「ジャック・ロンドン放浪記 The Road」 & 「火を熾す」

- ジャック・ロンドン Jack London -

<アメリカの放浪文化>
 僕が「ホーボー Hobo」という言葉を最初に知ったのは、たぶんザ・バンドのアルバム「南十字星」の中に「ホーボー・ジャングル」という曲が入っていて、その歌詞(訳詞)を読んだときだと思います。ザ・バンドというバンド自体、旅回りの無名バンドからメジャーへと這い上がったバンドだっただけに「ホーボー」たちのことを描いたその曲は、焚き火を囲むメンバーの写真とともに心にしみたものです。
 そして、「ホーボー」の姿を見せてくれた映画として忘れられないのは、「北国の帝王」(1973年)でしょう。骨太なアクション映画監督として、1970年代に数多くの傑作を生み出したロバート・アルドリッチの代表作の一つであるその映画では、ジャック・ロンドンがこの放浪記の中で描写している「ホーボー」が生き生きと描かれています。当時、最強の悪役俳優の一人だったアーネスト・ボーグナインが演じる凄腕の制動手と「北国の帝王」と呼ばれた伝説のホーボー(リー・マービン)による走る機関車上での闘いは、アクション映画の歴史に残る名場面です。
 他にもホーボーが登場する映画としては、ウディ・ガスリーの伝記映画「わが心のふるさと」(1976年)や最近ではボブ・ディランを異なる俳優たちが演じて話題になったトッド・ヘインズ監督の映画「アイム・ノット・ゼア」(2007年)まで、数多く存在します。ジェームス・ディーンも、ポール・ニューマンも、クリント・イーストウッドも、みんな映画の中で貨車にただ乗りしています。
 マイカーが当たり前になった1950年代以降、ホーボー生活は必然的に車を使った旅やヒッチハイクの旅へと変化してゆきますが、アメリカという国にとってこうした放浪ものの映画や小説は無くてはならない存在だといえます。いわゆる「ロード・ムービー」というやつです。映画なら「捜索者」、「俺たちに明日はない」、「明日に向かって撃て」、「ガルシアの首」、「イージーライダー」、「レインマン」、「ハリーとトント」、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」、「イン・トゥ・ザ・ワイルド」、小説ならケルアックの「路上」、スタインベックの「怒りの葡萄」、コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」などあげるときりがありません。
 しかし、こうしたアメリカの放浪文化が芸術作品として世に出たのは20世紀に入ってからのことであり、その最初の作品とも言われているのが、本作ジャック・ロンドンの「放浪記」と言われていることは意外に知られていません。

<ホーボーとは何か?>
 「ホーボー Hobo」とは何か?そのことについて、この本の「あとがき」に詳しく書かれています。(この「あとがき」を書いているのは、この本の翻訳者でもある川本三郎氏。僕が映画マニアになるきっかけとなった大好きな映画評論家です)
 南北戦争が終わった1865年。多くの兵士たちが故郷に戻るため、汽車にのって旅をすることになりました。当時、アメリカ国内では急激に鉄道網が発展しつつあり、それまでは不可能だったアメリカ横断旅行が短時間で可能になり、様々なところを旅することが可能になっていました。この時、汽車の旅の楽しさを知った若者たちの中には、そのまま故郷へと帰らずに旅を続ける者が現れ、そこから生まれた冒険談によりいつしか彼らは英雄化されてゆきました。こうして、「汽車による旅」は若者のトレンドとなっていったのです。それは後に若者たちがヒッチハイクの旅に出たり、バイクの旅に出たりするのと同じアメリカ人ならではの感覚になってゆきます。
 「ホーボー Hobo」の語源は、一説には兵役を終えた兵士たちが「Homeward Bound ! (家に帰ろう!)」と言い合っていた略であるとも言われ、彼らの挨拶が「Ho ! Beau ! (よう!ダチ公!)」だったからとも言われています。
 「ホーボー」にはいくつかのタイプがありました。基本的には、その土地で働きながらお金を稼ぎ旅を続けるのが「ホーボー」です。それに対して、社会からドロップ・アウトしてしまい放浪の旅を続けることになったのが「トランプ」。酒だけを求めて旅をする破滅型の「バム」。旅の途中で犯罪を犯しながら、逃亡と旅がいっしょになった「イェグ」。これらの分類があったそうです。

<文化としてのホーボー>
 1950年代のビート族の若者たちが、ジャック・ケルアックの「路上 On the Road」を読んでアメリカ、そして世界放浪の旅に出かけたように、それ以前のアメリカの若者たちの多くは、このもうひとりのジャックが書いた本書を読んで旅に出かけたと言われています。それだけ、20世紀前半のヤングカルチャーに多大な影響を与えたのが、この本といえます。そして、時代を越えた芸術作品の多くがそうであるように、本作品もまた時代を越えて未だに古さを感じさせない魅力をもっています。それはたぶん作者であるジャック・ロンドンの思想、哲学が、すでに19世紀から20世紀のものへと進化しており、21世紀に入ってなお時代遅れにはなっていないからでしょう。

<弱き者への視線>
 そんな彼の先進的な思想性は、この本の随所に見られます。例えば、彼は女性に対する暴力や差別について、こう書いています。(以下、特に記さない場合は本書からの引用です)

「これまで私は何度もこんなことを口にしてきた。
 人間と他の動物のいちばん大きな違いは、人間は女性を虐待する唯一の動物であると。狼も臆病なコヨーテさえもそんなことはしない。人間に飼われて退化した犬でさえしない。犬はまだこの点では野生の本能を保持している。一方、人間は野生の本能を失ってしまった - 少なくともそのいい部分を。・・・・・」

(本文より)

「社会が女性を家庭に閉じ込めるようになったのは、産業化が進むにつれて、仕事場が家庭から分離し、男性が外で働くようになってからである。・・・・・
 一方、そのような中産階級に対して、労働者階級における女性の社会進出は、めざましい勢いで進んでいた。生活が困窮していた彼女たちには、生きるために是が非でも社会に出て働くことが必要であった。
 彼女たちは、女性であるがために、労働者のなかでも最も弱い立場に置かれ、企業の搾取に耐えながら、女性の社会進出の基盤を固めていった。」

米山美穂(本書内の参考資料コラムからの引用です。実は、この本には訳者の意図だと思うのですが、本のボリュームに匹敵する豊富な訳注やコラムが収められています。その内容が実に充実しています。素晴らしいです)

 女性だけではなく、彼が弱い者、貧しい者に向ける視線は、常に優しく、単なる哀れみではない信頼と愛に満ちているといえます。

「・・・・・貧しい家こそ腹をすかせた放浪者が最後に頼りに出来るところだ。彼らこそいつでも私たちを助けてくれる。貧しい人間は決して腹をすかせた者を拒絶したりはしない。・・・・・」

 こうした貧しい人々への思いは、後に彼を社会主義者としての活動へと導くことになりますが、それは同時に警察に象徴される権力機構に対しての不信と反発、そして恐れがもとになっていたともいえます。

「・・・どれも信じられない、ひどい話だった。囚人たちの話は恐ろしい大都市の警察での個人的体験だった。さらに恐ろしいは、警察の手で殺され、自分で証言できなくんった連中についての噂話だ。その後何年かたってレクソウ委員会の報告書を読んで、噂が本当だたことを知った。しかも真相はもっと恐ろしいものだった。刑務所暮らしの最初のころ、まさかと思っていたのだ。
 しかし、日がたつにつれて、私は次第に話を信じるようになった。私はこの刑務所で、自分の目で信じられないようになればなるほど、私のなかで法の番犬や法制度全体に対する恐れが強くなっていった。・・・・・
 釈放されたとき私が願うのは、なんとかこの刑務所のことを忘れてしまいたいということだ。実際、釈放されたとき私はそうした。口を閉ざして何も喋らず、とぼとぼと逃げるようにペンシルヴァニアに去って行った。私は前よりは賢い、そして卑屈な人間になっていた。」


 こうした彼の生き方、考え方を生むことになったのは、もちろんこの本に描かれているホーボー生活での体験のせいだけではありません。わずかに41年の人生において、彼は普通の人の何倍もの人生を生きています。1876年にサンフランシスコの貧しい家に生まれた彼は食べて行くためにカキの密猟者となります。その後、密猟者を取り締まる監視員になったかと思えば、遠洋航海の船乗り生活をしながら世界各地をめぐり、ゴールドラッシュの熱狂に加わっての金鉱探し、日本を訪れて日露戦争の取材をしたルポライター生活、その後、カリフォルニアで牧場を経営したり、二度にわたる結婚生活もありました。
 そして、その間に彼は独学でハーバート・スペンサーやマルクス、ニーチェなどの著作を読みながら、社会学、経済学、哲学などを学び、時代の最先端だった社会主義者として活動してゆくようになります。
 こうした、波乱に満ちた人生をおくった彼が、16歳から18歳という多感な青春時代に体験したホーボー生活を30歳になって振り返ったのが本書です。それだけに、この本にはその後の生活で彼が得た様々な体験や知識も生かされているのですが、それらすべての原点がホーボー時代の体験にあるのは間違いないでしょう。
 彼はその当時、食うや食わずの生活の中でも日記は欠かさずつけていて、その後も一日1000語というノルマを自らに課しながら、作家への道を歩んでゆくことになります。

<ホーボー生活の始まり>
 彼は自分の放浪の旅の始まりについて、こう書いています。
「私が放浪者になったのは - 身体のなかに生命力があったからであり、私の血の中にいっときも私を休ませまいとする放浪癖があったからである。・・・・・」

 そして、そんなホーボー生活の魅力については、こう書いています。
「放浪生活の一番の魅力は、おそらく単調さがないことだろう。ホーボーの世界ではその生活は様々な顔を持っている - それはつねに変わり続けている走馬灯のようなものだ。
 そこではあり得ないことが起こり、道路の曲がり角ごとで草むらから思いもかけないことが飛び出してくる。ホーボーには次の瞬間何が起こるかわからない。だから彼は現在だけを生きている。目的に向かって努力しても空しいことを彼は経験から学んでいる。そして運命の気まぐれにまかせて放浪する喜びを知っている。・・・・・」


 毎日が新鮮だからこそ日記をつけることも喜びとなり、それが作家人生へと結びついていったのです。しかし、リアルな人生体験だけでは彼の小説のもつ面白さは生まれなかったはずです。そこには、もうひとつ大切なものであるホーボー生活で彼が身に着けた誰よりも人をひきつける「ホラ話し作家」としての才能の存在がありました。

「私が作家として成功したのは、若いころあちこち放浪していた時代に経験したこの訓練のおかげではないかとよく思う。生きるための食べものを手に入れるために、私はさも本当らしく聞こえるホラ話をしなければならなかったのだ。短編小説の名手に必要な説得力と誠実さは、やむにやまれぬ必要から他人の家の裏口に立つことで習得されていく。それにまた、私がリアリストになれたのは、若い頃の放浪の経験のおかげだとも確信している。食べものをもらおうと台所のドアに立ったとき唯一使える手段は、真実に近い話をするというリアリズムの精神なのである。
 結局、芸術とは完璧な巧妙さでしかなく、巧妙さこそが”ホラ話”を作るのだ。・・・・・」


 彼が生み出した名作「野生の呼び声」や「白い牙」そして数多くの短編小説には、そうした彼の「語り」のテクニックが生かされているからこそ、読者をまったくあきさせないのです。
 「語り」のテクニック、様々な体験から得た豊富な「知識」そして、もうひとつ彼がそこから得た「生の本質」についての「哲学」があって初めてジャック・ロンドンの文学が誕生したといえるでしょう。そんな「生の本質」について彼が特にこだわって描いているのは、「死」についてです。
 様々な冒険生活の中で彼は何度も死を意識することがあったようなので、その瞬間の強烈な印象が「生と死」をテーマとする数々の名作を生み出しました。そこで重要なのは、彼の作品で描かれている「死」は大自然の中で繰り広げられている様々な生と死のドラマの中のひとつとして、けっして特別扱いされていないことです。
 例えば、「姥捨て山」のイヌイット版ともいえる短編小説「生の掟」の中で、彼はこう書いています。

「・・・一人ひとりは問題ではない。一人ひとりは逸話でしかない。みんな夏空の雲のように消えていった。コスクーシュもまた逸話であり、消えてゆくだろう。自然にとってはどうでもよいこと。命に対して自然はひとつの掟を与えた。永続することが命の任、掟は死である。・・・・・」
「生の掟」(短編小説集「火を熾す」収録)より

 41歳という若さでこの世を去った彼は「生と死」についてこだわっていたのと同じように「老い」についてもこだわっていました。放浪することが人生の全てだった彼にとって、「老い」とは「死」と同義だったのかもしれません。40歳をすぎて、ボクサーとしての峠を越えたトム・キングの一日を描いた短編「一枚のステーキ」には、「若さ」と「老い」が悲しいまでにリアルに描かれています。(ボクシングものに駄作無しとよくいいます。それは映画でも小説でも共通しているようです。この小説でも、そのボクシング・テクニックの描写は実にリアルでボクシング・マニアをも納得させる素晴らしさです)

「そう、若さこそ人間最大の敵なのだ。若さは年寄りを破滅させ、そうすることによって、自らを破滅させていることに思い至っていない。若さは動脈を肥大させ指関節を叩き潰し、やがて若さによって打ち砕かれる。若さはいつまでも若い。老いるのは老いた者だけだ。・・・・・」

「世は若者に仕える - この言い回しがキングの頭に浮かび、それを初めて聞いたときのことが思い出された。ずっと昔、自分がスーシャー・ビルを片付けた夜に、試合のあとで酒をおごってくれた金持ちが、彼の肩をぽんぽん叩きながらその一言を口にしたのだ。世は若者に仕える!あの金持ちの言ったとおりだ。はるか昔のあの夜は、キング自身がその若者だった。」
「一枚のステーキ」(短編小説集「火を熾す」収録)より

 人生とは「旅」であるとはよく言います。しかし、「旅」を「人生」そのものにしてしまった人は、そうはいません。そして、そんな人物が最高のホラ話し作家として我々に残してくれた数々のお話。このおかげで我々は19世紀の旅をリアルに楽しむことができるのです。願わくば、21世紀も「旅」が若者たちの憧れとして存在し続けることができますように!

「ジャック・ロンドン放浪記 The Road」 1907年
(著)ジャック・ロンドン Jack London
(訳)川本三郎
小学館

「火を熾す」
(著)ジャック・ロンドン(編)新井敏記(訳)柴田元幸
スイッチ・パブリッシング翻訳叢書

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