだけの稼ぎを得ています。なお、この会社からは彼の弟トニー・スコットやヒュー・ハドソン(「炎のランナー」)も育っています。十分すぎるほどの収入を確保した彼はいよいよ念願だった映画製作の計画を立て始めます。当初は彼が最も好きだった作家ジョセフ・コンラッドの小説「闇の奥」を映画化しようと考えていたのですが、その映画化権は、すでにこの時フランシス・F・コッポラの手に渡っており、「地獄の黙示録」として映画化準備が進んでいました。そこで彼は同じコンラッド作品「決闘」を映画化、「デュエリスト-決闘者-」(1977年)として公開します。すると、この作品はいきなりカンヌ映画祭で注目を集め、見事に審査員特別賞と新人監督賞を受賞します。
 ちょっとしたきっかけから決闘をすることになってしまった二人の男(ハーヴェイ・カイテルとキース・キャラダイン)が時代の変化の中で何度となく決闘を繰り返してゆくという異色のドラマは、その美しい映像とともに彼のその後の彼の作品を象徴しています。

<エイリアン誕生>
 1977年、彼は中世の有名な伝説「トリスタントとイゾルデ」の映画界を企画します。ところがこの年世界中で大ヒットした「スター・ウォーズ」のストーリーがその物語とよく似ていたことから企画を断念。急遽SFブームに乗る企画として立ち上げられた「エイリアン」の企画に彼の名前が挙がります。こうして、彼は「エイリアン」を撮ることになったわけですが、彼自身はSF映画にそれほど興味はなかったようです。しかし、「エイリアン」は彼にとって実に魅力的な仕事になりました。それはこの映画の撮影において、彼は大好きなセット・デザインや美術に好きなだけ力を入れることができたからです。そのために、彼は優秀なスタッフを参加させます。一人は「エイリアン」の原案、脚本を書いたSF映画界の奇才ダン・オバノン Dan O'Bannonです。彼はこの映画の視覚デザインも担当し以前からの知り合いだったH・R・ギーガー H.R.Gigerをこの企画に参加させました。そして、このギーガーのデザインによるエイリアンの不気味な姿や宇宙船ノストロモ号のリアルな内装、そしてエイリアンの卵が発見される異性人の宇宙船の有機的なデザインは、その後のSF映画の歴史を変えてしまうほどのインパクトをもつことになりました。
 この作品以前のSF映画の宇宙船はどれも「スタートレック」のエンタープライズ号のようにきれいで生活感のないものばかりでしたが、「エイリアン」と「ブレード・ランナー」のニ作によって、未来の宇宙は薄汚く現実の延長にあるリアルなものに変わることになりました。
 なお「エイリアン」はSFとホラーを合体させた新しいジャンルの先駆けでもありました。この映画の影響によって、その後多くの宇宙生物と人類との対決を描いた作品が登場することになります。(「プレデター」「スクリーマーズ」「スピーシーズ」など)
 この後も彼は美術やセットにこだわり続け、優秀なスタッフをそれぞれの作品ごとに参加させています。(特に有名なのは「ブレード・ランナー」のシド・ミードでしょう)そのうえ、この当時の彼はカメラも自分でのぞかなければ気がすまず、それが彼独特の画面構成やライティングを生み出すことにもなっていました。しかし、「ブレード・ランナー」以降、ハリウッド資本の映画を撮り出してからは組合の問題もあり、こうしたワンマン的な撮り方はできなくなります。それでも彼のセットや美術へのこだわりはたいへんなものでした。セットの細かなところにまでこだわるために俳優への演技指導がほったらかしになることも多かったらしく、「ブレード・ランナー」の撮影中ハリソン・フォードと大喧嘩になったことがあったといいます。もしかすると、俳優たちにあまり人気がないのと、監督としての評価がいまひとつなのは、彼のこうした演出方法のせいかもしれません。しかし、彼自身はそのやり方が間違っているとは思っていないようです。彼はこう断言しています。
「映画には、背景が俳優と同じくらい重要な瞬間がある。デザインも映画の脚本なのだ」

 そして、ここまでのこだわりがあるからこそ、あの「ブレード・ランナー」の伝説的なポストモダンかつ無国籍な未来都市のデザインを生み出すことができたのでしょう。1982年に公開された「ブレード・ランナー」は当初、興行的には大失敗したものの、ビデオがリリースされるとしだいにカルト・ムービーとしての評価が高まりだし、今では80年代SF映画の代表作というよりは、映画史に残る歴史的名作の地位を獲得しようとしています。
 ちなみに、「エイリアン」がSFとホラーの融合という新しいスタイルを生み出したように「ブレード・ランナー」はSFとフィルム・ノワールの融合というこれまた新しいジャンルを開拓した作品といえそうです。
 この映画により、当時まだそれほど知られていなかったSF作家フィリップ・K・ディックの名前は世界中に知られることになりましたが、彼の作品がもつ「人間とは何か?」「神とは何か?」「リアルとは何か?」などの問いかけは、この映画に哲学的な奥深さを与えることになりました。

<「ブラック・レイン」での復活>
 こうして、なんとか成功作となった「ブレード・ランナー」の後、彼はファンタジー映画「レジェンド 光と闇の伝説」(1986年)の撮影に入ります。ところが、この作品は試写会で不評だったことから大幅な再編集がなされアメリカ版とヨーロッパ版(日本版)二つのヴァージョンが公開されるという異常事態となりました。当然のごとく、この作品は興行的にも失敗作となり、次回作の「誰かに見られてる」(1987年)も地味な内容と配役のせいか話題とならず、彼の存在感は薄れだしました。(ただし、僕としてはトム・ベレンジャー主演の「誰かに見られてる」は小品ながら良い作品だと思います)評論家受けはするが、大衆受けはしない作家、この時点で彼の評価はそうなりつつありました。
 そんな彼が復活したのは、次なる作品「ブラック・レイン」のヒットがきっかけでした。実はこの作品、当初は「ロボ・コップ」などの監督ポール・ヴァーホーヴェンが撮るはずが、撮影前に降板してしまい、急遽彼に監督依頼がきたのだそうです。この映画はある意味「ブレード・ランナー」の現代版として撮られたようにも思えます。大阪の街の混沌とした雰囲気は「ブレード・ランナー」に登場したLAの街並み以上に現実離れしていて、もしかするとアメリカ人には「ブレード・ランナー」の続編に見えたかもしれません。そして、もちろん日本人がエイリアンに見えたことはいうまでもありません。そう考えると、「ブラック・レイン」の松田優作は「ブレード・ランナー」のルトガー・ハウアー以上に人間離れした殺人レプリカントもしくはエイリアンに見えます。彼の作品が成功するかどうかは、魅力的な敵役が存在するかどうかにかかっているのかもしれません。

<「テルマ&ルイーズ」>
 「ブラック・レイン」が「ブレード・ランナー」の現代版だったとすると、この年の作品「テルマ&ルイーズ」は「エイリアン」の現代版だったのかもしれません。ペニスがデザインのもとになっているという説もあるエイリアンが男性の象徴だとすると、そのエイリアンを倒したリプリー(シガニー・ウィーバー)は闘う女性、ウーマン・リブの象徴です。こうして、映画「エイリアン」は女性の社会進出をいち早く取り入れた作品という別の面からの分析をされることにもなりました。
 それでは「テルマ&ルイーズ」は男性中心の社会の中で追い込まれてしまった女性が男性に対して逆襲に出るという「エイリアン」の現代版なのでしょうか?いや、もしかするとテルマとルイーズはリプリーではなくエイリアンなのかもしれません。殺人を犯して、警察に追われるうちに、いつの間にかか弱かった二人の女性はどんどん強くなり怖いもの知らずになってゆきます。そうでなくても、二人の女性を演じる俳優スーザン・サランドンとジーナ・デイヴィスといえば、ハリウッド女優の中でも強い女性の象徴のような存在です。
 ジーナ・デイヴィスは、「ロングキス・グッドナイト」の殺し屋、「プリティー・リーグ」のキャッチャーなど男顔負けの強い女性が得意な女優です。スーザン・サランドンは、「デッドマン・ウォーキング」で死刑囚の心を支える強い女性を演じたことでも知られていますが、それ以上に彼女が政治活動に熱心でブッシュに対してイラク侵攻を止めるよう公の場で宣言した数少ないアーティストの一人だったことを忘れるわけにはゆきません。ちなみに、僕は「偶然の旅行者」以来ジーナ・デイヴィスの大ファンです。スーザン・サランドンは「ロッキー・ホラー・ショー」「華麗なる飛行機野郎」「さよならゲーム」そして、「デッドマン・ウォーキング」。どれも大好きな作品です。もしかするとハリウッド最強の女性コンビこそ、エイリアンの現代版なのではないかと思うわけです。
 実は、「エイリアン」のシリーズを通してみてゆくと、エイリアンとリプリーの関係は実は敵同士ではなく親と子だったり、愛人関係だったりと複雑に変化していることがわかります。後に彼が監督する「羊たちの沈黙」の続編「ハンニバル」におけるハンニバル・レクターとクラリス・スターリングの関係、「デュエリスト」のデュベールとフェローの関係もまたそうした複雑な関係でした。どうやら、この監督の成功作のもう一つの秘密は、魅力的な敵役が単なる敵役ではなく時に友人、時に愛人であることなのかもしれません。さらにもうひとり主人公の二人を追う刑事のハルもまた敵でありながら彼女たちにとって最大の理解者であり、擁護者でした。
 「エイリアン」でのリプリーの活躍、そしてこの「テルマ&ルイーズ」によってリドリー・スコットは、ウーマン・リブの擁護者という評価を受けるようになりました。それは彼が「エイリアン」と「ブレード・ランナー」の二作によって、SF映画の名監督と誤解されるようになったのと似ていたかもしれません。しかし、彼はそうした評価を1997年の「GIジェーン」であっさりと覆してしまいます。男性だけのエリート偵察部隊SEALの隊員になるため、厳しい訓練に耐える女性兵士の物語は、女性の社会進出というよりは女性が男性の暴力性を取り入れて同化する間違った方向性を示すものだ、とウーマン・リブの人々から批判の対象となったのです。

<「テルマ&ルイーズ」の原作>
 もともと「テルマ&ルイーズ」が多くの女性に支持されるのには理由がありました。その最大の理由は、この脚本がカーリー・クォーリ Callie Khouriというテキサス出身の女性ライターによって書かれた作品だったからでしょう。彼女は元々脚本家ではなくMTV向けのプロモ・ビデオの制作者でした。たまたまこの映画のストーリーが頭に浮かんだ彼女はそれを脚本化。それを持ち込んだ女性プロデューサー、ミミ・ポーク Mimi Polkがスコット兄弟の映画製作会社パーシー・メインの副社長だったことから、リドリー・スコットに映画化話が持ち込まれたのでした。当初、彼は製作にまわり別の監督に撮らせる予定でしたが、女性が主人公のロード・ムービーという地味な内容のせいか、引き受けてがなかなか現れませんでした。それじゃあ、俺が撮ろうということになって、彼は自分で監督する決意を固めたのでした。彼が初め監督をすることに乗り気でなかった理由は他にもありました。この映画は彼にとって初めてオールロケによる作品となったのです。なぜそれが嫌だったのかというと、そのため、彼は大好きなセット作りや凝りに凝ったライティングを封印しなければならなかったからです。ところが、演出に集中できたせいなのか、この映画における人物像は実に生き生きと描かれています。例えば、主人公の一人テルマの描き方は実に見事でした。ダメな夫に愛想をつかしながらも、可愛い女でいようとする気の弱いテルマ(ジーナ・デイヴィス)は、当初ルイーズが彼女をかばってレイプ男を殺したことに感謝しながらも、自分が巻き込まれることにどこか及び腰でした。しかし、逃亡の旅を続けるうちにしだいに自分の行動に自信をもつようになり、もともとしっかり者だったルイーズ以上に強い女性としての自覚をもつに至ります。
 エイリアンの変態は特殊効果とデザインの力によって生み出されましたが、テルマの変身はジーナの演技とスコット監督の演出、そして優れた脚本によるものだったのでしょう。こうして、この作品は彼の作品としては初めてアカデミー賞の主要部門にノミネートされた作品となりました。受賞したのはオリジナル脚本賞でけでしたが、この作品は監督賞、撮影賞、編集賞、そして二人の主演女優が同時に主演女優にノミネートされるという高い評価を得ているのです。
 この作品のラストは、当初二人が車で崖から転落して死ぬところで終っていました。しかし、その後車が崖から落ちるのではなく空へと舞い上がったところでストップ・モーションとなるところで終るように改められています。それは永遠に越えることのできない男と女の間の壁を打ち破ろうとする命がけのジャンプとして語り継がれる名場面となりました。
 1960年代末に二人の男が見果てぬ夢を追って弾丸の雨の中に飛び出して行った「明日に向かって撃て」から20年、二人の女性による新たな伝説が生み出されました。

「テルマ&ルイーズ THELMA & LOUISE」 1991年公開
(監)(製)リドリー・スコット
(製)ミミ・ポーク
(脚)カーリー・クォーリ
(撮)エイドリアン・ビドル
(音)ハンス・ジマー
(出)スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、マイケル・マドセン、ハーヴェイ・カイテル、ブラッド・ピット


<あらすじ>
 アメリカ、アーカンソー州の田舎町。ごく普通の人妻テルマ(スーザン・サランドン)は親友のルイーズ(ジーナ・デイヴィス)と週末のドライブに出かけました。ルイーズはしっかりものの独身女性で二人は高校時代からの親友でした。ところが、カントリーバーからの帰り、駐車場でテルマがバーのマネージャーに言い寄られます。もう少しでレイプされそうになったところをルイーズが銃で脅して助けますが、男は帰り際に「俺のモノをしゃぶりな!」と捨て台詞をはきました。その言葉に激怒したルイーズは思わず引き金を引いてしまい撃たれた男は死んでしまいます。あわててその場を逃げ出した二人はどうしたらよいかわからず、とりあえず、ルイーズは恋人のジミー(マイケル・マドセン)に電話して自分の預金を全て送ってくれるよう頼みます。ジミーはお金を持って現れ、彼女に結婚を申し込みますが、それどころではないルイーズは申し出を断り、逃亡を続けます。
 ところが、途中で拾ったヒッチハイカーのJD(ブラッド・ピット)になけなしの金を盗られてしまいます。男は誰も信用できない。開き直った二人は、スーパーで強盗を働いたり、横を走る下品なトラック運転手を黙らせるために銃撃したりと、いつしか本物のアウトローになっていました。しかし、二人を追い続けていた刑事ハル(ハーヴェイ・カイテル)は、捜査をしながら彼女たちが悪い男たちのせいで今の状況に追い込まれてしまったことを知ります。そしてなんとか二人を無事に逮捕しようとするのですが・・・・・。運命は二人をどんどん追い込んでゆきます。

<1991年の代表作>
アトランティス Atlantis」(監)リュック・ベッソン(音)エリック・セラ
「イン・ベッド・ウィズ・マドンナ Truth Or Dare」(監)アレック・ケンシアン(マドンナのツアー・ドキュメンタリー・フィルム)
「美しき諍い女」(監)(脚)ジャック・リヴェット(原)バルザック(主)ミシェル・ピッコリ(カンヌ映画祭グランプリ受賞)
「ウルガ」(監)ニキータ・ミハルコフ(出)バヤルト、バドマ(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「ギターはもう聞こえない」(監)フィリップ・ガレル(出)ブノア・レジャン(ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「クーリンチェ少年殺人事件」(監)(脚)エドワード・ヤン(脚)ヤン・ホンヤー、ヤン・シュンチン(出)チャン・チェン、リサ・ヤン
「紅夢」(監)チャン・イーモウ(出)コン・リー(ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「こうのとり、たちずさんで」(監)(脚)テオ・アンゲロプロス(脚)トニーノ・グエッラ(撮)ヨルゴス・アルヴヴァニティス(出)マルチェロ・マストロヤンニ
ザ・コミットメンツThe Commitments」(監)アラン・パーカー(アイリッシュ・R&Bバンドの青春物語)
ジャングル・フィーバー(監)スパイク・リー(サミュエル・L・ジャクソンがカンヌ映画祭助演男優賞受賞)
「JFK」(音)John Williams (ケネディ暗殺事件を描いたオリバー・ストーン監督作品)
「シティー・スリッカーズ City Slickers」(監)ロン・アンダーウッド(ジャック・パランスがアカデミー助演男優賞
ターミネーター2(監)(脚)ジェームス・キャメロン(脚)ウィリアム・ウィッシャー(出)アーノルド・シュワルツネッガー、リンダ・ハミルトン
「テルマ&ルイーズ」(監)リドリー・スコット(脚)カーリー・クォーリ(撮)エイドリアン・ビドル(出)スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス
「ザ・ドアーズ The Doors」(監)(脚)オリヴァー・ストーン(音監)ポール・A・ロスチャイルド(ドアーズの伝説を映像化)
「トト・ザ・ヒーロー」(監)(脚)ジャコ・ヴァン・ドルマル(主)ミシェル・ブーケ(カンヌ映画祭カメラ・ドール受賞)
「ナイト・オン・ザ・プラネット」(監)(脚)ジム・ジャームッシュ(音)トム・ウェイツ(出)ウィノナ・ライダー、ジナ・ローランズ
「ニュー・ジャック・シティー New Jack City」(音)ミシェル・コロンビエ(監)マリオ・ヴァン・ピープルズ(出)アイスT、テディー・ライリー
(ニュージャック・サウンド・ブームの原点)
「ハイヒール」(監)(脚)ペドロ・アルモドバル(撮)アルフレッド・マヨ(出)ビクトリア・アブリル、マリサ・パレデス
「バグジーBugsy」 (音)Ennio Morricone (ラスベガスを作った男の物語、バリー・レヴィンソン監督)
「バートンフィンク」(監)コーエン兄弟(主)ジョン・タトゥーロ、ジョン・グッドマン(カンヌ映画祭パルム・ドール、監督賞、主演男優賞受賞)
「羊たちの沈黙 The Silence of the Lambs」(監)ジョナサン・デミ(アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞アンソニー・ホプキンス、主演女優賞ジョディ・フォスター
(音)ゴルトベルク変奏曲(作曲)J・S・バッハ(演奏)グレングールド(ピアノ)
「美女と野獣 Beauty and the Beast」 (音)アラン・メンケン アカデミー作曲、歌曲賞
(主題歌はセリーヌ・ディオン、ビーボ・ブライソン)
「フィッシャー・キングThe Fisher King」(監)テリー・ギリアム (出)ジェフ・ブリッジス、ロビン・ウィリアムス(音)George Fenton (マーセデス・ルールがアカデミー助演女優賞ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「ふたりのベロニカ」(監)クシシュトフ・キエシロフスキー(イレーヌ・ジャコブがカンヌ映画祭主演女優賞、同国際批評家連盟賞受賞)
「フライド・グリーン・トマト」(監)ジョン・アヴネット(脚)ファニー・フラッグ、キャロル・ソビエスキー(出)キャシー・ベイツ、ジェシカ・タンディ
「フック HOOK」 (音)John Williams (スピルバーグのピーターパン映画でも失敗作?)
「マイ・プライベート・アイダホ」(監)ガス・ヴァン・サント(出)リバー・フェニックス(ヴェネチア映画祭男優賞
「無防備都市/ベイルートからの証言」(監)(脚)マルーン・バグダティ(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「ヨーロッパ」(監)(脚)ラース・フォン・トリアー(主)ジャン・マルク・バール(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「リトルマン・テイト」(監)(出)ジョディ・フォスター(出)アダム・ハン=バード(ジョディ・フォスター監督デビュー作)
「リフ・ラフ」(監)ケン・ローチ(主)ロバート・カーライル(カンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞)
「レザボア・ドッグス」(監)(脚)クエンティン・タランティーノ(撮)アンジェイ・セクラ(出)ハーヴェイ・カイテル、ティム・ロス、マイケル・マドセン

「あの夏、いちばん静かな海」(監)(企)(脚)北野武(音)久石譲(撮)柳島克巳(出)真木蔵人、大島弘子
「王手」(監)(脚)阪本順治(製)荒戸源次郎(脚)豊田利晃(撮)伊藤昭裕(出)赤井英和、加藤雅也、広田玲央名
「四万十川」(監)恩地日出夫(原)笹山久三(脚)古田求(撮)安藤庄平(音)毛利蔵人(出)樋口可南子、小林薫
「おもいでぽろぽろ」(監)(脚)高畑勲(プ)鈴木敏夫ほか(原)岡本蛍、刀根夕子(音)星勝
「12人の優しい日本人」(監)中原俊(脚)三谷幸喜、東京サンシャイン・ボーイズ(出)塩見三省、相島一之、豊川悦司
「大誘拐 Rainbow Kids」(監)(脚)岡本喜八(原)天藤真(撮)岸本正広(出)北林谷栄、緒形拳、風間トオル、樹木希林
「八月の狂詩曲」(監)(脚)黒澤明(原)村田喜代美(出)村瀬幸子、吉岡秀隆、リチャード・ギア
「ふたり」(監)大林宣彦(原)赤川次郎(脚)桂千穂(撮)長野重一(音)久石譲(出)石田ひかり、中島朋子、富司純子
「息子」(監)(脚)山田洋次(原)椎名誠(脚)朝間義隆(撮)高羽哲夫(出)三国連太郎、永瀬正敏、和久井映見
「無能の人」(監)(主)竹中直人(原)つげ義春(原)丸内敏治(音)GONTITI(出)風吹ジュン(ヴェネチア映画祭国際批評家連盟賞

デヴィッド・リーン(監督)死去(83歳)
上原謙(俳優)死去(82歳)

<1991年の出来事>

「アニメ「美女と野獣」がアカデミー作品賞の候補となる(ディズニー映画の黄金時代再び)

第17回主要先進国首脳会議(ロンドン・サミット)
NATO首脳会議、ローマ宣言(冷戦構造消滅)
国連事務総長にエジプトのプトロス・ガリ氏就任
<アメリカ>
イラク・米国の「湾岸戦争」勃発、多国籍軍による「砂漠の嵐作戦」開始
米ソ戦略兵器削減条約(START)調印
ハイチでクーデター、軍政に移行
<ヨーロッパ>
欧州連合(EU)の創設に向け、EC首脳会議開催
ロシア共和国大統領にエリツィン氏が就任
コメコン解散、ワルシャワ条約機構解体
ソビエト連邦消滅
<アフリカ・中東>
アフリカ北東部の飢餓拡大
南アフリカのアパルトヘイト体制が終結
アンゴラの内戦終結
<アジア>
ミャンマーの民主運動家、アウンサン・スーチー女史がノーベル平和賞を受賞
カンボジア和平パリ国際会議、最終文書に調印
バングラディッシュ、サイクロンにより大きな被害
インド北部で大地震
フィリピン、ピナトゥボ火山噴火
中国揚子江で大水害
韓国、北朝鮮が同時に国連加盟
<日本>
長崎の雲仙普賢岳が噴火、大きな被害を生む。
大手証券会社の損失補填が大きな問題となる
ソ連ゴルバチョフ大統領来日
ジュリアナ東京オープン
千代の富士引退、若貴時代に突入
きんさん、ぎんさんが国民的アイドルになる

<芸術、文化、商品関連>
「さよならウサギ」ジョン・アップダイク著(ピューリツァー賞受賞)
オリビエロ・トスカーニ、ベネトンの広告写真が話題となる
テレビ・ドラマ「東京ラブ・ストーリー」放映
<音楽関連(海外)>
オルタナティブ・ロックの音楽フェスティバル、第一回ロラパルーザ開催
<音楽関連(国内)>
ウォーマッド’91が横浜市にて開催、ワールドミュージックが日本でも定着
ユーミンのアルバム「天国のドア」が200万枚突破

<1991年の音楽>

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