「海に帰る日 The Sea 」

- ジョン・バンヴィル John Banville -

<痛みに満ちた思い出の世界>
 本作はアイルランドを代表する作家、ジョン・バンヴィル John Banville の2005年ブッカー賞受賞作品です。妻を病によって失い失意のどん底にある美術史家の回想録の形をとって書かれた小説で、時間軸の異なる3つの物語が入り混じって書かれている不思議な世界観の作品です。
(1) 亡き妻との出会いからその死までの悲痛な思い出と妻に関わる様々な記憶
(2) 少年時代に出会った恋人との思い出とその溺死事件について、青春時代の痛みに満ちた記憶
(3) 妻を失った主人公が過去の思い出に逃避し、危うく命を失いかけ、そこから立ち直るまでの記憶

 この三つの物語が、海辺に打ち寄せる波のように繰り返し語られ、読者はその波に巻き込まれるように物語の荒海へと引き込まれて行くことになります。マイケル・カニンガムの「めぐり逢う時間たち」を思わせる複雑な構造ですが、これはあくまで一人の人間の記憶の中で展開される物語です。

 人は誰でも過去に、あの時なぜ恋人にあんなことを言われたんだろう?とか、あの時もしあんなことをしなければ人生はどう変わっていただろう?など、忘れられない記憶とそれについての解けない謎を抱えているものです。
 人によっては、生涯その疑問について自問自答しながら生き続ける場合もあるのかもしれません。そのうえ、そんな「永遠に解けない謎」は、その多くがこの世を去った人々が残したものではないでしょうか。二度と会うことのできない人々が残した言葉や品物には、彼らの最後のメッセージがこめられています。しかし、そのメッセージを、それを残された人々が理解できるとは限らず、時には永遠の謎として残された人々を苦しめ続ける場合もあります。たぶんそうした謎を解くために「霊媒師」という職業が成り立っているのでしょう。

<少年時代へ>
 妻を失った老美術史家マックスは、かつて少年時代に自分が住んでいた海辺の小さな村を訪れます。生きる目的を失い失意の毎日を送る彼は、アルコールに頼り始め、朦朧とした日常生活の中、しだいにその思いは遥か昔、自分が少年だった頃へとさかのぼって行きます。

「あの頃、まだこどもだった頃には、人生の大半がじっと動かなかった。あるいは、いまではそう思えるのかもしれないが、じっとその場に佇んで、待ちかまえていた。まだ不定形な世界のなかで、未来をじっとうかがっていた。・・・・・」
<注>以下引用は、すべて本書「海に帰る日」からです。

 あまりに純粋であるがゆえに時に残酷に人を傷つけてしまう少年と少女の物語。それはまるで、ジャン・コクトーの「恐るべき子供たち」を思わせます。大人たちと対立し、社会と対立し、モラルと対立する子供たち。ついにはすべてを拒否することで命を危険にさらしてしまう悲しくて危険な青春の記憶が展開します。
 マックスはその記憶をもうひとりの主人公である少女クロエとの出会いにまでさかのぼり、彼女の家族たちとの交流から悲劇的な別れまでをたどってゆきます。

<妻を亡くした男>
「わたしたちは仕事を完成するが、ほんとうの仕事をする人たちは、たしかそう言ったのは詩人、ヴァレリーだったと思うが、仕事を完成することはなく、ただ仕事を断念するだけなのである。・・・・・」

 美術史家として生きてきたマックスはボナールについての本を執筆中ですが、それは完成しそうもなく、自分の才能のなさにうんざりしています。そのうえ、そんな彼の良きパートナーだった妻アンナがあっさりと彼を置いてあの世へと旅立ってしまたったことで、彼は将来への望みをすべて失ってしまいました。そして、自分が今までいかに過去の記憶、良き思い出に逃避してきたのか、そのことでかろうじて生きてきたのかを思い知るのでした。

「・・・これまで、わたしは自分は海賊みたいなものだと思っていた。どんな相手にも歯に短剣をくわえて立ち向かってきたと思っていた。だが、いまや、それは錯覚に過ぎなかったと認めざるをえない。わたしがほんとうに望んでいたのは囚われ、保護され、庇われることであり、子宮みたいに温かい場所にもぐり込んで、大空の冷たい視線や刺々しい空気の痛手から身を隠して、じっと縮こまっていることだった。だからこそ過去はこのうえない避難所だったのであり、わたしは冷たい現在やもっと冷たい未来を振り捨てて、両手をすり合わせながら、いそいそと過去へと向かったのだろう。・・・・・」

<少年時代を生きる男>
 マックスは過去の出来事を思い出すうちに、少年時代自分が大人たちに対して思っていた純粋な気持ちが今も変わらないことに気付きます。だからこそ、彼は過去へと逃避することに違和感を感じなかったのかもしれません。正直、その気持ちは僕もよくわかります。そうでなければ、今こうしてこんな文章を書いているはずがありません。

「・・・そう、わたしはそういう少年だった。というより、いまでもまだ、わたしのなかには、あの頃のそういう少年が住み着いている。つまり、いやらしい考えをもった小さな獣が、という意味だ。そうではない少年がいるかどうかは知らないが。わたしたちはけっして大人になることがないのだろう。少なくとも、わたしたちはならなかった。」

 さらに彼は少年時代に自分が思い描いていた未来が、実は彼自身が望む過去の投影だったことにも気付きます。

「わたしは将来を予想していたというより、過去を懐かしんでいたと言うべきなのかもしれない。なぜなら、わたしの想像のなかで来るべきものとされていたのは、現実には、すでに過ぎ去ったものだったのだから。・・・・・」

 この気持ちもよくわかりますが、僕の場合、それはすでに自覚していました。このサイトの始まりは、「ロックの頂点は70年代前半にあり」という回顧趣味から始まっているので・・・・。

<記憶の迷宮へ>
「じつは、過去と、ありうる未来と、ありえない現在が、混然として流れはじめていた - というのが現実だった。・・・・・」

 妻アンナが不治の病に冒されていることを知ったマックスは、しだいに過去への思いと現実が交錯する不思議な世界へと巻き込まれて行きました。考えてみると、人生において時間が一定方向に一定のペースで流れているのは普通のことでしょうか?実際は、ペースは常に変わり、時に時間は逆方向に流れたり、過去へワープしたり、未来へとタイムスリップしたりする。そんな瞬間の連続ではないでしょうか?「意識」の世界とは、本当に不思議なものです。

「・・・いまやわたしたちは彼女といっしょに想像上の病気を患っていた。どちらを向いても死ぬべき運命の兆候が見え、偶然の符合に悩まされた。長いあいだ忘れていたことを急に思い出したり、何年も見つからなかったものがふいに出てきたり。目の前を自分の人生が通過していくようだった。・・・・・
 そこでは通常の法則は通用せず、時間が流れているとしても、ふつうとは違うかたちで流れていて、わたしは生きているわけでも死んでいるわけでもないが、それにもかかわらず、現実の世界、と人が呼ぶもの - 名前をつけないわけにはいかないから - のなかではありえないほど鮮烈に存在しているのだった。
 それより遥か昔、たとえばあの陽光の射し込む居間にミセス・グレースといっしょに立っていたときや、映画館の暗がりにクロエと座っていたときにも、わたしはそこにいると同時にいると感じ、自分自身でありながら幽霊でもあり、その瞬間に呑み込まれていながらふわふわ宙に浮いていて、いまにもどこかへ行ってしまいそうだと感じたことがあった。ひょっとすると、人生はそこから立ち去るための長い準備期間にすぎないかもしれない。・・・・・」


 思い出と現実を行き来するうちに彼は生きることについての感覚を失い、かつて自分の同類であり、今や現在の自分とも同類であることがわかったクロエとマイルスが向かった海へと歩み始めます。
 寒々と広がる北の海は、世界中とつながっているだけでなく人類誕生以前の地球の記憶ともつながっています。そこはマックスにとって、すべての謎をとくことができる唯一の場所なのかもしれません。海のそばで育った人なら、誰もが感じるノスタルジックな海への思いは世界共通のものかもしれません。

<著者ジョン・バンヴィル>
 この本の著者ジョン・バンヴィル John Banville は、1945年12月8日アイルランドのウェクスフォードで生まれています。典型的な戦後世代で同世代にはビートルズのメンバーや地元アイルランドを代表するバンド、チーフタンズのメンバーなどがいます。彼は地元の大学を卒業後、国営の航空会社リンガスに勤め、仕事上各地を旅する機会に恵まれました。しかし、子供の頃から小説を書いていた彼は、執筆活動はずっと続けていて、1970年に短編集「Long Lankin」で作家としてデビューするとその後は転職し、アイルランド紙で文芸関連の記者として働きながら作家への道を歩み続けるようになります。
 その後、歴史上の科学者を主人公とする伝記的小説「コペルニクス博士」(1976年)と「ケプラーの憂うつ」(1981年)の2作により一躍その名を知られるようになります。「The Book of Evidence」(1989年)はブッカー賞の最終候補にまで残り、本作でついに彼は英語圏の文学者にとって最高の栄誉ともいえるブッカー賞を受賞しました。
 この小説のそれぞれのエピソードは、多くの読者にとってけっしてあり得ない出来事ではなく、似たような体験をしたことのある方も多いでしょう。しかし、それらのエピソードが複雑に絡み合い、交錯することで、いつの間にか読者は時空を越えたファンタジーを読んでいるような感覚になるはずです。
 「青春の痛み」と「老いの不安」という普遍的な人生の2大テーマを描きながら、それを不思議なファンタジーの世界にまとめ上げた異色の小説。地味ながら静かに心にしみてくる素晴らしい小説です。

「海に帰る日 The Sea」 2005年
(著)ジョン・バンヴィル John Banville
(訳)村松潔
新潮クレストブック

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