CIAに挑んだ調査官の孤独な闘い


「ザ・レポート The Report」

- スコット・Z・バーンズ Scott Z. Burns -
<レポートとは?>
 タイトルにある「レポート」とは、主人公が5年がかりで630万ページもの資料を調べ、それを基に書かれた500ページの調査報告書のことです。そして、そこにはイラクの首都バグダッド近郊のアブグレイヴ刑務所で行われていたCIAによるイラク人への違法な拷問の実態とその隠ぺい工作について書かれています。
 しかし、CIAという巨大組織の闇の部分を暴き出した奇跡とも言えるその調査は、なぜ、どうやって行われたのか?そして、その結果を一般に公表することがなぜ可能になったのか?その長きにわたる闘いの記録を映画化したのがこの作品です。
 内容的にこの作品には、戦闘シーンもアクションシーンもなく、あるのは拷問部屋と聴聞室とパソコン室のシーンばかり。当然、俳優も内容も地味なこの作品は、日本未公開でした。(アマゾン・プライムで公開)
 しかし、この作品は難しく複雑な内容を見事に映画化し、ちゃんとエンターテイメントとして成り立つ作品になっています。それは監督であり、脚本家でもあるスコット・Z・バーンズの手腕のおかげだと思います。

<スコット・Z・バーンズ>
 この作品の脚本を書き、監督も務めたスコット・Z・バーンズ Scott Z. Burns は、ある意味異色の脚本家です。
 製作者として関わった最初の作品は、民主党の副大統領アル・ゴアが地球温暖化問題に警鐘を鳴らすために製作し出演したドキュメンタリー映画「不都合な真実」(2006年)でした。
 その後、彼は脚本家として次々に作品を世に出して行きますが、その作品群には特徴があります。
 「ボーン・アルティメイタム」(2007年)は、ポール・グリーングラス監督によるジェイソン・ボーン・シリーズの第三作。
 ここからは、この作品で製作を担当しているスティーブン・ソダーバーグ監督の作品が3作続きます。
 「インフォーマント!」(2009年)は、大企業による自社株の価格操作をFBIに告発する企業犯罪サスペンスもの。
 「コンテイジョン」(2011年)は、空気感染する病原菌によるパンデミックを描いた医療サスペンスもの。
 「サイド・エフェクト」(2013年)は、精神科の医師が自らが処方した薬品によって起きた殺人事件を捜査する薬害サスペンスもの。
 「喜望峰の風に乗せて」(2017年)は、ジェームズ・マーシャル監督による世界一周ヨットレースの途中で不正を働こうとする異色のサバイバル犯罪映画。
 「ザ・ランドロマット- パナマ文書流出-」(2019年)は、世界の資産家たちが行う資産隠しの実態を暴いた経済コメディもの。
 基本的にはサスペンス映画であっても、アクションなし、銃撃戦なしで、法廷闘争、データの奪い合いがメインの内容が複雑な作品ばかりです。これらの作品をエンターテイメントそして成立するよう映画化することで、十分に訓練を積んできたからこそ、この作品は素晴らしい作品になり得たのです。たぶん上記のどの作品よりも、映画化が難しい題材だったと思います。

<あらすじ>
 主人公ダニエル・ジョーンズは政界の裏方として働くことを目指してホワイトハウス入りしました。オバマ政権下、彼は民主党のダイアン・ファインスタイン上院議員の元で議会による政府組織の調査・監視を行っていました。そして与えられたのが、CIAによるアブグレイヴ刑務所でのイラク人への拷問について調査・報告することでした。
 金目当ての心理学者により「強化尋問法」という名前をつけて行われていたイラク人へのテロ調査のためとする拷問。それは水攻めや睡眠妨害など明らかに国際法に違反する行為だったにも関わらず、長く見逃されてきました。それは9・11同時多発テロ事件以後、アメリカではこうした拷問は大量殺人を防ぐための必要悪であると考える人が多かったせいかもしれません。ところが、この手法によって得られた情報が実際に事件を未然に防いだ例はまったくありませんでした。彼らの拷問は残虐な違法行為だっただけでなく、なんの結果も残さない無駄な行為だったのです。
 それは実は当然の結果でした。CIAが尋問を行った容疑者はほとんどはテロ事件との関りがない無実の市民、もしくはテログループにおいて地位の低い小者だったのです。それでは、なんの情報も得られないのは当然です。しかし、そのことが明らかになれば、CIAが批判され、拷問の禁止だけでなく、予算の削減等の措置がとられる可能性もありました。そこで彼らはその事実の隠蔽を行おうと、調査資料の消去を実行。さらにジョーンズに圧力をかけ、役職からの追い落としを計ります。しだいに彼の仕事への協力者は減って来て、調査は危機の追い込まれて行きます。
 それでもなお、彼がCIAという巨大な組織と戦うことができたのは、アメリカという国に民主主義の基本である三権分立のシステムがまだ存在していたからでした。CIAという巨大な政府組織に対し、議会は常に調査を行う権限を有していたのです。これが最後の最後に大きな意味を持つことになります。

<2020年のアメリカ>
 第二次世界大戦終結時、アメリカは民主主義の守護者として、日本に民主主義という新し思想をもたらしました。その結晶として日本国憲法も生まれました。しかし、2020年のアメリカにおいて、この映画で示された正義は再び通じるのかは、かなり疑問です。大統領によって最高裁判事が都合の良いように選べるとしたら、もう三権分立は成り立たなくなります。そして、最高裁判事が保守派ばかりになった中、行われる大統領選挙はどうなるのか?
 9・11同時多発テロ事件以降、アメリカ国民はその恐怖に怯え、CIAによる違法な捜査をわかっていながら容認してきました。しかし、それは実は自分たちで民主主義の基本を捨て去る行為へと結びついてしまったのかもしれません。アメリカの変化はそこから始まり、2020年の危機的情況へと悪化の一途をたどることになったのです。
 アメリカの民主主義は、2020年、崩れ落ちるワールド・トレーディング・センターと共に終わりを迎えていた。そう言われることにならないよう祈りたいと思います。

<使用されている曲>
「Angel of Death」
(演奏)スレイヤー Slayer(作曲)Jeffrey John Hanneman
「The Beautiful People」
(演奏)マリリン・マンソン Marilyn Manson(作曲)Brian Wanner,Jeordie White
「So American」
(演奏)Portugal.The Man By John Gourley

「ザ・レポート The Report」 2019年
(監)(脚)(製)スコット・Z・バーンズ(米)
(製)スティーブン・ソダーバーグ、ジェニファー・フォックス他
(製総)ナンシー・デュバック、シェーン・スミス他
(原)キャサリン・エバン
(撮)アイジル・ブリルド
(PD)イーサン・トーマン
(音)デヴィッド・ウィンゴ
(出)アダム・ドライヴァー(元米軍兵士だった俳優、ぱっと見は優しいけれど怒りを抱えた演技は適役でした)
アネット・ベニング(すっかりお婆さんになりましたが、逆に名優の貫禄がついてきました)
テッド・レヴィン(「名探偵モンク」では人の良い刑事役でしたが最近は悪役が板についてきました)
モーラ・ティアニー(大ヒット医療ドラマ「ER」の卒業生)
サラ・ゴールドバーグ、マイケル・C・ホール、ダグラス・ホッジ
ティム・ブレイク・ネルソン、フェイジャー・ケイシー

現代映画史と代表作へ   トップページヘ